1_01.ロドーニャ王国 前日
中央ロドリア海西方に位置する島国、ロドーニア王国。
ロドーニア王国はその名の通り、中央ロドリア海という名が付けられる元となった国であり、以前は北東にあるヴォートラン王国と、そしてロドリアから更に西にある大陸ラヴェンシアの各国家と交易の中核となる事によって栄えていた国だ。ロドーニアは交易によって東西の様々な情報や文化を入手し、それらを有効に活用する事によって、小さな国土に似合わない程の国力を誇る様になった。
だが500年程前から突如発生した中央ロドリア海の大嵐によって、ロドーニアとヴォートランの航路は不通となり、交易は途絶えた。この原因不明の大嵐は決して止む事は無く、ヴォートランに向かった何隻もの船は消息を断った。ある時、1隻の船だけが生きて帰ってきたのだ。その船の乗組員は一人を除いて全て死に絶えていた。だが、一人だけ生き残った乗組員が言うには、嵐の海の東側には死の王を名乗る化け物が居り、そこに近づく人間は全てこの化け物に糧とされる事が判明したのだ。こうしてロドーニアの民達は中央ロドリア海に近づく事を止めた。
だがロドーニアの政府としては、そんな危険な物が国にほど近い場所にあるのは看過出来ない。その為に軍を派遣して定期的に民間の船が近づかない様に哨戒していた。
この日も朝からロドリア海の哨戒をしていたモンラード大佐は、自らの愛船である駆逐艦ロムスダールを改めて見渡した。この駆逐艦に乗り込んでから早3年。初めて乗り込んだ時から既に老朽艦であり、騙し騙し補修を続けて乗り続けてきたが、そろそろ彼女も引退な頃だ。だがきっと次に来る船も恐らくは退役寸前のポンコツが来るだろう。こんな何も起きない哨戒任務に重要な船を充てる訳が無い。自嘲気味にそう考えつつもモンラード大佐は、目的の中央ロドリア海周辺域に近づいていた。
「航海長、今日も東の空は大荒れだな…。」
「そうですね。もうこの辺りも既に波が高いですから、ここから外周に沿って哨戒しますか?」
「うむ、そうしてくれ。エンジンの調子は直ったのか?」
「先程の連絡では魔導結晶石の質がどうにも悪かった様で、石を入れ替えたら調子が戻ったとの事です。」
「そうか…どこもかしこも調子が悪いからな。そろそろこの船も退役だろうとは思っていたが、石が原因とはな。」
「ええ、近頃は石の品質も相当に低下していますから。それに高品質の物は西側の方に優先的に送られてしまいます。こちらに来る物は必然的に二線級の物しかやってきません。」
「西側か……ヴァルネク連合の噂は聞いた事があるか?」
「ええ、何やら既にラヴェンシア大陸西方を制圧したとかどうとか。」
「何れ、このロドーニャにも攻めて来るかもしれんな。」
「奴等は陸軍国ですよ。流石に海は渡れないでしょう。」
「だと良いんだがな……」
モンラード大佐は左舷に広がる雷雲を前に不穏な予感を感じていた。
ロドーニアが魔法の王国と呼ばれたのも今は昔の話だ。
かつてラヴェンシア大陸で魔法時代と呼ばれた頃には、ロドーニアから発信された魔法技術は諸国を席捲し、諸国は挙ってロドーニアへ魔法を学ぶ為の留学を行った。だが、魔法に類似していたが魔法とは異なる原理で働く魔導科学が生まれて以降はロドーニアの魔法技術は時代遅れの物と見なされ、やがて大陸では魔法技術そのものが衰退していった。ロドーニア自体は当初、魔導科学を軽んじており魔法技術に固執した時代が長く続いたが、中央ロドリア海に発生した嵐の海によって東方との交易が廃れて以降、大陸で魔導科学が全てとなってしまっていた事から留学生が来る事も無くなり、やがてロドーニアにも魔導科学が導入された事により、ロドーニアでの魔法科学が衰退し始めていった。そしてロドーニアでの魔法科学は王立魔法院に所属する魔法士が幾人かと、文献として残る程度にしか存在しない。
ロドーニアではかつて魔法の王国と言われた時代にあって、魔導結晶石の存在自体は認識していたものの、当初は魔導技術自体を邪道と思っていた事から、魔導結晶石の採掘を行っては居なかった。それが逆に今の時代にあって、良質な魔導結晶石を産出するようになり、今やロドーニアの主輸出産業を支える品でもあった。
ロドーニアの魔法原理は世界に存在する四大精霊の力を魔法陣によって一時的に使役して精霊の力を代行する事だった。つまりは専門的な魔法陣構築の為の知識と、精霊を使役する為の相性と、そして術者自身の魔法力を必要とする。それが故に専門性が高く、そして即応性に欠け、環境や術者に依存する技術だった。その為、これらの知識を持つ者達は非常に限られており、一部の知識層によって独占されるような状況だったが、それを一変させたのが魔導科学だった。
魔導科学は基本として魔導結晶石をコアとして、その力を引き出すシステムを用いる。このシステムは専門的な知識を必要とせず、システム上で行使の実行を行うと、その属性と能力に従って石が出力を行う、というシンプルな物だった。これはそれまで存在した魔法と比べて即応性があり、環境に依存せず、そして専門的な知識が必要無いという事により、ラヴェンシア大陸ではシステムの発明と共に爆発的に広がっていった。人々は魔導科学の発達と共に生活が楽になっていき、そして豊かな生活を営める様になっていった。
