1_18.未だ見ぬ新興国家
大公フィリポとの会合の中で日本の名を出した瞬間に重苦しい気配となった事に不安を感じたスヴェレであったが、スヴェレはフィリポの思惑を知らなかった事と、現在の自らの国の現状を考え引き下がろうとはしなかった。唯一、ヴォートランでは無く日本を頼るような言動を不快に思ったか? とも考えたが、それなら殺されるような事もあるまい、とも。
だが、彼を救ったのは別の出来事だった。
「殿下! ガルディシアのエルメに対する上陸作戦速報です!!」
「無礼であろう、貴様! …まあ良い。それでどうなったのだ? エステリアがガルディシアの上陸を許したのであろう。だが、あそこはそれなりに陸軍もあり要塞もある筈だ。それ相応に被害も受けたのであろうが。」
「申し上げます。ガルディシアは当初エステリアのデール海峡付近にある要塞を攻略した上で、上陸専用の船100隻程をティアーナから出撃させました。デール海峡では北から第四、第七艦隊が、南からは第二艦隊がデール海峡北端に侵入し、上陸専門船の補助を行っておりましたが、ここにニッポンの艦艇5隻が割って入り、第二艦隊分遣隊12隻を一方的に砲撃して数分間で無力化、その上で100隻の上陸船を瞬時に20隻程撃沈、そしてガルディシア第四艦隊旗艦レゼルヴォート及び戦艦オラニエンを警告後即座に撃沈、その後ガルディシア海軍は停戦に応じました。」
「なんと、噂以上だな……して、ニッポンの被害は如何程だ?」
「ニッポンの艦艇に被害があったとの報告は受けておりません。」
「いや、だがガルディシア海軍は総勢3個艦隊だろう。少なくとも100隻以上は居る筈だ。無傷という事はあるまい?」
「当初、戦闘に入る前にニッポンから例の空飛ぶ甲虫から警告を受けたが、それを無視して戦闘に入った後に、順次撃沈されたとの事。また、ガルディシア海軍が持つ砲の射程よりも遠くより連続して砲撃を行っており、その全てが外れる事無く命中したとの事です。」
伝令に来た兵は、伝えられてきた内容に話しながら興奮していた。
だが、その興奮はフィリポにも伝わっていたのだ。
「なんと恐るべき攻撃力よ……あの救助の船でさえ我々の及びも付かぬ装備を備えておったからな。たった5隻で100隻以上のガルディシア海軍を相手にして勝ってのけるとは……やはり、彼らの力を我が物に出来たなら……」
そして、その興奮はスヴェレにも伝わっていた。
100隻以上を相手に、たった5隻で勝利を得るだと……? 不死の魔導士の件と言い、ニッポンとは如何なる国なのだ…それに外れる事の無い砲撃とは、魔導探査を行った上で魔導砲を撃っているという事か…未だ我々も実用化までは遠いというのに、一体どれ程の能力を持っているんだ……だが、彼らが我等と共に戦ってくれたなら、あの恐ろしいヴァルネクの連中にも対抗し得るだろう。
「大公殿下! どうかお願いします。ニッポンにお取次ぎ下さい! 現在、ラヴェンシア大陸ではヴァルネク連合が大陸を制覇するべく我々大陸東方の国々に対して戦争を仕掛けてきています。このまま大陸が落ちれば次はロドーニア、そしてヴォートランへと侵略の手が伸びて行く筈です!」
そしてフィリポの考えは多少修正された。
何故ならば、これ程の情報がファーノ王に漏れない筈が無いのだ。そして自らも艦隊を全て失い、尚且つ腹心の部下まで無くしているのだ。まずは艦隊の再編と組織の立て直しをしなければならない。そんな状況の中で外国の外交官を拉致や殺害した場合、後々どんな災いが降り掛かるか分からない。敵はガルディシアだけでは無く、国王ファーノもまた彼にとって敵なのだ。これ以上の敵を増やすのは得策では無い。せめて、何か期待を持たせた上で外に漏れないような手配をするのが上策だろう。
「ロドーニアのスヴェレ殿。我々も彼らニッポンを結果として頼っている形となってはいるが、我々もまた彼らとの国としての付き合いは未だ無いのだ。近々に彼らニッポンは、この港にやって来るだろう。それまでここで待っては如何かな?当然宿は手配しておこう。彼らニッポンは改めて自分達との外交を結ぶ為に専門の外交官を近々送ると言っておったのだよ。それが来るまでは我々自身橋渡しも何も無いのだよ。ご理解頂けたかな?」
