2_25.ドルニ補給基地の壊滅
コルダビアで勃発したクーデター以降の情報は、ヴァルネクには表面上動揺は見られなかった。
ヴァルネクが持つ強大な4つの陸軍はそれぞれの受け持つ戦線から後退する気配も無く、第1軍に至っては先鋒集団は既にオラテア国境を目前にしていた。
つまりはコルダビアの連合脱落は有り得ない。
それどころかヴァルネクは主力軍を動かす事なくコルダビアを平定する積りなのだ。
ヴァルネク軍の動きを上空から監視しているグローバルホークの情報を分析した結果、高田達はロドーニアに居る佐藤一佐、ヴォートランのラッザロ大尉、そしてエミリアーノ大尉と協議の上で、今後の作戦を協議した。
「ふーむ、コルダビアのクーデターでもヴァルネクの動きは鈍りませんねぇ……それじゃ、もう一手二手加えて、てんやわんやになってもらいましょう。って事で砂漠の狐に倣って、悪魔の花園を念入りに作りましょうかね」
『なんですか、タカダさん悪魔の花園って……?』
「昔の軍人の方でね。嫌がらせの得意な方がいらっしゃいましてね。その辺りは佐藤一佐に聞いてみて下さい、ラッザロ大尉」
『昔の軍人? そりぁニッポンの軍人ですか?』
「いえ、他国の軍人さんですよ。当時は日本の同盟国でしたが」
「へえ……そりゃ、相手の国も気の毒だ。当然その同盟国は勝ったんで?」
「いや、ええと。エンメルスさん、その時の我々はがっつり負けましたよ」
『ああ、ニッポンが負けたと言うと例のオッカネエ国?』
エミリアーノは、現在の日本に来日して飛行訓練を行っていた。
その為日本の歴史については一通りレクチャーを受けていた。
「ま、それが最後でもありませんし、最終的な戦いで勝つ側に居る事が重要なんですよね」
『そりゃそうだ、タカダさん。俺達も一度は国を失っていた訳だしな』
「ですね。で、悪魔の花園を設置するに辺り、ヴォートランの皆さまに協力をお願いしたいんですが……」
その後高田は部隊を三つに分けて、ヴァルネクの兵站線であり路線が交差している場所を選定し、その基地の周辺地域を詳しく調べた上で夜陰に乗じて工作を開始した。
・・・
それは突然に発生した。
ソルノクの主要兵站線上にあり、最大の補給基地の一つであるドルニ基地は突然慌ただしい事態に襲われた。
ドルニ基地より更にドムヴァルに近いマルニウ基地から、けたたましい警報と共に緊急通信が入ったのだ。
『緊急! こちらマルニウ基地! 緊急連絡だ!!』
『マルニウ基地が空襲を受けている!! 至急浮遊機部隊の救援請う! 聞こえるか!?』
「聞こえている、こちらドルニ基地。敵の規模は? 至急浮遊機を派遣する」
『分からん!! 突然基地が攻撃された。攻撃方法不明、敵機数も不明!』
「敵機数不明だと…? あ、ドードン司令! マルニウ基地から緊急通信です!」
「何事だ?」
「マルニウ基地が攻撃を受け、至急の浮遊機の派遣要請を受けております」
「マルニウ基地? あんな魔獣の森に近い基地がか? どんな規模で攻撃を受けた?」
「不明です、マルニウ基地からは敵機数不明と」
「何? 代われ。 こちらドルニ基地司令ドードン大佐だ。マルニウ基地、聞こえるか?」
「……」
「おい、マルニウ基地? 応答しろ! 情報を正確に伝えろ!」
「……回線、切れました、大佐」
「何だと? ……呼び続けろ! 魔道探知に反応はあるか?」
「マルニウ基地反応ありません、魔道探知も近隣に反応はありません」
その時、ドルニ基地に聞きなれない音と共に連続した爆発音が襲来した。
・・・
ヴォートランの航空艦隊にとって幸いな事に、144実験中隊はコルダビア反乱軍鎮圧に駆り出されていた。その為、ロドーニアを飛び立ち魔道の森からソルノクに侵入したヴォートラン第一、そして第一艦隊を守る第三航空艦隊は、何ら接敵される事無くソルノク上空に展開した。
高田との打ち合わせに従って、定められた目標に第一航空艦隊は魔獣の森を抜けた先にあるマルニウ基地に爆撃を行い、そのままドルニ基地方面に向かった。マルニウ基地はヴァルネク第二軍への兵站を担う要所だったが、近隣にドルニ基地がある為、浮遊機の配置は成されてはいなかった。そしてヴォートランからの爆撃を受けて、直ぐにドルニ基地に救援要請を行ったのだ。
ドルニ基地は中央戦線のヴァルネク第一、南部戦線の第二軍への魔道結晶石と食料及び装甲車両や浮遊機の修理を支える兵站の要だった。ここにヴォートランの第一航空艦隊は襲い掛かったのだ。まずは水平爆撃に先だって第三航空艦隊の戦闘機各機から、地上に並んだ浮遊機への攻撃を開始した。
全くの無防備状態だったドルニ基地は、突然の第三航空艦隊からの空襲によって1機も上空に上がる事無く銃撃によって破壊された。慌てたドルニ基地司令であるヴァルネク軍ドードン大佐は即座に態勢を立て直すべく、対空魔道砲陣地に応射を命じた頃には既に上空から第一航空艦隊の水平爆撃によって複数の250kg爆弾と500kg爆弾が投下された後だった。
