1_107.休戦破棄のタイミング
上機嫌でエーネダーに戻ったジグムント少将は、早速本国へと"ヴォートランの銃入手"を報告し、その上でエーネダーに居る技術員を呼んで銃の解析を行った。その結果、銃の構造と弾丸の発射の仕組みは大雑把に理解した。魔導銃と比べて構造的に簡単な事と、その仕組み自体も概ね理解したものの火薬の存在だけは分からなかった。それもその筈で、ラヴェンシアでは火薬よりも魔導結晶石という万能の存在があったからだ。だがエーネダーの技術員は直感で火薬の役割を理解していた。
「ジグムント閣下、恐らくはこの火薬は引火や何か衝撃を受ける事によって爆発的に燃焼する類の物でしょう。この銃の筒に火薬と弾丸を入れ、火薬に引火する事による爆発的燃焼が発生して筒の中で圧力となり、この弾丸を撃ち出します。恐らく想像ですが、この弾丸に相当する物は筒さえ通れば構わないので、この弾丸の生産は容易でしょう。ただ、火薬と同様の物質が我々の国内に存在するかどうか、それは不明です。国に戻り次第、我々の科学院に問い合わせて同様の物質が無いかどうか確認いたします」
「ふむ……そうするとヴォートラン銃の製造が可能と判断して良いな?」
「可能です。銃の構造自体は然程難解な構造ではありません。この銃の構造さえ理解すれば恐らく数日中には何丁かの銃を兵器廠でも作る事が可能かと思います。問題は先程も申し上げました通り、火薬です」
「火薬か、ふむ了解した。さて、後は……」
ジグムントは一先ず最大の目的である魔獣に対抗可能な兵器の入手、という課題をクリアした事には安堵していたが、もう一つ彼の心に引っ掛かっていた問題があった。それはスワヴォミル大佐の命令違反の件だった。以前にも特務連合艦隊を率いてロドーニアを攻撃した後に日本の艦隊と接触した際に、ラビアーノ艦隊のイーデルゾーン大佐はこちらの命令を聞かずに日本と交戦した後に全滅した。イーデルゾーン大佐の場合はラビアーノ艦隊司令のドッテイル将軍が戦死した状況で仇討ちの為に先走ったという考えもある。だが、ジグムントの軍歴でこうも命令違反が連発した事は聞いた事が無い。しかも今回はヴァルネクの身内である。
「マレック中佐。スワヴォミル大佐の所に行くぞ。ついて来い」
「はっ……了解しました」
こうしてスワヴォミル大佐を拘禁している一室まで来たジグムントはドアの所に居る兵にドアを開けさせて入室した。
「スワヴォミル大佐。再度問うぞ。何故、私の命令に背いた?」
「……閣下。私は……私は艦隊を掌握した際に下した判断は、今となっては間違いだった気がしてなりません。ですがあれから自問自答し続けてきたのですが、どこに誤りがあったかと問われた場合、自分の中に答えはありません」
「……続けろ」
「我々が猊下から拝領した命令はヴォートランとの国交樹立あるいは制圧でした。まず初動として浮遊機が攻撃態勢に入っている事が明白な時点での反撃は自衛という観点から何ら違法性が無い物と考えます。閣下が仰られたニッポンと敵対するなど出来る訳が無いという言葉も今なら理解が出来ます。ですが、あの時点で私にそれは理解出来ませんでした」
「ふむ……理解が出来ないままに死んだラビアーノのイーデルゾーンという奴も居たな。我々軍人は理解が出来ぬ状況に放り込まれたとしても最善と言わぬまでも次善の状況を選択せねば生き残れん。貴官の選択した反撃という行動の結果は、艦隊に大きな被害を齎した」
「それは理解しております、閣下。続けます。その被害状況を見て一旦当該海域を離脱し北方海域で艦隊を再編の上で
来襲するヴォートランの浮遊機を迎撃するべく、艦隊上空に浮遊機を展開しました」
「そこでニッポンの浮遊機、しかもたったの2機によって大損害を出した訳だ」
「……左様に」
「再度聞くが、君が私から艦隊の指揮を引き継いだ際に下した命令は何だ?」
「攻撃中止であります」
「君が行った行動は何だ?」
「艦隊の北方への避難、北方での再編、来る敵浮遊機に対する迎撃態勢の構築、であります」
状況から考えて、ヴォートランが先制して攻撃を行ったのは事実だ。
そして敵から先制攻撃を受けた艦隊指揮官として、反撃の体勢を取りつつも艦隊を被害を受けぬ海域まで移動した後に、再編して反撃態勢を整えたという事実だけを見る限り非難すべき事は何一つ無い。寧ろ、反撃によりヴォートランの浮遊機を1機落としているという事は寧ろ称えられるべき事だろう。
「……基本的な行動だな。貴官の行動に何ら不思議な点は無い。宜しい、スワヴォミル大佐、貴官の拘束を解き、艦長任務に復職を命ずる」
「はっ、有難う御座います閣下」
「うむ、大佐。母港に戻るまでにニッポンに対しての情報を収集したまえ。マシュ魔導技術長辺りに聞けば大体の事を知る事が出来るだろう」
こうしてスワヴォミルは拘禁された個室から出て任務に戻っていった。
