1_15.西方の砦、テナーチェ要塞
オクニツア沖に眩い光球が出現した。
ロドーニア三人目の魔法士ロアームが放った大規模魔法は、エストーノの主力艦直上を中心に25kmの範囲の酸素を全て燃焼させ、範囲内に生きる全ての生物を窒息死させた。
「エストーノ艦隊、行動停止! ……魔導反応ありません!!」
「そうかっ!! このまま、避難を急がせろ! 各艦、出港は未だか!」
「未だ避難民の乗船が終わっておりません!!」
「そうか……連中の小型船舶は未だ生き残っている。巡洋艦を出して敵の船を近づけさせるな。浮遊機を沖に回して、航空偵察しろ! 西から近づく船は全て敵だ。射程に入り次第、撃て! 躊躇は要らん!!」
エストーノを主体とした艦隊は、オクニツア沖で大規模魔法攻撃により無力化した。
オクニツア周辺海域には若干の敵艦艇は居たものの、艦隊を無力化した大きな光球を恐れて近づいて来ようとはしなかった。オクニツアの港では、この魔法攻撃によって稼いだ若干の時間を利用して、船に乗り込む作業を急ピッチで進めていたのだ。だが、海からの侵攻は止まったが、陸の侵攻はより一層激しさを増していたのだ。
サダル国は主力の陸戦力も後退しており自然の防壁以外には存在しない全ての国境は、ヴァルネク連合軍に簡単に蹂躙され、サダル国奥深くまでの侵攻を許した。そして西方同盟諸国最後の国、オクニツアでは海岸での必至の脱出作業と西側の国境にあるテナーチェ要塞では必至の防戦が行われていた。
「おい、あの光球を見ろ! 味方の魔法が炸裂した! 艦隊からの攻撃は無くなるぞ!!」
「ああ? どうせなら目の前のザラウ軍とオラデア軍にもやってくれよ。」
「ところで俺達、何時までここで防衛しなきゃならんのだ?」
「知らんよ、偉い人に聞いてくれ。それより、魔導石の補給は未だか?」
「そういや、なんか今日ここに新任の司令官が来るらしいけどな。」
ミハウ総統はオクニツアの首相シルベステルとオクニツア国防軍の陸軍総軍司令官ダレックと共に新しい要塞司令の選定を行っていた。最後まで抵抗を続けるであろうテナーチェ要塞は最終的に全滅の可能性が高く、何とかして最終的な脱出方法を考えていたが、取りうる手段は限られていた。
「首相、これはもうどうにも成りませんな。」
「待てダレック。きっと何か方法がある筈だ。」
「いえ、先程入ってきた情報では侵入したヴァルネク軍はサダル全域に渡るそうです。であるならば、恐らく当初想定した西からの侵入以外にもオクニツア北方や東方からの侵入も有り得るでしょう。そうなれば要塞一つが残っていてもどうにも成りません。」
「だが……」
司令部には既にオクニツアの首相と陸軍司令官、そしてオクニツアのミハウ総統しか残ってはおらず、誰も口を開こうとはしなかった。他全ての指導者達は、先行する輸送艦に全て乗り込んでいったのだ。そこにロドーニアの艦隊司令が入ってきた。
「未だここに残っていたのですか!? 早く脱出の手配を!」
「ああ、だが未だ要塞人事が終わってはおらんのだ。」
「ふむ……私が残りましょう。宜しいですね、首相?」
「馬鹿な。君が残ってどうする? 未だ、君は我が軍を率いて貰わなければ…」
「首相、私が率いる軍はどこに居るのです。最後に残る要塞に籠る兵達が私が率いる最後の軍なのですよ。」
ロドーニアの艦隊司令は、この場の空気を読んで提案した。
「中型の浮遊機を1機要塞に残しましょう。いよいよになったら浮遊機で脱出するのです。脱出後はオクニツアから東方に向け飛んで下さい。全員とまでは言えませんが、何人かは救えます。」
「その中型浮遊機は何人程乗れるのかね?」
「そうですね……20人程でしょうか。」
「分かった。それでは私は要塞に赴くとしよう。皆さんは早く脱出して下さい。」
「ダレック……済まないが任せた。生きて戻ってくれよ。」
「承りました。可能な限り善処します。では皆様、ご健勝で!」
