2_18.テネファへ
ロドーニアを出発した輸送船はテネファの港に姿を現した。
この輸送船はヴォートラン製で、日本との技術協力によって複数作られた船の一つで通称小型ばら積貨物船と呼ばれ、船そのものが荷役能力を持っている。荷物の積み降ろしは船に付いているデリックがあるので、港が貧弱であっても問題は無い。
そしてこの船の狭い客室には、エウグスト人部隊の面々が入港までの暇をそれぞれが適当に潰していた。
その中で、エンメルスは小さな手帳に何かを書き込んでいた。
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我々が今回課せられた目的は時間稼ぎだ。
敵の兵站を攻撃し、敵の継戦能力に対して何らかの打撃を与える。
勿論、寡兵の我々が数ある兵站線の全てを攻撃する事など出来ない。
特に重要と思われる兵站線を攻撃し、しかも敵の本格的な攻撃を受ける前に撤収し、別の兵站線を攻撃する。つまり敵に補足されずに嫌がらせを戦線後方を荒らしまわるという事だ。
だが、その戦場に辿り着く為には、魔獣の森といやらを走破しなければならない。
この魔獣の森って奴がまた厄介なシロモノで、様々な正体不明の化け物がうようよ居るという地獄だ。そいつを無傷で走破した上で、前述した破壊工作を敵前線の後方で行えって命令だ。
有体に言って死ねと言っているのと同義だと思う。
こんな頭のおかしい命令をしたのは、何時ものようにタカダってニッポン人だ。
普通に考えてそんな事をする位なら、ニッポンが軍艦を派遣して後方にしこたまミサイルをぶち込む方が話が早い。それが出来ないのは、ニッポンの置かれている立場って奴だ。
日本の政治体制は民主主義って奴で、表向き国民が国政の権利を持っており、選挙で選ばれた選良達の合議で様々な事柄が決定するが、その中には様々な思想を持った者が選ばれており、帝国のように一人の意思が全てを決める体制ではない。その為、ともすれば俺達にとって物事を決めるのがとても遅い状況がよく発生している。
ああ、今やゲルトベルグ城での戦いが遠い昔のように思える。
俺達エウグスト人にとって俺達が考える最も良い形で収まったガルディシア内乱は、ガルディシア帝国の解体と祖国エウグスト独立という形で終結した。その過程においてニッポンの援助は陰に陽に多大なモノとなった事は明らかだ。勿論、多大な恩義があるニッポンに対して我々が協力を惜しむ事はない。俺達自身がガルディシア帝国で様々な無茶をしてきたから今がある。そしてその影にはいつもニッポンの協力があったから成しえた事だった。だが今回のこの命令は色々と無茶苦茶だ。
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ふと誰かの気配を感じ、エンメルスは顔を上げた。
「あら、何を書いているんですか、エンメルスさん?」
「へ、あ。タカダさん! いや日記をっすね…」
「行軍日誌的なモノですかね、雅な趣味をお持ちですねぇ」
「あ、そんな御大層なモンじゃ無いっすよ」
「照れなくても宜しいんですよ、そろそろテネファに到着です。準備お願いしますね」
「うぃっす、了解です」
高田率いるエウグスト人部隊の人員と装備を乗せた輸送船はテネファの港に到着した。
そして早速クレーンで車両やらなにやらを下す横で、テネファに駐在している柊が高田の元にやってきた。
「お疲れ様です、高田さん。早速なんですがテネファ評議会の方々がお待ちです」
「お疲れ様です、柊さん。テネファ評議会? 反応は如何でしたか?」
「半々に割れていますね。 なんにせよ武装した集団が魔獣の森に入るのは絶対反対を唱える方々と、我々の装備で魔獣に対応が可能な事を知っている議長を中心とした方々と真っ二つですね。それで、議長側から我々の補助として、レフール神聖士団の何人かを紹介されまして、彼らを連れて行くのであれば了承しよう、と」
「レフール神聖士団? 噂の?」
「ええ、評議会からは魔獣の森を抜けるまではレフール神聖士団の判断に従って行動せよ、とお達しです。で、既に彼らがここに来ていますので、紹介しますよ、こちらレフール神聖士団団長のレルティシアさんです」
「はい、どうぞ宜しくレルティシアさん。私はヴォートランPMC代表の高田です……え?」
レルティシアを紹介された高田は、顔を上げた瞬間に動きが止まった。
それを傍で見ていたエンメルスは、彼女の顔を見てぎょっとした顔のまま固まっていた。
「え? ニッポンの方なのに、ヴォートランの組織……ええと、PMC?」
「そうです、PMCってのは民間軍事会社ですね。軍のサポートをしています。ところであの、レルティシアさん。大変つかぬ事をお伺いしますが、ご親族の方でガルディシア帝国に行かれた方は居ますか?」
「はい? ガルディシア帝国? というか東方のバラディア大陸の事ですか?」
「ええ、そうです、そのバラディア大陸」
「バラディア……東方の……そういえば、私の氏族で何代か前にロドニア海を渡った者達が居ると聞いていますが……そもそもロドニア海といえば、あの嵐の海と呼ばれておりまして、当然そこを抜ける事など出来ない筈ですので、恐らくはその者達も既にロドニア海に消えたモノと……あの、それが何か?」
「もしかしたら…ですが、あなたの親族はバラディア大陸に渡っている可能性があります。あなたと良く似た方がバラディア大陸に居ましてね。とても優秀な軍人で、非常に身体能力が高いという特徴がありましてね。噂に聞くレフール神聖士団は皆さん、相当に身体能力が高いと伺っていまして、その……その彼女にあなたが非常に良く似ている」
