1_20.スヴェレ落胆す
ヴァルネク連合との前線たる、ここ中央戦線のドムヴァルとサライ両国には奇妙な小康状態が訪れていた。それは両国にとっては戦力の集中と再配置を行える良い機会であったが、その小康状態となった理由はヴァルネク連合の兵力移動の為だった。
ヴァルネクはオクニツアにヴァルネク主力を投入した結果、最後の大規模魔法攻撃によりヴァルネク陸軍の第一軍と第四軍が殲滅範囲内におり、第一軍は壊滅、第四軍の一部も同様に殲滅された。それでもヴァルネク第二軍、そしてザラウ軍とオラデア軍によってオクニツアは占領されたのだ。これら各軍はオクニツア占領後、北方に向けて戦力を移動させていた。だが、壊滅したヴァルネク第一軍残余は再編の為にヴァルネクに戻り、コルダビア軍もまた壊滅した第二打撃軍再編の為に自国に戻っていった。また、それなりに被害を受けた各軍は中央前線に入る手前の段階で休養を受け、兵や装備の補充をした上で中央戦線へと向かった。これらの兵力再編や移動に費やした期間は1か月程であり、この1か月間はヴァルネク連合、16ヵ国同盟双方の束の間の平和が訪れていたのだ。だが双方共にこの小康状態を利用して中央戦線に戦力を確実に積み増していった。
だがこの1か月の間、モンラード大佐の一行には驚天動地の出来事が起きていたのだ。
それはモンラード大佐とロドーニアの魔導科学使節団、そして外交官スヴェレがトリッシーナに滞在している時だった。駆逐艦ロムスダールで何時もの様に整備に勤しんでいたモンラード達は、聞きなれぬ爆音を伴って海岸にやってきた空を飛ぶそれが海上に着陸するのを見た。モンラード大佐は一瞬、浮遊機かと思ったが浮遊機はあれ程の音を出さない。そもそも海上に降り立つ能力も無い。そうこうするうちに、空飛ぶ着水した何かは艇内から内蔵していた船を取り出し、それに何人かが乗り込んでトリッシーナの港にやって来た。そして国王と謁見した後に、数日後に引き上げていった。
その後に国王ファーノIV世に情報を聞きに行ったスヴェレ達は、数日前に入手した日本から来た飛行機なる物の存在を知った。つまり、飛行機とやらの後続距離の中に日本が含まれているという事だ。また、この飛行機なる物はヴォートランで入手した燃料による内燃機関という仕組みで動力を得て飛ぶ物らしい。聞くところによると、この飛行機は6,000m程度の高さを500km前後の速度で飛び、4,000km程の航続距離があるという話だ。だが日本には更に早い飛行機もあるという。
それから数日後に、今度は日本の艦隊がやって来た。
その船団の1隻からは上陸する為の船が船の中に収納されており、その船がトリッシーナの浜に上陸する様は、ロムスダールの乗組員全員が口をあんぐりさせながら見学していた。その夜の会談によってヴォートランと日本が国交を結ぶ前提で動いている事を知った。しかも日本を説明する為に、何やら映像装置まで持ち込み王宮で上映したとも聞いた。この内容にすっかり感激したファーノ国王は、日本への見学を希望し、数日間日本に滞在する、とまで言い出したのだ。
スヴェレとしては日本へロドーニアを紹介して欲しかったのだが、当の国王がすっかり日本に舞い上がってしまい、いち早く日本見学に行く事を決めてしまった為に、紹介の件がどうなったのかが分からない。すぐに国王は、日本からやってきた大きな船に乗り込み日本に行ってしまったからだ。取り残されたロドーニアの一行が、国王を待つ間にどうやら王弟派が反乱を起こしたらしい。
だが、この反乱はあっという間に日本によって鎮圧されたのだ。
そしてスヴェレや魔導科学使節団は日本の戦力の一端を見た。
耳をつんざくような轟音を立てながら圧倒的な速度で飛来し、そうして去っていった日本の飛行機。
彼らは、王弟派閥の艦隊をものの数分で殆どを沈め、陸戦においても空中から兵を送り込み、ピンポイントで敵中心を制圧するような極めて高度な戦闘をしていたのだ。そして王弟を捕縛後に王城まで連行していた。これにはまた別の飛行機が使われていた。しかも日本に行った筈の国王ファーノIV世は、日本の航空機により何時の間にやら帰国していたのである。
正直、我々ロドーニアに同じ事をやれと言われても出来ないだろう。
