2_11.再びの膠着
長々お休みして申し訳ありません。
再開します(といってもボチボチな感じで)
ドムヴァル国中央の東部戦線では、芋虫のようなヴァルネクの魔道自走砲が群れなしていた。対する同盟軍は、ドムヴァル東部に急遽構築した三重の塹壕の中に押し込まれていた。戦場は膠着し、両軍の動きは止まっていた。
ヴァルネク軍の当初戦略、というよりはボルダーチェク法王の再戦指示の骨幹は攻め込むドムヴァル中央部分への力押しだった。その陸上戦力を以て総力で力押ししたならば、押し切れるという判断だったのだ。戦力的・火力的に圧倒的であり、兵站に不安も無い所で正面から押しつぶす積りだったのだ。
その法王の指示通りに侵攻を開始したヴァルネク軍を迎え撃つ同盟軍は、ドムヴァル中央部にヴァルネク軍の主力を敗走を装って中央のキルゾーンに引き込み、集中したヴァルネク軍主力をヴォートランの航空機と同盟諸国軍の浮遊機によって撃滅した後に航空優勢状況を作り出し、中央から南北をそれぞれ挟撃して包囲殲滅するという段階を踏む予定だった。だが戦線中央部分での同盟諸国の偽装後退は、ヴァルネク浮遊機部隊による波状攻撃によって整然とした後退から完全に敗走状態となった。その為、ヴァルネク軍を引き込む戦略を途中で放棄せざるを得なくなり、反抗作戦用の予備戦力を磨り減らした上で予定よりも遥か後方の予備陣地へと後退した。
同盟軍が構築したキルゾーンを踏破したヴァルネク軍は彼らが想定したよりも後方に、そして同盟軍が想定したよりも前方に布陣して再び対峙した。この状況を打破する為に、ヴァルネク浮遊軍漸減を目的としたヴォートランと同盟軍浮遊機部隊による共同航空攻勢作戦も、予想していなかったヴァルネク浮遊部隊144実験中隊によって頓挫した。144実験中隊に配備された新型浮遊機ヤスクゥーカは、意図せずにステルス的な能力を持った事によって日本のレーダー探知に引っ掛からず、自衛隊派遣部隊による航空管制の裏をかいた。この航空管制に期待を寄せていた同盟軍は、惨憺たる結果に未知数の能力を持つ筈だった日本に失望を隠そうともしなかった。
そして双方が当初想定していない状況によりドムヴァル中央戦線は再度膠着し、互いの出方を伺う状況となった。
状況打破を企図するヴォートラン派遣部隊所属のラッザロ大尉は、爆撃機によって中央部方面のヴァルネク軍補給線を断つ事を主張するも、先に行われた航空攻勢の失敗が同盟軍司令部を硬直化させた。それは同盟軍司令部による作戦会議において如実に現れていたのだ。更に言えば同盟軍の戦争指導体制がこの状況を悪化させていた。ヴァルネク連合が表面上は連合の合議体制だが、内実は法王ボルダーチェクがその戦略指揮を執っている状態であったのに対し、同盟軍は、軍部を統括するのを各国の指導者が行っていた事により、その状況に応じて柔軟な対応をしている、と言えば聞こえは良いが内実は直近の出来事に作戦方向が各国の都合により都度揺らいでいたのだ。それが故に同盟各軍の連携も薄く、有機的な各軍の協力とは言い難い状況だった。そして、それはこの同盟軍作戦会議にて表面化していた。オラテア民国陸軍総司令官イストラティ大将を前にヴォートラン派遣軍のラッザロ大尉はそれを作戦会議上で痛感していた。
「君が言うようにその爆撃機とやらが、ヴァルネクの補給線を叩きに行ったとする。だが、果たしてその目標に辿り着けるのか? そもそもヴァルネクの浮遊機部隊は全く減っては居ないのだ。君らの爆撃機は目標に辿り着く前にヴァルネクの浮遊機群によって壊滅する事になるだろう。現在、我々が持つ兵力は可能な限り後に備えて温存したいのだ」
「イストラティ大将閣下。現在我々がヴォートランから派遣されている空軍部隊を集中運用し、想定される補給線を順次破壊する事によって敵前線部隊を干上がらせます。今まで分散配置されていた戦闘機部隊を二つに分け、第一波戦闘機隊を爆撃機の護衛に付けた上で時間差で第二波戦闘機隊と浮遊機部隊を送り込み、爆撃機に向かう敵部隊を暫時殲滅します」
