1_17.スヴェレの命運
オクニツアで要塞が陥落し、艦隊がオクニツアを脱出する為に出港した翌日、駆逐艦ロムスダールがロドーニアに到着した。既に大雑把な内容を魔導無線でロドーニアに伝えてはいたモンラード艦長だが、船を港に着け直ぐに報告へと王宮に赴いた。王宮には、国王エルリングを始め、魔導局局長ゲルハール、魔法局局長ラグナル、軍務局局長ハルワルド、第一外務局局長オームスンがモンラードを待っていた。
「エルリング国王陛下、只今戻りました。先に報告の通り、ヴォートラン王国は存在しては居りました。ですが……」
「良い、聞いておる。ガルディシア帝国とやらとヴォートラン王国は交戦中であるとの事だな?」
「はい、その為に彼らが我々に対して援軍を派遣する事は難しいと考え、我々は援軍要請を行いませんでした。そして彼らの技術面に関してですが、少なくとも我々とは比較にならん状況にあるように見えました。唯一目を見張る部分としては、彼らは魔導結晶石を用いた技術が無い代りに、別の代替手段として燃料や火薬といった技術が存在しておりました。」
「…なんだ、その燃料とか火薬とやらは?」
魔導局局長ゲルハールと魔法局局長ラグナルは、魔導科学に基づかない別の技術体系が存在している事に興味を持ち、モンラード大佐に問いかけたが、残念ながらモンラード大佐は技術的な部分が門外漢だった為、直ぐに答える事は出来なかった。
「ふむ、我々の持つ魔導科学をヴォートランの技術と合わせれば、或いはヴァルネクに抗しきれるやも知れん。そういえば、第一外務局一等外交官スヴェレはどうした?」
「何やら我等が目にした軍船とは比較にならん大型の戦闘艦があるとの事で、それを確認する為に残留したいとヴォートランに残りました。」
「大型の戦闘艦? モンラード大佐、君はその船を見たのか?」
「いいえ、見ておりません。我々が戻る数日後にガルディシア帝国との海戦が予定されておりました。ですが、我々はまずヴォートランが存在する事、そして魔導技術が存在しない事を早急に連絡する為に、帰路に着きました。我々が見たのは、王都トリッシーナの港に係留する、小さな軍船でした。凡そ40m程度の鉄鋼船でしたが、武装は火薬を用いた砲が2門あるだけのものでした。尚、火薬による攻撃方法と威力は確認しておりません。」
「そうか……だが、余り期待出来そうにないな。」
モンラード大佐の報告に王宮に集まった一同の顔に落胆の色は隠せない。
そこで第一外務局局長オームスンが割り込んできた。
「モンラード艦長! 戻ってきた所で大変申し訳ないが、明日にでも再度ヴォートランに行ってくれ。我々は、西方オクニツアで負けた。その為、戦闘可能な船を搔き集めている最中なのだ。君の船は戦闘任務には適さない。だが、1隻でもヴァルネクとの戦いに戦力を送っている今、移動可能な船は君の船だけなのだ。宜しいかな、ハルワルド軍務局局長?」
「あ? ああ、駆逐艦ロムスダールか? 構わんよ。行けるな、モンラード大佐?」
「ふむ、良かった。ヴォートランに行ったならスヴェレを迎えに行くと同時に、その火薬や燃料に付いても専門の技術者を派遣して調べたい。我々に何か役に立つ技術があれば、可能な限り入手したい。魔導局からも何人か技術者を派遣して貰えないか?」
モンラード大佐の了承無しに会話はどんどんと進んでいった。
だが、モンラードの頭の中ではさらりと出てきた言葉が引っ掛かっていた。
「あの、行くのは構わないのですが……オクニツアで負けた、ですと?」
「ああ、そうか。君は知らなかったな。そうだ。16ヵ国同盟はヴァルネクの大攻勢に遭い、西方諸国6か国が蹂躙され海に落とされた。我々ロドーニアから派遣した輸送艦に、同盟軍兵士達や国民を乗せオクニツアからの脱出を果たしたのだ。今や、16ヵ国同盟とは名ばかりで、ヴァルネクとの最前線はソルノクとドムヴァルとなっているのだ。」
「なんですと……それ程までにヴァルネクは強かった、と?」
