2_04.ヴォートラン戦闘機の投入
同盟軍総司令部では戦況図を前に、沈痛な沈黙が支配していた。
緒戦で航空優勢を確保したヴァルネク連合軍は、中央戦区で蚕食するように陣地を守る同盟軍の戦力を減らし続けた。既に後退した後に引き込んで撃滅するという戦術は、前線に貼り付けていた部隊の潰走によって混乱が後方にも広がっていた。そして、南北に振り分けていた浮遊機戦力は未だ中央には集結していない。当初予定していた反抗の為の主力機甲軍は、侵入したヴァルネクの浮遊機から逃避する為に陣地を放棄して後退を始めていた。
「中央戦区は最早反抗どころではないぞ。如何いたす、ミハウ大統領?」
「うむ……北方戦区はどうなっている?」
「北方の動きはありません。偵察によると北方にはマルギタ軍とエストーノ軍と思われる陸軍が詰めておりますが、その後背をヴァルネクの艦隊が守っている状況です。二線級の陸軍を当てて来た事を考えると当面北方方面からの侵攻は当座は無い物と考えます」
「それも中央線区次第か。南方はどうか?」
「左様です。中央戦区が押し込められた場合、ヴァルネクの南北両翼はそれに合わせて前進して来るでしょう。南方戦区へは砲撃が行われてますが、散発的な砲撃に過ぎません。これも抑制的な攻撃であり全面攻勢を意図した物では無いと判断しております。ヴァルネクの重心は中央戦区に間違いありません」
「それは分かっている。中央戦区の被害状況はどうか?」
「ブオランカ盆地最西部は既に纏まった戦闘部隊は居りません。盆地中央部には最西部から後退した部隊によって混乱が生じております。中央部にはご存知の通り反抗戦力を集中しておりましたが、その反抗主力が空襲を継続的に受けている為、各部隊の判断で後退を始めており……」
「分かった、もう良い」
オストルスキ共和国大統領のミハウは再び黙り込んだ。この沈黙に耐えきれない中央戦区に配備されたオラテア軍の総司令イストラティ大将が重い口を開いた。
「ミハウ大統領閣下。我が軍はこれ以上の空襲に耐えられん。当初の予定通りには最早行きますまい。早急に次善の策に移行した方が被害も抑えられると愚考致しますが」
「そうだ、当初の作戦は既に破綻した! 次なる手を打たねば何時ぞやの国と同様の事になるぞ!」
イストラティの発言に追従したドムヴァルのネストリ総理大臣の発言を既に国を失陥しているマゾビエスキ王は不快な顔して言った。
「何時ぞやの国とはどこの国の事かな、ネストリ総理?」
ネストリは自分の失言に気が付いたが、素知らぬ顔をして答えた。
「特にどことは言わんがな。だが、このままでは中央戦区を突破されるだろうが、それが分からん貴公らではあるまい。当然次なる手はあるのだろうな、ミハウ閣下?」
「うむ……予定より早いが例のヴォートラン航空部隊を使おうと思う。彼等は今、中央戦区後方に待機中だ。中央戦区に浮遊機戦力を集中させる迄の間に、この空域に於ける敵の航空優勢を少しでも押し戻せれば良いのだが、如何せんヴォートランからも試験部隊との注釈が来ておる。しかもヴォートランからの要請で作った滑走路とやらも、未だ数カ所しか設置されておらん。この航空機とやらは長大な滑走路という平坦な空間を必要とする不便な物だが、これが無ければ飛び立つ事も出来んらしいのだ。故に航空部隊は滑走路がある場所にしか展開出来ん」
「そんな不便な物を何故にヴォートランは使っているのか……」
「分からん。だが、彼等の航空機はヴァルネクの戦艦を一隻沈めたというぞ。我らが持つ浮遊機ではそんな真似は出来ん。彼等が持つ航空機とやらは浮遊機には無い利点もあるのだろう」
