2_05.144実験浮遊機中隊
中央戦区ではヴォートランの二個戦闘機部隊によって、ヴァルネク浮遊軍による航空優勢が揺らいでいた。
ヴァルネクは正体不明だった魔導探査されないヴォートラン戦闘機が、常に優位の状態でヴァルネク浮遊機への攻撃を行った。後退を続けるオラテア軍主力機甲部隊と思われる車列を襲撃する為にヴァルネクの爆撃浮遊機群は、ヴォートランの戦闘機によって手酷い被害を受け続け、徐々に出撃数が低下していった。ヴァルネクにとって唯一の救いはドムヴァル中央戦区という空域は広すぎ、そしてその空域をカバーするのには二個戦闘隊24機は少な過ぎたのだ。
その為にある程度の損害は無視出来るレベルとヴァルネク連合軍司令部は判断して、ヴォートラン戦闘機が居ると思われる空域を避けて攻撃しつつ、対抗策を進めていた。だが、このヴォートラン戦闘機に対抗すべく虎視眈々と準備を進めていたザッハー大尉が戦死し要撃部隊が壊滅した結果、ヴァルネク司令部は対応に本気となったのだ。
ヴァルネク連合が持つ数々の浮遊機の中で最高速を誇るシェルシェンは超高速偵察機だ。その最高速度は時速650kmであり、主に偵察任務を遂行する為の装備は充実していたが、それと引き換えに武装は無いに等しい。ヴァルネク軍司令部では、中央戦区に現れた正体不明の浮遊機に対して、"十字の浮遊機"というコードネームを付けた上でこれに対抗する為に、シェルシェンをベースに武装を強化した高速浮遊機の試作を命じた。
急ごしらえで作った試作高速浮遊機は、これらの機体は軍が要求する速度と攻撃能力強化を目指す為に、武装を搭載しても速度が落ちないように魔導機関の出力を大幅に向上させた。更には直接照準による命中精度の低下を補う為に魔導砲を多量に搭載し、大量の弾幕を張る事により面制圧を可能とした。だが結果、著しく航続距離の短くそして出力調整の難しいピーキーな機体として仕上がったのだ。
第一弾として改造された26機のシェルシェンは、試作番号と新しくヤスクゥーカという名称を与えられた。これらの機体は、航空浮遊軍アロスワフ司令によってヴァルネク浮遊軍きっての精鋭部隊であるスカルスキー大尉率いる第4浮遊戦闘団に送られ、この機体を受領した部隊は144実験浮遊機中隊として新たに編成された。144実験中隊は戦死したザッハー大尉の第08要撃隊の報告を元に、直接照準による射撃訓練と十字の浮遊機の機動を元にした戦術訓練を繰り返した。だがこの訓練中に操縦の難しい機体によって数機が失われた。それでもスカルスキーは訓練を続けた。
そして遂にスカルスキー大尉率いる144実験浮遊機中隊の18機は中央戦区へと出撃した。
「スカルスキーだ。今回の出撃で会敵出来るかは分からんが、これ迄の連中の行動からセクター22近辺であろう事が推測される。この新型がどこまで通用するか分からんが、必ずや敵を撃滅する事が可能だと判断している。今迄の訓練を思い出せ! 各機指定高度まで上昇し、敵を見つけ出しこれを撃滅せよ!」
だが彼等の意欲に反してスカルスキーの144実験浮遊機中隊は数度の出撃を繰り返したが会敵出来なかった。
しかも狙い定めた様に144実験浮遊機中隊が出撃した空域とは別の空域で敵の十字の浮遊機部隊が現れ、ヴァルネクの襲撃浮遊機が落とされた事が続いた。これが繰り返された事により、スカルスキー大尉はアロスワフに掛け合い囮の浮遊機による大規模な襲撃作戦によって同盟軍を釣り出す作戦に出た。
・・・
ロジュミタールのカプリコルヌス王は、目の前に居るレルェルに返答する事が出来なかった。
彼女の素性はロジュミタール調査局が問題無しとの判断で入局された筈だったが、その正体はヴァルネクの親衛軍少佐だったのだ。そして今、カプリコルヌス王の目の前にヴァルネクからの使者という立場で立っていた。
「カプリコルヌス王。参戦は何時に?」
「今暫く待って頂きたい。それよりも貴殿が申した条件は相違無いな?」
「ヴァルネクに二言はありません。前回申し上げた提案は貴国が我が陣営に参加した暁には全て実行されましょう」
「参加した暁か……」
カプリコルヌス王は、現状のドムヴァル中央戦区での戦況を当然知っている。
中央戦区に現れたヴォートラン戦闘機の活躍によってヴァルネク浮遊軍の動きは停滞し、当初目論んでいたヴァルネクの侵攻は大きく制限されている事を知っている。これは当初レルェル少佐がカプリコルヌス王に話し、この戦争がどのように推移するのかを説明した状況とは違う展開となっていたのだ。その為、カプリコルヌス王は逡巡していた。
「そもそも当初の予定通りに行ってはいない様だが?」