「左様に御座いますか……つまりニッポンとヴォートランの間には何ら魔導通信などは開かれておらず、国交も未だである為、再びここにやって来るという事でしょうか?」
「魔導……通信? それは何かな?」
「いえ、そうでした。魔導科学は無かったのでしたね。そうだった……」
こうしてスヴェレは何れ来るであろう日本の外交官を待つ為に、暫くヴォートラン王国東端にあるフィリポ領に滞在する事となった。逆にフィリポは、まずロドーニアの外交官が自分の手元に暫く置いておけるとなった為に彼に対しては安心したが、そもそも誰がこの情報をスヴェレに漏らしたのか、を考えると直ぐに情報の統制を行わなければならない、という事に思い当たったのだ。
そこでフィリポは腹心の部下の一人、ラチアーノを呼びつけて日本に救助された水兵達に対する情報統制を遅まき乍ら手配した。その結果としてスヴェレはその後暫くの間、日本の情報が全く手に入らなくなったのである。
そしてヴォートランに着いた次なる外国の使者は、再びロドーニアの駆逐艦ロムスダールの一行だったのだ。彼らはスヴェレが大公フィリポと会談した5月5日から5日後の5月10日にヴォートランに再び訪れた。
ロドーニアの魔導科学使節団を伴った一行は、ヴォートランの科学力や戦闘力を詳細に調べ、お互いが別の科学体系を持っている事を認識した。実の所、火薬と動力機関は魔法結晶石と比べて汎用性に低く、実に融通の効かない物ではあったが、その破壊力や動力としての優秀性はそれなりに評価すべき所もあり、完全に自分達ロドーニアが使えない、という類の物では無かったのだ。だが、ヴォートラン海軍が全て海戦によって沈められたという事実は彼らを落胆させた。つまり欲しい援軍も能力も力も何もかもここヴォートランには無いという事だった。
だが、到着と同時にスヴェレに魔導通信にて呼び出しをした結果、不可解な事が分かった。
スヴェレが言うには嵐の海の中心地域にニッポンという新興国家があり、その能力は異常である事。代表的な例で言うなら、嵐の海の不死の魔導士を彼らが殲滅したが故に、嵐の海が消えて無くなったという事。そしてその後に、ガルディシアとエステリアの海戦に介入し、たった5隻で100隻以上に勝ったという事。大型戦闘艦に対し、一撃で船を沈める様な攻撃方法を持っている事。100発100中の砲を持っている事、等々スヴェレという人物を知らなければ、気が狂ったのかとも思える内容を興奮して語っていたのだ。
そこでスヴェレから聞いた内容を伏せて国王ファーノVI世にニッポンの事をそれとなく聞いてみたが、ファーノ王はフィリポから取るに足らない新興の辺境国であるとしか聞いては居なかった。その為、ロドーニアの一行は国王の返答に何か裏があるのか、それとも何等かの国内の中での争いがあるのかを疑い、それ以上をモンラード大佐は聞かなかった。そしてスヴェレに対しては早急にフィリポ領を引き払い、王都トリッシーナで合流せよ、との命令を出した。
「どうにもきな臭いな、これは……」
「どうしたんですか? モンラード大佐?」
「国王と王弟の間に情報の差異がある。もしかしたら王弟側が情報の秘匿をしているかもしれん。とすると、それを探っているスヴェレは危ないかもな。一応、トリッシーナまで戻れと命令したが……」
「大佐、考え過ぎ……じゃ無いかもしれませんね。どうします?」
「一応親善使節だからな。こっちからは動けんが、様子を見るしか出来ん。スヴェレに何かあったら国王にこの件を伝えて、調査してもらうのが良いかもしれん。」
モンラード大佐の危惧とは裏腹にスヴェレは無事にトリッシーナへと戻った。
それから17日後の5月27日、日本の外交政策の変更が行われた結果、今迄交渉相手としてきた王弟フィリポから、国王ファーノVI世に変更する事となるのだ。そしてロドーニアも、この日本の外交政策の変更によって、ヴォートランへ日本が積極的に介入した結果として、ロドーニアという国の存在と現状を知る事となるのであった。
スヴェレ君が生還出来ました。
…殺すつもりだったのに、最悪幽閉の予定だったのに。
書いている内に、何故か生きて戻れました。ちっ。