「聞くに不便で制約が多そうではあるが……ともあれ、何かせん事には中央戦区は壊滅だ。至急、そのヴォートラン航空部隊とやらを向かわせるのが宜しかろう」
「勿論だ。ヴォートラン航空部隊に回線回せ。彼等に出撃命令だ」
ヴォートランは日本の協力により王立空軍を設立し、様々な種類の航空機開発を進めた。
その中で、ラヴェンシア大陸に派遣されたのはヴォートラン王立空軍所属の第三空中艦隊二個戦闘隊、総計24機である。日本の技術供与と主要部品を日本から輸入し、更にヴォートラン自ら開発した機体に搭載した最新鋭のヴォートラン戦闘機セリエは、1,350馬力のエンジンによって最大速度625kmを捻り出し、両翼に2丁と機首に2丁の12.7mm機銃を搭載した武装によって、これまでの王立空軍が試作した戦闘機の中でも抜群の出来栄えだった。この虎の子の戦闘機で構成された二個戦闘隊をヴォートランはラヴェンシアに派遣したのだった。
それは一つに日本の存在によってガルディシア帝国の脅威が各段に低下した事と、この航空機を試す戦場としてはラヴェンシアで行われている戦争に派遣する事により、経験を積ませる意図もあったのだ。そもそもガルディシア帝国には、対抗すべき戦闘機の類が無かった事から、戦闘経験を積む事が出来ない。そして日本が遥かに高性能の航空機を運用している事から、それに追い付く為には危険であってもそれなりの経験を積まさなければならないという王立空軍上層部の判断もあった。
そして王立空軍第三空中艦隊司令であるラッザロ大尉は航空自衛隊小松基地に派遣され、飛行教導隊の元でみっちり鍛えられたのである。様々な航空機による機動方法やエネルギー管理を学び、その習得した技能を発揮出来る事に全身で喜びを表していた。
王立第三空中艦隊所属の機体は全て淡い緑色に塗られていたが、ラッザロ大尉の機体は胴体に真っ白な帯を入れた上で真っ赤な毒蛇のマークを入れていた。この機体に乗り込みラッザロは通信回線を開いた。
「ヴィッパロ第一戦闘隊総員傾注、いよいよ実戦だ。今迄我々が学んだ技量を存分に発揮出来るぞ。俺達戦闘処女は何かと間抜ける事があるだろう。だが常に残弾と燃料に注意を払い、高度管理に気を配れ。そうなれば生き残る、行くぞ!!」
ラッザロ大尉の号令の元、一斉に1個戦闘隊12機が空に舞い上がった。残りの12機は非常用として機上の上で待機としていた。そして彼等は2機を一組とした4機を一小隊とした3つの塊のまま上昇して中央戦区方面に向かっていった。
・・・
「アロスワフ閣下! 前線より緊急入電です!」
「何事か!?」
ヴァルネク航空浮遊軍のアロスワフ将軍は、中央戦区での推移に満足していた。
初期の段階で中央戦区に存在する敵浮遊機の排除に成功し、航空優勢を確立した状態で引き続き地上兵力の蹂躙までを担当していたのである。そしてそれは概ね成功しつつあった。
このまま戦況が推移した場合、ドムヴァル中央を進む我が軍の地上兵力は然程の痛手も受ける事無く前進が可能だろうとアロスワフは考えていたのだ。だが、この通信がその希望に陰りを入れた。
「中央戦区セクター13地域に見慣れぬ敵影10以上確認、かなり高速で飛行せり。魔導照準に捉えられず、との報告が入っております」
「魔導照準に捉えられんだと? セクター13だな? 至急セクター13に高速要撃部隊を派遣しろ。尚、接敵して再度確認しろ。敵わぬ様なら直ぐに引け」
「了解です。第08要撃隊セクター13に急行せよ。敵数10以上、高度不明な敵侵入、セクター13に急行せよ」
『第08要撃隊ザッハー大尉了解、セクター13に急行する』
