2_46.対抗する術
「メーシェ局長、一体どうするお積りなんでしょうか? 予算に釣られたのではありませんか?」
「ヴィンツェンティ博士、私は何も無策で了承した訳では無いのだよ、そもそも我々が持つ浮遊機の浮上及び推進原理はなんだ?」
「魔導結晶石の持つ魔力を放出する形で浮上し、任意の方向に魔力を放出する事で推進する事ですか?」
「そう、我々には自明の理だ。ここで問題がある。浮上機は全方位に対して魔力を任意に放出し推力を得るが、ではその方向以外はどうなっている?」
「当然、推力を押さえ無出力となりますので、その方向以外は……そうか!」
「左様、ヴィンツェンティ博士。私はこの考えを敵の超高速機から見出した。彼らのあの機は我々の浮遊機の様にあらゆる方向に瞬時に出力を切り替える考えを捨て、一方向のみに推力を絞っているのだ。我々が今まで当たり前と思っていた事が故に、その方向への思考が働かなかったのだがね」
「そうか……そうだ。つまりは他の出力を一方向に指向する事で魔力が他の出力方向に漏れたり無駄になったりせずに、100%が前進する推力に変換される、と。それにより高速浮遊が得られるとお考えなのですね!?」
「そう、それがどこまで高速になるかどうかは分からんがね。一度試してみる必要があるとは思うが、これまでの我々の持つ浮遊機とは全く違った形状となるだろう。それにこれまでの浮遊機とは全く違う操縦方法が必要となるだろう。だが、答えは目の前にあるのだ」
「……それはニッポン機の形状が参考になるだろうと!?」
「当たり前なのだよ、ヴィンツェンティ君。彼らニッポン人がその域に到達した上で実用に耐えうる物を出し、そして我等の国に無警戒で侵入し、研究の徒たる我々の前でその姿を晒したのだ。当然に我々がその姿を参考にする事に何の抵抗があるだろう。彼らはこの分野では我々の教師なのだよ。だが我々の研究が終えれば、我等はその時に師を超える事となるだろう。超えるのは君だがね」
「成程……一方向のみに絞る……ニッポン機の形状……」
「うむ、まずは設計からだが魔導結晶石の方は潤沢に使えるように手配しておこう。他に必要なものはあるか?」
「……」
「どうやら既に考え始めている様だな。では任せたぞ、ヴィンツェンティ博士」
「……」
こうして兵器局では日本機に対抗する為のヴァルネク版超高速機に着手した。
だが直ぐに彼らはそうした高速域での別の問題に立ちはだかれる事となる。
そして、その問題を解決するのは彼らでは無かった。
・・・
2機のF-15がオラテアに侵入した事により、パニックとなったのはヴァルネク連合だけでは無かった。
ドゥルグルではこれらの情報を真っ先に手に入れた評議会議員のノールゴントとダールシアンはこの情報に当惑していた。
「まて、音速域を超えるとなるとヴァルネクではどうあっても対抗出来んぞ? 大体あの辺りの文明水準と合わん話ではないか! 精々が時速500km程度のシロモノが山だろうが、何故そんな物が突然出てくる。誰かニッポンとやらの情報を収集しているか?」
「魔導機関でそれを超える方法は在るが、今のヴァルネクの文明レベルで魔導結晶石の大量消費に耐えられる魔導機関を作れるとは思えん。ニッポンの担当は確かマローン議員が担当だった筈だ。だが、そもそもアストラル体のエヴァハを消滅させたのもニッポンだった筈だな?」
「おいおいノールゴント、担当は奴だ。マローンに確認してくれ。だがこれは我々が想定していたよりも悪い結果となりそうだ。あと一押しでヴァルネクは大陸の統一を果たす。だがあの性能を持つ浮遊機の存在はこの戦況をひっくり返す可能性がある。万が一にでも、そのような事態が発生するのであれば、彼らに対抗可能な手段を渡すという事も躊躇してはならない」
