2_13.レイヤー部隊、ロドーニアに到着
柊達は、魔獣の氾濫以降テネファに在住していた。
日本としてはラヴェンシア大陸北方で行われてたヴァルネク連合や同盟諸国の戦争に表向きコミットしては居なかったが、この大陸への接触は行っていきたい。その為に、大陸南側の中立諸国であるテネファを相手に接触を続け、ラヴェンシア大陸に小さな拠点として在外公館を築きつつあった。
その柊の元に、日本から緊急連絡が入って来た。
『ラヴェンシア大陸情勢を鑑みるに、日本としては何らかの大陸へのアプローチが必要であると判断し、エウグストで生産された補給物資と共に人員を送ります。テネファ派遣チームは、エウグスト派遣チームと連絡網を構築し、大陸にて日本の利権を確保して下さい』
「人員…エウグスト派遣チームだって?」
『そうです。彼らはあくまでエウグストの民間軍事会社としてラヴェンシア大陸の紛争に介入する予定です』
柊は緊急連絡を確認し、あまり見慣れない言葉がある事に引っ掛かった。
「民間軍事会社として? するとエウグスト人部隊がPMCとしてですか?」
『表立って日本が介入する手段としては現時点で日本への直接的脅威となっていない以上、国民感情的にも賛同を得られないでしょう。ですが、このままヴァルネクが大陸を制圧してしまうと、何れロドーニアを制圧し、さらに東方のヴォートランにまで手を出し兼ねない。事実、既にヴォートランの派遣艦隊がヴォートラン近海まで接触を求めて来ています。この辺りで何らかの介入を行わないと何れ手が付けられなくなる可能性が高いのですが、現在進行中で戦争を行っている他国に介入するならば、こういった搦め手でしか成しえないのですのでご理解下さい、柊さん』
「いや、それは理解している。……例のエウグスト人部隊の所属は特例として自衛隊に編入したのでは?」
『彼らはエウグストがガルディシア帝国から独立した時点で、自衛隊から籍を離れエウグスト軍へと再編入されています。その為、所属に関する問題はクリアしていますが、開く迄もエウグスト自身も何も公的に関わりのない他国の紛争に介入するというのは国内的に問題があるという事なので、一時的に民間の軍事会社として一部を抽出して参加する事となります』
「ああ、成程……その辺りはル・シュテル伯爵も承知の上だという事ですか」
『そういう事です。エウグスト派遣チームは高田さんが非公式で率いる事となっております。形としてはヴォートランから依頼を受けたエウグストがヴォートラン側の兵站や補給に関する任務を請け負う事となっております。現在、彼らは人員と補給物資を積んでヴォートランに寄港後、ロドーニアに向かう予定です』
「成程……高田さんがこっちに来るのか……」
『柊さんは引き続きテネファとの交渉を行って下さい』
「了解しました」
通信を切った柊は、この通信の内容に焦りを感じていた。
既にガルディシア帝国は瓦解し、日本の脅威とはなり得ない。その過程で高田はエウグストという国に対して陰に陽に干渉し、自らの手駒としてエウグスト人の実行部隊を手に入れた。このエウグスト人部隊は自衛隊の特殊作戦群からの特訓を受け、初期メンバーに至っては特殊作戦群と比して遜色のない精強さを誇るという。しかし柊は、このラヴェンシア大陸に派遣されてきてからも、高田に比べて目立った成果を上げる事は出来ていない。テネファを拠点として浸透工作を続けてはいるが、南方に広がる魔獣の森が、ヴァルネクへの活動を妨げている。そこにガルディシアで成果を上げた高田が実行部隊を引き連れ、介入してくるのだ。
柊はここラヴェンシアで高田に並ぶ成果を上げる事が出来たならば、部署内での力関係も彼に有利になる場面もあるだろうとは考えてきた。しかもヴァルネクが行っているのは完全に民族浄化なのだ。その為ある程度は彼の行う行動に関して自由裁量を与えられていた。その為、柊はテネファの現地勢力を何とか自分の手駒に出来るかどうかを考えていたのだ。
