1_12.スヴェレの希望
ヴォートラン王国に訪問していた駆逐艦ロムスダールの一行は、ヴォートランの戦力を詳しく聞いた上でロドーニアとは全く違う科学体系の元に海軍戦力を構築している事が判明し、逆に興味を持った。当初の接触が帆船だった事もあり、ヴォートランの戦力に対しては余り期待をしていなかったロドーニアの一等外交官スヴェレは、技官を帯同して来なかった事を多少悔やんだが、それでも攻撃能力程度は或る程度装備を見れば想定可能だ。トリッシーナ港に数隻だけ係留されていた小型の機帆船を見たスヴェレは、現在北ロドリアに向かった艦隊にはあの機帆船の何倍もの大きさの船があるという事を聞いて、詳しく内容を聞き出していた。
「モンラード艦長、ご覧になりましたか?」
「ああ、スヴェレ君、おはよう。……何をかな?」
「ヴォートランの艦隊には、港に係留されている船よりも何倍も大きな戦闘艦があるそうですよ。それらは火薬とやらを使う砲弾を使用した砲を持つ蒸気機関の船だとか。」
「ああ、聞いた。ただその火薬というのはどれ程の能力を持つ物なのかは分からんが。」
「そうなんですよね。ですが、もしそれなりに威力がある物であれば、現在置かれた我々の状況を一部でも良い方向に持っていく事が可能かもしれません。」
「ああ……その状況は、我々にとって相当良くない状況である事が想像出来るんだがね、スヴェレ君。」
「そうです。もし大陸がヴァルネクに制圧されたとしても、我々ロドーニアとの間には海がある。陸軍主体の国家であるヴァルネクの連中が来たとしても、我々とヴォートランの海軍があれば海峡を超える事も出来ますまい。」
「実際にヴォートランの能力を見ん事にはなんとも言えないね。火薬とやらも使っている所を実際には見た事も無いし、その何倍も大きな戦闘艦艇もね。我々が見たのは、港の小さな船だけだ。」
「確かにそうですよね。そのヴォートランの艦艇は近々ガルディシア帝国との海戦を予定しているそうです。それが終われば、こちらに戻ってくる筈ですから、その時にでも確認が可能かと思います。」
「……ん? という事は、それを確認する迄は、君はここに居たいという事かな?」
「ええ、私一人がここに残っても大きな問題とはならんでしょう。先にロドーニアに戻って現状を陛下にお伝え願えますか?どっちにしろ魔導通信も離れすぎて繋がらない。浮遊機も航続距離のあるものは全て出払っている。何度も来るには距離が有り過ぎる。そして少しでも時間が惜しい。であるならば、私一人残って情報を集めます。」
「ふむ……分かった。それではそのように伝えておこう。一応文章にも残しておいてくれ。」
こうして駆逐艦ロムスダールは、一等外交官スヴェレだけを残してロドーニアへの帰途についた。スヴェレ自身は、王弟フィリポ直轄領であるリバルータ島東端の海軍基地に向かい、戻ってくるヴォートラン艦隊を待った。
スヴェレがヴォートラン海軍基地で待つ事3日、ようやく1隻の大型の船がやってきた。
だが、この海軍基地にやって来た船はヴォートランの船では無かったのだ。この船は全く異質の形状を持ち、それなりに大型の船なのだが甲板には艦橋のような物しか無かった。しかも、この甲板上に、何やら空を飛ぶ浮遊機の様な物が何機も止まっており、この浮遊機は爆音と風をまき散らして離発着していた。遠目に見た所、それは浮遊機を運ぶ輸送船の様な物に見えたのだ。そして、その船からは北ロドリア海戦で負傷したヴォートランの海兵達が相当に詰め込まれており、大量にそれらの負傷者達を海軍基地に降ろし始めたのだ。
スヴェレは、この船に興味を持って近づこうとしたがヴォートランの保安要員に止められ結局近づく事が出来なかった。そこでスヴェレは王弟フィリポに謁見を要請し、この他国の船について情報を得ようとしたのだ。だがスヴェレが得ようとした情報は案外簡単に入手する事が出来たのだ。
その日の夜のうちにスヴェレは情報収集の為に港町の酒場を回っていると、酒場のある一画がとても賑やかな連中が集まっていた。その会話を密かに聞き耳を立ててみると、どうやら北ロドリア海戦の生き残りの海兵達の様だった。
「いや、本当にうちの大将がやられた時にゃもう終わりかと思ったけどな。今、生きてる事が本当に信じられんぜ。」
「ああ……オルビエトの大将がああまで突っ込まなきゃ、まだ艦隊も多少は残っていたんだがな。あそこでニッポンの船が現れなかったら、俺達ぁ今頃魚の餌だ。」
(ニッポン…? どこの国だ、それは…?)