「いや、ラッザロ大尉。君が言う事も分からないでは無いが、それは確実に可能なのかね? それに敵補給線を潰しました。ですが、こちらの浮遊機も全滅しました、では話にならん。そもそも、君達ヴォートラン部隊を誘導するニッポンの航空管制部隊とやらだが、結局前回もヴァルネクの奇襲を許して甚大な被害を齎したではないか?」
「それについてはヴォートランの新型が特異な性質を持つ可能性をニッポン軍が示唆しています。ですが、そういった性質諸共次なる航空機と浮遊機による波状攻勢によって押し潰せる物と考えます。次の戦いでは再びニッポン軍の管制によって、」
ラッザロ大尉の言葉に、ドムヴァル陸軍第三軍アハティ少将が反応し制した。
「前回の浮遊機による攻勢は正にそれを企図したものでは無かったのですか? 期待していたニッポン軍の管制とやらも空振りに終わった状態であるにも関わらず、それに賭けるには少々掛け金が高く付くのでは?」
「そ、それは…」
答えに詰まったラッザロ大尉に対し、イラストラティ大将は我が意を得たりとアハティ少将に同意した。
「そういう事だ、ラッザロ大尉。我々は既に此処まで押し込まれている。全力で戦う為の資源もまた乏しい。継戦能力に不安がある事は君も十分に招致している筈だ。我々は二度と失敗は許されない。負ける可能性が少しでもあるならば、攻勢に出るのは危険と判断している。幸いに戦線は膠着状態に陥っており、その間にロドーニアから魔導結晶石採掘によって資源の備蓄が開始されている。彼らヴァルネクがロドーニアを攻撃しないと言うのであれば、その機会を最大限に利用してヴァルネクの攻勢に対処を行う。以上だ」
こうして同盟軍はヴァルネクからの攻撃を柔軟に受け止めつつ有効に反撃を行い、戦力の持久と保持に務めるという消極的な方針に変更された。すでにラヴェンシア大陸北東部に押し込められつつあると言っても過言では無い状況であるにも関わらず、同盟軍は攻勢を控えた上でヴァルネクからの攻勢に耐えつつ機会を見つけて反撃するという事になった。そして会議上では話題に出なかったが、イラストラティ大将には秘策があったのだ。ロドーニアの魔導士による大規模魔法攻撃である。それが故に、敢えて攻勢に出る必要も無く敵が攻勢に出た最も有効なタイミングで逆撃を喰らわせるつもりだったのだ。
だが、ヴァルネク連合はこの同盟の方針に付き合う必要も無い。
そもそも多少の膠着に陥ったところで、同盟軍は物資戦力ともに追い込まれつつあり、その既に戦略的縦深をドムヴァルで使い果たしたかのように見える同盟軍は、このまま力押しするだけで倒れる様に見えたのだ。更にはボルダーチュク法王は、再度の侵攻に当たり同様の秘策を持っていた。
「マキシミリアノ。例のアレは使えるか? いざ使う段に逆らう様な事はあるまいな?」
「はっ、勿論自我は潰しております。ただし申し上げました通り、1度きりの使用となりますが…」
「それで良い。厄介なのはドムヴァル国境城壁の守備兵力だ。この一撃により兵力の真空地帯にしてしまえば、労せずして敵の戦線は崩壊する。たとえ失敗したとしても敵の魔法士が一人減るだけでこちらの持ち出しは無い。何と言ったか、その魔法士は?」
「あのロドーニアの魔法士…たしかアベルトという名前だったかと。こちらがロドーニアの魔法士を使う事にロドーニアからの反発が起きるやもしれませんが…」
「ふむ…ロドーニアか…彼の国とは一応休戦宣言を出しておるが故、影響が出るのは良くないかもしれん。あの術を使えば何をやったか分かるであろうが、その魔法士は我々に寝返ったとロジュミタール経由で情報を流しておけ。上手くいけば同盟内でロドーニアの立場も面白い物になるやもしれん」
