1_16.テナーチェ要塞の陥落
「ボルダーチュク法王、オクニツア沖で大規模魔法攻撃が行われた模様です。オクニツア港と要塞攻撃を行っていたエストーノ艦隊はほぼ壊滅、脱出中のオクニツア艦隊を捕捉出来なくなりました。」
「ふむ、そこで撃ってきたか……あとどの位撃てるのかは分からんが……どう思う、マキシミリアノ?」
「そうですな……。まずは同盟軍は脱出を優先して動いている様に見えますな。艦隊への攻撃は正にそれを表しています。同盟軍は海路脱出の安全を狙って周辺海域に居る我が方の戦力を殲滅したのでしょう。とするならば、次なる攻撃目標は東方の港ドロキア港の安全を確保する為に、北部から侵入する軍に対して行われる事でしょう。」
「であるならば、我が第1軍と第4軍に対する攻撃が濃厚か。シルベステルとフランチシェクに警戒を発しておけ。次なる魔法攻撃の可能性は北部で行われる事が大なり、とな。」
「御意。時に猊下、16ヵ国同盟の動きですが既に同盟の西方軍は瓦解し、中央軍と東方軍を残すのみです。ここは間髪を居れずにロジャイネに戦力を集中して同盟諸国の瓦解を画策しては如何でありましょうか?」
「ふむ、それは何れせよオクニツア攻略の後だ。そもそも、オクニツアからどの程度同盟軍が逃げたのかが分からん。それに連中も西方を失陥したからには、これまで以上に戦力を集中してくるだろう。それに同盟北方の攻略には船が不可欠だ。だが我々は海軍が弱い。その準備も必要なのだ。だがマキシミリアノ、何故今そんな事を?」
「いえ……同盟を叩くには奴等同盟が浮足立っている今を置いて他にはなく、」
「第二軍グジェゴシェク将軍より緊急入電! 第二軍はオクニツア西北の国境を突破し、敵テナーチェ要塞後方に展開、要塞を完全に包囲しました!」
「ふむ、そうか。よし、第二軍に命令。包囲したまま待機。ザラウとオラデア軍による強襲を続けよ。」
「え、猊下? その……第二軍は待機ですか?」
「なんだ、マキシミリアノ? 分からんか、やつらの要塞は北部に対する魔法攻撃のトリガーだ。このまま敵の要塞が落ちれば、即座に第一軍と第四軍の上に即座に魔法攻撃が来るだろう。要塞が生きているうちは奴等は北方と要塞、どちらに攻撃をするか迷うが故に時間的な猶予が生まれる筈だ。」
「そう……でしょうか。」
マキシミリアノ将軍は解せない表情のまま引き下がっていった。
実際の所、同盟は既に北側への魔法攻撃は当初から決まっており、テナーチェ要塞の生死に関わらず北方から侵入を開始し始めていた第1軍と第四軍に向かって、既にロドーニアの魔法士は待機していたのだったが、法王ボルダーチュクは未だ同盟軍が全てを守ろうとする戦略に固執しているものとばかりに思っていたのだった。だが同盟は既に方針を変更し、ただただ脱出にのみに集中していた。つまりは親衛軍マキシミリアノ将軍の予想は凡そ正解だった。だが、ボルダーチュク法王の読み違いに基づいて第二軍を停止させ、そのまま待機に入った。その後ボルダーチュクに入った次なる報告は、第一軍の大半と第四軍の一部がオクニツア北部国境付近で、大規模魔法によって攻撃された、という物だった。
オクニツア東の港ドロキアでは最後の船の出港待ちの状況だった。
オクニツア北の国境付近に赴いたロドーニアの魔法士ハーコンの回収を済ませた上で離脱する。だが、ドロキア港の周辺はオクニツアとそれ以外の船に乗れなかった人々がひしめき合っていた。
「ブリッジ外す準備をせよ。出港だ。」
「まだ、魔法士の方が戻ってきておりませんが?」
「止むを得まい。予定通り、あと10分以内に乗り込まねば、出港だ。」
「港に集まる国民達は……?」
「当初予定通りの時刻となれば出港をする。予定の変更は無い。」
「ですが……」
「諄い。二度は言わん。貴様の言わんとした事は理解しているが、今は安全な脱出が最優先だ。」
そこに浮遊機が現れ、港の一画に着陸した。
そこに現れたのはテナーチェ要塞の士官達だった。
「ど、どういう事だ? テナーチェ要塞はどうなった?」
「要塞はダレック司令が今の所、防衛線を行っております。ですが……」
「ですが、何だ!?」
「司令は要塞で若い士官を集めて、用意された浮遊機を前に我々を全員押し込めて言われました。貴様等はこれからのオクニツアを守る要だと。今、ここで死ぬのは私だけで良いと……」
「なんだと……ダレック司令が……それでは要塞はもう……」
「それと、要塞後方に敵軍が回り込んでおりまして既に後方への後退も出来ない状況です。司令は言われました。後ろを見ず、真っすぐに東方を目指せと。」
「……そうか。了解した。」
恐らくテナーチェ要塞は最後の一兵まで戦い抜くだろう。
だがそれは我々の脱出の貴重な時間稼ぎの為の戦いなのだ。
東の港ドロキアで最後まで残っていた巡洋艦ナジェーヤの艦長レシェックは覚悟を決めた。
「ブリッジ外せ。出港だ。東方に向けて出港する。」
守るべき国民を置き去りにして、レシェック艦長は東の港を目指した。
その頃、要塞では第二軍が後背を断った事態を確認した上で、オクニツア陸軍総司令官ダレックは要塞全ての兵員に対して檄を飛ばしていた。
「テナーチェ要塞は既に包囲されている。だが諸君、我々の戦いは無駄では無い! 我々がこのテナーチェ要塞で戦う時間が長ければ長い程、祖国国民の脱出が容易となるのだ。ここからは私の個人的な願いだ。可能な限りギリギリまで粘ってくれ。頼む!」
だが、ダレックの激も虚しくテナーチェ要塞は押し寄せるザラウ軍とオラデア軍を前にして善戦虚しく全滅したのだった。