「それ程なのかもしれん。そもそも例のヴァルネク連合の艦隊を瞬時に屠ったという件もあくまでもヴァルネク実験艦隊による不具合から来る話だと聞いていたが、あれほどの性能の浮遊機を持つ事から推測すると、我々の言う旧誘導兵器の類が存在するという可能性もある。だが、ヴァルネクにあれ以上の技術を渡した場合、以降の優位性はどう担保する?」
「大丈夫筈だ。そもそも技術を渡しているのはヴァルネク兵器局の何とか言う博士なのだ。彼自身の閃きという形で彼は自ら発見した様に感じている筈だ。勿論精神操作によって齎される訳だが。そしてそ奴に極めて性能が高く特定の条件下で耐久力を失う様なシロモノを渡せばよいのだ。おのずと量産に入ればゴミの山が出来るだろう」
「いやヴァルネクに対してはそれで良いとして、だ。問題はニッポン、そしてヴォートランだろう。そもそも我々が想定する以上の文明レベルにニッポンとヴォートランがあれば、我々こそ危険となる可能性もある」
「待て、ダールシアン。それこそ杞憂に過ぎんだろう。連中が我等の失陥期の文明レベルに匹敵するのであれば、そもそも我々は抗する事も出来ない。恐らくこの時点で連中に捕捉されて穴倉で声を潜める毎日となるだろう。だが、今に至っても我々が捕捉されている気配が無いという事は、つまりそういう事だ。連中の文明レベルは未だそれ程では無いという事だ。そもそも姿を態々晒して来る程度であれば、それは我等の中期躍進期程度に過ぎん」
「…もし仮に中期躍進期レベル相当であると想定した場合……それでもヴァルネクの勝機は無くなるぞ? それに我々が対抗可能な手段や人員も潤沢とは言えんのだ。既に失われた技術や知識は今や永遠に再現出来ん体たらくだ。そして我々に時間は有限なのだ。相手を侮った挙句に自らの墓穴を掘る行為を目の前で行われる位ならば、私は現時点で最善手を打つべきだと思う」
「だが……その最善手とは、一体何を言っている。何をやる積りだ?」
「我々が提供可能な技術の数段下であり、且つヴァルネク及びニッポンに対抗可能な手段だ。我々が優位な状況を維持しつつ技術提供を行う、という事だ」
「…ダールシアン。既にその段階を通過しつつあるのだ。我々の行っている技術提供は今の段階で再現可能であり、尚且つ対抗可能な手段を持つ技術のみをヴァルネクに提供しているのだ。我々が十全であれば過去に存在した様々な魔導技術によって即座にヴァルネク程度を滅ぼす事も可能なのだが、今やその力は失われて久しい。それが故に高速浮遊機や人の魔導結晶石化技術を流した。だが、それ以上の技術となると、今の我々が仮にヴァルネクと戦うとなった場合、ややこしい事になる」
「頭数以外で何か問題となると?」
「そうだ。今渡そうとしているのは高速浮遊機関連の技術だ。だがこの技術は言わば魔導結晶石が発するエネルギーを一点に指向しながら推進するという技術だ。これは言わば魔導自走砲と呼ばれる攻撃兵器と同様の技術に見えるが似て非なる物だ。この技術の延長線上にあるのは他天体への飛翔技術にある。この基礎技術を理解した場合、その先にあるのはそれだ」
「ああ、古のレフールの質量兵器か……まさかな」
「そうだ。そこまで到達する可能性が無いとも言えん。そんな技術を安易に渡した挙句に我々がその技術によって窮地に陥る事も容易に想像できるだろう。それが故に渡す技術を厳選せねば」
「だが、そうするとヴァルネクは現行の技術レベルであのニッポンやヴォートランの音の速度を超える浮遊機と戦う事となる。言わば、我等がラヴェンシアと戦った太古の戦争にそのような記憶があったな。音速を超える浮遊機と現行の浮遊機との戦いが。あの時はどのような戦いであったかな……ノールゴント、君は覚えているか?」