我々の浮遊機は、どんなに頑張っても精々が500kmが速度限界なのだ。それに多量の人数を乗せる事は出来ない。出来なくは無いのだが、そうする事により魔導結晶石の消耗速度が倍化する。つまりは割に合わないのだ。それがロドーニアに限らず浮遊機を持つ国々で大型の浮遊機が作られない理由である。つまりはコストを度外視するならば可能であるという事の裏返しなのだが。
それが日本の航空機と称するものは、速度では恐らく音速を越え、搭載人数では10人以上を数え、行動半径では4,000kmもの飛翔を可能とする機があるという事なのだ。更には王弟艦隊を壊滅させたのは、この飛行機による物だという。この飛行機は攻撃を行った後に直ぐに戻った為に我々は見る事が出来なかったが、つまり日本は船を攻撃する事が可能な飛行機を持っているという事だ。
そして帰国した国王ファーノに謁見を求めた上で、再度日本への橋渡しを頼んだ。
すると、ファーノが言うにはここヴォートランに日本が飛行機用の施設と、石油とやらの施設を作る事を許可したという。その為、これからヴォートランには日本の関係者が山ほど来る予定となっているので、外交関係の者もすぐに来るからその時に紹介しようという事となった。この時点で、モンラード大佐はその返事を持って再度国に戻る事としたのだ。
だが、返事を待つスヴェレとモンラード大佐達の前に、日本から護衛艦と称する戦闘艦がやってきたのだ。そして王都トリッシーナに日本の在外公館が作られ、職員が配備された。早速スヴェレは、ここを訪れて日本との国交交渉に入ろうとしたのだが、現状を説明するスヴェレに対し、日本の外交職員は余り良い顔をしなかったのである。スヴェレは落胆しつつ日本の在外公館を後にした。
「今の誰だったんですかね、遠野さん?」
「ああ、高田さん。何かロドーニャ王国という国のスヴェレという名の外交官だそうですよ。ここから更に西に4500kmだか行くとある大きな島だそうです。」
「ああ、確かにありますね……あそこはロドーニアというのですか。そこの隣にも大陸ありますよね。」
「そこも説明してましたね、ラヴェンシア大陸と言っていました。」
「なるほど。で、何で彼は落胆してたんです?」
「ああ、それがですね……ロドーニアと国交を結び、その後にラヴェンシア大陸で行われている戦争に参加してくれ、と。今、そのロドーニア側の勢力が劣勢らしくて、援軍を求めてヴォートランに彼らは来たみたいなんですよ。」
「ははぁ、なるほど。とすると日本の説明をしてゆくと、どんどんと落胆していった、と。」
「そうです、お察しの通りですよ。戦争放棄やら集団的安全保障とか。現状で、その何もされていない国に対して個別自衛権の発動は出来ないし、国交も何も無い状態で集団的自衛権に類する行動を行う事が出来ない。また、戦争状態にある国との国交を結ぶ事は非常に難しいのではないか、と。一応本国に確認を取るので少しお時間を頂きたいと言った所、落胆して帰った次第で。」
「そうですか。いやガルディシアといい、その新しい大陸の戦いといい、本当に物騒な世界ですよねぇ、ここ。」
「ははは、いや全く。高田さんは暫くコッチに居るんですか?」
「それがですね、これからガルディシアで火力発電所を作るんですよ。それで日本とガルディシアを行ったり来たりになりますね。ヴォートランも私の担当から外れるので、こっちに来る事は暫く無いかなと思いますね。」
「あ、そうなんですか。後任の方って居るんですか?」
「ああ、そうですね。同僚の柊って奴がこっちに派遣される予定ですよ。」
「…どんな人なんですか?」
「そうですねぇ…私に勝っているのは顔だけですかね。他は全て私の勝ちだった筈です。」
「ああ、なんとなく分かりました…」
遠野は面倒なタイプの高田よりも更に面倒臭そうな人を想像してげんなりした。
高田さん登場しましたが、この後の高田さんはガルディシアにつきっきりなので、暫く登場ありません。そして西方担当の(非合法)要員として柊さんの登場です。能力的には高田さんと遜色ないレベルの人ですが、高田さんに強力なライバル意識があったりします。あとモテますが、付き合うと直ぐに女性側から別れを切り出されるタイプの人です。