「何だっ、一体これは何だ!!? どこからの攻撃だ!?」
「正体不明の敵から攻撃を受けておりますっ、敵機数不明!! 魔道探知反応無しっ!!」
「魔道探知されんだと!? あれか! ヴォートランの十字浮遊機か!」
「分かりませんっ!! 我が方の浮遊機は全て地上で破壊されました!!」
「なんだと? 対空魔道砲は何をやっている!!」
「ウルシュ少尉が対空魔道砲陣地の指揮を行っていますが……」
「一向にこの攻撃が止まんぞ!! くそっ、本国に緊急回線開け!」
「既に行っておりますが、緊急回線がパンクしている模様です!!」
「何だと!? ……ま、まさかマルニウ基地のアレは……他も同時に襲撃されているのか!?」
「不明です! マルニウ基地及びクニンカ基地、通信途絶! ドードン大佐、どうしたら!?」
「どうもこうもあるか! 落ち着け、貴様は本国を呼び続けろ」
ドードンは既に対空攻撃能力を失ったこの基地が航空攻撃を受け続けたならば、そのうちに地上攻撃が続くかもしれないと判断し、ちょうど攻撃を避けドルニ基地司令部の建物に飛び込んで来た副官のビエウツ大尉を認識したドードンは直ぐにビエウツに命令した。
「おお、ビエウツ大尉! 基地を放棄して後方に避難するぞ。 輸送車を搔き集めて撤収作業に入れ! 我等の任務は兵站だ。我等がここで死ねば前線のヴァルネク軍将兵はゆっくりと死ぬ事になる。我らの任務は生きて兵站線を切らさぬ事だ!」
「はっ、了解、、、
ビエウツ大尉は最後まで言い切る事が出来なかった。
ドードン大佐とビエウツ大尉の居たドルニ基地司令部は500g爆弾の直撃を受けた直後に建物は倒壊し、その爆風と瓦礫によって司令部内部に居た者達を全て吹き飛ばした。
司令部に一番近い対空砲陣地で、全ての対空砲陣地を破壊され呆然としていたたウルシュ少尉は、更に爆弾によって司令部の建物が崩壊する様を見ていた。そして自分より上位の指揮命令系統が壊滅した事態を把握して直ぐに対応を行った。だがドードン大佐が言った最後の命令を彼は聞いて居なかったのである。
・・・
『こちら第一航空艦隊のエミリアーノ大尉だ。全て投弾し終えた、各機の状況を知らせ』
計18機の第一航空艦隊は、第一目標のマルニウ、第二目標クニンカ、そして最終目標のドルニに総計40トン程の爆弾を投下し、それぞれのヴァルネクの補給基地を機能不全に陥れた。また、護衛に随伴した第三航空艦隊のラッザロ大尉は爆撃に先立ち、ドルニ補給基地に駐機する浮遊機と、そして倉庫と思われる建物を全て銃撃で掃討した。
『よし、全機無被弾を確認、帰投する。ラッザロ大尉、帰り道を頼む』
『了解、第三航空艦隊各機、トーン空港に帰投する。エミリアーノ、帰ったら一杯やろうぜ』
『おう、どっちの奢りだ?』
『まあ今回は楽なモンだったからな。取り合えず……サトウ一佐に奢ってもらうか』
『へっ、お前が切り出せよ、エミリアーノ』
このヴァルネク軍の各兵站基地に対する攻撃は、西から高田達エウグスト人部隊による破壊工作と地雷原設置、そして魔獣の森を超えてソルノクに侵入したヴォートラン航空艦隊による同時襲撃だった。しかも最大の基地であるドルニ基地から脱出する兵達の避難ルートには念入りに地雷原を設置していたのだ。
何もしらないドルニ基地の兵達は、ウルシュ少尉の指示に従ってドルニ基地防衛の為の陣地を構築し始めたが、結果的にこれが彼らを救う事となった。だが周辺基地から脱出し、ドルニ基地に逃げ込もうとした他の基地の将兵は、移動途中で仕掛けられた地雷原にまともに突っ込んで行き、思わぬ大被害を起こす事になった。
罠が仕掛けられた事に気が付いた他の基地の避難兵は、ドルニ基地を目の前にして慎重な歩みを強いられ、漸くドルニ基地に辿り着いた時には、既に基地機能を失った廃墟で廃材を集めて取り繕った防御陣地の中で焦燥し切ったウルシュ少尉の姿だった。
これにより前線のヴァルネク軍主力部隊は本国との兵站線を切られ、数週間以上に渡る補給遅延と兵站線の再構築の為の部隊を割かれる事を強いられた。だが、この攻撃によって発生した数週間の遅延と前線に広がった不安は、以降のヴァルネクに重大な方針の変更を齎したのである。
この攻撃の裏側にあるヴォートランの関与が、連合諸国に重大な危機感を共有したのだ。
ヴォートランという国の存在は危険だ、と。
このヴォートランのロドーニア支援が続く限り、ロドーニアを含む16ヶ国同盟の抵抗はヴァルネク連合に想定し得ない多大な被害を齎すのだ。既に勝ち戦だった気分に水を差したヴォートランの介入に対して法王ボルダーチュクは結論した。
ヴォートランとロドーニアの海上輸送路に艦隊を派遣し、彼らの兵站線を切断する事を。