2_14.高田、浮遊機に乗る
オラテアにはヴォートラン派遣部隊と日本のPKF部隊が後退する為の拠点が作られていた。だが拠点とは言っても平地にテントが複数あるのと、野ざらしの補充用機材、そして戦闘機用の弾薬が無造作に積んであっただけである。そこではロドーニアまでの後退計画を練る佐藤一佐とラッザロ大尉が比較的大きな天幕の下で協議していた。
その仮設空港にはサライから後退したヴォートランの戦闘機部隊が乱雑なカモフラージュを施して駐機していたが、そこにロドーニアから来たと思われる連絡機がやってきたのだ。そして一人の男が連絡機から飛び降り、天幕にやってきた。
「いやぁレシプロはやっぱり浪漫があっていいなあ。あ、佐藤一佐はどちらですかね?」
「自分ですが…連絡があった高田さんですか? どうも陸自の佐藤一佐です」
「別班の方でしたっけ? よろしく、内調の高田です」
「あー。何の事でしょうかね?」
「いやいや。情報1班特別勤務班が動いていたのは知っていましたが、実際に乗り込んで来ているとは、佐藤一佐もなかなかにスペクタクル好きですね。いや皆まで言わんでも分かりますよ、言わば同志……ですよね?」
「…何のことかサッパリ分かりませんが、それこそ内閣情報調査室も実働部隊を持っていたんですね、高田さん」
高田と佐藤の二人は互いにニヤリと笑いながら握手をした。
互いの情報を交換しつつ歩くその先には浮遊機の駐機場があった。
興味深そうに高田は浮遊機に近づいた。
「ほほぅ、これが浮遊機ですか……乗せて貰っても?」
「ええ、ちょっと待って下さい。操縦手を手配します」
佐藤は近くに居たロドーニアの兵を呼び寄せ、手頃な浮遊機と操縦手を手配した。
「操縦手のミック曹長です。今日は体験飛行という事でしょうか?」
「ご苦労様です、ミック曹長。こちらは日本から来た高田さんです。そう、彼を乗せてこの辺りを案内して欲しい」
「了解しました。佐藤大佐も同乗されますか?」
「そうですね、行きましょう。高田さん、こちらにどうぞ」
ミック曹長は、高田と佐藤の二人を連れ駐機場の中ほどの中型の浮遊機に案内した。
そのまま全員が乗り込んでふわりと浮遊機は上昇した後にゆっくりと基地上空で旋回を始めた。
「ほほぅ、乗り心地はホバークラフトの様ですね。一応ここに来るまでには一通り調べては来たんですが、実際乗ってみなければ分からない事もありますね。ふむふむ、ヘリの様な機動も可能と……武装は魔道銃で正面にのみ攻撃可能と。佐藤一佐、これ対地攻撃はどんな感じなんですか? 何か専用機があるとか?」
「いや、浮遊機に装備されているのはこのタイプの魔道銃のみですね。出力によって連発したり、単発に切り替えたり。そうだね、ミック曹長?」
「ええ、仰る通りです。魔道銃の出力の違いはあれ、攻撃に関しては全て同一の方向になりますね」
「そうですか…ふーむ…とすると下方に攻撃する手段を浮遊機は持っていない、と」
「ええ、そう言えば確かに。ミック曹長、浮遊機が下方に攻撃するにはどうしているのかな?」
「下方……ですか? どういう事ですか?」
「いや、言葉通りだよ。浮遊機で地面に居る敵戦力を攻撃する手段だ」
「通常は直接照準で上空から魔道砲で射撃する以外にはありませんが」
何を当たり前の事を、という顔をしてミック曹長は答えた。
その反応を見た高田は、佐藤一佐とミック曹長の説明を聞いた後に、黙ったまま風防の外をあちこち眺めていた。黙り込んだ高田を後目に、佐藤はサライにあるヴォートラン航空基地に機を向ける様に命じた。と、唐突に高田は佐藤に聞いた。
「佐藤一佐、M2は未だS重工が作ってましたっけ」
「いや、確か生産からは撤退する予定と聞いていましたが…」
「成程…とすると、日本では生産は無理か。エウグストに生産依頼かけて…弾薬はヴォートランで、か…」
「え? エウグストではそこまで生産可能なんですか、高田さん?」
「環境は整っていますね。国内でS重工に継続で生産依頼するよりはエウグストでの生産に切り替えた方が話は早いでしょうね。ただ