「して、使い所はやはり中央にて?」
「うむ、我々は奇策を弄さずこのまま正面をただ押すだけで恐らく勝てるだろうが、そこに至るまでには相当の被害も出よう。だが、我々は戦後も考慮せねばならん。同盟軍を平定し、大陸を統べた後には次にロドーニア、そして東方諸国に……。だが、不安定要素のニッポンだけはどうしたモノか……。それと、マクシミリアノ。南方の魔獣の森だけは監視を怠るな。少しでも魔獣の森が再度溢れるような事があれば貴公の親衛軍がこれに当たれ。ヴォートランの銃は有効に活用出来ような?」
既に今回の戦いは既に勝った物として、次なる構想にボルダーチュク法王は夢中になっていた。
・・・
ヴァルネク連合の新兵器試験部隊である144実験中隊は着実にその戦力を増強しつつあり、増強中隊規模となった。
だが、補充の兵に対する技能向上訓練に思いのほか時間がかかっていた。それは一つに魔道による照準誘導に慣れ切った兵が、新たに直接照準に慣れる為であったが、古参の実験中隊の兵達が納得するレベルにはなかなかに達しない。もう一つにはヴィンツェンティ博士による飛行物体探知装置を応用した金属物に対する照準装置が今一つの性能だった事にも起因する。これは魔道照準と見かけ上同様の働きを期待するものとして当初は実験中隊の皆には歓喜を以て受け入れられたが、実際に動作させてみるとそれは同様の働きをするものでは無い事が判明した。大雑把に反応を探知するには向いていたが、射撃を行う際の精密な照準には向いていなかった。結果として引き続き直接照準による攻撃方法の慣熟訓練に時間が掛かっているという状況だったのだ。
居並ぶ144実験中隊の面々を前にスカルスキー大尉は訓示した。
「スカルスキーである。我々144実験中隊は近々行われるであろう大攻勢の梅雨払いとして先陣を飾る名誉を賜った。先ずは各種新兵器の装備に慣熟せよ。我々は様々な新兵器を法王より託された。これらを以って再び我々はドムヴァルの空を支配する。各員の奮闘を期待する。以上!」
こうして144実験中隊各員は再び攻勢を行う為の練習に飛び立った。
今や彼らは、敵の探知が可能となり、そのうえステルス的な性能を持つ機体を操る熟練の操縦手達となっていた。
・・・
「なんだと! 情報元には確認したのか?」
廊下を歩いていたマローン議員を見つけた精神操作セクションの連絡員は、慌てた様子で入手した最新情報をマローンに告げた。
「既に情報を三度確認致しております、マローン議員。再度申し上げます、現在ロジュミタールには、魔獣の森を突破したドムヴァル兵が輸送していた正体不明の機械を鹵獲しております。この機械をドムヴァル兵達は戦局を覆す太古の終末兵器と見做しており、その操作に魔力による交信を持ちいる、と」
「終末兵器か……それに魔力による交信だと!? それは古の魔道兵器の可能性があるな……。して、その正体不明の機械とやらはどうなった? 未だドムヴァル兵達が保持しているのか? その情報はあるか?」
「はっ、そのドムヴァル兵達は全員カプリコルヌス王に秘密裡に拘束され、首都近郊の重犯罪専用施設にて収監されております。鹵獲した機械は、カプリコルヌス王の王城ではなく、ロジュミタール兵器工廠に持ち込まれ厳重に警戒管理されている模様です」
「……それはどういう事だ? 同盟内部にも報告を上げずに秘密裡に保管しているだと…?」
「恐らくはヴァルネクからの篭絡を受け何れかの機会にて裏切る、と画策していたロジュミタールですから、戦局を左右し兼ねない兵器の入手報告は上げづらいかと」
「……いや、違うな。カプリコルヌスは、それを以って連合、同盟共に支配下に置く良い機会と思っているのかもしれん。これは面白い事になっているな。ロジュミタールの精神操作者は誰か?」
「ご案内致します。議員、こちらに」
