1_37.ドゥルグルの暗躍
再びドゥルグルでは評議会が招集された。
勿論議題はラヴェンシア大陸におけるヴァルネク連合の戦況であったが、前回に引き続き不死の魔導士エヴァハの件が引っ掛かっていたのだ。それは、ヴァルネクに潜ませていた間諜からの報告で、中央ロドリア海に正体不明の船が現れた事により、ヴァルネク特務連合艦隊の中でラビアーノ艦隊が即座に数隻撃沈され、この事態を重くみた法王ボルダーチュクは、直ぐに対艦隊攻撃編成の教化第二艦隊と数か国合同の艦隊を中央ロドリア方面に派遣したという報告が為されたからだ。
「ファーネル議長。前回、我々は東方に追放した魔導士エヴァハが死んだ事を確認しました。だが、その死因ははっきりしていなかった。我々の想定では恐らくエヴァハが制御出来ない物を異界から呼び出した物であると判断していたのです。その証左に奴が発動させた魔法は召喚系の波動が発生させていた事を皆も確認している事だと思いますが、ここまでは宜しいですか?」
「うむ。マローン議員、続けたまえ。」
「はい。そして現在ヴァルネク連合はラヴェンシア大陸北方部分に戦力を集中し、海と陸から攻めてきている。恐らくは、彼の大陸は遠からずヴァルネクが制覇する事となるでしょう。そのような有利な状況にあって、ヴァルネクとラビアーノの奇襲艦隊が、ロドーニャ王国奇襲の為に中央ロドリア海の嵐の海近辺まで出撃した後に謎の敵と遭遇、結果としてラビアーノ艦隊主力を瞬時に撃沈されました。この謎の船の所属は"ニッポン国"と名乗っているとの事です。」
「ふむ……そうすると、魔導士エヴァハの奴めは異界からどこか別の世界の国を呼び出したという事か? 更には呼び出された挙句に、そのニッポン国とやらが呼び出したエヴァハを何等かの方法で消滅させた、という事か。」
「そう考えれば辻褄が合います。問題は、我々でも消滅し切れないであろうエヴァハめを、そのニッポン国とやらが消滅させた事でしょう。この国が万が一16ヵ国同盟に与するような事があれば、ヴァルネク連合にとっては最大の障壁となるのは間違いありません。また、逆にヴァルネク連合へと与する場合、我々ドゥルグルがヴァルネク連合への制御が不能となる可能性もあります。」
「まてまて、マローン。そもそもエヴァハを倒し、そしてラビアーノの艦隊主力を瞬時に撃沈するような能力を持つならば、我々の探知に微かであっても引っ掛かるのではないか?」
「そこなのだ、ロートリンク。最初の派遣艦隊の報告では魔導探知出来ぬ、という報告が入っていた。」
「そんなまさか! 魔導探知出来ぬだと……? そうするとニッポン国とは機械科学文明系かもしれんな。だが機械科学文明系だとすると、アストラル化した者を一体どうやって倒したのか……昔、機械文明系と接触した時には、何やら圧力やら蒸気を動力に使っていた様だが、あれ程に効率の悪く、しかも大仰な物を使う連中が、エヴァハを倒せるとも思えんが……」
「私もそうは思う。そう、どうやってエヴァハを倒せたのか皆目分からんのです。現在ヴァルネク連合の艦隊がその不明な国"ニッポン"国を目指して中央ロドリア海に向かっています。そこでファーネル議長に提案があるのですが。」
「お前の言いたい事は理解しているぞ、マローン。ヴァルネクの艦隊に潜ませた間諜を使ってニッポン国に攻撃をさせようとする積りだな?」
「……流石、想定済みでしたか。ええ、そうです。ニッポン国の能力が分からないままに事を進めてしまうと、こちらの計画も狂ってしまう可能性が高い。であるならば、ヴァルネクの連中を使ってニッポンの実力を探りましょう。ボルダーチュク周辺に潜ませている間諜によれば、奴もニッポン国を相当に警戒しており、絶対に敵対してはならぬ、との命令を出している様子。最初は友好的に接し、最後にはニッポンをヴァルネク側に取り込もうとの腹ではないかと。」
「ふむ……確かに何れ能力が分からんうちとは言えこのままヴァルネクと友好関係を築かせてしまうと厄介な事になりそうだ。さりとて同盟に近づかせるのも悪手だろう。どの様に攻撃をさせるのだ、マローン?」
「マルギタ艦隊のマスラエフ少将側近に仕込ませております。彼の艦隊は他の船よりも高速であるので、万が一ヴァルネクに制止されたとしても、初撃を入れる事は可能かと。既にマスラエフ少将には精神操作を行わせており、自分の考えであると彼自身が考えております故に、あの海域でニッポン国の船と出会えば、即座に攻撃を開始するに違いありません。勿論ファーネル議長の承諾があればの話ですが。」
「良かろう、許可する。だが、我々の存在を必ず秘匿するのは理解しておるな。ちなみにその間諜の術者の階級は?」
「国家特級術者です。通常の術者であれば近隣にて直接操作を行わねば成らず、仮に敵からの攻撃を受けた場合には生きて帰れないでしょう。それに貴重な二重精神操作を行える特急術者を危険な任務で消耗させるのは我が国の損失であると考えますので。」
二重精神操作とは、対象への精神操作を行う者が、他の人間の精神に入り込み、他人の身体を使って対象への精神操作を行う事だ。つまりこの精神操作方法は、一人で二人の人間を精神操作の支配下に置く事になる。対して特級以外の術者は、一人に対して一人のみの精神操作を行う事しか出来ない。こちらの方法は一対一である分、強力に精神操作を行えるが、こういった戦場では操作する者もされる者も同時に死んでしまう可能性が高い為に使い辛い上に、そもそも対象組織への潜入自体が難しい。