「既に八千年近く昔の歴史故に資料庫に記録がある筈だ。だが、中期躍進期から失陥期に至る資料の大部分は汚染による廃棄か、若しくは直撃を受けて蒸発した物が大半だ。詳細な資料も何も余り残ってはおらんだろう。現行の我々が手にする事が出来る技術でなんとかならんのか?」
「むぅ……或る程度後世の資料を基にして、連中の基礎技術を向上させよう。だがダールシアン、君の言う事にも一理ある。我々に逆らう能力を持たすのは危険故に安全装置を組み込んだ状態で渡すのというのが良い所だろうな。問題はその安全装置なんだが…」
「空力特性辺りで何か仕込むとするか」
「うむ、その辺りが良いだろう。あとはマローンからニッポンの情報を入手した上で擦り合わせていこう。過剰な技術を渡す事による弊害は無視出来んが、そもそもヴァルネクには辛勝して貰わぬと後々面倒だからな」
「違いない」
ダールシアンとノールゴントはモニタを前にして資料を調べ始めた。
・・・
ロドーニアのトーン空港では、テレベルの爆撃を終え帰投してきた戦略爆撃部隊が盛大に迎えられた。
ヴォートランが行ったテレベル港への戦略爆撃はこれまでの対ヴァルネク戦争で数少ない大勝利だったのだ。次々と降りる爆撃機を目の当たりにした同盟諸国の首脳は、これまでに同様の浮遊機を持たなかったが故に単に物珍しいだけだったが、その上げた戦果によって爆撃機という航空機の存在を認めたのだった。これはヴァルネク自体が戦略爆撃という手法を未経験だったが故の無傷の大勝利だったが、次からは当然対策として何らかの激しい抵抗をしてくる事は自明であった事から手放しで喜べる事では無いとは思ったが、エミリアーノ大尉はその戦果を素直に喜んでいた。
既にロドーニアや同盟諸国の浮遊機は滑走路を必要としない事から滑走路脇の駐機場に集められ、そして主滑走路にはヴォートランの爆撃機ティゲル・ベローチェ改が100の単位で並べられていた。これは日本から後付けの過給機を追加し与圧キャビン化されたヴォートランの新型爆撃機だったのだ。これらは現代日本の電子技術や発動機技術、更には冶金技術や様々な素材を組み合わせ、最終的にヴォートランで組み立てられて輸送されてきた物だった。既にこの改造された時点でB-17を上回るスペックを誇っていたが、如何せん操縦するのはヴォートランの飛行学校上がりばかりだった。
だが、この新兵達は空に上がる前に飛行学校に設置されたシミュレータで徹底的に扱かれ、そして航空自衛隊の教官達に扱かれて教官となったヴォートラン人教官によって厳しく扱かれての実戦だった。更には少ないながらも北部航空方面隊第2航空団203飛行隊が、ロドーニアの防空の任に当たっていた。これらの空自パイロット達は、爆撃部隊の護衛につく予定のヴォートラン戦闘機乗り達に、空戦指導をしながら防空任務に当たった。
防空任務にはロドーニアにどんどん建てられつつある火力発電所から給電を受け新規に設置された数個のガメラレーダー(J/FPS-5)が、ロドーニア全域を防衛する様にレーダー監視網が構築されつつあり、更にこのレーダーと無人機の組み合わせでヴァルネクの動きを監視していたのだ。更にオストルスキに構築した防空体制によって、即座にロドーニアにある航空機部隊が適切な場所に派遣出来るようになっていた。
そして、ヴォートラン王国王立空軍の第一、第二、第三空中艦隊はそれぞれ各200機以上を抱える大所帯となった。そこで第一が戦略爆撃、第二が戦術爆撃、第三が各爆撃部隊への護衛、そして迎撃とロドーニア防空に航空自衛隊があたる事となった。
そしてヴォートランの戦略爆撃第二弾が開始された。