2_36.海上警備行動による警告
先行するグンドラフの艦に、第二グループ最後尾に居た潜航艦フリデクが爆発した振動が伝わってきた。
「この振動は……?」
「分かりません。一瞬、魔導反応がありましたが直ぐに消えました」
グンドラフは魔導遮断装置による通信封鎖を解いて状況を確認したい誘惑に襲われた。だが、この一瞬の魔導反応は別の何かかもしれない。自分が今、想像する何かとは別の。
それは……
そして先行していた第一グループよりも、第二グループの動揺は更に激しかった。
フリデクの爆発によって、すぐ近くに居た二番艦オルシュテイン・五番艦ストルミエン・八番艦サブウォチエの各艦は同心円状に広がった爆発の圧力によって艦の体勢が乱れに乱れ、舵を取り戻した時にようやく何が起きたかを推測し始めた。
「衝撃の瞬間に一瞬魔導反応が出ました、ヴォクトール少佐。今のは……? 」
「総員、落ち着け。何らかの攻撃を受けた可能性がある。艦に損傷は?」
攻撃を受けた可能性だと?
自分で言うのも嫌になるが、何が起きたのかさっぱり分からん……
何が起きた? あの衝撃は何だ?
「艦及び動力に損傷ありません。全て正常に動作中。通信再開させますか?」
通信を開くか? ……いや、魔導通信の封鎖は理由があっての事だ。
もしかしたら魔導通信を探知して攻撃をしてきたのか? 我々のうち誰かが通信を再開して、その瞬間に攻撃を行ったというのか? とするとニッポンの可能性は下がるだろう。
すると同盟諸国の何れかが我々を攻撃する能力を保有したという事か。こんな所まで出張るのはロドーニアか……だが通信を再開すると攻撃される可能性が上がる?
「いや魔導遮断装置そのまま。通信封鎖続行だ」
ヴォクトール少佐は、先行する第一グループに追いつく為に先を急いだ。
だが魔導遮断を行っている為に、他艦との通信は相変わらず出来ない。その為、誰のどの艦が攻撃を受けたのか、果たして攻撃だったのか不明なままだった。もしかして他の艦が操舵を誤って海底に接触し、それによっての爆発かもしれない。ヴォクトールの頭の中には答えの無い疑問符しか沸いてこない。
だが、そういう場合は当初の命令を遂行するのみだ。
そう思った瞬間に、二度目の爆発による衝撃が艦を揺らした。
それはストルミエンとサブウォチエを襲った12式魚雷によるモノだった。
・・・
死の島と輸送船団が攻撃された海域のちょうど中間海域で潜航艦フリデクが撃沈されている少し前、彼らが目指す補給潜航艦ビスワとその護衛を行っていた第3グループには別の危険が訪れていた。
死の島近くの周辺域で露頂状態で警戒にあたっていた第三グループからの警報を受けた。警戒ラインの外周に正体不明の浮遊機が接近してきたのを感知したのだ。直ぐに接近していた事を浸洗状態で待機していたビスワに連絡した。
「警戒ライン外周に反応! 恐らく浮遊機と思われる物体が高速接近中!」
「何? どの位でここに来る?」
「高速で接近中! 20分以内に接敵します」
「よし、ビスワに警報後、急速潜航。やり過ごすぞ」
「ビスワに警報発信、両弦注水、潜航します」
この浮遊機の接近に伴い、すぐさま潜航態勢に入った。第三グループのヴォット少佐は近づいてくる浮遊機を潜航する事によってやり過ごし、通り過ぎた後に再び島の観察と哨戒を行おうとしていたのだ。だが、この浮遊機は我々の潜むこの海域の上を飛び回り、一行に去る気配を見せない。それどころか上空を旋回していた浮遊機は、何かを海水に投下して空中停止していた。
「何をしているんだ……? 早く立ち去れ」
「浮遊機、更に1機出現しました。別の場所で空中停止中……あの辺りはフレリリフ潜航中」
「一体何故ここに滞空し続けているんだ、あれは」
業を煮やしたマルセリ少佐の九番艦フレリフフは潜望鏡を上げて周辺を探ろうとした。
この瞬間に、上空に居た浮遊機から大音響が響いた。
『我々は日本国所属の海上自衛隊である。貴艦は潜没しまま我が国の領海を侵犯している。速やかに浮上せよ! その上で国旗を掲揚し所属を明らかにせよ』
「どうしてだ!! 何故、我々が潜っている事が分かる!?」
「どうします、マルセリ艦長? どうやら俺達がここに潜っているのはバレてるみたいですぜ?」
「あ……副長、魔導遮断装置は動作しているか?!」
「いえ、遮断命令が出てません。稼働中です」
「それか!? だが、居るのは分かっていても攻撃する手段も無いだろう。潜れる所まで移動だ。200m以上も潜れば、敵も我々を見失うだろう。その前に各艦に通信送れ。魔導感知された可能性あり、これより本艦は魔導遮断装置を稼働しつつ潜航する、と。方位3-3-0に微速前進」
「了解です、3-3-0に微速前進」
マルセリ少佐が、この浅い海域では潜航して逃げ切る事は出来ないと判断し、もう少し先の深い海域に逃げ込もうと指示を出した瞬間に、滞空していた浮遊機から再度の警告が告げられた。
『浮上しない場合は海上警備行動に基づいて攻撃を開始する!』
「……え?」
「なんだ、攻撃だと? 水中に居る我々をか!? 馬鹿な。やれるものならやってみろ」
海上自衛隊の警告にも関わらず、マルセリ少佐が指揮する潜航艦フレリフフは無視をして潜航しながら移動を続けた。
マルセリ少佐は、ほら何事も起きんだろと艦内で自信を持って副長に話しかけたその瞬間に、フレリフフの周囲に連続する爆発音が鳴り響き、激しく艦内は揺れ動いた。
