1_104.マルギタ国王の糾弾
包囲陣地からの脱出作戦が始まってから5日目。
3日目にはドムヴァル軍は全て脱出を遂げていた。そしてコルダビア軍の最後尾は未だ第二キャンプに居る状態で脱出は完了していなかったが、残されていたコルダビア軍の雰囲気は明るかった。サライ城壁からは同盟軍の大量の輸送用魔導車両がコルダビア軍を収容する為に、何度も行き来をしてコルダビア軍を収容し続けていた。既にコルダビア軍の内部では、自分達は既に生きて国に帰れる事を確信しており、事実その通りになるのだった。
だが当初の予想とは違い、脱出したコルダビア軍は全てサライ国内に用意された捕虜収容所に送られた。この時、同盟軍内部でも処遇の判断に意見の統一が為されては居らず、敵対する連合軍として捕虜にするのは当然であると主張する諸国と、一応は休戦中である事から捕虜には当たらないと主張する諸国が未だ綱引きを続けていたのだ。その為、捕虜という扱いでは無く処分保留という形で一旦はサライの捕虜収容所に収容し、その後にどうするかを判断するという先送り状態となっていた。だが、実際の扱いは捕虜とは変わりなかったのである。
そして一番早い段階でサライに脱出したコールガスとエルネスキは、サライ国内に入った段階で収容キャンプに送られて身動きが取れなくなった。この収容キャンプの一つ、サライ第23収容所にある日見慣れない女が尋ねてきた。
「こちらにコールガスさんとエルネスキさんが居ると伺ったのですが?」
「確か11番宿舎に居たと思ったが……あんたどこの人だい?」
「ああ、これは申し遅れました。私、ロジュミタール派遣団のレルェルと申します。これが身分証明書になります」
第23収容所の監視兵はレルェルの身分証明書を確認した上で収容所本部に連絡をし、確認を取った上で身分証明書をレルェルに返した。
「ロジュミタールか。あんたの所は戦火が無くて結構だな。幾らここはサライの監視下にあると言っても男ばかりで危険だぜ。女一人でふらふら歩き回る場所じゃねえよ。俺について来な、案内する」
「これはどうも助かります。宜しく願います」
11番宿舎に着くと、男は中に入りコールガスとエルネスキを呼び出した。
コールガスは訪ねて来た男の背後に居た女の顔を見た瞬間に固まった。案内してきた男はそれに気が付かずに、背後の女レルェルに確認すると、直ぐに去っていった。すぐにコールガスとエルネスキは宿舎を出るとレルェルと共に人の居ない場所へと移動した。
「しょ、少佐!!……一体どうしてここに?」
「貴様等の救出に来たのだ。ともあれ無事生きて脱出出来た事は喜ばしい事だ。その間に色々と貴様等は脱出に関わる情報収集したのだろう。正直、それらの情報は貴様等よりも価値が高い。それが故に私がここまで出張ってきたのだ」
「そ、それは……有難う御座います。我々はニッポンという国の能力をつぶさに観察し、この手帳に纏めています」
「……手帳だと? 貴様は馬鹿なのか?」
「いえ、違うんです。ニッポンは我々に優先的に彼等自身の能力を開示し、それを本国へと持ち帰れと。意味する所は、ニッポンに逆らうと手痛い目に遭うだろうから良く観察してそんな気を起こさぬ様に、という所かと」
「それは貴様等の情報を持ち帰って上が判断する。大体、そのニッポンがそういう意図であるならば何故に貴様等はこの収容所で油を売っているのだ?」
「それは俺達にもサッパリで……」
「まぁ、大方10万もの捕虜が突然サライにやって来たのだ。同盟も混乱しているのだろう。ともあれ貴様等の身元引受は私に一任された。私は引き続きロジュミタールの潜入を続けるが、貴様等を一旦ロジュミタールまで搬送後に南方海路で脱出させる。現在、同盟と連合は引き続きの休戦状態にある。それが故に脱出は容易だろうが、私が責任を以て貴様等を脱出させる。良いな?」
「有難う御座います、少佐」
こうしてヴァルネク親衛軍少佐のレルェルによってコールガスとエルネスキはサライ収容所を出てロジュミタールへと浮遊機によって脱出していった。
・・・
脱出の希望に湧く第二キャンプに到達したコルダビア軍の中で一人陰鬱な表情の男が居た。
