1_22.ヴァルネク特務連合艦隊
ヴァルネク連合軍と16ヵ国同盟軍の戦線は、中央北のドムヴァル国と南のソルノク王国の国境沿いに固定されたまま睨み合いの状況が続いていた。事前にソルノクは領土の北方を放棄して戦線を直線化させ、守り易い地形に後退したまま頑強な陣地を構築していた。この中央戦線に両軍合わせて200万の兵力が集中しているのである。
「猊下、連合他国の開戦要請が日々強くなっておりますが。」
「分かっておる。今暫く待たせておけ。もう直ぐだ。」
「しかし何故未だ待機なのかを諸国連合軍に説明されても良ろしいのではないでしょうか? こうして待機している間にも、敵同盟軍の戦力が増強されており、我が方の取りうる戦術は強襲のみとなってしまっておりますが……」
「ふむ……マキシミリアノ。以前、我が海軍の試作戦艦だが、アレが今どこに居るか分かるか?」
「試作戦艦……戦艦ルトビスキの事でしょうか? 確か、オクニツア攻略に向けてザラウに移動中に例の魔法攻撃によって一旦ラビアーノに引き返したまま待機だったのではないかと…」
「そう、それだ。ルトビスキだ。だが今居る場所は違う。ルトビスキはラビアーノ艦隊と合流し、大陸南方を経由した後に嵐の海に向かっておる。その後、嵐の海外周を経由した上で、ロドーニアを攻撃する。戦艦ルトビスキを旗艦とする連合艦隊22隻による奇襲攻撃だ。恐らくはロドーニアを滅ぼすには至るまい。だが同盟の連中は大混乱を来たすだろう。その時こそが中央戦線での攻撃の時だ。」
「それは……猊下……何故、今まで伏せていたのですか? そして何故今、それを?」
「連合の中にも草が潜んでいる可能性を考慮してな。どこから情報が漏れるや分からん。貴様を疑っている訳では無く、全てを疑った結果として秘策は最後まで関係の者にしか伝えては居らぬ。そして先程、ルトビスキの艦長ジグムント大佐から通信が入った。嵐の海に到達、と。」
「おお、それではもう直ぐロドーニアに!?」
「その積もりであったが、何やら奇妙な事を言っておってな。嵐の海該当地域に到達したが嵐の存在を確認出来ぬ、とな。当作戦遂行にあたり重要では無い故に、当初目的に沿って作戦を遂行する様に命令したのだが。まあ何れ直ぐにロドーニアへの攻撃を開始の報告が入るであろう。その際にこそ全軍に号令を出す時よ。」
「成程、そのような手を打って居られたとは…差し出がましい言を申しました。」
「良い。今一度、各軍の布陣を確認したい。読み上げよ。」
「はっ、ロジャイネ西方の北から各軍が布陣しております。最前線には北からヴァルネク第四軍、中央にヴァルネク第三軍、南の中立国テネファとの国境沿いにヴァルネク第二軍が主戦力として待機、その後詰としてコルダビア第一打撃軍、マルギタ第一突撃軍、マルギタ第二突撃軍、ザラウ国第一軍、オラデア公国第一軍がそれぞれ待機しております。また、キウロス国で待機していた各国艦隊はロジャイネの港に移動し、直ぐにドムヴァル沿岸への砲撃が可能な状態で待機中です。」
「ふむ……恐らくは同盟の艦隊主力はオストルスキに集まっているだろうが、まさか同盟の連中もロドーニアへの攻撃が行われるとは夢にも思うまい。ロドーニア強襲を受けて敵同盟軍艦隊はロドーニア防衛に行くだろう。敵艦隊がロドーニア防衛に走れば、ドムヴァル沿岸は無防備となる。そこで全艦隊でドムヴァルの沿岸を攻撃し、その後にヴァルネク第四軍を東進させるのだ。後詰の軍を北方の海岸線に集中させよ。それと恐らくはもう魔法攻撃は無い故に各軍は恐れる事無く突進させるのだ。」
「魔法攻撃が無いですと!? そ、それは如何なる根拠があるのでしょうか?」
「もう無いのだ。オクニツアで捕えたロドーニアの魔法士が吐いた。連中の魔法士は全部で四名、一度大魔法を放つとチャージに随分と時間が掛かる様でな。数年は放つ事が出来ぬそうだ。」
「なんと……すると、あのオクニツアの戦いで大規模魔法を全て撃ち尽くした、という事でしょうか?」