だが、何かが引っ掛かる。何かと問われた場合、それを明確に文字として表す事は出来なかったが、何かの違和感をジグムントは感じていた。
・・・
未だ戻らぬジグムントから何隻かの中継船を経由した緊急電がボルダーチュクの元に届いていた。
"銃入手 直ちに帰投する"
この報を聞いたボルダーチェクは、現在の休戦を何時解くかの段階の思考に入った。
だが、どの程度の銃が手に入ったかが分からない。そしてそれが戦力として軍に行き渡り、休戦状態を解いた時に同盟軍に対して攻勢に出る事が可能な状態となるにはどの程度の期間が必要なのか。最低でも自分が持つ親衛軍に行き渡るレベルで、どの程度なのか。このボルダーチェクの思考を中断させたのは、親衛軍将軍マキシミリアノだった。
「猊下、朗報に御座います。魔獣が後退している模様です」
「魔獣が後退だと? ……それは確かなのか?」
「複数の報告が入っております。まず北方要塞からの報告ですが、ここ数日で魔獣からの襲撃が消えた、との事です。それとセレ方面の国境城塞からも同様の報告が相次いでおります」
「広がった魔獣の森はどうなったのだ?」
「魔獣の後退によって直に太陽に焼かれて消え果るのが大部分かと。一部に大地が腐れて魔獣の森が残った部分がありますが、何れ魔獣の後退が完全に確認出来たならば火で浄化が可能かと」
「うむ……そうか。報告ご苦労だった」
再びボルダーチュクは思考の海に沈んだ。
現状で全ての陸戦力はヴァルネクの壁の後ろに後退し、僅かに海軍潜水艦部隊が哨戒と偵察行動を続けるだけだった。再び、同盟国へ進むには魔獣に荒らされたベラーネとサダルを超え、ドムヴァルに入った後にサダルの城壁へと挑まねばならない。そしてこの時点で全ての連合国の意思は統一されているだろうか。
否である。
捕虜に関する協議の際に、ラビアーノとオラデア、そしてザラウの西南三国はラヴェンシア大陸西方の同盟軍脱落を以て既に戦争への関心を失っていた事が判明した。ラビアーノは隣国の同盟国マゾビエスキ王国崩壊の時点でヴァルネクとも隣国を接する事から公然と略奪は行っていなかったが、この戦争の重心が東方に向くにつれラビアーノはマゾビエスキ王国南方地方での公然とした略奪行為を開始した。そして海に接しないオラデア公国は欲した物を入手した。それは念願の南方の港を持つオクニツアである。それが故にザラウ国は全く勝利の分け前に当たらず、ヴァルネクに抗議を申し入れてもザラウ国自体が何も戦果を上げていないという結果に抗議は受け入れらなかった、つまりは西南三国は理由は様々だがこの戦争への関心を失いつつあった。
何れもボルダーチュクの計算の上では、この三国は戦力的にも目ぼしい物が無い二線級の前時代の寄せ集めであり、戦局に何等かの影響を及ぼす国々では無かったが、ラヴェンシア大陸西南方面がただ敵対さえしていなければ良いという判断だった。その為、略奪行為も何も抑制はしなかった。ただ、住民のヴァルネクへの移動を円滑に行いさえすれば良いというボルダーチュクの指示は、この南方三国のやる気の無さによって順調に行っているとはとても言えない状況だったのだ。そしてボルダーチュクはそれを知っては居ても、何かをするには東方を制圧して後と考えていた。
そして現状で同盟の総戦力は、陸軍はヴァルネクの四個軍(親衛軍を除く)とコルダビアの二個軍、マルギタの二個軍、エストーノの一個軍(後方兵站を担当していた一個軍が壊滅していた為、再編中)の九個軍によって東方に挑む事となる。この時点で同盟軍の戦力見積もりは五個軍程度と見積もられていたのだ。そして海軍はヴァルネクの教化第一、第二艦隊を始めとした連合国海軍戦力も同じく同盟を圧倒している。浮遊軍に至っては、同盟軍を圧倒する出力を持つヴァルネク浮遊軍が常に航空優勢を維持し続ける状況だったのだ。
つまり、ボルダーチュクの想定では現状のままのお互いの戦力を以って戦った場合、ヴァルネク連合勝利となる筈なのだ。不確定要素として魔獣と第三国、つまりヴォートランとニッポンの存在があるが、魔獣に関してはジグムントが持ち帰る銃によって解決する筈なのだ。あとは……
法王ボルダーチュクはニッポンの対応だけが気にかかっていた。
ニッポンだけが連合諸国に脅威を与える存在に違いないが、現状でニッポンはロドーニアに対する不干渉を表明する事で動きが止まっていた。つまりはヴァルネク連合がロドーニアに手を出さない限りはニッポンが介入する事は無いだろう。だが、それは薄氷を踏むような賭けに思えたのだ。それでもボルダーチュクは休戦破棄の時期を決定した。そして今から2か月後と連合諸国に表明したのである。
北海道はロシアの領土だっただとう!?
北海道に住んでいるボクも知りませんでした。
機動戦闘車! 道路逸脱しとる場合じゃないぞーー