コルダビア第二打撃軍司令官代理であるリュートスキ大佐である。
リュートスキ大佐は、未だバリンストフ少佐からの問われた内容に悩んでいたのだ。この大陸から産出される魔導結晶石の質、量共に低下傾向にあった昨今の発掘状況からは想像できない程の潤沢なヴァルネクからの魔導結晶石の供給量。包囲陣地内であっても食料は無くとも魔導結晶石は有り余る程にあったのだ。それはバリンストフ少佐から問われた内容と合致する。リュートスキ大佐自身は、バリンストフ少佐が言うようにヴァルネクが何か非人道的な事を行った結果、大量の魔導結晶石を入手しているに違いないのでは?とも思い始めていた。
だが、それを我々に問われても何も答えようが無い。
答えようが無いが、連合諸国は信じないだろう。逆の立場として考えた場合、私がバリンストフ少佐の立場であっても私の返答内容は言葉通りには受け取らないだろう。最悪、皆を脱出させた後に自害をとも考えたが、それをすると知らないと主張していた自分を否定する証明になりかねない。だが自分の行動が祖国を危険に陥れる可能性もある。リュートスキ大佐は今後どうしていいのか分からなくなっていた。
そして遂にその時は訪れた。
第二キャンプの簡易指揮所に、ドムヴァルの浮遊機が着陸した。そして浮遊機からは既に脱出済みだったドムヴァル軍のバリンストフ少佐が降りてきた。
「バリンストフ少佐です。リュートスキ大佐、お迎えに上がりました!」
「何故、私を? 未だ全軍は脱出してはおらんが?」
「既に脱出路の安全は確保されており、コルダビア軍はサライ領内への脱出に危険は無いと判断されております。脱出路には日本国の軍とヴォートラン兵による警戒が行われておりますが、恐らくはもう大丈夫でしょう。我々連合国側としては、既に危険が無いと判断しているので、早急にコルダビア軍の指揮官をサライ領内へと移送せよと指示が出ております」
「それはつまり……」
「すいません、私にはこれから何が行われるか分かりません。ですが、何時ぞやの件に関しても含まれているのではないかとは思います」
「やはりな。繰り返し言うが私は君の言うアレには関わってはおらん。だが信じられぬのも確かなのだろう。そもそも君からその話を聞いた時点で、そんな事が可能なのかともずっと思っている。だが、君らの上層部は可能だと言う判断なのだろうな。あれから我等の補給状態を見ても頷ける事が多すぎる」
「リュートスキ大佐。これまで数日間の間、自分は大佐の指揮を間近で拝見致しました。私も大佐が無関係である事を疑っては居りません。私も恐らくはこの後に行われる事に関して証言を行う事とは思いますが、微力を尽くしましょう。ですので、移送に従って頂けませんでしょうか?」
「いや、元より自害する積りも無い。君の言う事に従おう、少佐」
あからさまに安堵した表情のバリンストフ少佐と共に、リュートスキは浮遊機に乗り込んだ。
・・・
ちょうどその頃、ヴァルネクでは教化第二艦隊からの魔導無線が入電し、その内容で大混乱が発生していた。
「申し上げます! 教化第二艦隊より入電! ヴォートランと接触するも、領海侵犯のかどにより交戦状況発生」
「ふむ、それで? ヴォートラン如きは鎧袖一触であろうが。たかが科学(蒸気)文明程度だからな」
「ヴォートラン大型浮遊機による雷撃により戦艦ウラヌフ撃沈、レジャイスクとキエルツェが被弾により戦列脱落。そして……これは……!?」
「ウラヌフが撃沈だと!? 一体何故だ!? なんだ、早く続きを言え!」
「続いて飛来したニッポンの浮遊機2機によって、戦艦カトヴィツェ、キエルツェ艦橋被弾により行動不能、戦艦コルビエフ、チェルニフフ、シュチェンに被弾するも航行に支障無し、重巡ポドラスキ、クラシニク、ザンブルフにも損害発生、ジグムント少将は全艦へのヴォートラン領海からの撤退を命令」
「ニッポンだと!? 何だ、その国は? こんな報告を猊下には出せんぞ……」
「ジグムント少将は戦艦エーネダーと補給艦を当領海に残してヴォートランと交渉中、との事」
「い、一体何故にこんな事態に……ともあれ上に一報を入れる。現在少将閣下は交渉中なのだな?」