「そうだ。だが連合の他国の連中には知らせるなよ。この情報もまた武器となるのだ。連中は大規模魔法攻撃を恐れるが故に、軍を前方に出す事を出し渋っておった。我がヴァルネクが前線の全てで前衛となる事を有難がって了承する始末だ。この戦いの結果、我等の作戦に文句を言う国は二度と出てくる事もあるまいよ。」
「成程、感服致しました猊下。」
「そういう事だ。さて、未だジグムントからの連絡は入っては居らんのか?」
「はっ、未だ新しい入電はありません!」
その頃、戦艦ルトビスキを指揮するジグムントは自らが理解していた海図とは全く異なる状況に困惑していた。在るべき筈の嵐の海が無く、そこは一面ベタ凪で晴天の海が広がっていたのだ。
「不味いな。嵐に紛れての奇襲攻撃予定だったがこれは完全に強襲になるぞ。既に魔導探知装置でこちらの位置は知られている筈だ。引き続き全周警戒、敵の攻撃に備えろ。索敵手、敵の反応はあるか?」
「今の所、ありません。……あ、ロドーニア東方の方向に魔導反応あり。ただ、遠すぎて何者か判断出来ません。」
「ロドーニア東方か。敵の艦隊はオクニツアに集結しているという話だ。とするならばロドーニア西方から出現してくる筈。言わば、本土防衛用の何かという事になるだろうな。一応戦闘行動だ。ラビアーノ艦隊が遅れている、急がせろ。」
ジグムントは22隻の艦隊のうち直接指揮しているのがヴァルネクから派遣された6隻だけであり、残り16隻がラビアーノ艦隊となる。ラビアーノ艦隊はドッティル海将が指揮をしていた事から指揮権の問題で衝突が起きていた。何故ならば、この艦隊を指揮していたのはヴァルネクのジグムント大佐だったからである。
「急がせろだと!? たかが大佐の分際で。……おい、了解と返事はしておけ。だが艦隊はこのままだ。」
「ドッテイル将軍、宜しいのでしょうか?」
「我々は可能な限りの努力を行っているが機関不調の為、追従する事能わず。と追加で返信しろ。」
「了解です……」
ラビアーノ海軍のドッテイル海将は実に不機嫌だった。
急遽ラビアーノ本国から命令されて編成されたロドーニア急襲の艦隊だったが、ヴァルネクが捻じ込んで来たのは戦艦が1隻と巡洋艦が3隻に補給艦2隻、そしてその艦隊がロドーニア急襲の特務連合艦隊の指揮を取るというのだ。しかもそのヴァルネクの戦艦ルトビスキ艦長ジグムント大佐が今回の艦隊指揮を取るという。確かに艦隊全体を見渡した時点で、一番に戦闘力がある船はヴァルネクの戦艦ルトビスキであり、ラビアーノ艦隊旗艦の重巡洋艦パルティスが一段落ちなのは確かだ。だが艦隊を指揮するのがラビアーノ海軍の将軍たるドッテイルでは無く、ヴァルネク海軍の大佐である事が承服出来なかったのだ。
そしてラビアーノ艦隊とヴァルネク艦隊の間に若干の距離が生じ始めた頃に、ロドーニアの哨戒浮遊機がちらほらとヴァルネク艦隊上空び魔導探知範囲内に反応し始めたのだ。
「対空戦闘用意しろ! …一体ラビアーノ艦隊は何をしとるのかっ! ドッテイルと回線開け!」
「ジグムント艦長! ドッテイル海将が出ました!」
「うむ、代わる。ドッテイル海将! 一体何をしていますか!?」
「ジグムント大佐、我がラビアーノ艦隊は機関不調の為に若干遅れておる。大変申し訳無いが、直に追い付く故容赦願いたい。」
相変わらずのドッテイルの反応に、ジグムント大佐はマイクに向かって叫んだ。
「今直ぐ艦速を上げて集結せよ! 上空にロドーニア浮遊機が接近しているのが分からんのか!」
実の所、探査に使用する魔導結晶石の量が遥かに多くヴァルネクの戦艦ルトビスキには積んである。つまり魔導探査能力は戦艦ルトビスキの方が遠くまで探査可能だ。その為、未だラビアーノ艦隊はロドーニアの浮遊機を確認してはいなかったのだ。
「こちらでは未だ確認出来てはおらん。どの程度接近している?」
「ロドーニアの浮遊機は凡そ600km程、我が艦の探知限界付近まで来ている。恐らくロドーニア陸上の魔導探査装置に誘導されてこちらに向かってきている。接敵予定は1時間半後。既に我々は敵に所在暴露した物として行動する。全艦隊戦闘準備!」
「む、ジグムント大佐、了解した。」
そして1時間半程過ぎた頃、艦隊上空にロドーニアの浮遊機が現れた。