1_106.遂に銃を入手したヴァルネク
ジグムントは目の前に並ぶヴォートラン外交部局のディメトリオ一等外交官を前に押し黙ってしまった。
ディメトリオ一等外交官は、ヴォートランはロドーニアの友好国であると言う。その友好国に対して敵対するヴァルネクとは国交を結ぶつもりは無いとにべも無い。強硬策が選択肢から消えた今、ジグムントは外交交渉でこの難局をなんとかしなくてはならない。だが、その為の手札は余りにも限られていた。
「さて、お互いの用件も済んだ事ですし、そろそろお引き取り願えますかな?」
「待ってくれ。いや、待って頂きたい、ディメトリオ殿!」
マレック中佐はディメトリオに食い下がるが、即座にヴォートランの衛兵が剣呑な目でマレックに銃を向けた。
ジグムントはそれを見てはたと思った。銃……そうだ、銃だ。この銃があれば、我々も魔獣に対抗出来るのだ。せめて何丁かでも入手せねばならん。或いは我々が持つ魔導銃との交換でも十分に引き合う筈だ。
「ディメトリオ殿! 我々は貴殿らが持つ銃に興味がある。可能であれば貴殿らの持つ銃を何丁か頂きたい。勿論、タダとは言わん。我々が持つ最新式の魔導銃と魔導結晶石を存分に供与する。何なら1丁につき我々の魔導銃が10丁でも構わないが如何だろうか?」
「銃? ……衛兵が持つこの銃の事でしょうか?」
衛兵は今後急速に旧式となるであろうヴォートラン陸軍制式の前装銃を構えていた。
この銃の構造はいわばフリントロック式マスケット銃であり、長い銃身を持つ兵の見栄えから直接戦闘を行わないであろう衛兵や近衛に配備されてはいたが、日本が接触した時点で既に相当の旧型の代物であった。だが、ジグムントはそんな事を知らず、目の前の衛兵が持つ銃こそが魔獣との戦いに新しい展開を生むモノだと勘違いしてしまったのである。
「そう、そうです、ディメトリオ殿! 勿論貴国を守る貴重な武器である事は重々承知をしている。だがそこを押して言わせて頂きたい。我が国も近隣の森から湧き出る魔獣に対抗する術が無いのだ。この銃こそが魔獣と対抗し得るモノだと情報を得ている。国交に関しては承知した。だが、この銃だけは、なんとかこの銃だけは……」
ディメトリオは目の前で深く頭を下げるジグムントを見下ろす形で眺めながら、別の事を考えていた。
我がヴォートランが派遣した例の部隊は確かガルディシアの製造品だ。しかも製造技術も無く、弾も含めて全量が輸入品だ。これを求められたならば、我々にもどうにもならない。だが、今や旧式となり早急に廃棄が進むこの銃であればどうなんだ? 恐らくは、この銃の製造は容易だろう。だが火薬の製造は? そもそも、彼等が言う魔導銃とやらを未だ見ていないが、ここには技術廠の連中が居ない。つまり銃を見ても分かる者が居ない。だとすると、連中の魔導銃を何丁か借りた上でテストした後でも返答は構わないだろう。では早急に技術廠の連中を呼んだ上で確認を行うか……
「成程……それではジグムント閣下。その魔導銃を何丁かお貸し頂けるだろうか?」
「おおっ、それでは!?」
「我々に何等かの利があれば、前向きに善処致しましょう」
こうしてジグムントから魔導銃を何丁か渡して貰い、使い方のレクチャーを受けたディメトリオは急いで呼んだ技術廠の連中に魔導銃を渡して解析と能力の判定を依頼した。彼等は直ぐに自分達技術廠に持って帰ると1時間も立たぬうちに彼等はディメトリオに試験結果を持ってきたのだ。
ヴォートラン技術廠からの試験結果報告は散々だった。
それは"故障或いはそもそも銃としての機能を有しておらず"という物だった。既に日本とロドーニアでは確認済みだったが、ヴォートランはこの知識を共有しては居なかったのだ。つまり、魔力を持たぬ者には魔導銃は撃てない、という事を。そしてディメトリオは結果から自分達が何を掴まされたのかを判断した。
数分後、ジグムント達の目の前には渡した魔導銃を放り出された。
そしてディメトリオは、全く感情を挟まずに只一言ジグムントに対して言った。
「お引き取りを」
「え? いや待ってください! 一体どうしたのですか?」
「衛兵、ヴァルネクの方々がお帰りだ。案内せよ」
「待ってくれ! それでは、銃は!? 我々にも銃を!」
「先程御貸し頂いた銃は全て揃っておりますね? それでは形式的ではありますが帰路の安全を祈ります。これがお互いにとって有益な時間だった事である事も同時に祈ります。それではご機嫌よう」