だが二重精神操作は直接ターゲットではない対象組織の人間に対して行い、その上でターゲットの操作を行う物だ。これは通常は対象への支配力は低くなるが、術者への直接的な被害は相当低くなる。そして国家特級術者クラスになると、一対一クラスの支配力を二人に対して行う事が可能なのだ。精神操作の対象となった者は、自分が操られている事に気が付きもしない。
「そうか。ちなみに一つ聞くが、ラビアーノから派遣された艦隊は何等かの精神操作がされていた者は居たのか?」
「確かにラビアーノの艦隊には精神操作をしていた者が降りましたが、直接操作していた為に艦の撃沈と共に死んだ模様です。生き残りに関しては、同盟側になりますが、今回の捕虜の数が相当に登っている為に、そこまでは我々ドゥルグル側では分りかねる状況です。多少お時間を頂ければ調べて参りますが?」
「それには及ばん。引き続きヴァルネクの状況は逐次観察を続けよ。尚、ニッポンとやらが危険な存在と判明した段階で、ヴァルネクへの干渉は、ある程度下げなければならん。とすると次なる議題はカルネアの栄光の件だが……」
こうしてドゥルグルの評議会はカルネアの栄光に対するラヴェンシア大陸への干渉の現状と、もし仮にヴァルネクが敗れた若しくは想定した状況まで達し無かった場合におけるラヴェンシア大陸内の中立国への干渉方法の協議に入った。
・・・
ヴァルネクの法王ボルダーチュクは南方に派遣した教化第二艦隊との通信を切らさない為に、途中途中に魔導通信を中継する為の通信専用艦隊を派遣していた。それらは占領済みのオクニツアを基点にして、教化第二艦隊との中間地点に通信の中継を行う様にしていたのだ。そして教化第二艦隊が東方に進み中継を行えない距離に進む程に、通信専用艦隊を分けて通信可能な距離を稼いでいた。そして今現在、教化第二艦隊との通信は完全に安定していた。
「定時連絡、こちら教化第二艦隊旗艦オルシュテイン。我が艦隊は指定海域"3"に到達。これより指定海域"4"に向かう。」
「こちらヴァルネク連合総司令部、定時連絡にて教化第二艦隊の指定海域3への到達を確認。通信の状況はどうか?」
「中継船が更に1隻増えたせいか、やや聞き取りづらい。こちらの音声の状況はどうか?」
「通信の出力は安定している。聞き取りづらい状況はこちらも確認済みだ。中継点が増えれば仕方が無い問題だろう。引き続き、緊急の場合を除き、1時間ごとに定時連絡を続行せよ。」
「オルシュテイン了解、以上通信終わり。」
教化第二艦隊からの定時連絡は全く時間に遅延する事無く正確に送られてきていた。だが、予め定められた決め事が正しく行わているというのに、ボルダーチュクの不安は消えなかった。何か自分が定めた事が表面上は正しく進んでいるが、裏では何かとんでも無い事が進んでいる気がしてならなかったのだ。だが正に表面上は正しく進んでいる為に彼にはその不安の正体が分からなかった。ボルダーチェクは何等かの手段を打つべきとは考えていたが、その手段が全く思いつかなかったのだ。その為、自らが最も信頼出来る法王軍とも呼ばれる直属の私兵であるヴァルネク親衛軍のマキシミリアノ将軍を呼び寄せた。
「マキシミリアノ、例の件だが何か掴めたか?」
「猊下にはご機嫌麗しゅうございます。……我が軍が総力を尽くしてはおりますが、全く疑わしい者がおりません、何等かの背景を持つ者も発見出来ておりません。」
「だが、私の予感は外れた事は無いのだ。この言いようの知れぬ不安感の正体を突き止めたいのだ。そう思って貴様と貴様の軍を秘かに動員しての調査であったが……我が軍の中に理由が無いとするならば、他国に潜んでおるのかもしれん。」
「猊下、それでは連合内に何等かの密偵が潜んでいると?」
「分からぬ。全ての事象は私の想定の中に殆どが収まっておる。だが例のニッポンという国の出現だけが予想の埒外なのだ。それに付随して私の予想した結果の乖離が始まっておる気がしてならん。我が国に居らんというなら、連合の内部に何等かの敵が潜んでいる可能性が高いという事だ。」
「では、同盟側が我々連合の何処かに?」
「……同盟ならば良いのだがな。どうにも違うような気がしてならん。」
「ど、同盟以外の敵……と申しますと?」
マキシミリアノ将軍はもし仮に自らの国であるヴァルネクに潜む敵であるならば、自ら率いる親衛軍が見逃す筈は無いと思っていた。だが、同盟軍以外の敵となると、正面対峙する同盟軍以外の敵という物の存在が全く想像が出来なかった。その為に法王ボルダーチュクの問いの意味する所が理解出来なかった。
「良い。今はただの予感だ。ただの予感で終わるならば問題とはならん。だが私にはただの予感には思えぬ。それが故に、貴様に動いて貰っているのだマキシミリアノ。引き続き調査は続行せよ。また、他国への調査も改めて考えておく。何か分かり次第、どのような小さな事でも報告せよ。良いな?」
「畏まりました、猊下。」
こうして自らの手札である親衛軍を使っても正体の掴めない不安感をそのままに、次なる定時連絡の時間を迎えた。
昨日はびっちり日韓戦を見てまして…勝利の祝杯を上げまして…気が付いたら朝になってまして…