「ザッハー大尉、魔導照準に捉えられないという情報が入っております。確認の上で危険と判断した場合は直ぐに後退して下さい」
『魔導照準に捉えられないだと……? ザッハー了解した』
ザッハー大尉は要撃隊各員に先程聞いた情報を伝え、直ぐに第08要撃隊は全機出撃した。要撃用浮遊機は直ぐに急上昇を行うと、セクター13へと向かった。だが、その空域に向かう途中で高空から正体不明の敵と接敵し、完全に被られた状態で空戦に突入した。
「魔導探知に引っ掛からん! いつの間にか高所を取られた!!」
「照準が合わん!! 奇妙な形の浮遊機に後ろを取られた!」
「こいつは小回りが利かんぞ、低空に引き込め!」
「03が、03が喰われた! アイゼンシュタット少尉が!」
「くそっ、相手の方が上昇早いぞ!」
要撃隊の浮遊機はズーム上昇に優れ、武装も大口径の魔導機関砲を搭載していた。
その速度は500km余りを誇り、非常に高機動の機体で評判だったのだ。だが敵と思しき正体不明の浮遊機部隊は、今迄見知った浮遊機とは全く形状が異なり、妙にすらりと長い胴体と大きな翼が付いていた。そして機首には回転する羽と危険な魔導銃が装備されている様だった。そして要撃浮遊機よりもズーム上昇に優れ、2機がこちらの1機に対して急降下したかと思うと銃撃を与えて下方に飛び去った後にまた上昇を繰り返し、要撃隊の狙い通りに低空へと引き込めない。
「駄目だ、照準出来ん。これでは良い的だ。全機撤退だ! 撤退せよ!!」
慌ててザッハー大尉は要撃部隊に後退を指示した。
だがザッハー大尉は速度と上昇に優れ、魔導照準出来ない新型の同盟機に脅威を覚えた。たったの12機でこの空域に切り込んできたあの部隊は、恐らく今後この中央戦区空域でこちらの浮遊機に対して絶大な被害を齎すだろう。魔導照準が出来ないという事は、目視で直接攻撃を当てに行かなければならない。だが自分の部隊にその力量はあるのだろうか。そもそも魔導照準があるお陰で、浮遊機操縦士達は基本的な飛行技術を習得したならば、直ぐに戦力化出来るのだ。だが、前時代的な直接照準による射撃方法など、今や誰も習得しようとは思わない。ザッハーは引き金をひけば魔導照準によって固定された目標に向かって飛んで行くこの魔導砲を初めて心細く思った。基地に戻ったら、目視照準での射撃訓練をせにゃならんな……と。
「要撃リーダーより各機、何機やられた?」
「4機喰われました。敵の撃墜は確認しておりません」
「20機中4機か。明らかにこちらの方が数が多かった筈だが…敵はついて来てはおらんな?」
「後方に敵影無しです、ザッハー大尉」
「了解だ、とにかく基地に戻るぞ」
こうしてヴォートラン戦闘機との初戦はヴォートラン側に軍配が上がった。
そして中央戦区の浮遊軍では、この正体不明浮遊機に対して直接照準で射撃を行うように緊急通達が為された。だが、中央戦区ではその後にこの奇妙な細長い十字の浮遊機に遭遇しては撃墜される事例が相次いだ。この被害は当初それ程に問題視されては居なかったが、大規模空襲を企図したヴァルネク浮遊機部隊が、その爆撃途中で十字の浮遊機部隊に大損害を受けた事により、無視出来ない状況となってきたのだ。
そして、この十字の浮遊機を狩る為に、直接照準での射撃訓練を終えたザッハー大尉の部隊による十字の浮遊機部隊狩りが行われたが、結果は全機撃墜されザッハー大尉戦死の報だった。
ここに至ってヴァルネク軍司令部では試作の高速浮遊機投入を決意した。
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