2_37.浮上させ、拿捕せよ
岸口総理は国籍不明艦の拿捕、というアイディアに起死回生の思いだった。
既に死の島周辺海域では所属を検める事無く国籍不明艦を全て沈めてしまった。
つまり所属を検める事無しに、正体不明のままなのだ。
軍の対処としては正解かもしれないが、どこの国の船か分からないが我が国の国民が被害を受けたので、そこらあたりに居た怪しい潜水艦を攻撃して沈めました、では国民感情が納得しない。まず浮上させ、そして国籍を露わにし、然るべき法に則った報いを与えなければならない。もしこの一連の攻撃が誤りであった場合、政権に与える打撃は信じられないものになる。
近頃のヴォートラン王国やエステリア王国、そしてエウグストとの交流によって経済的には移転前程度には復活してきた事により、国民の関心は自身の生活へと移り、軍事的な行動や統制経済的な政策は批判的に見られ始め、当初高い支持率を誇ってきた岸口政権であったが長期政権にありがちな様々な腐敗の暴露等もあって政権支持率が極端に落ち込んだ矢先に、このヴォートラン輸送船団の撃沈である。
この撃沈によって日本人船員を含む大量の死者が出た事は、岸口政権に対する攻撃機会を狙っていた右派野党にとって恵の雨だったのだ。とりわけ攻撃的野党として昨今に急速に勢力を伸張してきた日本復古党は、民間船舶への自衛隊による護衛任務を政府判断で停止した事に関して政府批判を向けていた矢先に起きた事態なのである。
日本国民への被害、しかも一般人だ。どのような批判を受けるかは想像に難くない。あくまでも自身の政権を延命する意味でも、岸口総理は国籍不明艦の浮上と拿捕という手段を思いついた。それが相当に無茶な要求である事だったとしても。
そう思い始めていた岸口総理の前にそびえる、国家安全保障会議の大きなモニターにはP-1によって中間海域で国籍不明の潜水艦集団を発見、そして四隻の国籍不明潜水艦を警告の上で撃沈した、という表示が矢継ぎ早に映されていた。
そう岸口総理の決断は1歩遅かったのだ。だが現場からの報告では、未だ4隻の潜水艦が当該海域で潜航したままの状況を示していた。荒田統合幕僚長に向かって岸口総理は吠えていた。
「いいか! 少なくとも1隻は浮上させて拿捕しろ! 必ずだ!!!」
・・・
荒田統合幕僚長は、作戦行動中と思われる国籍不明の潜水艦に対する浮上と拿捕という非常に難しい指示を、急行中の第1潜水隊に対して送られた。ELF(極超長波)で呼び出された第1潜水隊は急速浮上を行い、露頂して詳細な命令を受信した。その内容は以下だった。
「14護衛隊と協力して国籍不明潜水艦を浮上させ、拿捕せよ」
この命令を受けた第1潜水隊の各艦長は、14護衛隊と作戦を協議し、大まかな作戦を構築した。
14護衛隊の三隻は死の島周辺域に潜伏していた国籍不明艦を掃討していた為に当該海域への到着が多少遅れる事から、残り4隻の潜水艦包囲の輪では東南方面を担当し、第一潜水隊は南南西の方角から接近を続けた。そして後方(撃沈水域周辺域)には、P-1が旋回してソノブイによるソナーバリアが構築されており、確実にグンドラフの潜航艦隊に対する自衛隊の包囲の輪は縮まりつつあった。
グンドラフ達の四隻は、この海域に迫る自衛隊の包囲の輪を知らず、ビスワに向かって無事辿り着ける事を祈りながら前進を続けていた。だがグンドラフの潜水艦隊を空と海から正確に把握し、尚且つ浮上させる使命を受けた自衛隊は奇策に出ようとしていたのだ。魔導通信を持たない自衛隊は、近距離からのアクティブ音響ホーミング魚雷を当てる事により、国籍不明潜水艦の動揺を誘い浮上させ、音声による投降を勧告するという方針に決まった。そこで当該海域に急行中の第1潜水隊の三艦は、誤って爆発しないように魚雷の信管設定を変更作業を吶喊で行っていた。
・・・
グンドラフは混乱していた。
我々は魔導遮断装置を使い、我々を探知する可能性は無い筈だ。
にも関わらず、先ほどから続くこの音は一体なんだろうか。
もしや、この音が我々を探知している?
