1_21.スヴェレ、担当日本人と接触す
がっくりと肩を落としたまま戻ってきたスヴェレに対し、モンラードはどんな結果だったのか概ね想像しつつも声をかけた。
「ニッポンの反応はどうだった?」
「それがですね……」
スヴェレが日本の在外公館で聞いた話をモンラードに話した。
それは日本国には憲法という最高法規が定まっており、その憲法に従って何事も判断するのだという。その憲法は戦争放棄を謳って居り、勿論対外的な戦争行為を行う事が出来ないというのだ。
「はぁ? なんだその法律は。いや、今迄嵐の中に居たからこそ、それで済んでいたのかもしれんが……」
「あ、その嵐の話もですね。どうやら、彼らが言うのは別の世界からこの世界に移転してきたというんですよ。俄かには信じがたいんですが。」
「はあ? 別の世界だと? 何を馬鹿な……彼らがそう主張していたのか?」
「そうなんですよ。あの嵐の海の大魔導士が呼び出したのが、どうやらニッポンだったと。その嵐の海の中に居る大魔導士と接触した際に、相当な人的被害が出たそうなんです。で、その大魔導士に対して攻撃を行った所排除に成功し、被害を受けた人達が生き返ったと。大魔導士を倒した時に嵐も晴たので、恐らくは大魔導士がその現象を引き起こしていたのであろうとニッポン人は推測している模様です。」
「一体なんなんだ、その荒唐無稽な話は……」
「いずれにせよ、彼らは異世界から呼び出された存在と認識していうる様です。その為、この世界の様々な国に対して友好的に交渉を持ちたいとも言っていました。彼らが最初に接触したのがガルディシア帝国、そしてヴォートラン王国とエステリア王国との事。それがちょうど1か月前の話です。」
「成程……スヴェレ君。ヴァルネクの話は彼らにしたのかな? 彼らが何を求め、何を犠牲にしながら領土を拡大しているかを?」
「当たり前ですよ。彼らニッポンの本国に確認を行うので即答出来ないと言っていましたね。明後日には新しく担当を寄越すので、明後日にまた来て欲しいとも言われましたよ。」
「分かった。という事はニッポンの反応は完全拒否では無いと思う。明後日にはもっと前向きな話が出来る事を祈ろう。そんな肩を落とす事では無いだろう。それにニッポンと話す前に、ヴォートランのファーノ国王にヴァルネク侵攻の件について話した方が良いだろうな。そうすればヴォートラン側からもニッポンへの働きかけが期待出来る筈だ。」
「はぁ……だと良いんですが……そうですね、国王陛下に先に当たってみます。」
「ちなみにだ。彼らニッポンの飛行機という浮遊機も戦闘艦も魔導探知に一切反応が無い。つまり彼らの戦力は我々の魔導探知機に引っ掛からないのだ。これは重大な軍事的脅威だ。何せ、相手の確認を行う為には目視しか方法が無いのに、あの速度だ。彼らがヴァルネクに向かってくれたなら力強いが、我々に向かってくるとなると全く対抗出来ん可能性があるな。」
「軍人の目から見て、そう思われますか?」
「ああ、俺は海軍だから空は門外漢だ。だが、それにしても速度の差は圧倒的に速い方が優位に立てる位は知っている。彼らの飛行機はその速度が信じられんレベルで違い過ぎるのだ。空でああなら、海も恐らくは大変な能力の差があるだろう。一度、見学してみたいものだが……」
「それも含めて次回のニッポンの公館訪問時に確認しましょう。それに国王からの依頼でニッポンから派遣されている護衛艦という船が常時最低1隻は常駐している様ですし。」
こうして明後日に望みをかけたモンラード大佐とスヴェレであったが、その前日の段階でフィリポIV世との謁見申し込みが通らず日本との面談の後に謁見が入ってしまった事からスヴェレは完全に意気消沈していた。これでは日本に対してヴォートランの後押しが得られないままに日本と対峙する事になる。果たしてスヴェレの危惧は幸いな事に外れたのだった。
当日を迎えて余り期待の持てなさそうな日本の在外公館に向かったモンラード大佐とスヴェレだったが、朝っぱらから公館の外に既に日本側の新任が二人を待ち受けていたのだ。
「どうもこんにちは、ロドーニア王国の方々ですか?」
「あ、ロドーニア外務局一等外交官のスヴェレと申します。こちらは王国海軍のモンラード大佐です。貴方は日本の公館の方ですか?」
「そうです…ね。それで構わないです。私は日本国政府所属の柊 賢吾と申します。以後見知り置きを。日本国の外務省から専任の外交官が何れ派遣される予定なのですが、それまでの間は私が貴国ロドーニア王国を担当します。よろしくどうぞお願いします。」
「成程、宜しくお願い致します。……早速ですが、私共は、」
「あ、いえ。中に席を設けておりますので、どうぞお入り下さい。」
こうして日本の在外公館の中へと案内された二人には意外な展開が待っていた。
「単刀直入に申し上げます。我が国は他国の戦争に直接的な介入をする気は基本的にありません。ですが……」
「……ですが?」
「もう少し状況を教えて頂きたいのです。その内容如何によっては何等かの対応をする可能性があります。また、その脅威度によっては我々の本国も対応が変わるかもしれません。よろしいですか?」
