1_31.戦艦ルドビスキの自沈
日本の連絡用浮遊機が再度やって来た時には、戦艦ルトビスキには二発の命中弾によって航行に著しく不具合が発生していた。1発は艦首部分を掠めるように当たった挙句に上部に大きな破孔を穿った。これにより船の速度を上げれば浸水する状況となっていた。ジグムント大佐は自沈の準備を進めつつ、日本の連絡用浮遊機から降りて来た下浦一佐と柊を出迎えた。
「ジグムント大佐。一体何がどうなったのかは分かりませんが、お互い生きていた事をまずは喜びましょう。」
「シモウラ一佐、そしてヒイラギさん。我々の艦隊は戦闘能力を失ってしまった。だが、接近する艦隊も探知はしている。これは貴殿らと何等かの関係があるのかな?」
「ああ、そういえば600km程に接近中の艦隊がありますね。なるほど、それらはジグムント大佐の属する陣営とは違う所から派遣されて来ているのでしょうな。」
「……すると貴国は16ヵ国同盟とも関係が無いという事ですかな?」
「今の所は、ですね。」
「ヒイラギさん。今の所、というのは?」
「我々は前回に申し上げた通り、我々自身侵略的戦争行為は断固反対の立場は変わらないんですよ。それ故に貴国の条件には組しない。現在進行形で侵略的戦争を行う国があるならば、我々はその陣営には属さないでしょうね。果たして貴殿の属するヴァルネク連合は、そのどちらになるんでしょうかね?」
「……それは16ヵ国同盟と手を結ぶという事なのかな?」
「まぁそこは政府の判断になりますから、一介の政府職員に過ぎない私があれこれ言うのも僭越な事になるでしょう。ただ、分かっている事もありますよ。この海域における戦闘の発端は貴殿が属する側から為された事だと。」
「いや、それはラビアーノの独断で行われた事だ。事実、我々ヴァルネク軍は貴軍に対して一切攻撃を行ってはいないではないか!」
「そりゃ、攻撃された我々からするとどっちでも良いんですよね。攻撃された事が事実。結果として反撃を行い今に至る。で、ここからはアナタに相談なんですがね。受けて頂きたいなぁ……」
「……何をだ?」
「ジグムント大佐、この艦を自沈しようとしてますでしょ? 接近中の艦隊は恐らく貴方方の敵側である同盟軍から派遣された物だ。最終的に彼らがここに来るまでに我々が引き上げたとしても、貴方方の艦は満足に航行出来ない程に破壊されている。つまりは何れ同盟軍に捕捉される事は間違いない訳だ。合ってます?」
「あ? ああ……続けてくれ。」
「そこでなんですが、貴方を含むヴァルネク艦隊の高級将校を我が日本に招待したい。一応客として。」
「客だと?……艦の乗組員はどうなる?」
「そこまで面倒見切れる程には我々の船は大きくない。精々数人を連れて行く程度でしか無いんですよね。あなたには良い話だと思いますね。正体不明であろう我々の文明、文化の程度を間近で見る事が出来るんです。しかも捕虜扱いではない。ある程度は自由を制限される事にはなるけれども、客としての対応は約束しますよ。」
ジグムントはこの提案に乗るべきかどうか迷った。
既に本国とは長距離通信機を破壊された事により、連絡不能となっている。このままここで帰路に付こうにも接近する同盟軍艦隊から逃れる事は出来ない。最悪、同盟軍艦隊から攻撃を受け、全員この海域で死ぬ事になる可能性も高い。つまりは生き残る選択肢は極めて限られていた。
「一つお願いがある。私は貴国ニッポンに客として訪れる事を了承する。だが、接近する同盟艦隊からの攻撃を止めてくれ。それとこの艦の自沈を認めてくれ。頼む。」
「そうですか、自沈ですか?……いいでしょう、我々も同盟国と連携関係にある訳では無いので、この船が沈もうがどうなろうが全く関心がありません。それでは日本に連れて行く高級将校を選んでください。尚、我々からの希望としては、機関部門と砲雷部門、そして船務部門から選抜する事を希望します。そうですね…総勢で10名程でしょうかね。あの艦隊が来るまでにそれほど時間は無いでしょう。それまでに将官の選抜と、そしてこの艦から急いで退艦してください。」
