2_28.コルダビア王都バーラ(前)
コルダビア第一打撃軍司令官であったアンゼルムは、既に王族の絶えた王宮の中で苦悩していた。
どうしてこんな事になったのか。
確かにヴァルネクのやり方には不満もある。
そして我が国のコルダビア国王を弑逆する積りなど微塵も無かった。
だが、気が付いた時には足元に国王陛下夫妻は血の海に沈んでいた。
空く迄も不測の事態、と思いたかったが明確な殺意を以って彼らを殺害したのだ。
その殺意は覚えている。
一体どうしてだ? そこまでの殺意は俺には無かった筈なのだ!?
だが今更言って何になる。既に王家は滅亡した。滅亡してしまったのだ。我が手によって。
アンゼルムは直ぐに立ち直って現実を直面し、王宮を麾下の部隊で直ぐに掌握した。
そして当初の計画に従って、政府公官庁施設の封鎖と新聞社やラジオ局といったマスコミ関係を掌握し、情報封鎖を行った上でコルダビア臨時政府の樹立を宣言したのだ。だがコルダビア国民達の反応は鈍かった。
それ程、国王に対しての不満も無い上に、勝っている戦争を行っている最中なのだ。
この戦争が終われば、連合国家内No.2の地位であるコルダビアの地位は不動の物となる。
それなのに何をとち狂ったのか、とアンゼルムの反乱はコルダビア国民の目に奇異に映っていた。
そしてリュートスキを呼び寄せ、計画の修正を行った。
だが、こんな計画が何になる。
古来、援軍の来ない籠城戦など何の意味も無い。
言わば首都だけを掌握した我々の現状は籠城戦に等しい。
つまりは攻め寄せられて敗北だ。
そうなる前に、連合諸国との交渉を行わなければならない。
……交渉?
あの悪逆非道な行為の産物である、人造魔道結晶石の総本山であるヴァルネクと交渉?
再びヴァルネク連合の傘下となれば、我々はあの悪行の片棒を担ぐ事になる。
それを良しとしないが為の反乱だった筈だ。
つまりは連合への恭順という選択肢は有り得無い。
有り得ないからこそ、何らかの交渉を行わねばならない。
だが、交渉はこちらに売る物があればの話なのだ。
今やコルダビア反乱軍となったアンゼルムの思考は纏まらなかった。
だが、次の報でいよいよ自分達の命運に限りがある事を悟った。
「コルダビア東部国境を越えて、ヴァルネク軍の旅団規模の部隊が進行中、目標は首都バーラと思われます」
「旅団規模だと? ……すると陸軍だけでは無いな。海から砲撃される可能性もあるな、今どこだ?」
「東部国境を越えて東部国境都市エダ・ネーゲ近郊に接近中です。進軍速度から、恐らくは50時間程度でバーラ市外苑に到達する物と思われます」
……あと二日、か。
恐らくは陸軍戦力がバーラ市外苑に到達するタイミングに合わせて、浮遊機と海軍による拠点爆撃や砲撃が行われるだろう。
これはいよいよ以って進退窮まったな。
だが、ヴァルネクという人の皮を被った悪鬼共に我々が二度と与する事は無い。
例え此処で折れたとしても、我等という名の楔を後世が判断するだろう。
そう思うアンゼルムが居る王宮に設置された中央指揮所には次々と良くない報告が続いた。
「第17地区、民衆が抗議集会を行っております!」
「戒厳令下で外出は禁止の筈だ! 17区の責任者は…ネザー大尉を呼び出せ!」
「第3地区に収監していた警察部隊が実力行使に出て、治安部隊と交戦中!」
「必要とあらば魔道銃の出力を上げて対処せよ。だが大口径の砲は使うな。建造物への被害も最小限に抑えよ」
「第22地区の住宅街で住人が武器を持って集結中!」
「外出禁止だっ! ふらふら歩いている人民は全員逮捕拘禁せよ、各保安部隊は一体何をやっている!!」
次々と入る不穏な動きに止めを差す報告がアンゼルムの元に届いた。
「第12地区の新聞社を封鎖していた第4大隊第二中隊が離脱!」
「離脱だと? 報告は正確に行え!」
「第二中隊が反乱、中隊長ドルヒャー大尉を拘禁、バーラ市民と新聞社員が反乱した中隊と結託して封鎖を解いてます!」
ヴァルネク軍が首都バーラに向かっている情報は既に止めようが無い。
このヴァルネク軍がバーラに来てやることは一つだ。
何ら市民の協力も得られない上に、反乱軍となった我々に連合国の宗主であるヴァルネクが軍を出してコルダビアに来る意味は一つだ。
「封鎖はどうなった? 周辺道路は?」
「第12地区の主街道は先ほどの市民によって封鎖解除され、別の地区から住民が続々と雪崩れ込んでいます。……発砲許可は!?」