日本が持つ銃器は魔獣の森に一定の効果を発揮する事が判明した時点で、テネファ評議会のゲーレン議員という人物が日本の武器に興味を示し、柊との秘密会合を希望してきた。そして彼の口からレフール神聖士団という存在を知った。レフール神の加護を受け通常の人間と比べて何倍もの身体能力を持つという戦士達だという。しかしこれをメイエル評議会議長にそれとなく聞いて以降、表立ってではないが監視の視線を感じている。それにメイエル議長との接触は巧妙に避けられていた。そして直接の窓口であるシュリニクには、護衛と称する二人の監視員が張り付いたままで、どうにも身動きがとれない。
つまり現状では全く手詰まりだった柊にとって、高田が同盟側で参加するとなると……。
柊はシュリニクに面会要請を出した後に、独り呟いた。
「さて……これらからどう動くのが正解なんだろうな」
柊に対する当初の指令は、ラヴェンシア大陸に存在する諸国との友好関係樹立と共に、日本にとって危険な体制や国家を洗い出して場合によっては表向き武力行使を伴わない形で無力化するという事だった。そして高田は同様の任務を以ってガルディシア帝国の無力化に成功していたのだ。だが、この大陸では既に戦乱中であり、しかも片側の戦争主導国であるヴァルネク連合の戦争遂行理由は表向き教化を目的としているが、その内実は同盟諸国に対する絶滅戦争なのだ。詰まるところ話し合いなどの余地など在りはしない。だが日本に対して直接的な脅威かと言えば現在のヴァルネク連合からの対応は日本に対して敵対しているとも言えない。寧ろ一方的にロドーニアを攻撃対象から外して懐柔策に出ている状態なのだ。そしてこれは誰の目にも明らかではあるが、単なる時間稼ぎに過ぎない。
「実力部隊か……例の神聖士団と接触出来たらなぁ……」
悩む柊の部屋のドアが鳴った。
テネファの窓口であるリュリニクが護衛を伴ってやってきた。
「シュリニクです。入室の許可を頂きたいのですが」
・・・
ドムヴァルの防衛線を食い破ったヴァルネクは、サライ国境城壁を超えてなお突進を続け、30kmもの範囲で巨大な突出部を作った。対する同盟軍は大混乱のまま後退し、何とか突出部を囲む防衛線を再構築して突進を止めた。たが各国の軍は、その統制を失いつつあった。特に主力を防衛線崩壊時に壊滅したオラテア陸軍総司令イラストラティ大将がその責任を問われて更迭、後任にオストルスキのアドリアン大将が就任した。
そしてこの敗走の中で最も危険な状況に陥ったのは、ヴォートラン派遣部隊だった。
ヴァルネク連合の進出した中央突出部の南東80km地点に、唯一の航空機用の飛行場があったのだ。日本の現地部隊とヴォートラン派遣部隊は、急ぎこの飛行場を引き払う為に同盟軍司令部に対し後退申請を出したが、その許可は司令部の混乱もあってなかなかに降りない状況が続いた。現地部隊としては許可云々が下りるまでに待機する積りも無く、後退許可が出た瞬間に後退する予定で準備を進めていた。だが、航空機部隊は航空機部隊が着陸可能な場所を確保しなければならない。単座の戦闘機が降りることは可能な場所は数か所あるが、爆撃機を後方に退避させるには滑走路の距離が足りない為に後退する事も出来ない状態だった。
そんな中でちらほらと空港周辺にヴァルネクの偵察浮遊機の姿が見え始めた頃に漸く後退許可が下りた。既に移動の準備を終えていた魔獣討伐に派遣されていたヴォートランの地上部隊は即後退を開始し、残るはヴォートランの重爆撃機が数機残された。可能であれば後退したいが、後退した所で着陸出来る場所が無い。そこでロドーニアに後退した部隊によって、取り合えず着陸可能な状態にするために突貫でドーザーで数日で滑走路を作りあげ、まずは爆撃機が着陸可能な状態とした。そしてこのロドーニアに恒久的な航空基地を作り始めたのだ。無論、人手と技術は日本の力を使っているが、名目上はヴォートランの航空基地となった。
自衛隊のPKF派遣部隊は魔獣の監視と対処が主任務であった事から、同盟と共に後退すると魔獣生息域から離れてしまい、PKF派遣を行った名目上の理由を失ってしまう事から本国に今後の対応を打診した。
