2_41.魔導潜航艦隊の最後
もう浮き上がれない。
この事実はアウグストゥフの乗組員達の心に大きな重しとなっていた。
魔導機関の修理は完了、とまでは言えないものの動くには動く。
だが、損傷した力場解放球の代わりにでっち上げたモノは何時迄出力が保てるのか分からない。
そして縦舵が効かないという事は、上昇も下降も出来ないという事だ。
付け加えるなら、艦長のグンドラフ中佐も副長のエーマ大尉も倒れたままだ。
これで我々に一体何が出来る?
マティスはいよいよ覚悟を決めた。
既に出来る事は何もない。
もし我々が何らかの手段によって拿捕されるような事になっても、機密作戦を行っている我々の身分が明らかになる様な物は何一つない。マティスはもう一度考えた上で、自沈を行う為の覚悟を決めたマティスは全艦に通達した。
『艦長代理のマティスだ。私はグンドラフ中佐から艦の全権を代行している。現状で我々が取るべき手段は自沈しかないと私は判断した。もし我々が敵国に囚われたならば、祖国にどれ程の被害を齎すであろうか。我等の最新鋭の潜航艦や武器の情報も暴露する事となるのだ。ここまで諸君と共に戦えた事を光栄に思う。これは悲惨な最後では無い。我々は誰もが成し得ない成果を上げたのだ』
だが新参乗組員の一部が艦長の命令であるならばともかく、艦長代理による自沈命令は従えないと騒ぎ始めたのだ。
艦内では古参の乗組員による自沈命令に従う勢力と、新参のあくまでも自沈命令は艦長からの命令しか受け付けない勢力に二分され、一触即発の状況となっていたのだ。
「自沈だぞ! 我々は死ぬ。だが、それは正式な命令であればだ! 代理の意見など!」
「貴様、代理であろうと最上級士官による命令だ。従え!」
「何だとこの野郎、自沈の前にてめえを殺してやろうか!?」
「上等だ! ヴァルネク軍人の風上にも置けぬ奴め、恥を知れ!」
「恥だぁ? これから死ぬのに恥も風上もあるかっ、おいっ棒っ切れ持ってこい!」
「棒切れだ? 貴様、一体何をする積りだっ!」
「こうするんだよ!!」
新参兵カレルはどこからか鉄パイプを振り回し始め、カレルの意見に同調した兵を中心に艦中央を占拠し始めた。
「カレル、いい加減にしろ! 代理のマティスだ、命令に従え!」
「艦長代理さんよ、俺達は別に死ぬのは怖くはねえ。だがな、正式な命令も無しに何も成果を上げずにただ死ぬのは御免だ。この自沈に意味はあるのか? 大方打つ手も考え付かつかずに、機密漏洩しない様に自沈とか言ってんじゃねえだろうな?」
図星を突かれたマティスは答えを言い淀んだ。
だが別に言い負かす必要なんてないんだとばかりにマティスは周辺の兵に魔道銃を配り、以降はカレルを筆頭とした反抗分子を反乱として対応する事を宣言し、これ以上の反乱行為は軍規に照らして厳正に処理する事を宣言した。
カレルの同僚ミシュコはカレル側に立って消極的な自沈反対の立場だったが、この宣言後に対立の場に立ち会わせてしまった事により、威嚇に過ぎない筈の魔道銃による制圧射撃を喰らい昏倒した。当然、艦内での射撃である為に魔道銃の出力を低く設定していた筈が、出力設定を慌てて設定して誤った出力で射撃してしまったのだ。
ミシュコは魔道銃の射撃を喰らって昏倒した結果、艦内の機器に激しく頭部を打ち付けて意識不明の状態となってしまった。
そして、この対応はカレル側に立った皆が完全に反マティス側となったのだ。
マティスが不運と初期対応を誤った結果、艦内は完全に二つに分かれての戦闘状態に突入した。
だが艦内の空気が失われるのは1日分も無かった。
