1_23.トーン軍港壊滅
この日は朝から晴天が広がる快晴だった。
ロドーニア東方哨戒部隊のトーン軍港では、港に隣接する浮遊機駐機場に数機の哨戒機が止められていたが、哨戒艦は全て西方に出払っていた。それはロドーニアの東から敵が接近する事は無いという思い込みからだった。唯一残っていた駆逐艦はヴォートランに行ったまま未だ戻ってきては居ない。そして、その日の朝から魔導探知機に反応があった事から、哨戒機が緊急発進体制をとっていたのだ。
「正体不明の反応、南東距離800km程度。嵐の海の境界線に沿って北上中、ここロドーニアに向かっている模様です。」
「……一体何者だ? 嵐の海の境界線沿いという事は……ヴォートランでも無いな。」
「分かりません。ただ、時速40km程度で移動しているので恐らくは何等かの艦船の類かと。」
「ふうむ……哨戒浮遊機上げろ。乗員は誰だ?」
「哨戒浮遊機03上げます。操縦士はエーリク一等操縦士とオーレ観測員です。回線繋ぎますか?」
「うむ。哨戒浮遊機03、こちらトーン基地司令マッティンだ。エーリク操縦士、応答せよ。」
「エーリク操縦士です。」
「概要は先程の説明の通りだ。ロドーニアに南から接近する正体不明の船がある。早急に直接目視で確認せよ。」
「エーリク、了解しました。行きます。」
こうしてロドーニア東方基地トーンから出発したエーリクは、800km彼方の指定された座標に向かって飛んでいた。途中、幾度かトーン基地からの指示によって方向を微修正しつつ、目標座標に距離10km近くまで接近した事から、浮遊機の魔導探知機を動作させた。すると果たして魔導探知機には大型の戦艦と思われる魔導反応があった事から直ぐにトーン基地に連絡を入れた。
「こちらエーリク、目標座標に接近中。魔導探知機の反応は大型の戦艦クラスの反応です。これより目視で確認します!」
「了解、十分に警戒せよ。」
「了解……これより目視で……あ、あれは……ヴァルネク海軍旗とラビアーノ海軍旗!? 魔導探知機反応増大! 大型の戦艦後方から、浮遊機多数発艦!! その外は重巡洋艦と巡洋艦、他20隻以上! 対空砲火上がってきました!!」
「何!? エーリク操縦士! 急いで基地に戻れ!」
「了解しました、戻ります!」
だが、エーリクとオーレはトーン基地には戻らなかった。魔導探知機で見ていた限りでは、戦艦と思しき船から大量の小さな魔導反応を持つ物が飛び立った様に見える。この小さな魔導反応が、エーリクとオーレの乗る哨戒浮遊機を追いかけ、撃墜する様に見えた。だが、これの意味する所は、ここロドーニアに敵の船がやって来たという事だ。しかも、この船は多数の浮遊機を持って来ている。基地司令マッティンは直ぐに直通回線を開いた。
・・・
「……完全に暴露したな。おい、先程の哨戒機は落としたか?」
「現在帰還中の第三浮遊隊が撃墜を確認しています、大佐。」
「良し、浮遊機収容急げ。既に我々の存在は露見した。これよりロドーニア東方を強襲する。浮遊機全機の収容を以って全艦隊全速前進だ! 砲撃を加えた後に、浮遊機による爆撃を行う。ラビアーノ艦隊も良いな?」
「こちらドッテイル海将だ、了解した。貴軍に追従する。」
こうしてヴァルネク特務連合艦隊は、ロドーニア東に向けて全速力で移動を開始した。
・・・
ロドーニア東方に現れた敵艦隊の報は、直ぐにロドーニア王の元に届けられた。
「東方に敵艦隊だと……? 一体どこの船だ。?」
「哨戒浮遊機からの連絡ですが、ヴァルネク海軍とラビアーノ海軍との事です。その後、哨戒浮遊機は落とされた模様です。」
「哨戒浮遊機を? いや、馬鹿な? 哨戒機だろうが。船が落とせる訳がない。」
「それが……ヴァルネク艦隊から浮遊機が多数浮上し、哨戒機を追撃した上で撃墜した、と。」
「な……なんだそれは? 艦隊から浮遊機だと? 奴等はそれをここまで運んできたのか?」
「その様です。先ずもって一番近いトーン基地には浮遊機は4機しか配備されておりません。戦闘可能な浮遊機を持つ他の基地から搔き集めても操縦士が用意出来ません。殆どの操縦士は中央戦線に派遣しております。本土防衛用の浮遊機は数える程しか無く、そして操縦士も殆どいません。居るのは訓練中の者ばかりです……」
「いや、浮遊機もそうだが、そもそも敵の艦隊は戦艦やら重巡やらが20隻も居るという話ではないか! 今、ロドーニアには戦艦に対抗出来る船何ぞ全て出払っていて無いぞ。オクニツアに居る艦隊を戻しても半日以上はかかる。一体どうする?」
ロドーニアの王宮は、ヴァルネクのジグムント大佐の読み通りに大混乱に陥っていた。トーン軍港を放棄した上で全てのトーン軍港の全部隊を敵艦の砲撃が来ないであろう内陸に後退させ、ロドーニアに居る全ての浮遊機をトーンから100km程内陸にあるネーネル基地に集結させたのが精一杯だった。
この混乱はオクニツアに集結している艦隊にも敵艦隊ロドーニア本島に接近中の情報と共に伝えられた。だが距離の問題は同盟国軍の艦隊にも打つ手が無い事から、被害がそれほど大きくならない事を祈る事しか出来なかったのだ。
こうしてトーン軍港は徹底的に敵艦隊からの砲撃を受け、地上にある軍施設は壊滅状態となった。間髪を入れず浮遊機が飛来し丁寧に仕上げていったのだ。ロドーニアの浮遊機は内陸に後退していた事により被害は無かった事だけが幸いだった。だが、被害状況を聞いたオストルスキ共和国のミハウ総統は、頑なに同盟に集結した艦隊を動かそうとはしなかった。
「総統! 艦隊を、艦隊をロドーニアに!」
「待て。これは陽動だ。明らかに陽動だ。ロドーニアを一撃した敵の艦隊は直ぐに南に去るだろう。だが、ここで我々が敵艦隊を追撃した場合、ドムヴァル沿岸は敵艦隊が撃ち放題となるだろうが、そうはさせない。艦艇はそのまま待機だ。……だがロドーニアに来た敵艦隊をそのまま逃がしはせん。足の速い船を用意して分遣艦隊を派遣する。」
こうしてヴァルネク特務連合艦隊の初戦は第一目標たるロドーニア攻撃による混乱を引き起こす事には成功した。だが、第二目標である同盟軍艦隊のロドーニア方面への誘引には失敗した。
だが、中央戦線ではヴァルネクの計画通りに遂に砲火の火蓋が切られたのだ。