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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第一章 ラヴェンシア大陸動乱】
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1_44.ボルダーチュクの次の手

同盟軍による大規模空襲の結果、中央戦区及び北部戦区の停滞は海域にまで及んだ。そしてドムヴァル海域における同盟軍有利の状況を作り出し、代りにほぼ全戦域に渡る制空権を失った。同盟軍作戦司令部では海軍主体で行われた当該作戦における空軍戦力の損失の大きさに頭を抱える結果となった上に、同盟各国の空軍からの強烈な不満の声も受け止める事となった。何故ならば、中央戦区における浮遊機による攻勢は飽く迄も陽動牽制であったにも関わらず、空襲を終えて帰投する同盟軍浮遊機部隊に対し、ヴァルネク連合は送り狼を送り込んだ上で浮遊機基地を徹底して爆撃し、同盟の浮遊機部隊は地上において壊滅的打撃を受けたのだ。しかも、上空で警戒待機すべき基地防衛戦力は作戦司令部の命令により司令部周辺に厚く配備されており、所謂前線に近い浮遊機基地達は全く抵抗出来ないままに破壊された。そして各国の浮遊機部隊を束ねる空軍実働部隊の長であるオストルスキ共和国のトマシュ大佐は同盟軍作戦司令部に抗議を行った。


「同盟軍浮遊機群統合部隊長のトマシュ大佐だ。作戦司令部に目通り願いたい。」


「トマシュ大佐か、何事だ?」


「これはゾーハ准将!……何事か、ですと? 一言で言うなら前線に配置された我々同盟軍浮遊機部隊の壊滅です。一体何故にこうなったのかご説明頂きたい。連合による反撃は十分に予想の範囲だった筈だ。にも関わらず、何故に前線に配備されるべき防衛戦力の殆どが司令部周辺に配備されているのですか!? 結果として手薄となった浮遊機基地の殆どは破壊されてしまった。見て下さい、外の様子を。この司令部周辺には爆撃孔の一つも無いではありませんか!」


「分かっている、我々司令部も頭を抱えている状況なのだ。だが、万が一司令部に空襲を許した場合、前線基地とは比べ物とならん被害が発生する。この配備は止むを得ない対応であったのだ。」


「そうは仰いますが……私は他の同盟国浮遊機部隊を預かっています。今はヴァルネクに占領され、捲土重来を誓った他国の浮遊機部隊を。その彼らが為す術も無く、地上で愛機を破壊されて行く様を、ただ眺めている事しか出来なかったのです。それでもこの作戦において目標が達せられたのであれば多少の溜飲も下がります。しかし、」


「トマシュ大佐。未だ判定中ではあるが司令部は今作戦自体は成功と考えている。当該作戦は海軍を主導とし、ヴァルネクの秘密兵器破壊を目的とした物だった。だが、この秘密兵器への攻撃は浮遊機でしか行えず、尚且つその作戦内容から大規模な陽動を必要としていたのだ。結果として、前線における浮遊機部隊への被害が大きくなってしまった事は否めない。だが、これは必要な事だったのだ。」


「それは自分も理解出来ます。しかし、ここ司令部で遊んでいる浮遊機の幾許かでもあったなら、前線でああまで敵の蹂躙を許す事は無かったでしょう……既に前線に配備された浮遊機の7割は地上で破壊されました。幸いな事に操縦手の大半は生き残りましたが、乗る機体が存在しません。暫くはヴァルネクに制空権を明け渡した状況が続く事になりますが。」


「そんな事は分かっておる。貴様が言う現状と危惧については司令部に儂が必ず伝えておく。今日の所は帰れ。」


「……分かりました。どうか司令部に必ず伝えて下さい。では失礼します、ゾーハ准将。」


トマシュ大佐は言い足りない事があるかの様にゾーハ准将の目を暫く睨むように見つめた後に、司令部の建物を退出していった。ゾーハ准将はそれを見送りつつ、これからどうそれを伝えるべきかどうか迷っていた。ゾーハ准将の同盟軍司令部での立場は作戦参謀であり、この作戦に関する責任の一旦を負っていた。つまりトマシュ大佐が憤っていた内容に関して伝えるべき対象の一人で間違いは無い。だが、ゾーハ准将は今作戦の立案者では無く作戦参謀側から出された作戦でも無かった。これは更に上層部からの命令であり、その作戦の肉付けをしたに過ぎないゾーハとしては、これを正直に同僚の参謀に伝えたとしても何も変わらない事を知っていた。だが、トマシュ大佐の憤りも当然に理解は出来る。これを放置した場合、浮遊機部隊の士気は最低に落ちるだろう。そもそも前線に配備すべき浮遊機群を司令部に集めたのは、既に占領されている各亡命政府の代表達が強力に主張した結果なのだ。彼らは国を追われた経験からそう主張するのは理解出来るが、余りに過ぎると同盟各国を危険な状況へと導く。そして今回はそれが如実に現れた結果となった。つまりは抑えるべきは亡命政府の代表達なのだが……ゾーハ准将は、暗澹たる気持ちのまま司令部のドアを開けた。


だが、この作戦における同盟軍ドムヴァル中央戦線基地に起きた浮遊部隊の壊滅は、同盟国内部における内部分裂の兆しに過ぎなかった。今迄は国を失った亡命政府の代表に対して、その同情心もあって彼らの主張に忖度していた他国の代表達ではあったが、遂にその主張は彼らの士気と戦力に関わるレベルとなっていたのだ。だが、同盟国内のこうした小さな亀裂を未だほとんどの者はそれと認識していなかった。