『これは警告である。直ちに浮上して国旗を掲揚せよ」
「か、艦長!! 連中、こっちを攻撃する手段を持っているみたいですよ」
「……最大全速、深い海域に逃げ込むぞ。我々は秘匿部隊だ。国籍を明らかにする訳にはいかん」
例え死んでもな、と言葉にこそ出さなかったがマルセリ少佐は先ほどの攻撃がもしも自分の艦に当たった事を考えると、これから生きて彼らから逃れるとは思えず、ふと死の気配を身近に感じ始めた。その予感は僅か数分後に実現する事となる。そして同じく海中に息を潜めていたヴォット少佐は、同様に深く潜れる海域に逃げ込もうとした矢先に魚雷攻撃を受け、第三グループの各艦は何も発する事無くそれぞれの海に沈んでいった。
・・・
接近しつつある浮遊機は日本の第14護衛隊の護衛艦から出撃されたものである事を知らなかった。この浮遊機の正体は海上自衛隊の搭載機であるSH-60J対戦哨戒機だった。しかも、この海域に正体不明の潜水艦が居ると判断した海上自衛隊は、即座に第三航空隊のP-1を要請し、護衛艦あさぎりとせとぎりに搭載のSH-60Jと共に周辺海域の掃海を開始していた。
そして、P-1が投下した対潜爆雷の警告を与えたにも関わらず浮上も国旗の掲揚を行わず、警告を受けた上で潜航しながら逃げようとした正体不明の潜水艦達は、投下された12式魚雷によってその全てが爆沈した。続く当海域を飛ぶP-1のMAD(磁気異常探知装置)によって、死の島周辺の小島そばに大型の艦艇が沈み込んでいる事が確認された。
そしてビスワは発見されている事を知るよしも無く浮遊機をやり過ごす為に海底に沈座し、ただ大人しく息を潜めていた。
先程警戒の為に周辺で哨戒をしていた潜航艦フリデクの魔導通信での警告を受けて、ビスワの艦長ギスターブ中佐は彼らの無事を祈りながら静かな艦内で時が過ぎるのを待っていた。
だが、その静寂はP-1からの対潜爆弾によって破られた。
「なんだっ! これは一体何の攻撃だっ!! 被害状況を知らせろ!!」
激しく揺さぶられる艦内でギスターブ中佐は、そこらにしがみ付きながら副長に叫んだ。
「分かりません!! 何者かによる攻撃を受けておりますっ!! 機関部より報告、一部に浸水発生!」
「その何者かはどうでも良い。どうして海の底に居る我々に、正確に攻撃が可能なんだっ!! 魔導遮断装置は効いている筈だっ!」
「確認しましたが、遮断装置は正常に動作しています。他に被害はありません」
「これは……我等が居る海域に目星をつけての攻撃なのか……それとも正確に探知しての攻撃なのか……」
「もしや敵は我々の知り得ない探知方法を使って攻撃しているのではないでしょうか?」
「こうも簡単に見つかるのなら、そういった可能性もあるな。だとすると詰んだかもしれん。我々の船は攻撃能力も無く足も遅い。より深い海域に逃げようにも足が無い。副長、自沈の準備をしろ」
「まさか、艦長!?」
「我々はヴァルネクの軍人だ。しかもこれは秘匿作戦だ。我々は敵に捕まってはならない」
「待ってください艦長、まだ何らかの手はあります」
「……どうやる?」
「敵がどういう方法で我々を探知しているかは不明ですが、何らかの探査をした結果探知されるという事です。では正常では無い状況を作れば、敵の探知能力を阻害出来るかもしれません。言わば賭けですが。……補充品の魔導魚雷を使ってこの辺りを適当に爆破し、その隙に逃げましょう。足は遅いかもしれませんが、こちらが攻撃を行えば敵も様子を見るかもしれません」
「ふむ、むざむざ自沈するよりはマシかもしれん。よし、その準備をしろ!」
こうして補給艦ビスワは、タイマーを遅延にセットした魚雷を海中に投下し始めた。
結果として、この魚雷によって海中の音や視界を奪う事に成功したが、上空のP-1による磁気異常探知からは逃れる事は出来なかった。こうして、補給艦ビスワと第三グループの四隻の潜航艦は全て浮上する事無く、周辺海域で海の藻屑となった。
・・・
死の島周辺域にて発見された、正体不明の潜水艦部隊全てを撃沈したと報告を受けた岸口総理は絶句した。
「全て沈めただと!?」
「はい、岸口総理。死の島周辺に居た彼らは拡声器による警告に従わず浮上も国旗掲揚も行わず逃走する姿勢を見せた為、更なる警告として対潜爆弾を投下しました。この警告後も浮上や国旗掲揚を行う事無く領域内の深い海域へと向かった事から、止むを得ず魚雷による攻撃を実施し、全て撃沈致しました」
「警告をした結果か……では止むを得んか……」
「はい、海上警備行動の手順に従った敵対的な行動をとる国籍不明艦に対する正当な対処と判断します」
「……そうか。だが敵国がどこの国かの確証が欲しい。未だ4隻の潜水艦が死の島方向に向かって逃走中な筈だ。これをなんとか1隻でも拿捕出来ないか。幕僚長?」
「既にその四隻は完全に捕捉されてはおりますが、そもそも正体不明の艦との通信さえ開く事が出来ません。恐らく魔導通信と思いますが、我々はこの種の通信手段を持ちません。それ故、非常に難しいとは思いますが……可能な限り対処致します」
その気になって潜っている船を浮上させる事など、出来る訳が無いと思いつつ荒田統合幕僚長は曖昧に返答した。だが、荒田には全く対処方法は思いつかなかった。