1_32.ソルノク王ヘンリクの決断
嵐の海領域に突然出現した謎の国日本から派遣された護衛艦みょうこうによって、ヴァルネクとラビアーノの連合艦隊は壊滅的な状況となり、旗艦ルドビスキは自沈処分となった。生き残った巡洋艦二隻と補給艦二隻にそれぞれ移乗した乗組員は、駆け付けたオストルスキ高速艦隊によって武装解除された上で拿捕された。ヴァルネク軍艦艇が拿捕された件に関しては直ぐに同盟国軍側のニュース速報によって、ヴァルネク側も知る事となった。
連日暗い戦況報告が続く中、同盟軍がヴァルネク軍艦艇を拿捕した事は久々に明るいニュースだったのだ。これに浮かれていたのは何も知らない国民達であり、同盟各国軍首脳は何も状況が変わっていない陸上の戦況に頭を抱えていたのだ。ドムヴァル国を戦場とした戦いはヴァルネク優勢のまま進行しており、同盟軍が企画したブオランカ盆地への諸国軍誘引作戦は結果としてヴァルネク主力の第三・第四軍が展開しており、諸国軍を相手にする積りだった同盟軍には余りにも荷が重い相手がやって来ていた。そして南方戦線のソルノク王国は既にヴァルネク第二軍によって壊滅寸前であり、ソルノクが脱落したとなるとドムヴァル南方からドムヴァルの側面をヴァルネク第二軍が襲ってくるだろう事は必至だ。そして今や16ヵ国連合は既に健在なのは4ヵ国のみといった状況なのだ。日々後退する前線を前にして同盟各国首脳は今後の同盟各国の方針を決められずに居た。
「もう既にソルノクは守り切れん。早急にドムヴァル南部に戦力を移動せんとブオランカに集中した戦力側面が脅かされる。」
「だが…ミハウ総統、我々にはもうそこまでの戦力が無い。北部の戦力を中央に引き抜いたとしても南部にまでは間に合わん。一体どうしたらよいのだ…」
「当初目的の通り、諸国軍を狙うとするならば別の戦線となるだろうが……今更……かもしれんが。」
「それは……北部か。逆に我々が北部に戦力を集中したならば、中央は兎も角として南部のソルノクは絶望的となるだろう。そうなればドムヴァル中央も側面から総崩れとなる可能性が高い。……結局これは堂々巡りだな。」
「だが、結局はどこかを拾いに行くのであれば、どこかを捨てねばならん。全てを守ろうとするならば全てを失うのは自明の理だ、そうであろう? 我等がここで守るべきは北部だ。ここにオストルスキ陸軍全軍を投入してくれ。そして中央戦線はブオランカ盆地での一撃を行った上で直ぐに後退させよう。それで良いな、ミハウ総統。ネストリ総理。我等ソルノクは可能な限りドムヴァルへの脱出を急ぐ。」
「ヘンリク王……」
「北部であれば、艦隊の射程も有効だ。ある程度の戦果は期待出来るだろう。」
「願わくば、連中の連合に不協和音が響く事を期待するよ。」
「これが正しい判断かどうかは知らん。後世が判断するのだろうが、今は我等の道が間違っていない事を祈るだけだ。」
結局同盟国には日本の登場によって棚ぼたで齎された海での勝利ではあったが、本来の陸上での戦いには何ら寄与していなかった。そしてヴァルネクはほぼ当初の予定通りの進行スケジュールに沿って全軍を進めていた。ボルダーチュクにとって予定通りとならない場所はヴァルネク連合諸国軍に任された北部の戦線のみであり、この諸国軍の遅れはボルダーチュクにとって許容範囲内だったが、同盟軍はその事を知らなかった。だが、結果的に覚悟を決めたソルノク王ヘンリクの決断は、この連合諸国軍が北部に集中している事によりヴァルネク軍以外で初めて正面からぶつかる事となった。
だが、ヴァルネクの法王ボルダーチュクが行った南部への教化第二艦隊派遣は、北方の海域での戦力を著しく低下させていたのだ。まず、潜航部隊は捕捉される事なく一方的に攻撃が可能だったが、数が少なくしかも弾薬搭載数が少な過ぎた為に、頻繁に帰港しなければならなかった。そして、この帰港の状況を同盟軍が浮遊機による航空偵察で目撃していたのだった。
この日、サライ王国陸軍情報部に所属するミオリは、昨日偵察した浮遊機からの情報を受け取り早速解析に入った。そしてロジャイネ軍港に見た事の無い船が数隻存在するのを確認した。ここ数日間の偵察では見た事の無い不思議な形状の船が四隻も映っていたのだ。直ぐにミオリはヴァルネクの艦艇一覧表を確認したが、一隻も同型艦が無い。そしてロジャイネ軍港には、この形の船が度々同じ場所に現れては消えていた。
「アゼフ解析長。今日も例の船が映ってますよ。なんか艦隊被害が無い時に何時も居ますね。」
「……ミオリ。もう一度聞かせてくれ。今、なんと言った?」
「いや、例の変な船ですが艦隊の被害が無い時には居るみたいですよ。何用途なんですかね?」
「おい、その情報に関連する物のデータはどうなっている?」
「こちらの表に全て確認日付と写真ありますが?」
「見せてみろ!」
その写真には、後部が太くやや平べったいが上部構造物がほぼ目立った物は無いのっぺりとした船が四隻写っていた。そしてミオリが作った表には出現した日と同盟艦隊の受けた被害の日がそれぞれ記載され、その日は一致していなかった。直ぐにこの情報はサライ王国陸軍情報部から同盟首脳部に伝えられ、ドムヴァル沖で発生している謎の攻撃について、この四隻の船が関係しているだろうと推測した。そして艦隊の被害状況と補給頻度からこの船が水中に潜んでいる事、そして1隻辺りの武装について凡その予想をした上で、廃棄予定の艦を使ってこの潜水部隊に攻撃を行わせ、その規模、能力、継戦能力を露わにするように囮作戦を決行した。果たして囮となった艦が沈められた翌日には、ロジャイネ港にこの四隻の船が補給に戻っていたのだった。
だが、この船が水中に潜っている間は同盟艦隊には攻撃方法が無い。その為、港に停泊中の間を狙った浮遊機による攻撃作戦が企画された。その浮遊機には特大サイズの魔導爆弾を抱えさせ、直掩の浮遊機はオストルスキ空軍の精鋭中の精鋭を集めた空軍最強部隊と称されるナミスワフ浮遊攻撃中隊を中核とした200機からなる大部隊と、陽動として北部と中央を爆撃に行くヤロチン浮遊爆撃大隊が編成され、潜水艦隊撃滅作戦が開始されたのだった。