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カルネアの栄光  作者: 酒精四十度
【第二章 ドゥルグル魔導帝国の影】
121/155

2_12.中央戦区の蹂躙

「くそっ、こっちの浮遊機は何やってんだ!!」


「すっかり鳴りを潜めてやがる……上を飛んでるのはヴァルネク軍ばっかりぜ」


「一体どうなってんだ。このままだと戦線崩壊するぞ! 後退の許可は未だかっ!」


「司令部からは現有戦力を以って死守せよ、と……」


「ちっ、俺達に死ねって事かっ!」


ヴァルネクは再び前進を開始した。

ヴァルネクの中央戦区のシルヴェルテル将軍率いるヴァルネク第一軍は、満を持して同盟軍の前線に襲い掛かった。その梅雨払いとして大量の浮遊機が前線への対地攻撃を開始し、中央前線を守備するオラテア軍は散々にヴァルネク浮遊軍の空襲を受けた結果、当初の偽装後退からの敗走によって予備兵力さえも失っていたオラテア軍は、遂には最終防衛ラインにまで後退し、辛うじて前線の形を保つに過ぎない状況に陥った。


だが、同盟軍司令部のイラストラティ大将は前面のオラテア軍を磨り潰してでも、中央戦線に殺到しつつあるヴァルネク軍主力をロドーニアの魔法士による大規模魔法攻撃で一気に殲滅するつもりだったのだ。その為、前線から届く悲鳴のような後退要請を全て無視して、その瞬間を待っていた。そして同盟軍司令部が望む瞬間は正に訪れようとしていた。


・・・


再び活性化した前線から届く報にスカルスキー大尉率いる144実験中隊は、出撃の命令を待った。

だが出撃の命令は一向に降りてこなかった。それが故に実験中隊はジリジリと焦燥の念を募らしていたのだ。そんな中、ヴァルネク浮遊軍司令アロスワフ将軍からスカルスキーは呼び出しを受け、極秘命令を受けた。それは当初のヴォートランの十字の浮遊機を迎撃する任務ではなかった。


「アロスワフ将軍、この任務は……この魔法士を前線にただ運ぶという事で宜しいのしょうか?」


「そうだ、スカルスキー大尉。貴様らの部隊が一番足が速い上に、仮に迎撃を受けても十分に対抗可能だという判断だ。このロドーニアの魔法士は、膠着した前線を突破する重要な要素があるのだ。貴様らがロドーニアの魔法士を無事に前線に届けさえしたならば、その意味は十分に理解する事になるだろう」


「前線に届ける、と……了解致しました。それは特に詳細な場所なり座標なりがあるという事でしょうか?」


「それも含めてタイミングと場所はこちらで指示する。分かったな、スカルスキー。それと貴様らの部隊はこの作戦を実行するにあたり、実験中隊全機の出撃を命じる。……それと一機も失うなよ」


「はっ、承知致しました。全機乗機して待機に入ります」


「うむ、頼むぞ大尉。恐らくこの戦いの趨勢を決める一撃となる。そしてそれは貴様に掛かっているのだ」


こうしてスカルスキーは、アロスワフ将軍の命令に従ってロドーニアの魔法士を受け取り、部隊の待つ浮遊機の駐機場へと向かった。その際にロドーニアの魔導士に話しかけたスカルスキーだったが、ロドーニアの魔導士は焦点の合わない目でふらふらとスカルスキーの後を無言で付いてくるばかりだった。


・・・


同盟軍司令部では、中央戦線からの戦況が刻々と報告され続けられていた。

イラストラティ大将は、中央戦線を突破してきたヴァルネク軍の規模を確認してほくそ笑んでいた。

状況はイラストラティの思惑通りに進みつつあった。


「トルライフ殿、そろそろ準備は出来ましたかな?」


「こちらは何時でも行けますぞ、イラストラティ殿」


「うむ、頼もしい。ここで敵ヴァルネク主力が壊滅したならば、少なくとも連中は再侵攻までに相当の時間を要する事になる。それまでに我々が防御体勢を整え反抗までの時を稼ぐ事も可能になる。いずれにせよ我々には既に様々な物を失った。これ以上、失う訳にはいかんのだ、トルライフ殿」


「ふぉっふぉっ、これは責任重大ですな……まぁ我が生涯に二度目があるとは思いもよらなんだが、気合を込めてやりましょう」


「頼みましたぞ、トルライフ殿」


ロドーニアから派遣された二人の魔導士トルライフとロアームは、以前リェカ突端部に攻め込んだエストーノ軍を殲滅していた。だが、敵軍の先端を殲滅してもその後に続く敵軍主力を殲滅するには至らなかった。その結果が西方同盟諸国であるリェカ、ジリナ、ベラーネ、サダル、そしてオクニツアの失陥だ。そしてまたも追い詰められた状況で同様の使われ方に疑問を持ちつつも、既にここで敵を抑えなければ更なる破滅が待っているだろう。