・・・


ボルダーチュクは暫く考え込んでいたが、ふと外交部長官ツェザリと宣伝相長官ダリウシュを呼び出してこう告げた。


「ダリウシュ、ニッポンとの接触との接触を大々的に伝えよ。その際に不幸な出来事があったが我等ヴァルネクとニッポンは、両国の相互理解を深めた上で近日中に中立国テネファで、今後双方の発展を望んだ協議を行う事となった、と広報するのだ。奴等同盟国の連中はニッポンの出現に希望を見出しているのやもしれんが、この情報を掴めば同盟諸国の中にニッポンに対する印象は随分と変わるだろう。良いな?」


「心得まして御座います、猊下。御心のままに。」


「ツェザリ。貴様は早急にテネファと接触し、4日以内にニッポンとの会合場所を確保せよ。テネファが何かを要求してくるならば、全て呑め。どうせ、あのような森しか無い様な国が望む物などたかが知れておる。ただ、テネファの機嫌は損ねるな。あの国の連中は妙に自尊心が高い。その上で貴様がニッポンとの交渉を行え。だが、話は纏めるなよ。引き延ばせるだけ、引き延ばせ。」


「承知致しました、ボルダーチュク猊下。」


そして再びボルダーチュクは考え始めた。

この広報を大々的に行う事によってニッポンの動きを或る程度牽制出来るだろう。ロドーニアとの外交交渉がまだ始まっていないのであれば、ニッポンとの接触の際に恐らくはこの件に関しての確認が行く筈だ。ニッポンの交渉目的がどこにあるかは不明だが、既に我々によって我がヴァルネク連合との交渉の事実が確認されたならば、ロドーニアはともかく同盟諸国はニッポンに猜疑の目を向けるであろう。となれば、あれ程の能力を持つ国であっても、助けようとしている国々に敵意や猜疑心を向けられたならば、勢い消極的な対応となるに違いない。最善としては、そこでニッポンが中立となる事だが、そうなるかどうかはテネファの交渉次第となるか……そこでもう一度外交省長官のツェザリを呼び出した。


「ツェザリよ。もう一度確認する。貴様がこれから交渉を行うニッポンであるが……最恵国待遇の国を相手する態度を示せ。そして交渉時に於いてはニッポンの言う事を再度確認の為として復唱せよ。なるべく交渉を長引かせろ、と先程は申したが、それを必ず徹底するのだ。そして決して相手に悪印象を与えるな。それと我等レフール教に関しては一切口に出すな。他国の宗教を極度に嫌う者達もいる。もしやニッポンもその類かもしれん。」


「は、心得ましたが……猊下、我等レフールの教義を交渉に於いて一切出すなと申されますと、これまでの連合諸国や敵同盟諸国に対しての対応と些か異なる事になります故、連合内部から何等かの不満が出るやもしれませんが……」


「分かっておる。確かに現時点で判明している事はニッポンの海軍は強いという事だ。だが、未だニッポンという国の全貌が未だ不明であるのだ。もし海軍だけではなく仮に我等が彼の国に対抗出来ないという事が判明した場合、そして我々と完全に敵対へとニッポンが舵を切った場合、我々に対抗する力が存在しないという事になるだろう。その為の今回の会談なのだ。これが我等がヴァルネクよりも劣る国であるならば、今迄同盟の連中と対してきた事と同様の対処で良いだろう。だが、我等を上回る存在と対面したならば、この存在と敵対してはならぬ。最悪、中立で居て貰わなくてはならんのだ。そして、彼らニッポンがもし同盟と結ぶという事になれば、だ。これは完全に敵対という方向は避けられぬであろう。だが、彼らニッポンが助けようとするかもしれん同盟諸国が助けるに値する態度をニッポンに示すかどうか。我等のニッポンに対する今回の会談における対応と結果によって、そこを制御する事が可能かもしれん。故に貴様の成すべき事が分かるな、ツェザリ。」


「……はっ、これ程の大任に身が引き締まる思いにございます。」


「うむ、先ずは引き延ばせ。そしてニッポンに対して好印象を受け付けろ。更には何か彼らに土産物を一つでも持たせるのだ。それを以て更に同盟諸国へと情報が伝わる様に工作を行う。さすれば同盟諸国の中にはニッポンという国に対して猜疑の心を抱く国も出てくるであろうよ。」


「猊下、ニッポンとやらはそれ程までに危険と判断しております理由は奈辺にありますのでしょうか?」


「貴様はマルギタ海軍の砲艦隊を知っておるか?」


「噂に聞く程度ではありますが…まさか!?」


「これはまだ極秘ではあるが、その砲艦を主体にしたマスラエフ少将旗下の快速砲撃艦隊は、ニッポン国のたった三隻の戦闘艦を相手に二時間も掛からずに全滅した。11隻の砲艦と巡洋艦のマルギタ艦隊が、だ。」


「あの……マルギタ海軍砲艦隊が!? しかも相手はたったの三隻ですと?」


「左様、ステパンの報告ではニッポン海軍に被害無し、との事だ。あの砲艦隊は何も出来ずに全滅したのだ。」


「それ程ですか……このツェザリ、命に代えましても交渉を纏めて参りましょう。」


「頼むぞ、ツェザリ。では行け。」


こうしてヴァルネク外務省長官ツェザリは自ら、中立国であるテネファへと飛び立った。

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