「ヒイラギさん、感謝する。直ぐに取り掛かろう。」
こうして、戦艦ルドビスキの乗組員は生き残った巡洋艦二隻と補給艦二隻にそれぞれ振り分けれられ、その上でルドビスキの自沈を行った。ジグムントが選抜した高級将校10人と共にSH-60Jに乗って護衛艦みょうこうへと移った頃に、オストルスキ高速艦隊が周辺に到着したのだった。
・・・
ボルダーチュクによって艦隊戦特化の教化第二艦隊が引き抜かれた中央戦線北方海域は膠着状態となっていた。ヴァルネクの新兵器、潜航部隊によるドムヴァル沖での遊撃は同盟軍艦隊の前進を阻み、同盟軍艦隊はドムヴァルとサライ国境から先には出られない状況となっていた。同盟軍側の推測ではどうやらドムヴァル沖近辺に何等かの自動的な攻撃装置が沈められており、魔導反応を感知して機動している類と考えていたが、その正体が要として分からない為に、攻撃を受けた海域に近づかないようにするのが精一杯の対策だったのだ。
だが、陸軍ではヴァルネク連合の攻撃主力を北方に置いていた事から、北方を担当していたヴァルネク第四軍は戦線を後続のコルダビア軍に任せ、そのまま南下して中央戦線のドムヴァルとソルノクを攻撃中のヴァルネク第三軍に加わる事となった。その為に中央に対する圧力は増大し、ヴァルネク連合の侵攻速度は加速した。
こうして双方で北方の戦線が停滞する中、戦場はドムヴァル中央のブオランカ盆地が焦点となっていった。そしてこのブオランカ盆地は、同盟軍が敗走を装って念入りに陣地構築とトラップを仕掛けていたのだ。だが同盟軍にとっての計算違いは、北方戦線停滞によってヴァルネク第四軍が中央戦線のヴァルネク第三軍との連携を取り始めた事で、弱軍と思われていたヴァルネク以外の軍の釣り出しに失敗した事だった。それはつまりヴァルネク連合軍の戦線の繋ぎ部分を担当するヴァルネク以外の連合軍諸国を、この盆地に誘い出して撃滅するという作戦を企画したが、その盆地に誘い出されたのはヴァルネク連合主戦力たる第三軍と第四軍だったのだ。
このブオランカ盆地に集結しつつある第三軍と第四軍を前にしてドムヴァル総理ネストリは叫んだ。
「ミハウ総統! これでは話が違うではないか!! 今や対抗出来る手段も戦力も無く、我が領土の半分をヴァルネクが侵攻してきておる! 貴殿の言う事を信じた結果がこのザマだ。大体が、前線に出てきておるのはヴァルネク軍ばかりではないか!」
「ネストリ総理。戦場という物は生き物だ。我々が思うように相手が動いてくれる訳ではない。だが、この盆地に敵軍を誘引したというのは戦略的には正しい。我々が有利であるのは変わらんのだ。この状況を以ってヴァルネク軍に痛撃を与えよう。ブオランカ盆地には、原始的ではあるが魔導探知に反応しない罠を可能な限り仕掛けてある。多少の足止めにはなろう。それに後方には浮遊爆撃部隊による連続波状攻撃も予定している。ここである程度ヴァルネクの戦力を削ぐ事は可能だ。」
「だが、南方のソルノク軍も壊滅しているのだ。このまま南方を攻め込まれてた場合、ブオランカ盆地で勝利したとしても我々はドムヴァル南方の柔らかい下腹を攻められる事になる。この戦いに何の意味があるのだ?」
ドムヴァルの総理ネストリの言葉にミハウは詰まってしまった。
現状でブオランカ盆地に誘引したヴァルネク軍第三、第四軍を殲滅出来る能力は同盟軍には無い。恐らくが多少の被害を齎すのが精々だ。その上でソルノクを突破しつつあるヴァルネク第二軍はネストリの言う通り、ドムヴァル南部のブオランカ盆地に集結する同盟軍の側面を脅かす可能性が高い。戦線整理の為に後退してブオランカ盆地への決戦を指向するも、結果的に敵ヴァルネク主力軍が集結してしまい、周辺国脱落を狙う事も出来ない。ミハウの沈黙が続く中、連絡将校が突然に会議室に入ってきた。
「失礼します! ロドーニアに派遣した高速艦隊から緊急報告が入っております!」