「そうだ、ヴァルネクは強い。かくなる上は急ぎ連中に対抗し得る物であれば何でも活用せんと、ここロドーニアさえも脅かす事になるかもしれん。その為に、その燃料と火薬とやらがどんな物かを知りたいのだ。手軽に使える物であれば、我々の助けとなるかもしれん。」
「そういう事情であれば了解しました。明日、直ぐに出発致しますので、今日中に人選の方をお願い致します。私はこれより艦に戻って命令を伝えてきます。」
「うむ、戻ったばかりで大変申し訳ないが、頼むぞ。モンラード大佐。」
こうしてとんぼ返りでモンラード大佐がヴォートランに向かう頃、ヴォートランではスヴェレが蒸気機関と火薬に関する情報を仕入れていた。勿論公式の物ではなく、生き残った船乗り達から情報をあれこれ引き出していたのである。
「ふむ……燃焼速度の違いで推進や爆発に使用するのか……面白い。概念としては理解出来るが詳細はこちらの科学者が来ないと分からんな。だが、目標に対して直撃以外にも衝撃波や爆発範囲という効果が期待出来るとなると、我々が使用している魔導砲と遜色無い性能を発揮するかもしれん。この砲の口径が大きくなればなるほど、威力を増すのは火薬量に比例するのだな……」
見たかったヴォートランの戦艦は全て北ロドリア海戦で沈んでおり、一隻も見る事は敵わなかったスヴェレは詳細に聞き取った内容をメモに取っていたが、そのメモにはニッポンの項目があり、そこは殆どが白紙だったのだ。その白紙のページを眺めながら、どうやってニッポンの情報を引き出そうか悩んでいた。そのメモにはたった一つ、"嵐の海の不死の魔導士を倒した"と書かれたきりだった。その時、ようやくヴォートランの王弟フィリポからの使者が、スヴェレの元に訪れた。
「ロドーニャ王国の外交官スヴェレ氏でありましょうか?」
「如何にも、私がロドーニア王国第一外交局一等外交官のスヴェレですが。」
「私はラチアーノと申します。先般要請なされておりましたフィリポ様への謁見許可が下りました。是非、私と共にいらして下さい。」
「おお、それは! 大変有難い。早速参りましょう。」
こうしてスヴェレは王弟が待つカヴァリ城に向かい、フィリポと謁見した。
「お初に御目に掛かります。私、ロドーニア王国一等外交官スヴェレと申します。以後、よろしくお願い致します。」
「ロドーニアの使者よ、久しいな。500年ぶりではないか。ヴォートランはどうだ。貴殿が話に聞くヴォートランと今目の当たりにした今日のヴォートランでは隔世であろう。それに貴殿の国ロドーニアの話も伺いたいのだがな。」
「はい、そうですね。我が国と貴国との間では決定的に違う事がありますね。我らは魔導機関による動力方式をとっておりますが、貴国では全く違う方式でこれらを行っている様子。この辺り、相互に交流出来ればお互い発展する事でしょう。」
「ふふん、また魔導機関とはまた胡乱な物を使っておるな。我々は先進の科学技術によって持ってはおるが、世の中は広い。我々の想像も付かぬ先進技術を持つ国が他にあるかもしれん。その魔導機関とやらはどれほどの物であるのだ?」
スヴェレは今、一番欲しい情報である日本の事について思い当たった。想像も付かぬ先進技術の国であろう、日本。恐らくは今日のロドーニアの全ての能力を結集したとしても嵐の海の魔導士を打ち破る事は敵わないだろう。それを成し得る能力を持つであろう日本という国との橋渡しをして欲しかったのだ。
「フィリポ大公殿下、私はどうしてもお伺いしたい事が御座います。私共も今、他国との戦争を抱えております。どうか私共ロドーニアとニッポンの間を取り持って頂きたいのです!」
「……スヴェレ殿。どこでニッポンの名を聞いたのだ?」
「大公殿下。どうか情報源は秘匿させて下さい。ですが私共は同じ状況である筈です。どうか、どうかニッポンとの間を。お願い致します。我等も追い詰められているのです!」
だが、王弟フィリポの中では将来的にニッポンとの独占的な協定を結ぶにあたりロドーニア経由で日本の情報が国王ファーノIV世に漏れる事を恐れていたのだ。
「ラチアーノ、このスヴェレという外交官だが、どうする?」