・・・
ロドーニア王国西方にあるラヴェンシア大陸は沢山の小国が犇めく大陸であった。彼等小国は特に覇を唱える事も無く平和な時代が暫く続いていたのである。この平和な時代にあっては、東方の島ロドーニアとの交易を行うラヴェンシア大陸東方の国々との交流が盛んであった。
この大陸では魔導石を用いた様々な機関が開発されていた。この魔導石によって明かりを灯し、空調を整え、様々な動力源の元とした。だがある時、ラヴェンシア大陸西方の国家ヴァルネク法国では新型魔導機関を開発に成功した。この新型魔導機関によるエネルギー出力は従来の二倍以上を誇り、それまで各国で使用されていたあらゆる機械を過去の物にした。だがこの魔導機関にも欠点が存在した。余りにも効率が悪く出力に比例してエネルギー出力の核である魔導結晶石が直ぐに崩壊してしまうのだ。そもそも希少な魔導結晶石を大量に消費するような新型機関を受け入れられる環境はどこにも無かった。
この魔導結晶石は山岳や魔物の中から産出する物であり、入手もそれほど簡単では無かった事から、この新型魔道機関は早期に忘れ去られた筈だった。魔導結晶石は希少であり採掘にかかるコストは、通常の採掘で採取が可能な物は既にラヴェンシア大陸では採り尽くされた事から、どんどんとより深い鉱脈から掘る事によって高騰して行き、魔導結晶石の保有量が国力そのものを表す様になっていった。つまりは魔導結晶石の枯渇問題によって隣国への攻撃的政策に転換する国が多い中で、ヴァルネクが行った人工の魔導結晶石開発は未曾有の快挙だったのだ。これは人造魔導石と呼ばれた。
ヴァルネクの人造魔導結晶石を作り出す方法は非人道的な所業だった。これは人体を固定した上で、人間の額に切り込みを入れ、そこに魔導石の欠片を埋め込む。その上で魔導結晶石からエネルギーを引き出すシステムの逆を行う事により、人間の身体に備わる魔力を根こそぎ結晶石に注ぎ込む仕組みだったのだ。ヴァルネクの魔導科学者達によって行われる"魔力充填"と言われるこの方法は、魔力を引き出された対象者を必ず死に至らしめる方法だったのだ。当初これを発明したヴァルネクの魔導科学者達は直ぐに禁忌として封印した。
だがヴァルネクの新進気鋭の魔導科学者である一等魔導士バリシニコフは、この封印された禁忌の外法を復活させた。犯罪者等に対して人造魔導石の外法を実行した。結果として外法で入手した人造魔導石は、採掘では賄いきれないヴァルネク国1年分の採掘量を大きく凌駕し、これらをヴァルネクの法王ボルダーチュクに報告した事によって法王の野心に火をつけた。人造魔導石と、新型魔道機関の組み合わせによる装備の刷新を推進し始め、結果としてこの機関を用いての飛行機械や船舶、自走魔導砲を量産し始めたのだ。
そしてヴァルネクと敵対していた敵国に攻め入った際に、捕らえた敵国民を片っ端から人造魔導石への贄としたのだ。ヴァルネクと友好的な諸国に対しては、人造魔導石の入手方法を隠しつつも潤沢に人造魔導石を供給する事によって懐柔し、法王ボルダーチュクのヴァルネク法国を中心とした周辺数か国を集め、ヴァルネク連合を名乗ってラヴェンシアの覇権と資源管理を唱えて隣国を併呑し始めた。
こうしてヴァルネク連合は、他国の併呑と共にヴァルネクの国教であるレフール教による布教を行い、従わない国の国民を人造魔導石に変えた。こうしてラヴェンシア大陸西方の1/3を支配するに至ったのだ。この状況に至った時点で、ラヴェンシア大陸のその他の国々はヴァルネクを警戒する国と、ヴァルネクに恭順する国に別れた。
レフール教に教化しない国々の運命が洩れ聞こえ始めた頃に、ヴァルネクを警戒するオストルスキ共和国は同様に警戒していた諸国を束ね、16ヵ国同盟を結成してヴァルネク連合に対抗した。しかし連合の戦力は相当に強力であり、どの戦線に於いても同盟は押され続けていた。
そしてラヴェンシア大陸中央でヴァルネク連合軍対16ヵ国同盟軍によって行われたマゾビエスキ会戦によって、同盟軍は決定的な敗北を喫した。この戦いにより同盟から4ヵ国が脱落し、オストルスキ共和国は存亡の危機となった。オストルスキ共和国は、同盟への参加と戦争協力を訴える為に使者をロドーニア王国に派遣しようとしていた。
「ミハウ閣下、それではロドーニアに向けて行ってまいります。」
「うむ、このラヴェンシア大陸がヴァルネク連合の手に陥落したならば、彼等ロドーニアとて他人事では無くなる筈だ。必ずや彼等も前向きな反応を示すだろう。頼むぞ、一等外交官ラドスワフ。」
「はっ、それでは行って参ります。」
オストルスキ共和国の外交官ラドスワフは、ラヴェンシア大陸東にある空港から急ぎロドーニアに向けて特別チャーターの浮遊機によって対ヴァルネクの援軍を求めて共和国を後にした。目指すはロドーニア王国、海峡を渡った先にある島国。交易と魔導によって1,500年の間、独立を維持してきた魔法の王国なのだ。