、物が物だけに弾薬に関しては別の場所で製造する事にしてやれば、万が一ガルディシアの残党に銃が渡っても使う弾も無いでしょう」
「え、そんな簡単に製造可能な程にエウグストは整っているんですか?」
「勿論、内緒で願いますよ。まぁある程度は安全装置も仕掛けてます。とはいえ、あまり口外するのは差し控えて頂きたいんですが」
「いや当然ですよ。こっちも内調を敵に回したくありませんし。で、M2を使うというのはこの浮遊機を対戦車ヘリ的な運用を考えていますか? だとすると多少問題があるんですが」
「問題、というと?」
「この浮遊機は魔道結晶石を動力源としているんですよ」
「ええ、知っていますが?」
「そして攻撃兵器も魔道結晶石が源になる。で、同盟諸国は魔道結晶石が枯渇しかかっているんですよ」
「え、枯渇? 参考までにどの程度の状況ですか?」
「そうですね…ざっと見る限り全力の会戦なら1回、散発の戦闘であれば防御に徹するなら3回程でしょうか」
「そりゃ参ったな。当初に聞いたよりも厳しいですね……そりゃ燃えますねえ」
「へ? 今なんと?」
「いやなに、こちらの話です。当座、本邦に連絡を入れてM2の生産環境を早急に構築します。併せてヴォートランでの弾薬製造にも着手と。それと追加の迫撃砲弾を増産ですかね。ただ、全てが揃った段階で大陸の救援に間に合うかどうか。兎も角も我々が行うのは徹底的な時間稼ぎになりますよ、佐藤一佐」
「そうなりますね。実際に弾を持っているのはヴォートラン部隊と援軍のエウグスト部隊ですからね」
「まぁ……我々には馴染みの状況でしょうから」
高田は佐藤の方を見ながらにやりと笑った。
「高田さん、それともう一つ問題があります。これから訪れる先は例のヴァルネクが突出部を作った近くにあるヴォートランの航空基地です。そこは今すぐとは言わぬまでも、結構危険な状況にあります。そこで部隊の後退命令を出してはいるんですが、ロドーニアには大型の航空機が着陸できる状況に未だ無い。戦闘機群は全てオラテアを経由してロドーニアに向かう事が整ってはいるが、大型爆撃機群は後退も出来ずに未だサライの航空基地に居るんです」
「爆撃機ですか。それは困りましたねぇ……ともあれ状況を視察しましょう。可能であれば、その突出部分も見ておきたいんですが」
「それはちょっと許可出来ません。あそこを単騎で飛ぶなら良い的ですよ、タカダさん」
ミック曹長は慌てた様子で会話に割り込んだ。
「そこを何とか軽い感じで偵察出来ないでしょうかね?」
「本当に無理です。周辺部でさえ直ぐにヴァルネクの浮遊機が飛んできますよ」
「ふーむ、航空優勢は敵の手にあると。佐藤一佐、この辺りの地図はありますか?」
「ええ、勿論」
佐藤は地図と数枚の航空写真を取り出した。
地図にはヴォートランの航空基地周辺、そして写真にはサライ城壁を突破したヴァルネク軍が兵站線を繋いで前線までが完全に機能している状況が映し出されていた。
「完全に橋頭保が構築されていますね……これ根本から切断出来たら暫くは安定するでしょうが」
「その予備戦力が無いんですよ。そして魔道結晶石も無い。そして恐らくはこの突出部を橋頭保として、更に東方に突進を狙う構えを見せて地上戦力が集中しつつあるんですよ」
「つまり我々の派遣部隊はこの動きを可能な限り遅らせる、と。思ったよりキツいですねぇ…」
「そういう事です、高田さん」
「で、現状航空優勢取られているのはキツイですねぇ…。我々が持ってきたのは地上戦力ばかりですから」
「そうなんですよ。なんか良いアイディアあります?」
「ええ……幾つか試してみたい事が。ヴォートランの戦闘機は健在なんですよね?」
「二個中隊が健在です。指揮者は先ほど天幕に居たラッザロ大尉ですよ」
「ふうむ……二個中隊か。上手い事行けば2週間程度は遅延可能、って所ですね」
そうして彼らは大型爆撃機が駐機するヴォートラン航空基地にふわりと降り立った。




