1_30.ボルダーチュクの判断
第一次ドムヴァル沖海戦が始まる前にボルダーチュクは完全な勝利を確信していた。
ラヴェンシア大陸南方を大きく迂回しロドーニアを直接攻撃を行ったジグムント大佐の特務連合艦隊を皮切りに始まった中央戦線の戦いは、序盤からヴァルネク連合優勢で進行していた。陸では中央と南方でヴァルネク連合の侵攻を留める手段を持たず、南方を守備していたソルノク軍の壊滅を以って侵攻作戦は第二段階へと移ろうとしていた所だった。そんな中、ボルダーチュクの元にジグムント大佐からの一度目の連絡が入った。
「ボルダーチュク猊下、ジグムント大佐より通信が入っております。」
「何事だ? ロドーニアに新たな艦隊でも現れたのか?」
「分かりません。嵐の海領域に正体不明の船が出現との事です。」
「正体不明だと? 代わる。……ボルダーチュクである。」
「特務艦隊のジグムント大佐です。只今、嵐の海領域において正体不明の船一隻を確認。どの国の艦艇にも該当せず、魔導反応を確認出来ません。」
「ジグムント。これから我等はドムヴァル沖にて同盟軍艦隊を撃滅する所で忙しい。どうせ同盟軍の新型か何かであろうが、一応所属を確認の上、同盟であれば撃沈、それ以外であれば改めて報告せよ。」
「はっ、了解です。お忙しい所を失礼致しました。」
ボルダーチュクは通信を切った後にジグムントが"魔導反応が確認出来ない"と言っていた事を思い出した。それはもしやロドーニアが魔導反応遮断装置を開発した事を意味しているのかと。だが、単艦で移動しているという事は何等かの試験航海中ではないのか? 何れにせよジグムントが沈めてしまえば問題はあるまいと思っていた。だがジグムントからの二度目の連絡内容は危険な内容だったのだ。
「ジグムントです、ラビアーノ艦隊が勝手に正体不明の艦へ攻撃、反撃を受け6隻が撃沈、なお戦闘自体は停止中。」
「なんだと!? …待て。相手は一隻では無かったのか? 何故そうなった?」
「当初、該当の不明艦を距離30kmにて確認、我々ヴァルネク側が接触して確認した上でとしておりましたが、ラビアーノ艦隊が独断で砲撃を開始。結果、正体不明艦からの反撃を受けラビアーノ艦隊の戦艦を含む6隻が撃沈、その時点で不明艦からの接触を受けました。尚、現時点で全く魔導反応を確認出来ておりません。」
「よくわからんぞ、ジグムント。その不明船とやらは沈めたのか? 」
「いえ、相手は無傷です。尚、正体不明艦からの攻撃方法が過去前例が無い方法で行われております。正体不明艦によるたったの1回の攻撃によってラビアーノの戦艦1隻が沈んでおります。他のラビアーノの戦闘艦も、同様に一撃で沈められました。」
「……ジグムント、その正体不明艦の所属を確認せよ。もしも今迄に接触の無い新しい国であるならば、必ず我等に囲い込め。我等のレフール教に恭順させ、そしてその正体不明艦の技術情報を必ず持ち帰れ。可能であれば、その正体不明艦を拿捕せよ。」
「了解であります。……正体不明艦より連絡用浮遊機がやってきましたので、また後程。」
こうしてボルダーチュクは回線を切った。
ボルダーチュクはヴァルネクの孤児だった。
ある日、管区のレフール教神父によって路地裏に捨てられて泣いていた所を拾われ、この神父の元で育った。彼はこの神父の養子となり教育を受け、貧困と無知を抜け出せない自国の体制を呪うようになった。神父によってレフールの神学校に進んだ彼は、神父の性のボルダーチュクを名乗ってメキメキと頭角を表していった。ボルダーチュクは全く神を信じていない。だが、神の名を利用して並みいるライバルを蹴落とす事にかけて彼の右に出る者は居なかった。そして神学校を出る頃には、若手の神父の中で彼の名前を知らない者は居ない程になっていった。
彼は神学校を卒業後にヴァルネクのレフール教小管区長の元に師事し、様々な後ろ暗い仕事を同時に熟していった。この段階で彼は自分の敵と味方を見分ける能力を見に着けた。そして自らに訪れる危険に関して鋭敏な能力を発達させていった。そして、彼は自分にとって障害となる様々な者達を陥れていったのだ。この危険を察知する能力をボルダーチュクはレフールの神よりも信じていた。
そしてボルダーチュクは、随分と久方ぶりに訪れた危険な予感を感じていた。ジグムント大佐は、正体不明艦と接触した後に全く連絡が取れなくなった。こちらからの呼びかけに全く応じない。もしやこれは、正体不明の敵とやらに既に特務艦隊が殲滅されてしまったという事か?