「確かに仰る通り。……ですが、これ迄の我々の目的は全て達成しております。既に我々はラヴェンシア全土の1/3を支配域に治めており、その国力から同盟がこの戦況を巻き返す事は不可能でしょう。我々は一刻も早くこの戦争を終わらせた上でレフール教による統一された平和が大陸に訪れましょう」
「であるならば、そもそも我々の助力は必要無かろう。我等の恭順を求めているという事はなにがしかの我々の力が必要であると言う事である証左ではないか」
「仰る事は確かにその通りに御座います。我々は無用な血は流したくはありません。それ故に貴国の協力を得られたならば、この無益な戦争も早期に終結致します」
「無益な戦争か。無益……貴国にとっては有益なのではないか? 例の人造魔導結晶石は、人を魔導結晶石化するという。そんな技術を用いて、敵国を滅ぼし何の平和であろうかな」
「王よ。それは前回申し上げた提案通り、貴国の領地臣民は安堵すると」
「安堵だ? 我等は貴国の臣下に下った覚えは無いのだがな」
「これは失礼を。ですが冷静に考えて頂きたい。貴国が参戦を表明して頂ければ、この戦争も終わります」
退室前にレルェル少佐は再度カプリコルヌス王に念を押していった。
だが、カプリコルヌスは未だ逡巡していたのだ。ここに来て同盟軍にはヴォートランという強力な援軍を得ている。魔獣に通用する武器を持ち、ヴァルネクの戦闘艦を浮遊機によって行動不能にする能力を持つ国だ。更には彼等の持つ浮遊機は、中央戦区で莫大な戦績を上げ続けていた。その結果がドムヴァル中央戦区での停滞状況だ。
今のまま、このままの戦況が続くのであればヴァルネクはひょっとしてドムヴァルを抜く事が出来ないのではないか? であるならば、我々がここでヴァルネクに付く選択は、事によると国を失う事にも成りかねん。
……これは選択を誤ったかもしれん。
カプリコルヌス王は深く溜息をついて椅子に沈み込んだ。
・・・
ヴォートラン王立空軍所属のラッザロ大尉は、この同盟軍の魔導探知部隊の指示を得て中央戦区で戦い続けて居た。だがラッザロの部隊はそろそろ補給が怪しくなってきていた。その為に補給を本国に要請していたが、漸く補給がやって来た。このサライには治安維持部隊として佐藤一佐の部隊が未だ駐留していたが、そこに日本の輸送機C-130Hが大量の補給物資を搭載してやって来たのだ。
このC-130Hによって、サライ王国で急ごしらえで作った最大長の滑走路を持つ簡易飛行場にはヴォートラン戦闘機用の各種交換部品や弾薬が持ち込まれたのだ。だが持ち込まれた補給品を見て、これまでの弾薬消費量を考えるとラッザロの不安は解消されず、佐藤一佐に直ぐに相談に行った。
「サトウ一佐、補給品受領しました。ありがとうございます」
「おお、無事着きましたね、本当に良かったですよ、ラッザロ大尉」
「そう……なんですがね。実を言うと貰っておいて言うのも何なんですが……」
言い難い感じでラッザロが言う内容を直ぐに佐藤は理解した。
「足りない、と?」
「え? ええ、そうなんです。是迄の戦闘を考えると今回来た補給、特に弾薬に関しては正直不安があります」
「そうですよね……実際戦われてますからね。と言っても、直ぐには要求には答えられないと思います。とするならば……戦う方法を変えてみましょうか?」
「戦う方法を変える?」
「ええ、そうです。是迄は飽く迄も敵が侵入した空域に対して迎撃を行ってきました。ですが同盟の浮遊機群と共同の作戦で対応してみましょう。大分、浮遊機の機動も理解したと思いますし、お互いの長所・短所を理解した上で戦えば、弾薬の消費も抑えられるかもしれませんよ」
「なるほど……一点質問があるんですが、我々は魔導通信機を使う事が出来ない。それが故に今迄共同での行動を行わないようにしてきましたが、それはどうします?」
「そうですね。それを解決するには……管制に我々も参加します。ヴォートラン側の航空管制と同盟側の浮遊機管制を一か所で行う事によって双方をコントロールする事が可能なのではないかと思います。今の所の戦果から、この話は同盟軍側に通しやすいのではないかと思っているんですけどね」
「成程、それなら我々側の負担も抑えられる可能性がある。是非、お願いしたいですよ、サトウ一佐!」
こうしてヴォートラン戦闘機部隊と同盟軍浮遊機部隊の共同作戦による航空攻勢が企図された。
だが、この共同作戦を実行した結果は意外な物だったのだ。
ちょっと遅くなりましたー
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