結果として、自衛隊の派遣部隊は引き続きPKFとしていた魔獣の監視業務を行う為の最低限の人員を現地に残し、大部分をロドーニアを経由して日本に引き上げる事となった。この最低限の残置する人選に関しては、佐藤一佐が選抜してオラテアまで後退する事とし、その他の部隊は一度ロドーニアに移動し、高田率いるエウグスト人部隊と入れ替えで日本に戻る事となった。
そしてエウグスト人派遣部隊は重火器と豊富な弾薬と共にロドーニアに到着した。
・・・
ロドーニアの軍港トーン。
ここはヴァルネクのジグムント艦隊による奇襲攻撃を受けて壊滅に近い被害を受けてはいたが、日本がヴォートラン経由で持ち込んだ重機によって湾港機能のある程度を回復していた。そこに1隻の大型輸送船が寄港し、次々と荷下ろしをしていた。そんな中、妙にテンションが高い一団が港の中で大騒ぎをしていた。
「遥々来ましたね、遂に来ましたね!」
「随分とテンション高いすね……」
「当たり前ですよ、エンメルス少佐。未だ見ぬ魔獣 異国の兵器! 正に、スペクタクルじゃありませんか! どうですか、高揚が抑えられなくなってきませんか? 魔道兵器ですよ! 未知の魔獣達ですよ!」
「ついてけねえよ、タカダさん。おい、ベール大尉。兵を集めておけ、俺達は一応ヴォートランに雇われたPMCって扱いだ。それらしく振舞えよ。しかしなんだって、こんな所まで来る羽目になっちまったんだか……」
エンメルスはガルディシア帝国の解体とエウグスト復興という故郷が再び再起した事を喜ぶ暇も無く、高田に連れられ遥か西方のロドーニアまで連れて来られていたのだ。エウグスト人にとっては、例の死の魔導士が居た事によって連絡が途絶えた遥か西方諸国に多少興味はあっても、事前に"魔道兵器"やら"魔獣"やらを聞いて楽しむ気持ちにはならなかった。しかも、この大陸では絶滅戦争が展開中なのだ。だが、彼らは日本によって祖国復興が成された事、そして現在エウグストはおろかバラディア大陸を賑わすあらゆる日本の利器によって空前の開発が行われ、未来は遥かに開けているように見えた。だがそれも日本によってであり、彼らが陰に陽に影響力を行使してくるのだ。そして表立って行われない、こういう軍事支援的な事はエンメルス少佐を頂点としたエウグスト国レイヤー部隊に任されるという図式だ。そこは分かってはいても、エンメルスの心は晴れない。
「エンメルス少佐、人生を面白可笑しく生きる秘訣はどんな環境にあっても楽しむ事なんですよ」
「いや。タカダさん楽しみ過ぎだろ……大体どんな化け物が居るんだか分かったもんじゃねえ上に、おまけに大陸中を巻き込んだ戦争中って事は、楽しむにゃ胸焼けが過ぎるじゃねえか」」
「エンメルス少佐、まだまだですねぇ」
「タカダさんにかかっちゃどんな事でも楽しみそうだよな。で、ここロドーニアまで来たんだ、多少は観光でもするのかい?」
「まずは私だけ先行してラヴェンシアに入り佐藤一佐と接触します。レイヤー部隊は表向きヴォートランに協力する民軍事間企業という形になりますので、ヴォートラン側の指揮官と接触してください。話は通ってます。部隊はラヴェンシアのオストルスキに荷を揚陸した上で、行動開始と」
「民間軍事会社ねぇ……ニッポンもいい加減、ハラ決めりゃ良いのに」
「そう言わないで下さいよ、エンメルス少佐。日本国内には色々とややこしい事情がありますからねぇ。ま、表立って動けないが故に私たちがこちらに派遣されている事を喜びましょう。私は喜びで打ち震えていますよ!」
「……喜んでいる頭のオカシイ人はタカダさんだけですよ」
「えっ、ストルツ君までそんな」
「はいはいタカダさん、さっさと向かって下さい。俺達ぁ今や懐かしいヴォートランの連中とこれから会わなきゃならんのですよね?」
「そうですエンメルス少佐。彼らに雇われた形ですので失礼の無いように願いますね。ヴォートランのモスカート大佐が待っていますので。これはモスカート大佐会った時に開封してください」
こうして高田はロドーニアを後にして、ラヴェンシア大陸に向かった。
コラボ問題のおかげでさっぱり進みません…ネタがいちいち毎日デカイんよ。
現実の方が面白いってどういう事?