1_48.ドムヴァル東部の行方
ヴァルネク連合は同盟軍の大規模な浮遊機による陽動作戦実施後に、帰還する同盟軍浮遊機を送り狼作戦によって同盟軍前線基地の浮遊機が着陸した地上で相当量を破壊した。結果として同盟軍の浮遊機は既に払拭した状況であると判断していた。そしてヴァルネクは全く防空戦力が薄くなった同盟軍の前線に対して全面攻勢を企画していたのだ。同盟軍の偵察浮遊機はドムヴァル後方に集結しつつあるヴァルネク軍の戦力を把握し、しきりに警告を出し続けてはいたがドムヴァルの前線には依然として増援の浮遊機は遅々として届かなかった。
ドムヴァル西部方面での闘いは、制空権を失って以降の同盟側が必至の抵抗を行いつつ戦線を縮小して後退を行う状況の連続だった。だが、幸いな事に地上で破壊された浮遊機の代りの新造新型の浮遊機がオストルスキ共和国に集結しつつあり、そしてドムヴァル前線基地から直ぐに引き上げ後退していた同盟軍各国の操縦手達が、オストルスキ共和国内で機種転換訓練に明け暮れていた。
「トマシュ大佐、オクニツア浮遊部隊全ての機種転換訓練終了しました。これで機種転換変更訓練はあと数チームを残すのみです。訓練が終了した部隊は順次出発が可能です」
「うむ、了解した。だがあの司令部の指示通りにドムヴァルには行かん。どうも司令部の動きが信頼出来んからな。我々が最も有効に戦える場所以外の場所で戦いを強いられても、それは単なる無駄死にだ」
「前に大佐が司令部に行かれた件ですが、その後何か進展があったのですか?」
「司令部で会った参謀のゾーハ准将には我々の抗議の声は伝えた。だが、その後直ぐにドムヴァルの北方方面に浮遊機部隊を寄越せと司令部が言ってきた所を見ると何も影響も進展も無かったのかもしれんな」
「今日も幾度目かの司令部からの催促が来ておりますね……」
「何れ、我々の所に配備された浮遊機は新型だ。我々が新しい浮遊機に慣熟する迄は前線に出る事は出来ない。慣れぬ機体で出撃をした挙句に敵に落とされよう物なら、それこそ完全な無駄死にだ。俺は絶対にそんな命令なんぞ出さんぞ」
「あの……我々にとっては助かる話ですが……前線は大丈夫なのですか?」
「前線か……現時点で未だ前線は小康状態を保っているが戦域はかつてない程に広い。我々が司令部に従って前線に配備された場合、彼らの思う重要拠点に配備され、我々は日々の任務に磨り潰されるだろう。だが浮遊機の本来の任務と能力を考えた場所は、彼らの重要拠点とは全く違う場所だ。彼らに何度それを伝えても全く聞き耳を持たん。であるならば、我々は我々が重要と思える拠点から出撃した上で、より効果的な結果を出せば彼らの目を開く事になるだろう。まぁ、敵が全面攻勢に出た場合はまた違う判断が必要となるだろうが」
「そうであるならば……いや、全面攻勢の可能性が?」
「ああ、恐らく近いうちにやるだろう。今は1機でも浮遊機の消耗を抑えて、重要な拠点のみを守った上で敵の全面攻勢に備えた方が賢明だと思うんだが司令部はまた違う考えなんだろう。このままだとどうにもならんな、エーヌ少佐」
トマシュ大佐が敵の全面攻勢に備えて前線への派遣を止めていた浮遊機部隊だったが、実際の所ドムヴァルの最前線では何よりも今すぐにでも欲しい戦力である事から、同盟軍司令部からの浮遊機部隊を訓練途中であっても前線に寄越せという督促に遂に抗しきれなくなった。それでもトマシュ大佐は派遣する浮遊機部隊を可能な限り戦線に於いて最も戦略的に妥当と思われる配置のみに絞って派遣した。だが、このトマシュ大佐が行った重要拠点への浮遊機部隊派遣は、全域で制空権を失っていた同盟軍にとって救世主かと思われた。