「一体どうして…?」
さっとディメトリオは部屋を出て行くと、あとはジグムント達と案内を勤める衛兵だけが残された。
マレック中佐はディメトリオの態度の急変に驚き告げる言葉が出てこなかった。銃を言われるがままに渡した後に、突然返されしかも直ぐに帰れとは一体何事だ。幾らロドーニアと敵対する我々であっても、ヴォートランとは敵対してはおらん。にも関わらずのこの対応は全く我慢がならなかった。
「閣下! このヴォートランの対応には些か疑問があります!」
「……マレック中佐。何が原因か分からんがヴォートラン側は納得しなかった様だ。この魔導銃も最新式である筈だが、彼等から見ても価値の無い物と判断したんだろう。もう良い、引き上げだ」
「閣下!?」
ジグムントはマレック中佐の再度の問いかけにも反応が出来無い程度に深く落胆していた。法王猊下直々の勅命で教化第二艦隊司令を拝命し、そして最初の出撃がこれなのだ。成果が無いだけではなく数多の軍艦に被害を与えた。それもこれも、スワヴォミル大佐の例の攻撃からケチがついたのだ。だが……もし、このヴォートランで強襲を行った場合の被害はその比では無かったのだろう。何せ、ここにはニッポン軍も駐屯している事が判明している。とするならば、最初から詰んでいるのではないか? とするならばスワヴォミル大佐の越権による強硬策は今の時点で被害を最小にしたのではないか? ジグムントの迷いは止まらない。
だが、ジグムントは最後に幸運を引き当てた。
ヴォートランの衛兵がジグムント達を再度トリッシーナの空港に連れていき、そして車を居りしな衛兵が話しかけてきた。
「ジグムント閣下。これをお受け取り下さい。ディメトリオ一等外交官からの贈答です」
「は……? 今、なんと?」
「自分はディメトリオ一等外交官から車を降りる際にジグムント少将にお渡しせよ、との命令を受けております。これが銃本体で、こちらが実包になります」
「おおお……なんと……ディメトリオ殿は今どちらに? お礼を申し上げたいのだが」
「ディメトリオ一等外交官は謝礼不要と申しておりました、それでは」
1丁の銃を渡すと衛兵は去っていった。
だが、先程までジグムントの心中に暗く広がっていた暗雲は綺麗サッパリ晴れ渡った。
たったの1丁! だがこの1丁さえあればコレを解析し、そして複製し、我がヴァルネクは救われる。様々な失敗があったが、何とか目的は達せられたのだ。この1丁は救国の1丁となり得るだろう。だが、何故あの外交官は我々にこの銃を手渡す気になったのだろうか……
ともあれ、再びUS-2に乗り込みジグムント達は戦艦エーネダーに戻っていった。
US-2の搭乗員達は私語を禁止されていたのか、ジグムント達に話しかけようとはしていない。だが、ジグムントが機内に持ち込んだ銃を見てぎょっとしていたが、じろじろと眺めた挙句にそのまま持ち込みが許可された。
ジグムントは愛おしそうに銃を擦りながら機上の人となった。
飛び立つUS-2を眺めながらディメトリオは日本の外交官篠原に話しかけた。
「シノハラさん、あれで良かったんですか?」
「ええ、あれで良かったんです。あれより旧式の銃はあります?」
「いや、恐らくこの庁舎内ではあれが一番古いタイプですね」
「それならば何も問題はありませんよ」
篠原はニコニコとディメトリオに答えた。
ディメトリオはそもそも自国の武器を旧式であっても敵国に渡す事に反対していたが、日本の柊という者が篠原と協議の上でヴォートラン王国国王ファーノを説き伏せて、一番旧式の武器を渡す様に掛け合ったのだ。そこに何の意味があるのかディメトリオには分からなかったが為に篠原にダメ元で聞いてみた。
「シノハラさん。幾ら旧式とは言え実弾と銃ですよ?」
「ええ、そうです。彼等が今迄持っていない物ですよね」
「……? ああ、魔導銃とは仕組みが異なる銃という意味ですか?」
「そうです。あれをコピーして作ろうとしたら、またそれなりに生産能力や補給に負担でしょうね」
「……成程、つまりヴァルネクの生産や兵站への負担増大を?」
「かなり婉曲な方法ですけどね。それなりに効果はあるでしょう。それにアレ先込め式ですしね」
「なるほどシノハラさん、厳しい事を考えますね」
「いや、コレは私では無いんですよ」
それを考えた柊はそのまま秘かにUS-2に同乗していた。
そして大事に銃を構えて座っているジグムントを影から見て満足していた。