1_29.イーデルゾーン大佐の反乱
ヴァルネクの戦艦ルトビスキ艦橋では、ジグムント大佐とみょうこう艦長下浦一佐、そして柊の三人が双方怪訝な顔をしながら対峙していた。ジグムント大佐の疑問に、やや暫くの沈黙が続いた後に、柊が口を開いた。
「下浦一佐、差し出がましい事を申し上げますが、ここはジグムント大佐の言い分を存分に拝聴しようではありませんか? 勿論、彼の言い分は彼の国家を代表した物でありましょう。であるならばまず、そのヴァルネクという国が何を我々に要求したいのかを伺いたいのですが、如何ですか?」
「確かにそうだ、柊君。まずはその言を聞こう。話の腰を折って済まない、ジグムント大佐。」
「いえ。それよりこのヒイラギという方の立場をお伺いしたいのだが?」
「あ、これは申し遅れました。私、内閣に連なる機関に属しております柊と申します。私の立場としては、あなた方の伝えたい内容を私共の政府に直接届ける立場だと思って頂ければ。」
「ああ、なるほど。改めて良しなに頼む。それで話の続きは良いかな?」
「是非お願いします。」
「我々の陣営としてヴァルネク連合の傘下に入る条件の二つ目は貴国の持つあらゆる技術情報の開示だ。貴国が持つ技術情報で我々が活用可能な物があれば、我々が貴国の情報を元にして新たに我々が利用可能な物とする。それが故に我等連合は更に強力な物となろう。」
「なるほど、仰りたい事は理解しましたよ。ところでですね、我々が持つ技術と貴方方が持つ技術、恐らく技術体系が全く違う理屈で構築されていると思うのですが、その辺りはご存知でしたか?」
「或る程度は想定している。」
ジグムントは、現在の状況を大雑把には正確に把握していた。
こちらからは全く捕捉出来ない艦艇。しかし相手からは正確に捕捉され、しかも1発も外す事なく攻撃を命中させていた。これが意味する所は、相手側の探知装置とこちらの探知装置の仕組みが全く違うか、性能が段違いという事だ。恐らくは、北方のドムヴァル海域で試験的に投入された潜航艦に搭載した魔導反応遮断装置をあらゆる艦艇に積み込んだ類という事なのだろう。
そして、このニッポン国とやらの軍艦は遥か上の探知性能と攻撃システムを搭載し、ヴァルネクのどの船よりも性能を上回る筈だ。だが、そんな事を馬鹿正直に言っても、こちらの底を見られるだけだ。ジグムントは法王ボルダーチュクからの指示の通りに動こうとはしているが、口を開く度に袋小路に入り込んだような気持ちになっていた。そう、ジグムントが想定した以上の現実を目の前のニッポン人から告げられたからである。
「我々は貴方がたを遥か遠方から捕捉してきたんですよ。その気になれば150kmの彼方から攻撃も可能だった。然し乍ら我々はそうはしなかった。その意味が分かりますか、ジグムント大佐?」
「150km先に探知した物を攻撃可能、とでも言うつもりか?」
「参考までにですが、我々の探知能力はそれ以上あり、攻撃能力もその探知能力に準じた物となります。すなわち、150km先に探知した敵性の勢力に対する攻撃能力を有します。で、そういった能力を持つ我々が、何故それより劣る貴国ヴァルネクの傘下に入らなければならないのですか? その辺りを明確にお答え願いたい、と真摯に思う訳ですよ、ジグムント大佐。」
「な!? え……? それは……いや、決して我々も探知が出来ぬ訳ではないが……」
正直、ヴァルネクも探知するだけなら探知する事は可能な筈だったのだ。だが、このニッポン国の軍艦を探知する事が出来ず、僅か30kmという距離まで接近を許した。正に突然現れたという状況に陥った事も確かだった。恐らくはこのニッポンの軍艦は、魔導反応遮断装置をあらゆる船や浮遊機に搭載しているのだろう。それが故に、ああいう奇怪な形をしているに違いない。だが、我々に150km先に攻撃する手段があるかどうか。その答えは勿論、我々にそんな手段は無い。
「……シモウラ一佐。少し本国と連絡を取らせて欲しい。宜しいだろうか?」
「構いませんよ、どうぞ。」
青い顔をして席を外したジグムント大佐を後目に、下浦一佐は柊に詰問していた。
「柊君、あんな強い言葉で追い詰めて大丈夫か? 彼にも立場があるだろう?」
「正直、既にアール(ロドーニアの事)から、彼らの遣り口は聞いている筈ですよ、下浦一佐。今回の攻撃に関しては、既に先制攻撃をこちらも受けているし、自衛反撃によって何隻かを沈めている。こちらの実力を十分に分からせた上で、攻撃する気持ちを失わせるのですよ。その為には強い言葉でも相手に伝わったなら、安いモノです。最終的に実力が乖離している相手に仕掛ける方法は奇襲かテロだけになりますが、それは互いの距離が問題となって、大きな懸念にはならんでしょうし。」
「いや、彼らもどんな方法を編み出すか分かった物ではない。態々危険な方向に話を誘導せずとも話し合いで、」
