2_30.コルダビア王都バーラ(下)
「はっ、これはリュートスキ大佐殿! ご無事でしたか!?」
「俺は良い、アンゼルム将軍は何処に?!」
「アンゼルム将軍はありったけの魔道結晶石を輸送車に積み込んでエダ・ネーゲ市に向かいました。接近するヴァルネク軍に投降すると……」
「馬鹿な! 連中は投降など認めないぞ!? 閣下……魔道結晶石だと?」
「はい、搔き集められるだけの魔道結晶石を積み込んで……」
「まさか閣下は……」
「ここにリュートスキ大佐宛ての手紙を預かっております。こちらを」
リュートスキは手紙を受け取ると、アンゼルムからの手紙には以下の事が箇条書きで書かれていた。
・第二打撃軍の以降の指揮をリュートスキ大佐に預ける
・リュートスキ大佐以下の高級将校は、西方のビエルン港に向かえ
・ビエルン港に船を用意した、湾港官バルギールに会え
・リュートスキ、後を頼む
西だと……?
……だが、我々が西に脱出するとしても、エダ・ネーゲからバーラまでは最速でも数時間程度はかかるだろう。しかも恐らくヴァルネクが我々の脱出を阻む為に浮遊機部隊を派遣してくる筈だ。ここバーラは既に廃墟と化しており、ここバーラから抜け出るには相当の時間がかかるだろう。そしてバーラを脱出した頃合いを見計らって浮遊機が襲ってくるという算段だろう。俺ならそうする。つまりは市からの脱出自体も至難の業という状況で西に脱出するだと? ……魔道結晶石を使って何をするつもりなんだ?
……魔道結晶石……待てよ、そうか、そういう事か。閣下……
「中尉、君の名前は?」
「ギェレク中尉です、大佐殿!」
「ギェレクか。君は西の方面は詳しいか? 例えばビエルン辺りとか」
「はっ。西は詳しくありませんが、そちらの出身の者を知っております」
「分かった、ギェレク中尉。急ぎその者を連れて来てくれ。それと車両を集めてくれ。その他の将校は全員ここに集合だ」
こうして数分後にリュートスキ大佐の元に30人程の将校が集まってきた。
その中の将校の一人がリュートスキの元に進み出た。
「リュートスキ大佐、メイザー大尉です。お呼びと伺いました」
「うむ、その前にだ。総員傾注。我々のクーデターはどうやら失敗に終わった。このままバーラに留まればヴァルネク軍によって反逆罪として捉えられた挙句に魔道結晶石の原料工場送りだろう。我々指揮官の責は後で負う事が可能であれば良いが、今は目前に迫った問題の解決が先だ」
「どうするつもりですか、大佐?!」
「ヴァルネク軍に降伏は御免被りたいのでありますが」
「魔道結晶石の原料送り……嫌だ、嫌であります、大佐!」
次々と目前の将校達から否定の言葉が続いた。
「……だろうな、俺も嫌だ。そこでアンゼルム将軍はこのクーデターの責任者としてヴァルネク軍に投降しに行った。だが、恐らくはタダで投降するつもりは無いらしい。アンゼルム将軍は投降と見せかけて自爆攻撃を行い、ヴァルネク軍の足止めを行う積りだろう。だが足止めの目的は俺達の脱出なのだ。将軍の命をかけての足止めに報いる為に、俺はここを脱出をする。ついて来る者は俺に続け」
「へ、兵達は致しますか?」
「兵達は上官の命令に従っただけだ。無下に工場送りにもなるまい。ヴァルネク軍が来るまでに武装解除をして投降するように命令を出せ。俺達の脱出自体も安全な物とは言い難い。辿り着けるかどうかさえも分からん。そんな事に何も知らん兵を付き合わせる訳にもいかん。だが、我々高級将校はそうはいかん。尉官以下は大丈夫だろうが、それ以上は工場送りだろうよ」
「自分達もお供します。連れていって下さい!」
「どこか脱出可能なところがあるんですか?」
集まった将校達は全員が脱出に賛同した。
それも当然で、ここに残っていても何も未来は無い。
「取り合えず脱出したい者は移動の準備を行え。ここからは時間との戦いとなる。それと部隊の解散指示も出せ。メイザー大尉、ここに来い。君に話がある」
「メイザーです、大佐」
「うむ、君は脱出を希望か?」
「勿論です、大佐」
「それでは……君はビエルンの辺りは詳しいか?」
「自分は幼少の時分にはあの港で育ちました。庭みたいなもんです」
「そうか、それは頼もしい。急ぎ出発の準備をしろ。ギュレク中尉、車両の準備はどうだ?」
「砲撃を免れたの装甲輸送車が5両あります。ただ、魔道結晶石がそれ程残っておりません。目的地は?」
「西の方だ。魔道結晶石を5両に均等に分けろ。その結晶石で行ける所まで行く。今は時間が惜しい。モタモタすると、ヴァルネク軍の浮遊機部隊が来るぞ。さあ脱出だ!」
こうしてコルダビア第二打撃軍高級将校達30名は5両の魔道装甲車にそれぞれ分乗してバーラ脱出に着手した。
・・・
エダ・ネーゲ手前、王都バーラに向かう一本道の途中にその男は居た。
その男、アンゼルムは一台の魔道装甲車の後部兵員輸送部分に搔き集めた魔道結晶石を積めるだけ積み、そこには来るべき瞬間に備えて魔道結晶石を組み込んだ起爆装置のスイッチを手に、道の途中でヴァルネク軍の到来を待ち伏せていた。