こうしてオクニツア陸軍総司令ダレックは、そのまま殿軍であるテナーチェ要塞へと赴いた。
その間にも東方のドロキア港は脱出をする船で溢れていた。既に各国首脳はロドーニアの巡洋艦に乗り込み、一足先に東方へと向かっていた。そしてラドアイアの港ではオクニツア海軍最後の船が、乗り込めるギリギリまでの人員を乗せつつあった。
「おい、もう出るぞ! あと数人なら乗れるぞ!!」
「駄目だ、もう出港する。ブリッジ外せ!」
「待って下さい!! 乗せて下さい!!」
ここラドアイア港は西部国境に近く、既に西部国境要塞に敵軍が接近中との報が入った時点で、脱出の波が押し寄せたのは数日前の話であり、既にほとんどの民間人は脱出済みでラドアイア港には人が歩いてはいなかった。そしてラドアイアに係留されていた最後の船、巡洋艦ズムバッハだけが残されていた。そこに、小さな子供を連れた親子がズムバッハのブリッジに縋りついて来た。
「そこの女、もう駄目だ。ドロキア港ならまだ船が残っている筈だ。そっちに回れ!」
「どうやってドロキアまで行けば良いのよ!? お願いです、乗せて下さい!!」
「そんな事は知らん! お前を乗せようと待っている間に、敵が来たら全滅だ。おい、早くブリッジを外せ!」
「そんな……この子だけでも…駄目ですか!?」
「おい、そこの海兵! 俺はオクニツア陸軍ラドアイア防空中隊のユリユシュ中尉だ。貴様はどこの何者だ?」
「はっ、自分はオクニツア海軍 巡洋艦ズムバッハのボネル二等兵であります。」
「女子供一人二人乗せるのに、それ程時間が掛かるのか?」
「いえ、ですが……」
「なら、そこの女を乗せるまで待ってやれ。ほら、女!急いで乗り込め!」
「ああっ、ありがとうございます!」
ユリユシュはそのまま自分の防空陣地に向かおうとした所、ラドアイア港に警報が鳴り響いた。ラドアイア上空では、ザラウとオラデアの浮遊爆撃部隊が大挙してやって来たのだ。この浮遊爆撃部隊は、要塞上空に集中して防空していたオクニツアの空軍を回避しながらラドアイア港を海から空襲しに来たのだった。既にエストーノ艦隊による海からの攻撃が無くなった事に安心していたオクニツアは完全に虚をつかれた。
「くそっ、防空陣地に戻らねば。 …あっ、あれは……やばいっ!!」
遥か高空から1機のザラウの浮遊攻撃機が直上から巡洋艦ズムバッハに向けて降下を開始した。この浮遊攻撃機から放たれた魔導爆弾はそのまま巡洋艦ズムバッハの艦橋付近に直撃し、一瞬沈み込んだかと思うと中央から大爆発を起こして港の中で横倒しになった。
「あ……ああっ……ズムバッハが……あ、あの親子は……?」
無理やりに乗せたあの親子が気になったユリユシュ中尉だったが、既に大爆発を起こしている巡洋艦ズムバッハは絶望的な状況である事は明白だった。だが呆ける時間は全く無かったのだ。ザラウの浮遊攻撃機はラドアイア港の攻撃を続行していたのだ。急ぎ防空陣地に入るとユリユシュ中尉は港の上を飛び回るザラウの浮遊攻撃機に攻撃をし続けた。
テナーチェ要塞に到着したオクニツア陸軍総司令ダレックは、直ぐに要塞内の将兵全員に向けて演説をした。
「ここテナーチェ要塞に新任となったダレックである。ここに残る全ての将兵達は私の誇りだ。私は君達と共に戦える事に偉大な名誉を感じている。君達と共に居るこの時に、我々は最も強くあれるだろう。願わくば、諸君らと共にオクニツアの新しい夜明けを見たかったが、それも敵わぬ。だが、我等がここで1分を稼ぐならば、我等の同胞がそれだけ逃げ伸びる事が出来るのだ。諸君、誇りと名誉を以て最後まで戦い抜こう!」」
そして、ちょうどダレックが要塞で演説をしていた頃、ヴァルネク第二軍によってオクニツア北方の国境が突破され、要塞後方に向かって突進し続けていたのだ。テナーチェ要塞は数時間後に第二軍によって完全に敵中に孤立した。
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