「市民に発砲だと? 馬鹿を申せ、発砲を固く禁ずる! 各員に通達せよ!」
「しかし……発砲許可を求める要請が……」
「どこからだ!?」
「正確には現時点で13か所から発砲要請が来ており、尚増加中です」
「……地図に出せ」
アンゼルムの目の前に広がるバーラ市街地図に、次々と赤いマークが記された。
その赤いマークにははっきりと何者かの意思が見て取れる。
明らかに、ここコルダビア第二打撃軍本体が立てこもる王宮に向かう道に作られた障害を取り除くように動いている。
「なんだ、これは……何者かが明確な意図を以って指揮をしている動きか?」
「分かりません、同時多発的に発生しています、発砲許可要請更に3件増加!」
「主街道の封鎖が破られれば、敵は一直線に雪崩れ込んでくるぞ! 封鎖を戻せ!」
「ですが、発砲無しでは限界があります。……リュートスキ大佐から緊急通信です!」
「……繋げ」
『アンゼルム閣下、リュートスキです。やられました。郊外の魔道結晶石生産工場ですが、既に手を打たれていました」
「どういう事だ、リュートスキ大佐?」
『既にヴァルネク軍の先遣部隊が浸透しています。各所で煽動を行い市民と我々との間を離反するように動いている模様です。既に生産工場では複数個所で従業員が職務遂行を拒否しています。何人かを締め上げた所、浸透してきたヴァルネク軍と接触した形跡があります。数日間の反抗を行えば、直ぐに後続のヴァルネク軍が解放を行うとの言質も取れました』
「やはり……簡単にはいかんと言う事か。リュートスキ、魔道結晶石回収部隊を全てバーラ王宮に引き上げろ。その浸透部隊は既にバーラ市内に散らばって煽動を開始している。合流して挟撃する」
『挟撃……市街でも既に騒乱がでありますか?』
「表向き市民やら新聞社やら警察だ。だが、煽動したのはヴァルネクの浸透部隊だろう。交渉も無いとはな」
『閣下、交渉は恐らく王族処断の時点で望むべくも無かったかと……急ぎ王宮に向かいます』
「頼むリュートスキ。だがここに希望は無いぞ、可能であればコルダビアを脱出しろ」
『閣下、それは……また後程』
・・・
突発的にクーデターを起こしたアンゼルムと第二打撃軍は、当初からバーラ市民の協力は得られず国王の一族を王宮で皆殺しにした事がリークされた結果、コルダビアの重要各都市は即座にクーデターとは無縁であるとして中立を宣言した。そして暫定政府を名乗るアンゼルムの臨時政府を自らの首班と認めようとはしなかった。
そしてヴァルネクからの制圧部隊であるトルロフ旅団本体がコルダビアの東部国境を越え、コルダビア領に足を踏み入れた瞬間に、トルロフ旅団はコルダビア人民に花を以って受け入れられた。
「近隣の町から随分と人が集まっているな」
「おい、そこ!! 車両に近寄るな! 危ないぞ!!」
「まあ固い事言うなよ、あんなベッピンさんじゃねえかよ」
トルロフ旅団本体の自走魔道砲車両に花束を持って近づく年頃の女性が近づくと、鼻の下を伸ばしたトルロフ旅団の兵達は花束を受け取り、魔道砲車両の上へと女性を引き上げた。引き上げられた女性が、明るい笑顔で魔道砲車両の兵達にキスをする光景を見た街道を駆け付けたコルダビアの町民達は歓声を上げた。
「まるで俺達の戦勝パレードじゃねえか」
「ま、何れ大陸東部を制圧したら俺達の首都でもっとどでかいパレードが行われるだろうぜ」
「へっ、なんとも待ち遠しいが、その梅雨払いでバーラの反乱軍を蹴散らしてやろうぜ」
ウーラ中尉は浮かれたトルロフ旅団の兵達の姿を眺めながら別の事を考えていた。
確かにコルダビア人民からしてみたら、悪辣な反乱軍から解放されたという気分だろう。
だが、この我々の花の行進はトルロフ大佐が放った先遣浸透部隊の成果なのだ。
ごく少数の先遣浸透部隊は、コルダビア入国後あらゆる場所で工作を行いつつ首都バーラに向かっている筈だった。
彼らが作戦目標を完全に達成しているのであれば、恐らくは首都バーラまでに戦闘は起こらないだろう。そしてバーラではコルダビア開闢以来初めてといっていい程の凄惨な首都防衛戦が行われる筈だ。
その時、あの反乱軍は自国の民間人に銃を向ける事が出来るだろうか。
「ま、向けなきゃ自分が死んじまうんだろうがな。トルロフ大佐……思った以上だな」
そしてトルロフ旅団本体は、東部国境都市エダ・ネーゲの外苑に達しつつあった。