「しっ。なんか空気オカシイですよ、下浦一佐。」
柊は高田からガルディシア関連の報告書を精査し、この世界における不変のルールは元の世界と同様弱肉強食である事を理解していた。日本的な情緒豊かな相手の気持ちを思いやった優しい気持ちが通用しないこの惑星で、今迄の日本的な対応を他国に求めた場合、一方的に搾取されるであろう事は疑い無い。多少国や地域が変わったとしても、侵略戦争を仕掛けてくるような国にはそれほど差は無いのだ。そう思って最初から接してきた柊は、ヴァルネクに対して辛辣な態度を隠そうともしていなかった。だが、この艦橋におけるヴァルネクの軍人達の慌てふためきぶりは今迄とは何か違った。その時、ルトビスキの艦橋後方にそそり立つ魔導通信塔が、ラビアーノ艦隊から攻撃を受け、通信塔が破壊された。
・・・
「イーデルゾーン大佐、ルドビスキに降り立ったのは敵艦艦長ともう一名だそうです。所属はニッポンという国だそうです。」
「ニッポン国……聞いた事は無いが、東方の国家なのか。まあいい、今ルドビスキを攻撃すると、ジグムント大佐と共に正体不明の敵艦艦長を始末出来る、という事だな?」
「大佐、それは幾ら何でも後に確実に問題となりますが……本気ですか?」
「本気も本気だ。まず初撃は本艦が撃つ。戦艦ルトビスキ艦橋を狙え、一撃で破壊するのだ。その上で回線開け。……不幸にも艦隊司令ジグムント大佐は、ニッポンを名乗る正体不明の国家所属の軍艦の乗組員によって、卑怯にも奇襲攻撃を受け戦死なされた。我々はジグムント大佐、そしてドムヴァル海将の仇を討つ、全ラビアーノ艦隊戦闘準備、目標戦艦ルトビスキ!」
ヴァルネクから派遣されたのは戦艦ルトビスキと巡洋艦が三隻、残りは戦闘能力の無い補給艦だ。対してラビアーノ艦隊はイーデルゾーン大佐の重巡洋艦レゼクネーを筆頭に、巡洋艦二隻、仮装巡洋艦三隻、重対地魔導砲艦五隻。そして、このラビアーノ艦隊は、突然ヴァルネク艦隊の戦艦ルドビスキに攻撃を開始した。
ヴァルネク軍と下浦一佐、そして柊にとって幸いだったのは、ラビアーノ艦隊は当初の日本の護衛艦みょうこうへの攻撃を中断した状態でその海域から動いていなかった為、ヴァルネク艦隊とラビアーノ艦隊、そして日本のみょうこうはそれぞれ離れた状態となっており、その為、ラビアーノ艦隊の初撃で当たったのは戦艦ルドビスキの通信塔のみであった事だ。だが、ヴァルネク軍がラビアーノ艦隊に反撃を開始し始めた事で完全に乱戦状態となった。
「ジグムント大佐。これでは仕方ありませんね。話の途中ではありますが我々は艦に戻ります。」
「ま、待ってくれ。我々はニッポンと敵対していない。これはラビアーノの反乱だ!」
「お互い生きていたら、改めてまたお話しましょう、では。」
すぐに艦橋を辞した二人はそのままヘリに乗り込み、戦艦ルドビスキから離れた。そして、このヘリが離れる姿もまた、ラビアーノ艦隊からも観測されていた。
「戦艦ルドビスキより、ニッポンの浮遊機の離艦を確認!」
「なんだと?! ちっ、殺り損なったか。そっちは放っておけ。ルドビスキはどうなった!?」
「初撃以降の命中弾確認出来ません! ヴァルネク巡洋艦ゴーフルこちらに反撃を開始しています。あ…仮設巡洋艦ミエレツに命中……ミエレツが転覆。仮装巡洋艦ラドムにも命中弾! 戦列を離れ……ラドムも転覆します!」
「不意打ち専門は役に立たんな。ルドビスキに攻撃を集中しろ! 何としてでもヴァルネクの艦隊さえ全て沈めてしまえば、後で何とでも申し開きが可能だ。だが、撃ち漏らした場合は我々が終わるぞ。」
イーデルゾーン大佐は、最初から気に入らなかったのだ。
ドムヴァル将軍を見殺しにしたヴァルネク軍。今回の作戦に割り込んできた癖に艦隊司令を就任したヴァルネクのジグムント大佐は当初からラビアーノ艦隊を二線級扱いだった。そして突如現れては、我々の船を次々と沈めたニッポンの船。これら全てを殲滅した上で、都合の良い報告をしたならば連合の中でラビアーノ海軍の地位は確たる物となる。気に入らん連中を全て排除した上で栄達する繊細一隅のチャンスだ。幸いに、長距離通信能力を持つ戦艦ルドビスキの魔導通信塔は初撃でへし折った。あとは全てを沈めてしまえば証拠なんてモノは何も無くなる筈だ。
だがイーデルゾーン大佐の乗る重巡洋艦レゼクネー艦橋に絶望的な叫び声が響いた。
「ニッポンの軍艦が発砲! さ、先程の筒が、こちらに向かってきます!!
護衛艦みょうこうは艦長の下浦一佐と柊を収容後、直ぐにラビアーノ艦隊に対して残った二発のハープーンのうち一発を重巡レゼクネーに撃ち込んだのだ。レゼクネーの艦橋では皆が一斉に逃げたし、イーデルゾーン大佐のみが艦橋に残された。
なんか突然アクセス微増しましたよ。
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という訳で、久しぶり早めの更新。