エダ・ネーゲを出たトルロフ旅団は、バーラに向かう一本道の王都街道に入る頃にはすっかりエダ・ネーゲでの歓待のせいで相当の兵が弛緩した状態でいた。だが、その中にあってもトルロフ大佐は気炎を吐いていた。
「ウーラ中尉! 一体この弛んだ空気は何だ」
「申し訳ありません、トルロフ大佐。エダ・ネーゲでの歓待によって兵達が緩んでおります」
「そんな事は分かっている。誰か一人を選抜して見せしめに罰しろ」
「は……一人ですか? 了解しました。ムロズ曹長を呼び出せ」
バーラに向かう一本道に延々と続くトルノフ旅団の車列で、中ほどに居たトルロフの車両から指令を受けた下士官は車列前方に向かって車両を走らせていった。そしてその車両が呼び出されたムロズ曹長を乗せて戻ってきた。そしてトルロフの乗った車両が一旦全体停止命令を出し、長い車列はゆっくりと停止した。
「ムロズ曹長、出頭しました」
敬礼をしつつトルロフの乗る指揮車両に入ってきたムロズはトルロフとウーラ中尉の顔を見ながら一体何の件で呼び出しを受けたのやらという気持ちだったが、吊り上ったウーラの目を見た瞬間に貧乏くじを引いた事を理解した。
そうだ、ウーラ中尉とは色々と良くない噂のある人だった。
噂を聞いて人を判断するのは如何なものかとムロズは思っていたが、この目の前に吊り上った目をしたウーラ中尉を見て、聞いた噂の半分位は真実なのでは、とムロズは思いつつウーラの言葉を拝聴した。
「ムロズ曹長! 一体この体たらくはなんだ! 兵達の士気はどうなっている!?」
狭い車内で叫ぶウーラ中尉の金切声でムロズは噂半分なんてどころじゃねえな、と思いつつ答えた。
「はっ、申し訳ありません。直ぐに兵達に何をしに来たかを教育します」
「当たり前だ、ムロズ曹長。我々は物見遊山でここまで来た訳では無い。我々の使命はコルダビア王家に反逆し、王家を弑逆せしめた逆賊を残された王女の求めに従って此処まで来ているのだ。それを貴様ら分かっているのか!!」
「骨まで理解しております、ウーラ中尉殿!」
「宜しい。ここは敵地だと忘れるな。周辺警戒を巌にせよ。先行偵察隊に異常は無いか!?」
「は、現時点で何も異常はありません」
「何も見落としておらんだろうな!?」
そりゃ、俺も先行偵察隊だからな。
俺がココに居るって事ぁ、何かあったとしても手遅れになるだろうよ。
そこまでカリカリなって言う位なら、さっさと前方に戻してくれ、中尉殿。
ムロズはややうんざりとした気持ちを表に出さぬように慎重に答えた。
「確認しますので、前方に戻っても宜しいでしょうか、ウーラ中尉殿?」
一瞬、トルロフの方に目線を走らせつつもウーラはムロズを前方に戻らせた。
どうせ王都に行くまでには何も起きはしない。
そして王都は艦隊の砲撃によって廃墟と化しているだろう。
万を数える反乱軍と言えども、艦砲射撃を都市を喰らえば耐えられる場所は少ない。
勿論都市側が要塞化し、大口径の魔導砲台でもあれば話は別だが、王都バーラにそんな物は無い。
俺達は、ゆっくりと進みつつ廃墟のバーラで残党狩りだ。
そう思っていたウーラの元に、先ほどのムロズからの無線が入った。
『王都街道前方に不審な車両があります。道路を封鎖するように停車しております』
「不審な車両だと? なんだそれは?」
『分かりません。無人のコルダビア陸軍魔道装甲車のようです』
「直ぐに街道から叩き出せ!」
『車両にロックが掛かっています。解鍵の専門家を寄越してください』
「そんな面倒な事をするな。車両ごと道から押し出せ!」
『……了解しました』
全くもって無能な奴だ。
そんな物は反乱軍の連中がせめてもの時間稼ぎの為に、道路に放置たのだろう。
どうせ、魔道結晶石が無ければ車両も動かせなくなるのだ。そうなれば単なる邪魔者に過ぎない。普通に考えれば、そんな状態であっても街道に放置しておけば足止めにはなるだろう。だが、我々はヴァルネク軍なのだ。力で押し通す。
「まて、ウーラ中尉。その車両に危険は無いのか? 調査して問題が無ければ先の貴様の対処でも良いが、もし何らかの仕掛けがあったら何とする。解鍵の専門家を派遣して、内部を調査、、」
トルロフ大佐が調査と言いかけた瞬間に、車列前方で大爆発が巻き起こった。
この爆発でただでさえ弛緩した空気のトルロフ旅団の兵達は浮足立った。
遠く最前線から離れたヴァルネクの後背地で、艦砲射撃によってボロボロにされた反乱軍を掃討する気楽な派遣。
そういった認識がエダ・ネーゲでの歓待で拍車をかけていたのだ。
だが、この爆発によってトルロフ旅団は正気に戻らされた。
「一体何が爆発した!?」
「前方の車両を側溝に落とした瞬間に爆発しました。爆発物が仕掛けられていた模様! 数台の装甲車両が被害を受けて行動不能、詳細調査中です!」
報告を聞いていたトルロフは、傍と気がついた。
これはコルダビアの罠だ。アンゼルムめ、俺に仕掛けやがった!