だが考えてみると我々が使う魔導機関をニッポンの連中は持ってはおらず、別の理で動く動力を以って兵器を動かしている。
という事は、我々の知り得ぬ探知方法を持っているかもしれない。となると、我々の前提は全て崩れ去る。最早、我々が全く秘匿された存在である可能性は著しく低いと見て良いだろう。とすれば魔導遮断装置は無意味だったのかもしれん。だが、既に機能しているこの遮断装置を停止させ通信を復活させたとしても、他の艦が動作続けているのであれば、通信手段の復活は望めない。だが、グンドラフは意を決して副長に命じた。
「魔導遮断装置を停止、各艦の位置を確認せよ」
「艦長! それは…!」
「そうだ。魔導遮断装置を停止したら我々は探知される。敵が魔導探知を行っているのならな。我々が現在の状況にあるのは魔導探知によってでは無く他の手段だ。このままでは我々は全て撃沈されるだろう」
「他の探知……?」
「そうだ、先ほどから続くこの音がそれだ。連中は音で我々を探っている。つまり魔導遮断装置は意味が無い。直ちに切れ」
「了解です、魔導遮断装置停止します……停止しました。魔導探査復活します」
「よし、各艦の位置を確認。オストルダ、ジェロナ、テブレツェンのうち、本艦に一番近い船はどれか?」
「……ジェロナが本艦の右前方100mの位置に居ます。オストルダは本艦の200m後方、テブレツェンは左前方に130m」
「ふむ、ジェロナに近づけ。軽く当てろ、慎重にな」
「りょ、了解です……接近中、50m、30m、10m……当たります」
「総員、衝撃に備えよ!」
グンドラフのアウグストゥフはジェロナの左後方からスルスルと接近し、ジェロナの艦体を掠るようにアウグストゥフの艦体をぶつけた。アウグストゥフ内の乗組員は予めぶつかる事を知っていた為に衝撃に備える事が出来たが、ジェロナの乗組員はその接触の衝撃によって、幾人かの怪我人を出した。ジェロナの艦長ニコデム少佐は突然の衝撃を受け、何が起きたのかを副長に問いただした。
「一体何事だ、何に接触した!?」
「分かりません、この辺りの海域の水深は相当深いので海底は無い筈ですが……あ、これは……」
「なんだ、どうした!?」
「アウグストゥフです、魔導遮断装置を切った模様。その上で、我々に体当たりをした?」
「アウグストゥフが魔導遮断装置を切った? ……操艦ミスか?
む……そうか、そういう事か!!」
「?? どうしますか、ニコデム少佐?」
「こちらも魔導遮断装置を切れ。その上でグンドラフ中佐と通信回線開く」
「はっ、了解です!」
こうしてグンドラフはニコデム少佐に状況を説明した上で残りの2艦を同様の方法で通信を回復させ、グンドラフの艦隊は魔導遮断装置を切り、自分達の周りの状況を確認した。そして既に後方の第二グループが存在していない事を知ったグンドラフは、全艦に向けて通信を開いた。
「各艦傾注、たった今作戦中止を宣言する。我々は敵に遭遇している。しかも敵は我々を未知の方法で探知している。既にヴォクトール少佐の隊は反応がない。つまり、敵は我々を未知の方法で探知し、我々を攻撃する手段を持っていると判断した」
『そんな…オルシュテインが沈んだ!?』
「そうだ、ニコデム少佐。オルシュテイン以下4隻は既に全滅した物と判断している。このままでは我々も全滅する。何せ攻撃方法が分からない状況の上、今この瞬間も探知され続けているのかもしれん。そこでヴォイテク少佐、貴官のオストルダはこの情報を持って本国へと全速で戻れ。ユーレク少佐、貴官のテブレツェンはビスワに急げ。我が艦とジェロナは当海域で敵を誘引する、レフール神の加護があらん事を祈る」
『ヴォイテク、了解しました。オストルダは本国に帰投します』
『ユーレク、了解です。テブレツェンは速やかにビスワと接触します』
『ニコデム、了解しましたが……敵は空からでは?』
「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。今の所、我々には空から何らかの探査を受けていると推測している。まずは状況を確認する為に浮上して周辺海域の状況を探査する。もし我々がそれで撃沈された場合は……我々がここに残る意味を考えろ。あの二艦をなんとしてでも生かすぞ、ニコデム」
『……ニコデム了解。可能な限り善処致します』
「すまんな、ニコデム。もし生き残ったら、あの港の店でまた酒を飲もう」
「グンドラフ中佐、そん時ぁ中佐の奢りで」
アウグストゥフは浮上を開始し、ジェロナは水面下300mで待機を続けた。
・・・
「エンジン音探知、前方11時方向距離15km深度300、なんだこりゃ……スクリューの音では無いな……キャビテーションノイズが無い…」
「どうした?」
「国籍不明潜水艦の音紋です。スクリュー音は聞こえません。例えて言うなら複数の穴から水が放出されている感じです」
「……ハイドロジェットに近い感じか?」
「と思うんですけが……聞いた事の無い音ですね。船体に複数の穴が開いて、そこから出る水流によって推進する、という感じだと思います。浮上させて詳しく調べてみたいですね」
「ああ、それ狙いではあるんだが……果たして向こうさんはこっちの意図を汲んでくれるかな」
「あ、1隻の音が大きく…180度反転? かなりの速度で音が遠ざかっています。針路3-1-5に離脱。ソノブイバリヤーの方向です」
「ふむ……そいつはP-1に任せるか。残った三隻は?」
「1隻は針路1-3-5に全速前進を再開。2隻は当該海域で停止……このうち、1隻が浮上を開始」
「成程、囮が2隻で本命が死の島に向かった奴かな? それは14護衛隊だな。であるならば、本艦は囮の方を狙う。魚雷の用意はどうか?」
「準備完了、何時でも行けます」
「よし、それでは…国籍不明の潜水艦とやらの拿捕作戦を始めようか。浮上した船は上空のP-1と14護衛隊のSH-60Jに任せ、水深300mに残る船を攻撃し、浮上させる。針路3-3-7を維持、敵艦のデータを入力」
「……敵艦のデータ入力完了!」
たいげい型潜水艦はくげいの艦長黒田二等海佐は、ヴァルネク海軍の潜水艦ジェロナとの対潜戦闘を開始した。
ああっと、7時にUPしようと思ってた過ぎていたあああ。
という訳で更新しました。