・・・
オストルダは命令通りに接近する海上自衛隊第14護衛隊を前に洋上でその姿を晒した。
「いいか? 浮上後、数人が艦橋に上がれ。そして直前まで降伏する様な態度を見せろ。完全に我々に打つ手が無いように見せるんだ。油断して接近してきた所を確実に魔導魚雷を当てる。だが初手で撃沈出来ねば我々は反撃によって全滅だ。分かるな?」
「艦長、くどいですぜ」
「じゃ俺も艦橋上がっても良いすかね? さっき煙草吸えなかったんで」
「上に上がって戦闘になったら、お前ら生きて帰って来れねえぞ?」
「おう、今更だ。どうせなら敵艦が沈む姿を見てから逝くわ」
「お前ら……魚雷の射程はどうか? 」
「確実ならもう少し接近する必要があります」
「よし、浮上して微速前進、ハッチ開けるぞ」
『国籍不明艦に告ぐ。直ちに機関を停止せよ。こちらには即座に貴艦を攻撃する用意がある!!』
攻撃する用意ね。
まあ、その言葉に嘘は無いんだろう。
だが俺達を拿捕したいという気持ちもまた同時にある筈だ。
それが証拠に態々1kmも手前で魚雷を自爆させたり、爆発しない魚雷を当ててきたりと何ともまどろっこしい手を使ってきてやがる。こっちはそれを逆手にとって、拿捕を受け入れる振りをして攻撃を当ててやるがな。
「おい、艦橋に上がっているお前ら! 敵艦が見え次第、手でも振ってやれ」
「艦長!! 浮遊機直上に接近!!」
浮遊機だと? 今更浮遊機だと?
……まさか、我々が最後に攻撃を仕掛ける事を警戒して?
『国籍不明艦に告ぐ。直ちに動力機関を停止し、所属国家の旗と白い旗を掲げよ!!』
「白い旗だと? どういう意味だ? おい、両弦停止だ、両弦停止しろ!」
「両弦停止しました、艦長、国旗と白い旗は?」
「……国旗は出せん。白い旗位は良いだろう、おい白い布を持って来い!」
「艦長、白い布です。これで良いですか?」
「うむ、これを掲げておけば攻撃される事も無いだろう、どうだ?」
『国籍不明艦に告ぐ、所属国家の旗を掲揚せよ!」
「ちっ、煩いな。誰か手を振れ、これで勝手に勘違いするだろう」
「了解、おーい、おーい!」
どうやらヴォイテク少佐の策はどうやら上手くいったらしく、オストルダの上空を旋回する浮遊機からの声は聞こえなくなった。あとはこちらが前進出来ない状況であっても、近くに居る駆逐艦が近づいてくるに違いない。射程に入ればこちらのモノだ。こうしてオストルダに接近してくるであろう筈の敵駆逐艦はいっこうに近づいて来なかった。そして太陽は今にも水平線の彼方に隠れ、周辺は薄暗く見通しが悪くなっていった。上空に張り付く浮遊機からはライトによってオストルダの艦橋付近を煌々と明るく照らしてる。だが、彼方に見える敵艦は一行に近づく気配も無かった。
「……連中、来ないな? もう夜になるぞ?」
「あの艦艇はこちらの射程外から一向に近づく気配がありません。大型の浮遊機と小型の浮遊機が一定の距離を以って我々を監視し続けていますが……っと、何か海上船から何かが分離しました。……小型のボート?」
「なんだ、どういう意味だ?」
「敵の船から小型のボートサイズの物が接近してきます。……早い! 」
「ボートか!? ちっ、考えたな。副長、魔道銃出せ。各員魔道銃装備のまま艦内で待機!」
『国籍不明艦に告ぐ、そのまま待機せよ。これから臨検を行う』
成程、海上艦を危険に晒すよりは小型のボートを寄せて臨検か。上手い事を考えたようだ。これは艦内に踏み込まれたら終りだが……それはこれから立ち入るお前達も同様だ。我々は既に所属を示す一切は剥ぎ取り、国旗の類も何も所持していない。もし仮に銃撃戦の後に、我々の屍や艦内を検められても、我々がどこの何者かの証拠の類は出る訳も無い。