だとすると、全軍停止したこの状態は如何にも不味い。
「ウーラ中尉、車両を動かせ! 周辺警戒しろ、兵が潜んでいるぞ! 奇襲に注意!!」
「大佐! 車両が爆発した場所に大穴が開いております、車両通行不可です!」
「何かで埋めろ! 誰か車両を通れる様にしろ!! ここで止まると良い的になるぞ!!」
止まった車列が周辺を警戒していると、森の中から一人の丸腰の男が出てきた。
周囲の兵がその男に気が付き、直ぐに威嚇の魔道銃を向けて誰何した。
「貴様、何者だ、そこで止まれ!!」
「コルダビア第一打撃軍司令……いや、今は反乱軍首魁といった方が理解し易いか」
そしてゆっくりと指揮車両に話しかけた。
「ヴァルネク第三軍のトルロフ大佐とお見受けするが。私だ、アンゼルムだ」
この声を聴いて、トルロフはゆっくりと装甲車両の上部ハッチから顔を出した。
「ご無沙汰しております、アンゼルム閣下。いや、今は反乱軍の首魁でしたな。あなたのクーデターはここで終りだ。大人しく投降してもらおう。おい!」
トルロフ大佐の声で数人の兵がアンゼルムを取り囲んだ。
「気を付けた方が良いぞ、諸君。私が無策でここに居ると思うかね?」
「策だと? 先程の爆発もあなたのせいか。既にクーデターは敗北しているのだ、手間をかけさせるな、アンゼルム将軍」
「儂がここに居る事にもちゃんと意味があるのだよ、トルロフ大佐。一つ君に頼みがある。私はここで終わる。だが兵達に責任は無い。諸君らが王都に入ったならば無抵抗で武装解除する様に命令を下してある。一つ、東方戦線を共に戦った戦友としての頼みを聞いて欲しい。儂の望みはそれだけなのだが、如何かな?」
「戦友だと? ……おい、退け!! 急げ!! 後退しろ!!」
「大佐、無理です! 前にも後ろにも車両が…」
「ええい、街道を外れろ、こいつは爆死するつもりだぞ!!」
「最後の話相手としては十分だったよ、トルロフ大佐。ではさらばだ、コルダビアに栄光を!」
アンゼルムは王都街道に仕掛けた魔道結晶石に取り付けた遠隔の出力解放装置に手をかけた。
すぐさまハッチを閉じて車両に引っ込んだトルロフは、爆風で吹き飛んだ車両の中で意識を失った。
アンゼルムと自爆用の魔道結晶石は、トルノフ旅団の車列中央で炸裂して数両の車両を巻き添えにこそしたが、そこまでだった。だが、その巻き込んだ数両の車両に旅団の司令官であるトルロフとウーラが居た事が、旅団の混乱を招いた。
トルロフ自身は車両に守られてはいたが、吹き飛び回転する車両によって複数個所の打撲を負って人事不詳となってしまっていた。
更に運の悪い事に、行動を止めたトルノフ旅団に新たな情報が入ってきたのだ。
正体不明の敵によるソルノク補給基地への空襲である。
この事態にヴァルネクはソルノク、つまり南方方面への救援か、救援をするにはどの部隊かを検討した結果、まずコルダビア首都を制圧後にソルノクの正体不明の敵への対処としてトルノフ旅団を転戦させる事を考えていたのだ。だが、その決定までの時間が、リュートスキ大佐らの部隊脱出の時間的猶予を与えていたのだ。
そんな事とは全く知らずにいたトルノフ旅団は、不詳したトルロフ大佐とウーラ中尉を負傷を理由に後送し、その後に次席幕僚たるオッセンドーフ中尉が部隊を率いて王都バーラへ至る頃には、既にバーラにはリュートスキ大佐と将校達はバーラを脱出して、西の港ビエルンへと向かった後だった。
こうしてコルダビアの王都バーラはヴァルネク軍トルノフ旅団によって一時的に支配下に置かれ、市内に突入したトルノフ旅団に投降した第二打撃軍の兵達によってトルノフ旅団が忙殺される頃には、リュートスキ大佐はまんまと西方の港ビエルンへと逃げおおせ、その足取りさえヴァルネク側は掴めては居なかったのだ。