「なるほど……もしかしたらそういう事もあるのかもしれませんね」
「いや、まあ機会があれば会う事もあるでしょう。神聖士団の方々は誰が何人我々と同行するのですか?」
「私、レルティシアと団員二名、合計三名が同行します。
「あなたを含めて三名ですね、荷物はどの程度ですかね?」
「それ程の荷はありません。森を歩くのに邪魔になりますから」
「歩く? あーええとですね。ここに来るまでに数機のドローンを飛ばしており、その進路の選定情報を集めていた。テネファに流れる大きな川があるが、その川を遡上して魔獣の森を横断しようと思っています。そこでテネファの皆様の判断を伺いたい」
「どろーん? 川……? オレンセ川の事か?」
「ここはそういう名前なんですね。そう、ちょうどここです。ドローンについては後程説明しますね」
高田はディスプレイに映った地図を拡大した。
「こ、これは……我が国の詳細地図ですな……一体、いつの間に……」
「あー、これですね。以前柊君から評議会の方に申請が出ていたかと思うんですが、その評議会の了承の元にドローンで上空から撮影された情報をデジタル的に統合したモノですよ。で、この位置から川を遡上すると魔獣の森を比較的に最短で抜けられると判断しております。この川を遡上すると森中に湖があり、可能であればここまでの水深情報が知りたい」
「水深ですか……大変申し訳無いが、我々は魔獣の森には立ち入らないので……」
「ああ、やっぱりそうですよね。では……先行部隊を入れて水深を測り、可能な場所までこの輸送船を送り込みます。この川の中には大型の魔獣は居ますかね? 例えば、あの輸送船を害するような?」
「輸送船? まさかあの大きな輸送船で川を遡上するのですか?」
「大きい?ああ、この辺りだと大きいかもしれませんね。そうですね、この輸送船で川を遡上するつもりです。一応事前の調査で川幅的には湖までは行けるのは確認しています。まあ事前に先行のボートで確認した上で川に輸送船を通し、可能な限り森の中での戦闘を避けて装備を無傷で森の奥まで運びたいと思っています」
「成程……いや、今まで我々はそのような方法で魔獣の森に入った事が無いので……」
「でしょうね、我々も未だ可能かどうか分からないんですよね。その為に打合せましょうか。じゃエンメルスさん、始めましょう」
こうして高田をはじめPMCの面々は、レフール神聖士団を交えて今後の作戦の打合せを行った。
・・・
前線に沸いた突然の爆発物騒ぎは、侵攻ルートに沿ってドムヴァルやサライの領民を放った事によって直ぐに収まった。
ヴァルネクは進軍を開始する事なく様子を見るかのように突出部に留まっていたが、直ぐにとった領民を放つという対処によって同盟側の謎の抵抗は直ぐに止んだ。
「案ずるより産むが易し、か……」
「閣下、何か?」
「いや何でもない。結局はあの正体不明の兵器による攻撃は収まった様だな。あの避難民どもにどの程度の被害が出たのだ?」」
「そうですね。我々はこの発起点からオラテア国境中央部に向けて三つの侵攻ルートで行動しています。そのうち最も被害が大きかったのは南のルート、次に中央ルート、そして北ルートはあまり被害が発生しておりません。恐らくは南ルートの近隣に何か重要な施設や機材の退避時間を稼ぐ為であったものと推測出来ます。避難民の被害も同様の状況で、南ルートでの爆発発生が複数回認められております。それでも被害は1000人に対して2~3人程度であったかと」
「ふむ、つまりは思った以上に心理的な兵器という奴だな。踏まねば分からんという状況が侵攻速度を遅らすという事か。実際にはそれ程の被害が出なくとも何かあれば軍の足は止まる。よく考えたものだ」
「左様で。これについては兵器局のヴァリアンからレポートが提出されております」
「レポートが? 寄越せ」
そこにはどういうシステムでこれが機能するのか、そしてそれの被害範囲や起爆の方法などが分解図と共に記されていた。そして、この爆発物の構造上、中に入れるカヤクが増えれば増える程に性能も向上する、とも。つまりは現在に遭遇したモノは魔道自走砲を攻撃する威力の無い、歩兵や補給車両程度の軽装甲を持つモノを狙ったものだろう、と結論していた。
パラパラとこのレポートを読みながら、シルベステルは傍らの副官に尋ねた。
「ウーラム大佐。君はどう思う?」
「これは使い方としては受動的、或いは防衛的兵器でしょう。このレポートが正しいとした場合極めて用途が限定的であり、我々が攻勢時において利用する場面は思いつきません」
「うむ、儂もそう思う。カヤクとやらが我々も入手が可能かどうか、科学局がヴォートラン銃とやらを入手した際に調査しておったと思うが、この兵器も必要であるか? カヤクを入れたら使用可能なのであろう?」
「確かにそう判断致しますが……我々に必要でしょうか? 残す所既に三か国のみの同盟諸国を相手に守勢に回るという事も考え辛いのですが……ただ、これらの類の兵器を検出する方法こそが重要かと」
ウーラム大佐の答えを聞き黙り込んだシルベステル将軍は、自分がこの状況になった場合にどのような対策をとるべきかを考えていたが、この正体不明の兵器以上に我々を足止めするような策は思いつかなかった。恐らくはこの兵器自体のコストは安いものの、それを一から用意するとなると安い高いの問題では無いのだ。用意するには時間も材料も足りなく、手持ちのモノは最初の段階で全て吐き出したからこそ、現時点で攻撃が止んでいるものと考えられる。
そう結論したシルベステルは極めて満足していた。