1_11.絶望の同盟軍総司令部
ロドーニアがヴォートラン王国との接触を果たしたこの日、同盟軍は大混乱に陥っていた。
サルバシュがヴァルネクの浮遊機による大空襲が行われた後、第二防衛線が崩壊しコルダビア第一打撃軍が雪崩れ込んできた後は、サルバシュの抵抗力は完全に消失した。直前の大統領シュライデンによる敗北と全国民に宛てた避難命令も虚しく大多数のサルバシュ国民はコルダビア軍に捕らえられた。増援に駆け付けた筈の浮遊機部隊は全て後退し、ジリナ公国まで前進をしていた同盟軍の陸軍部隊はジリナ公国に釘付けのまま前進を阻まれ、ヴァルネクの空軍が去った頃には既にコルダビア第一打撃軍はサルバシュ国内の掃討を行いつつジリナ公国方面への展開を終えて万全の迎撃態勢をとった事から、それ以上の前進が出来なかった。
シュライデン大統領は、援軍に来ていた同盟軍浮遊機部隊と共にオクニツアまで避難した上で亡命政府の樹立を宣言したが、既に同盟国の主題は西方に孤立した同盟5ヵ国の命運についてであり、誰もサルバシュには感心を持たない程に大混乱が続いていた。そしてその混乱は、各国の代表が集まるここオクニツァにある同盟軍総司令部にも押し寄せてきていた。
「ミハウ総統、既にサルバシュの連絡路は断たれ、我々は分断された。このままリェカを攻められたならば、我々は海に落とされる。オクニツアを攻められたならば、脱出路も失ってしまう。ジリナに攻められたならば、リェカとベラーネという大きな突出部に押し込められる事になる。何れにせよヴァルネクはどこでも自由に攻める事が可能だ。我々はこれから一体どこを守れば良いのだ!?」
半ばパニックを起こしつつベラーネ公オストルチルはミハウ総統に詰め寄った。だが、パニックを起こしていたのはベラーネ公だけでは無かったのだ。それはヴァルネク連合との前線を接するジリナ代表ジリナ公ヴァイス、リェカ代表グロボカール国王も同様の状態だったのだ。そしてこの同盟軍最大の問題点は純軍事的な判断ではなく、各国の政治的な判断の妥協点を元に軍を動かしている事だった。
16ヵ国同盟は既に全ての国を守り続ける戦略を放棄するタイミングに来ていたのだ。
今の時点で殆どの陸上戦力がリェカ王国とジリナ公国に分散してある時点で、ヴァルネクは孤立した西方5ヵ国はどこを攻めても切り取り放題の状態となっているのだ。だが、仮に前線の国を放棄して後方に戦力を集中しようとするならば、直ぐにでも16ヵ国同盟は瓦解するだろう。自らは助かろうとしてヴァルネクに下る事は明白だ。だが、既に全てを守るという選択は全てに負ける道に繋がっているのは誰の目にも明らかになりつつあった。
「非難を受ける事を承知で言うが、宜しいか。既に西方5ヵ国を全て守るのは不可能だ。」
「何を言い出すつもりだ、ミハウ総統!」
「まあまて。聞こうでは無いか、ヴァイス殿。ミハウ総統、続きを聞きたいのだが。」
「うむ、忝い、シルベステル首相。先程ベラーネ公が仰られた様に、現在我々はヴァルネクがどこを攻めてきてもおかしくはない状況に追い込まれてしまった。仮にどこを守ると決めても、ヴァルネク側は自由にどこでも攻められる。裏を返せば我々が守りを固めた所を迂回して攻め続ければ、我々の戦力が減らずして遠からず敗北必至となる。」
「ではどうするのだ! どこかに起死回生の一撃でも喰らわすのか? ロドーニアの魔法士を大量に連れて来て例の魔法を連発させれば、戦局など簡単にひっくり返るのではないか? それをせんのは、戦後を見据えて何か良からぬ事を企んでいる証左ではないのか!!」
「落ち着いてくだされ、ヴァイス殿。あの魔法士の大規模魔法は連発が効かぬのだ。それに条件も厳しい。あれは残り2発程度と思って頂きたい。状況を見据えて使わんと結局は無駄打ちに終わってしまいますぞ。」