マローン議員に報告を行った連絡員は、そのまま彼を伴って魔道帝国戦略調査局精神操作セクションの扉を開けた。
中に居た人員は一斉に開いた扉を振り返り、その中の一人がマローンに声をかけた。
「マローン議員、お待ちしておりました。ロジュミタール担当のフェデリックです」
「そうか君か。私は評議会のマローンだ。君はアレか? 国家特級術者か?」
マローンはフェデリックと名乗った者の肩称を見る前に尋ねたが、尋ねた瞬間に肩称を確認して一級術者であった事を認識し、多少気まずい表情となったが、そのまま気にしない事にした。
「存じております、マローン議員。いえ私は一級術者です」
「そうか、成程……さて、早速だが詳細を聞かせてくれたまえ」
「はい、私が操作を行っているのはロジュミタール王カプリコルヌス王側近の内務大臣ボフミールです。彼に先ほど国王から内密な相談の体でドムヴァル兵拘禁と終末兵器と称する機械を隠匿している件を打ち明けられました。ただ、詳細や未だ隠している事があるかどうかは分かりません」
「ふむ……そのボフミールというのはどういう人物だ?」
「先代のカプリコルヌス王からの忠実な僕で、忠誠に厚いとの評判です。ただ応用が効かぬ故、今までカプリコルヌス王も彼に相談するのを躊躇っていた節があります」
「ふむ、そうか……。だが、その情報が同盟側に漏れるのは不味いな。可能な限りロジュミタールの限られた人員のみに限定している方が望ましい。フェデリック君。ボフミールをその様に操作せよ。絶対に他国にその情報を知られるな。場合によってはそれを持って我が国に拉致したい所だが……途中の中立諸国の海軍に拿捕でされたら敵わんな。当座、隠匿場所の特定と情報漏洩に気を配れ。人手が足りねば他部署から応援を入れよう。良いな、フェデリック君。それとカプリコルヌス王自体に操作は可能か?」
「はっ、承知致しました。……カプリコルヌス王自体は精神防御能力が高く、何度か試みてみましたが全て失敗に終わっております。私よりも上級職であれば、もしかしたら…?」
「そうか。それも手配しておこう。それでは私はファーネル議長に報告をしてくる」
マローンは直ぐに精神操作セクションを出て足早にファーネルの元に向かった。
・・・
『緊急事態発生、至急帰国せよ。早急にマルソーに回収機送る。』
エウグストのル・シュテル伯爵と高田はホテル・ザ・ジャパン最上階のバーから見えるエウルレンの夜景を見ながら、ちょうど一杯目の酒に口を付けたばかりだった。その時、無粋にも高田に緊急事態の報告が入ったのだ。
「ん、どうしましたかな、タカダさん?」
「いやなに、野暮用が発生したみたいです。今日はゆっくりしようかと思っていたんですが、急遽日本に戻らなくてはならなくなりました。直ぐにマルソーに飛行機が来るのでここで失礼しますね。ああ、伯爵の来日の件は上に伝えておきますから」
「忙しいねえ、タカダさん。気を付けて」
ル・シュテル伯爵の言葉を背中に受けて片手を上げながら高田は直ぐに最上階のバーを後にした。
直ぐにマルソーの飛行場に向かう車の中で、緊急事態の詳細を確認した。
「はぁ? レーダーに捉えられない? それはステルス機能を持つ、って事ですかね、ヴァルネク軍、やりますねえ……。で、私は何を? ヴォートラン経由でスキャンイーグル2を複数持ち込む? ああ、ラヴェンシア大陸にですね。それとエウグスト製の火器をヴォートラン経由で? ああ、前にやった奴ですね。今回は密輸では無く公に? その辺りはル・シュテル伯爵に話を通しておきましょう。了解しました。それでは……ん? 第一レイヤー部隊も? ああ、公的には日本からは戦闘部隊は派遣出来ないと。そうですか、そうですか。それでは内密に頑張りましょう」
高田は、ラヴェンシア大陸に巣くう魔獣の群れを想像してウキウキで通信を切った。