そして遂にヴァルネク軍の攻勢が始まった。
既に制したソルノク王国に集結したヴァルネク第二軍が攻撃主力となり、その前進前の準備射撃として長距離魔導砲による徹底した砲撃が始まったのだ。
・・・
ソルノクに集結していたヴァルネク第二軍のグジェゴシェク将軍とヴァルネク航空浮遊軍のアロスワフ将軍は、ボルダーチュク法王の号令を待っていた。
「どうだ、グジェゴシェク。陸軍の予定は聞いているが……お前の事だ。実際はどのルートで行くつもりだ?」
「ふん、アロスワフ。読まれていたか。……我々第二軍が担当しているドムヴァル東部の防衛ラインは頑強だが、ブオランカ盆地東方の中央部分は急ごしらえの防衛線を構築しているに過ぎない。当初はドムヴァル-テネファ国境沿いを東部方向にサライに向かうという計画だった。恐らくその線で進めば、同盟のドムヴァル東部防衛軍を半包囲して殲滅が可能だろうが、我が第二軍の被害も相当になるだろう。だが、中央部分を食い破ればドムヴァル東端部分は孤立する。東端部分に孤立した連中は国境を閉ざしている中立国テネファには逃げられんだろうからゆっくりと友軍でもあてて掃討戦を行えばよい。頑強な防衛線でわざわざ戦力を消耗するよりも中央突破が正解だ。そうすれば敵防衛線を突破した後はサライ国境まで到達する事も可能だろう」
「そうか。であれば、我々航空浮遊軍もそれに合わせた支援を行う。まずは砲撃予定の時間と目標地域を摺合せしよう。」
「助かる。まず浮遊機部隊の主攻撃目標をドムヴァル東部中央奥にある同盟軍司令部の周辺地帯を頼む。恐らくそこを叩けば、連中の東部防衛に関する指揮能力が各段に落ちるだろう。あとは司令部への攻撃から立ち直る前に、我々第二軍が一気に蹂躙する。こういう流れでどうだ?」
「ふむ……砲兵部隊はどこを?」
「頑強な東部防衛線を砲撃する。この砲撃は勿論陽動だが、同盟軍の目を東部に釘付けにする意味で、今迄の準備砲撃の様に念入りに撃ち込む予定だ。この砲撃も三日間続ける。東部防衛陣地を掘り返した後に、恐らくは同盟が陸軍主力を東部に集中させた辺りで中央部分を突破する」
「成程な。そうすると第二軍の中央防衛陣地突入前に浮遊機を中央の同盟軍司令部に集中という事で良いか?」
「うむ、それで頼めるか、アロスワフ。予定で行けば作戦開始からちょうど三日目に同盟軍東部司令部を浮遊機で爆撃して欲しい。タイミングはこちらから改めて連絡する」
「了解した。それでは一旦戻る。また後でな」
こうして第二軍のグジェゴシェク将軍は、ボルダーチュク法王からの号令を受けたと同時に長距離魔導砲部隊に、予め予定していた同盟軍東部防衛陣地に対しての陽動砲撃を仕掛けた。ヴァルネク連合軍の砲撃に東部の同盟軍は直ぐに反応し、その様子は連合軍偵察浮遊機部隊によって詳細に報告されていた。
「グジェゴシェク将軍、同盟軍は東部防衛線に部隊を移動し、戦力を集中しています!」
「ふん、予定通りだな。こちらも予定通り砲撃を続けろ。それと浮遊軍に連絡しろ。東部防衛線への偵察の数を増やせ。そして敵の偵察機を見かけたら必ず落とせ、とな。こちらの意図を悟られぬ様にな」
「了解しました、引き続き砲撃を集中します」
こうしてドムヴァル東部戦線はグジェゴシェクの想定通りの動きを見せ、ドムヴァル東部に配備されていた同盟軍陸上戦力は、砲撃の後に来るであろうヴァルネク陸軍主力の突進に備えて東部防衛線後方に戦力を集中させていった。