ジグムントの特務艦隊は20隻以上も居た筈だ。
だが二度目のジグムントからの通信ではラビアーノ艦隊が6隻も沈められたという。ヴァルネクから派遣した船で戦闘能力がある船は試作戦艦1隻と巡洋艦が3隻。戦力的にはラビアーノ艦隊の方が強力だろう。そのラビアーノ艦隊で戦艦を含む6隻を沈めるとは、恐らく強力な戦力から沈められたとみるのが妥当だろう。つまり今いるヴァルネクの戦艦では、正体不明艦を抑えるのは難しいと考えるべきだ。
……しかもそれがたった一隻の正体不明艦で引き起こされた事だと?
もし、南方でこの正体不明の船が艦隊でやってきた場合はどうなる?
仮に教化第二艦隊が同盟艦隊を撃滅させたとしても、お互いが無傷で済む訳ではないだろう。そこで、この正体不明の艦が現れた場合、我等の艦隊がどこまでの被害を受けるかどうか、知れた物ではない。南方方面には今、特務艦隊の他には居ない。全ての海上戦力は北方に集中している。そう、南方方面には何も海上戦力が無いのだ。
「急いで教化第二艦隊を引き戻せ! キウロスで補給を済ませた上で南方に送る。それとエストーノに連絡せよ。奴等の艦隊を教化第二艦隊に組み込んで、南方方面に送る。もしかすると重大な危険が発生したかもしれん。教化第一艦隊はドムヴァルへの攻撃を停止せよ。ドムヴァルの攻略は中央及び南方のみに限定し、北方海岸の侵攻は一時停止とする。」
こうして第一次ドムヴァル沖海戦で優勢に戦っていたヴァルネク連合は、その主力艦隊でもある教化第二艦隊を戦線から後退させたのだ。ヴァルネクの秘匿兵器である潜航部隊も弾薬の補給の際にこの話を聞いたが、彼らへの指示は引き続きドムヴァルで潜航しつつ、敵艦隊を牽制、必要であれば攻撃せよという物だった。
こうして本国ではジグムントの連絡によって引き起こされた事件が静かに波紋を広げつつあった頃、嵐の海海域でのイーデルゾーン大佐の反乱は意外な結末を迎えようとしていた。
護衛艦みょうこうが放ったハープーンは重巡洋艦レゼクネーに命中した。
だが艦橋には当たらず船体後部の動力部分に直撃しレゼクネーは動けなくなった。そして艦橋ではイーデルゾーン大佐が一人、茫然と立ち尽くしていたのだ。そこにヴァルネク海軍の集中砲火を浴びてレゼクネーの上部構造物は完膚なきまでに破壊された。残ったラビアーノ艦隊はヴァルネク艦隊によって全て沈められた。だがヴァルネク艦隊も無傷では済まず、旗艦ルドビスキには命中弾が二発、1隻の巡洋艦が撃沈され、もう1隻も航行不能となってしまったのだ。
更にはその海域600kmにミハウ総統が派遣したオストルスキ海軍高速艦隊の接近を感知したのだ。
ジグムント大佐は、そのオストルスキ海軍接近の報を聞き自沈の覚悟を決めた。既にヴァルネク艦隊は高速に移動出来ず、ここから逃げたとしても絶対にあの高速艦隊からは逃げる事が出来ないだろう。恐らく或る程度は抵抗可能だろうが、何れは仕留められる。完全に覚悟を決め、自沈を指示しようとしたジグムントの元に再び日本の連絡用浮遊機が戦艦ルトビスキに向かってやって来た。
「どうしたものかな……。一応自沈の準備を頼む。その上で、ニッポンの使者と話し合おう。」
評価、ブクマ、誤字脱字、色々いろいろありがとうございますー。感謝です!
という訳で本日も早めに更新しました。