「おお、それは! それでは状況を話させて下さい、是非に!」
こうして二人は内調の柊に詳細を語った。
「なるほど、魔導結晶石と人造魔導結晶石ですか。言わば高エネルギーの塊を人間を使う事によって人工的に精製すると。結果として戦争によって他国を併呑した上で、人をそのまま人工魔導結晶石に変えちまう、と。そういう事ですね? こいつは思ったやり厄介な相手の感じがしますね……」
「そうです。既に何か国もヴァルネク連合に併呑されており、彼らの力はそのまま人口が結晶石の為の道具となっております。このままヴァルネクが進めば、何れ我等ロドーニアも。そしてここヴォートランも危うい。ですが、ヴォートランの科学力では正直言って対抗する事は出来ないでしょう。なんとか、ニッポンの助力を得られたら……」
「ふうむ……ちょっとお伺いしますが、もし仮に我々がヴァルネク側に接触したらどうします?」
「え? そんな……既に接触しているのですか?」
「いえ、全然。あ、ちなみに。その魔導結晶石とやらですが、魔力を持たない人間が使用した場合も動作するのですか?」
「それは…私共がこのニッポンの公館に来るにあたり武器の類は全て艦に置いてきてあります。その中に魔導銃もある。宜しければ、一度我等の船に来て頂けますでしょうか?」
「おお、それは願ったり叶ったりですね。是非願いたいですね。今直ぐでも良いですよ?」
こうして日本人の柊を伴って、駆逐艦ロムスダールに戻った二人は早速に艦内の食料保管庫を少し整理して銃が撃てる環境を作った上で一番小さな魔導兵器である魔導銃を取り出して出力を一番最小に絞り、柊に手渡した。
「ヒイラギさん。あそこを撃ってみて下さい。出力は絞ってあります。」
「ふむ……このダイヤルで出力調整をするんだ。弾は……ああ、そうか。その魔導結晶石とやらに依存しているのか。じゃ、撃ちますよ。」
引き金を引いたカチリという音と共に銃口がほんのりと淡く光った。
だが、光っただけで何も発射されなかったのだ。
「…え? これって合ってます?」
「おかしいな。ヒイラギさん、ちょっと貸して下さい。」
銃を受け取りモンラード大佐が撃った瞬間、食料保管庫内の狙った箱に閃光と共に穴が空いた。
どうやら銃は正常に動作している様だった。つまり、日本人は魔導兵器を使用する事がどうやら出来ない可能性がある。逆に言うと魔導兵器を使う我々ロドーニア、そしてラヴェンシア大陸では全ての人が持つ魔力を元にして、魔導兵器が使われている可能性がある。余りに当たり前に動作するが故に、そこに思い至らなかったが、全く魔力を持たない人間がそれらを持つと動作しない事が判明したのだ。
「つまり……魔法を持たないニッポン人とヴォートラン人は魔導兵器を使う事が出来ない可能性が高いと?」
「そういう事になりますかね。ただ、我々日本人は別種の作動原理で働く各種機械を持ってますので、それほど困る事は無いとは思います。それと、魔導機関の仕組みと出力について関心があるので、色々と教えて頂きたいとも思いますが、宜しいですか?」
「あ? ああ、問題無いでしょう。この船には魔導科学技術団も乗っています。そこら辺りは教えるには吝かではない。だが、貴国ニッポンのあの船についても教えて頂けますかな?」
「それは勿論ですよ、モンラード大佐。宜しければ、護衛艦の方と調整して案内可能な日を決めてまいります。そうそう、貴方方と直接連絡を取りたい場合はどうしたら良いでしょうかね?」
「そうですな。我々は魔導通信機を使いますが……きっと動作しないでしょうな。」
「銃がアレでしたからね。こちらの通信機を渡しておきましょう。あとで使用方法を教えておきます。直ぐ、護衛艦の艦長と話して見ますので、少しお待ちを。」
こうして柊がヴォートランに来ている日本の護衛艦とコンタクトを取っている間、スヴェレは魔導科学技術団の一人と話していた。
「どう思う?」
「今の所、何とも言えないですね。彼らの動力機関や能力が未だ分からないです。それと魔力が無いと魔導結晶石を組み込んだ物は全て使えないのか、なにか条件があるのか、分からない。しかし我々の持つ武器が彼らの手に渡っても使えないという事は一長一短ですよ。」
「どういう事だ?」
「共に戦う場合、補給を完全に別にしないとならんのです。隣同士、弾の融通も出来ない軍が隣に居ても邪魔なだけでしょう。我々の持つ武器が一切合切使えない場合、彼ら自身が弾切れとなった瞬間に単なるお荷物です。」
「それはそうだが……まだ共に戦うと決まった訳じゃない。じゃないが、もし本当にそうなった場合はそれはそれで痛い問題となるだろうな……」
「ええ、問題は他にもあります。それは、」
と、その時に柊の通信が終わって向き直った為に、会話はそこで一旦終わった。
「明後日、トリッシーナの港に日本の護衛艦みょうこうが入港します。艦長には見学の許可を取ってありますので、明後日にこちらにいらして下さい。私が案内しますので。」
スヴェレは否定的な魔導科学技術団の一人エーブレと顔を見合わせた上で、快諾した。
日曜お休みした分、ちょいと増量。
というか予定した性格を全然表現出来ていない感じ。