溜息をつきつつ配置についたトルライフは、ロアームと共に大規模魔法を放つ準備を始めた。

だが、直ぐにトルライフは辺りに立ち込めた異様な気配に気が付いた。


「こ、これは……?! 我らと同じ禁呪の気配……何故だ……?」


「コレは不味いぞ、こちらは未だ放てん……間に合うかトルライフ?」


「儂も未だ撃てぬわ、ロアーム。こりゃやられたかもしれん……」


「ぬぅ……いかん、トルライフ! 至急司令部に、」


一方、同盟軍司令部ではヴァルネク軍が航空優勢を保った状態ではいたが、急速に足の早い浮遊機、ここ数日間猛威を奮ってきた144実験中隊の部隊が中央戦線中央部分に集まってきた事を察知していた。そして彼らが用意した魔法士による攻撃の暁には、当該戦場を同盟軍優勢で推移するであろう想定に楽観的な雰囲気が漂い始めた。


「むぅ、これは好都合だ。例の足の速い連中迄もが集まってきたぞ」


「イラストラティ閣下、上手くいけば例の敵浮遊機部隊共々殲滅も可能かもしれませんな」


「うむ、あの連中が消え去れば、温存していたヴォートランの部隊を投入してヴァルネクの補給線を切断出来るだろう。そうなれば前線に孤立した部隊は陸と空から叩けば良いのだ。何も危険を犯して態々敵中深くまで切り込む必要も無い。あのヴォートランの連中が逸る気持ちも分からぬでは無いが、全体を見据えた戦略を立てねばな」


「真ん中の敵戦力が壊滅的打撃を受けたならば、当初想定した通りに北方のオストルスキ軍軍と南方のロジュミタール軍に挟撃する事も可能となるでしょう。もしかするとこの戦、ここが転換期になるやもしれませんな」


だが、彼ら同盟軍司令部の楽観的な気持ちと会話は今この瞬間に雲散霧消した。


急速に辺り一帯の魔道結晶石の力は吸い上げられ、魔法士達の力もまた吸い上げられた。

そして周囲に閃光が走った。ロドーニアの魔法士二人は最後まで会話を続ける事が出来なかった。


ドムヴァル中央戦線での最重要な最後の予備兵力とも言える反撃兵力であるロドーニアの魔導士を含んだその戦力は、同じロドーニアの魔導士によって周囲の酸素を焼き尽くされ、10km四方に渡って壊滅した。これはドムヴァル中央戦線で防衛をしていたオラテア軍主力の喪失を意味する。つまり、中央戦線には10kmにわたる間隙が生じ、しかもその戦力の空白地帯となった周辺には碌な戦力は存在しなかった。


この報を受けたイラストラティ大将は即座に全軍のサライ国境城壁内への後退を命じた。

後退を開始した同盟軍は中央戦線全線に渡ってヴァルネク第一軍の追撃を受け、サライ領内に逃げ込めた戦力は殆どが戦闘車両と重火器を失った。ドムヴァル中央戦線は、ヴァルネク第一軍によって完全に突破された。


・・・


浮遊機の機内でスカルスキー大尉は、前方に広がる閃光とその後に広がる光景に言葉を失っていた。


「こいつぁたまげたぜ。……こちらスカルスキー、作戦終了。これより144実験中隊は帰投する」


スカルスキーは極秘任務を終え直ぐにこの空域から立ち去りたかった為、基地に連絡を入れて帰投の報告を行ったところ、その窓口に出たのは浮遊軍のアロスワフ将軍では無く、親衛軍のマキシミリアノ将軍だった事に驚いた。


『マキシミリアノだ。スカルスキー、ご苦労だった。例の者はどうなった?』


スカルスキーは振り返って後部座席に座わる魔法士アベルトを見た。


「ああ、例のですか? ……なんか放心状態で虚ろな顔して外を見ています」


『そうか…ともあれ早急に帰投せよ。もし怪しい素振りを見せたら即座に機外に放り出せ。わかったな?』


「了解致しました、マキシミリアノ将軍」



こうして第二次ドムヴァル戦は、中央を守るオラテア軍の壊滅と共にヴァルネク第一軍によって中央の防衛線を突進され、サライ国境城壁をも浸食された。そして同盟軍は第二次ドムヴァル戦を開始した頃と比べて大量の魔道自走砲や兵と重火器を失い、サライ国境城壁の中央部分を突破したヴァルネク第一軍はサライ国内を30kmに渡って押し込み、漸く停止した。


これにより同盟軍は海岸線とロジュミタールの南北に突出した形になった。

その後、サライ国内への戦力を集中する為に、ドムヴァル海岸線部分を放棄して戦線を縮小し、さほどの被害を受けてはいないロジュミタール軍もまた戦線を整理する為にサライ国内まで後退していった。

言わばこの戦いはイラストラティの副官が言ったように転換期となったのだ。だが、彼らが希望する未来とは逆の形となって。


そしてこの時、秘密指令を受けた高田率いるレイヤー部隊と共にエウグストで生産された重火器と弾薬を積んだ船は未だヴォートランに向かっていたのだ。

年内最後の更新になります。

今年は半分程更新出来ずに申し訳ありませんでした。

来年はボチボチとペースを保った更新が出来ればなあ、と。

それでは皆様、良いお年を。

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