「一体何事だ? ……読み上げろ。」
ミハウは沈黙から逃げる様に連絡将校に対応した。
「読み上げます。オストルスキ海軍高速艦隊司令エーネルグ准将より入電。我が艦隊は嵐の海領域におけるヴァルネク連合奇襲艦隊を捕捉し撃滅を目的として当該海域に急行した。当該海域に到達した所、ヴァルネク艦隊とラビアーノ艦隊に対し、ニッポン国を名乗る戦闘艦が戦闘状態となっており、更にラビアーノ艦隊とヴァルネクの艦隊が同士討ちの結果、ラビアーノ艦隊は壊滅、ヴァルネク艦隊数艦の拿捕に成功、との事。」
「な……なんだと? 意味が分からん。何故、ラビアーノとヴァルネクが同士討ちをする? それにニッポン国とは何だ?」
ネストリが訳が分からないままに素直に疑問を述べる中、ミハウは思わずロドーニアのエルリング王の顔を見た。以前、ミハウはエルリングとの会話の中で、嵐の海が消え去った事からヴォートラン王国に派遣した駆逐艦ロムスダールの件を聞いた事があった。この話の中で、更に東方にあるニッポンと言う国の存在をちらりと聞いた事があったのだ。だが、その時にはヴォートランからの援軍を期待していた事から、直ぐにその話題は興味の無い物としてミハウは処理していたのだ。
そしてエルリング王もまた、東方哨戒部隊のモンラード大佐からの報告自体は受けていた。だが、当初期待したヴォートランが戦力としては全く期待出来ない事から、それよりも東方の諸国に関しても同様に戦力としても期待出来ず、またその能力も魔導科学が存在していない事実から文明的に劣った地域であると判断していたのだ。その為、ミハウがこちらを見ている理由は理解していても、自分自身もまた同様に困惑していたのだ。
「続けます。ニッポン国はヴォートラン東南1500km程度、嵐の海中央付近に位置する独立国との事。このニッポン国から派遣された軍艦による哨戒行動中にヴァルネクとラビアーノ連合艦隊と接触。ラビアーノ艦隊からの攻撃を受け、ニッポン国の軍艦が反撃の結果、ラビアーノ艦隊は6隻を喪失、その後ヴァルネクとラビアーノ艦隊の砲撃戦が開始、この間にラビアーノ艦隊残存はニッポン国の軍艦とヴァルネクの艦隊により全て撃沈、ヴァルネク艦隊司令ジグムント大佐をニッポン軍が拘束。その後オストルスキ高速艦隊が到着した模様。尚、ニッポン国の戦闘艦は1隻である、との事です。」
「た、単艦でラビアーノ艦隊をだと?」
「そのニッポン国の戦闘艦は相当大きいという事か?」
「いえ、エーネルグ准将によればニッポン国の軍艦は200mに満たず、魔導反応を確認出来ません。上部構造物に武装は殆ど見当たらず、直線で構成された見た事も無い形状の船だ、との事です。尚、准将からは今後の対応についての問い合わせが来ております。一つには拿捕したヴァルネク艦隊について。そして一つにはニッポン国に対して。」
「……そうか、それでなのか!」
「何事だ、ミハウ総統?」
「突然の北方海域における敵艦隊の圧力が減った事だ。突然にヴァルネク艦隊の姿が見えなくなった。例の待ち伏せ攻撃以外に艦隊は全て消え去った。こちらの航空偵察でも、艦隊の一つを南方に向けて移動したのは確認していたが、何故に艦隊を南方に向けたのか全く理由が掴めなかった。だが、この情報をヴァルネクが掴んでいたのであれば納得出来る。」
「つまり、ヴァルネクが想定していなかった新たな敵と認識している、という事か?」
「その新たな敵の戦力も未知数なのだろうが、単艦でラビアーノ艦隊に相当な被害を与えた情報は既に掴んでいるだろう。とするならば、この対応の速さも頷ける。そしてヴァルネクがニッポン国を敵と認識するならば、そのニッポン国は味方とは言えずとも有る程度の共同歩調は取れるだろう。エーネルグ准将にはニッポン国には失礼の無い対応をするように伝えよ。」
久々更新。ここ数日の連休で走り回った距離は2,000km程。一日最高740kmも走ってきました。知床半島は寒かった。そんな訳で更新再開しますよー