「なんだと……? あれは連発が効かぬだと?」
ベラーネ公ヴァイスは魔法士による大規模魔法の結果を聞いた上で、その攻撃を積極的に使おうとしない同盟軍に対して不信を抱いていたのだが、積極的に使えぬ理由が判明した瞬間に本当に絶望してしまった。力なく椅子に沈み込み、それきり何も喋らなくなってしまった。
「続けて良いかな? 既に西方の戦局を覆す事は難しく、我々が生き残る道を探るのが先決となっている事は皆も理解していると思う。かくなる上は、我々に残された手段は全軍を北に脱出させ、北方のソルノクとドムヴァルで防衛線を引く事しか選択肢が無いと思う。」
「だが……一体どうやって北に脱出すると言うのだ? ここは我が同盟の西端とも言える場所だぞ? それにサルバシュが落ちた今、陸路の脱出路も……まさか中立国の領土を通るという事か?」
「いや、中立国8か国は合同で我々に通達を出してきた。1歩たりとも領土に踏み入れる事を禁じるとな。しかも連中の西方国境にはずらりと軍が並んでいる。それがヴァルネクに対する物なのか、我々に対する物なのかは分からんが。」
「では一体どうやって……?」
「オクニツアの輸送船を使って東方に脱出する。全ての船を搔き集めてだ。足りない分はロドーニア艦隊に協力を要請する。ロドーニアからの輸送艦は未だオクニツアに居る。これらの輸送艦に全軍を乗せ、東方に脱出した後に、北方戦線に戦力を集中する。西方の戦力が全滅を逃れる為にはもはやそれしか手は無い。」
これを聞いた瞬間、リェカ王国のグロボカール国王とジリナ公国のジリナ公ヴァイスが声を上げた。
「馬鹿な! 我が国を見捨てるのか!!」
「ならば我が国は同盟を抜けさせて貰う。今からでもヴァルネクに下るぞ!!」
「だが、我等同盟の戦力がここに居る限り絶対に守る事も攻める事も出来ん。これは純然たる事実だ。では貴公らに問うが、ここで貴公らの言う通りリェカなりジリナなりを守る為に軍をそこに集中したとしよう。そして敗れた場合はどうなる? 全ての戦力をここで失い、どうやって巻き返すのだ?」
「緊急につき失礼します!! ベラーネの偵察部隊より入電!リェカ及びベラーネ前面に魔導反応増大中、恐らくはヴァルネク軍主力軍が集結しております!!」
「失礼します!!ジリナの偵察部隊より緊急入電! サルバシュ占領中のコルダビア軍がジリナ方面に向かって進軍中!」
「なんだと……早すぎる……」
「失礼します!! オクニツア西方に敵魔導反応が増大しています! オラデアとザラウの敵軍が集結しているものと思われます!! 浮遊機による偵察情報でも敵戦力がオクニツアに向かって集結中との事です!」
「ぜ、全面攻勢だ……も、もう終わりだ……」
これらの報を聞き、同盟軍総司令部は絶望感に包まれた。
「皆も聞いての通り、既にもう時間が無い。脱出可能な者のみを東方に脱出させる。同時にロドーニアの魔法士はオクニツア西方の防衛線に投入し、時間を稼ぐ。民間人は隣国に逃げ込むように通達を出そう。まさか丸腰の難民を惨い目に合わす事もあるまい。いや、無い事を祈るしか無い。最早我々があれこれ話し合う時間も無いだろう。」
「ま、待ってくれ、ミハウ総統……もう、それしか手は無いのか?」
「グロボカール国王……申し訳ないが、ヴァルネクが全面攻勢に出た今となっては打つべき手は脱出のみと思う。ああ、そうだ。ロドーニアの魔法士の方々を呼んで来てくれ。それとオクニツア西方の状況を急いで教えてくれ。ジリナ公国に留まっている陸軍先遣隊はオクニツアまで後退だ。リェカの陸軍主力も同様にオクニツアまで後退させろ!」
既に同盟国総司令部ではミハウ総統に反対意見を述べる者は居なかった。
ガルディシアの続き的な話なのに全然ブックマーク増えなくて草……