「それにしてもすげえ船だったよなぁ……あの小さい船の早い事。ありゃ一体何で動いてんだ?」
「ああ、あれだろ? 黒い小さい船だろ? 本当に一体なんで出来てんだろうな?」
「何かは知らんが凄かった。あと、あの空飛ぶ奴な。自由自在に空飛び回ってたな。」
「ああ……あの空飛ぶ奴から人が海に飛び込んだりな。それから吊り上げるとか、もうワケ分からん。」
「だが、あれのお陰で俺達は1000人以上助かって、こうして陸で酒が飲めるんだ。ニッポン様様だ。」
「そうだな、乾杯しようぜ、ニッポンに。」
これらの会話を聞いて、スヴェレは居ても立っても居られなくなった。
「ちょ、ちょっと、あんた達の話を聞かせてくれ! 私はロドーニアのスヴェレという物だ。あんた達のここの飲み代を全部払わせてくれ。その代り、あんた達の体験した話を聞きたい。お願いだ。」
「は? ロドーニア? いやいや……え?」
一同は過去に外交関係にあったが既に外交が切れて500年も経った国の国民が目の前に居る事に驚いた。スヴェレは直ぐに自分がここに居る理由を掻い摘んで話した。
「嵐の海が無くなった事はご存知だろうか? それで調査の為に、私はロドーニアからここ遥かリバルータ島まで来たのだ。」
「ああ、そうなんか。するってぇ事はアンタ外交官か何かな? じゃ遠慮なくアンタのゴチになるぜ。今日は新しく出会った国と古くから付き合いある国との再会と、色々忙しい日だな。で、あんたが聞きたいのはニッポンの事かい?」
「あ? ああ、ニッポンの話が聞きたい。どんな国なんだ?」
「それがな。あんた言ったよな? 嵐の海が無くなったと。その嵐の海がある所から来たのがニッポンだ。ずっと嵐の海の中に隠れていたらしい。俄かには信じられん話だけどな。」
「そんな馬鹿な……嵐の海には例のバケモノが…居るのでは?」
「だよな? その化け物をニッポンが倒したんだとよ。で、倒した瞬間に嵐が晴れたそうだ。俺も信じてはいないんだが、実際にニッポンはそこから来てるしな。嵐も無くなったという事は、本当なのかもしれん。どうやったのかは知らんが。」
な、なんだって……?
そんな事が可能なのか?
スヴェレは外交局に勤め始めてから、公式記録から抹消された記録の閲覧を見た事がある。過去ロドーニアは魔法王国と言われていた。だが、今や魔法の痕跡は僅かな数の魔法士のみにしか過ぎない。その理由は、この化け物だったのだ。その記録は公式には抹消されているが、ロドーニアは過去、この嵐の海の化け物に対し魔法攻撃を仕掛けに行った挙句に、国中から搔き集めた魔法士の殆どがここで死んだのだった。彼らロドーニアの魔法士による攻撃は全くその化け物には効かなかったのだ。だが、極僅かに残った魔法士は、この死の大魔導士を名乗る化け物と直接会話を行い、お互いの領域を犯す事の無い様に取り決めを交わした上で撤退した。以降、ロドーニアは嵐の海には立ち入らなくなり、そして魔法よりも魔導の方向に軸足を移して行った過去があるのだ。
それほどの化け物を倒した国、ニッポン……
スヴェレはどうあってもニッポンと接触を持つ決意を固めた。
ぶ、ブックマークと評価が増えてるううう。感謝です>皆様
というか、ようやくニッポン登場回でした。