「ボートが近づいてきたぞ、魔道銃の出力は最大で待機。エドマンド、例の準備は?」
「魔導結晶石の力場解放球は合図と共に暴走を開始します」
「了解だ、こっちは乗り込まれたら即座に攻撃を行う様に待機だ」
「了解」
オストルダに近づいてきた黒い軽量のボートには数人の黒づくめの男たちが搭乗していた。
だが辺りの暗闇に紛れてオストルダからは何も見えない。
ただ、物体探知機では小さなボートが確実にオストルダに近づいていた。
「!? 小さなボート以外にも、別の浮遊機接近中!」
「別だと? 随分念入りだな。まぁ、俺達は敵になんの情報を与えなければ勝ちだな」
「確かに。……しかしあの酒場に行けないのは切ないですね、艦長」
「……ああ、それはそうと艦橋が静かだな? 連中ともう接触する筈だが、、」
突然、艦内に艦橋から何かが落ちてきたかと思うと辺り一面が真っ白に光り、同時に大音響が鳴り響いた。
ヴォイテクは突然の出来事に目も耳も使えなくなった事にパニックに陥りそうになったが、これが敵の攻撃であると即座に判断して、何も見えないままに叫んだ。
「敵襲だ!! 艦を自沈しろ!! エドマンドォォォ!!」
「何が起きた!! 何も見えない、目が見え無い!」
「なんだ、なんだこれは、なんだ、何が起きているんだっ!!」
「み、耳が……耳が聞こえない……目も見えない…」
「助けてくれ、何も見えない!! 聞こえないぃっ……」
艦内ではヴォイテク少佐程には皆冷静になれなかった。
彼らはSBU(特別警備隊)突入コマンドによって潜航艦入口付近が無音のままに制圧された後にすぐさま艦内に放り込まれたスタングレネードによって麻痺状態に陥った。スタングレネードによるパニックは、ヴォイテク少佐の叫びもエドマンドには届かず、自沈する為に予め全隔壁を開け放していた事により、真っ暗な中での閃光は覿面に乗員達を無力化した。
どうにか立ち直ろうとした奥の兵達も、既に突入したコマンドによって無力化された。
ヴァルネク法国海軍特殊潜航艦オストルダは、その所属が未だ明確にはなっては居ないが、正式に日本国海上自衛隊によって拿捕された。乗員の無力化を確認後、第14護衛隊の三隻は各々オストルダの乗員を分散して収容した。
結果として海中で動かない状態のアウグストゥフは、接収したオストルダからアウグストゥフに魔導通信を行った事により、艦内で反乱が起きている事と残量酸素が少なくなってきた事が判明し、そこで海上自衛隊はDSRVを投入してアウグストゥフの救出作業を行おうとした。
結果として、艦内での戦闘によって人数が著しく減った事により、酸素の消費が減った事が残った人員を生かした。更にカレル率いる反乱一派が艦内を制圧し、日本のDSRVによって救出されたのだった。
そして彼らの所属や目的を調査と取り調べの結果、ヴァルネクの脅威によってヴォートラン迄も危険に晒されているという認識は、更に日本そのものへの脅威であるという判断となった。
現在、日本の生命線であるヴォートランをも呑み込もうとしているヴァルネク連合。
そしてヴォートランと縁のあるロドーニャ王国。
ラヴェンシア大陸での魔獣氾濫に対して消極的支援に徹してきた日本は、このヴァルネクの脅威への認識とこの勢力に対抗する為に14か国同盟とロドーニアに対して全面支援を行う事を閣議決定した。
手始めとして日本はロドーニアに建設していたトーン空港と港の開発を可及的速やかに進める事となった。