「はい、その様です。艦隊の指揮は重巡オレシニツァのウーカシュ大佐が執っております」
「そうか。……これだけやられているならば最早、艦隊として機能せんぞ……兎も角上に報告を行う。引き続き、教化第二艦隊と連絡を絶やすな。更なる情報を集めよ」
そしてこれらの情報は、直ちにボルダーチュク法王に上げられた事により、より一層の混乱がヴァルネク連合に広がった。何せ教化第二艦隊は連合の動きとは別に、ヴァルネク法国独断の動きだったからである。その独断の動きの結果、ヴァルネク連合の中でも海軍戦力双翼の一つ、教化第二艦隊の戦艦が一方的に被害を受けた報告は並みいるヴァルネク連合の諸将に衝撃を与えた。
しかもニッポンに関する情報はボルダーチュクが徹底的に制限していたのだ。
同じヴァルネク法国国内であっても、ニッポンの存在を知る者は限られていた。況や連合諸国は当然の事ながら、情報制限が為されていた事によって諸国の高位な階級であってもニッポンを知る者は少ない。それが寄りにも依って、ヴァルネク連合での法王も含めた作戦会議中に読み上げられた事によって、会議は紛糾した。
「猊下。これは一体どういう事ですかな?」
「正直に申し上げよう。かの東方の国ヴォートランで生産された銃は魔獣に対して非常に有効であるとの情報を得た。コルダビア第二打撃軍がサライ前方で包囲されていた事は皆もご存知であろう。この魔獣による包囲を破り、そして突破してきたのがロドーニア特別調査隊という存在だ。だが、その中身はロドーニアの要請によって派遣されたヴォートランの銃兵達なのだ。其れゆえに我等は独自にヴォートランに対して交渉をする為に艦隊を派遣していたのだ」
「確かに今は魔獣の氾濫に追われて戦争どころでは無いのは確かです。この休戦状態を利用して、というのも理解出来る。だが最も納得出来ないのは、ニッポンという国の存在です。聞けば、諸国の中でもこの国を知っている者も幾許か居るという。何故に、こういった情報が共有されないのでしょうか!?」
「我等ヴァルネクとしては、このニッポンという国が此度の戦争に何等かの関与を持つとは判断していなかったのだ。それが故に諸国への報告に差があった事は済まなく思う」
ボルダーチュクの言い訳はあからさまな嘘だ。
日本という国の持つ科学技術力は、我々魔導を主体とした体系とは全く異なる。それが故にこちらが優れている部分もあれば、あちらが優れている部分もあるだろう。その能力が我々よりも上と判断されるならば友好的に、そうでなければ戦力に物を言わせて奪い取る。だが、どうも日本の能力の方がこと戦闘という分野に於いては上であるらしい状況が判明した事から、ヴォルダーチュクは日本の取り込みに躍起になっていたのだ。そしてそれは連合諸国内におけるパワーバランスの問題に直結するのた。もし仮にヴァルネク以外が日本の取り組みに成功した場合、その国力は圧倒的にヴァルネクを凌駕するに違いない。そうなった場合、ヴァルネクの利点はレフール教の本拠地という点でしか無くなるのだ。それが為に連合諸国であっても、その能力がヴァルネク以上に伸張するような事は絶対に許されない出来事だ。
そして、今回のコルダビア軍の包囲によってヴァルネクとコルダビア両国の関係は冷え込んでいた。
コルダビア側はコルダビア第二打撃軍が魔獣氾濫時にヴァルネクによって見捨てられ、そしてヴァルネク軍の脱出の盾となった事は既に連合諸国内では周知の事実となっている。
「猊下。私はこんな事は言いたくは無いが、我等の連合はお互いの信頼があってこそです。お互いの信頼が崩れたならば敵対する同盟軍の思う壷です。必要無い情報の隠蔽は我々連合の瓦解の引き金となるでしょう。事前の協議通り、我々は常に情報を共有しておきたい。どのような意図があるにせよ、仮に連合の益となる事であれ、どうか連合諸国内での必要な情報は共有させて頂きたい」
コルダビア国王フランシェクは、言いたい事を抑えた抑制的な発言に終始していたが、マルギタ国国主ミロスワフは歯に衣を着せぬ糾弾を行った。一応ミロスワフの糾弾はボルダーチュクに対してでは無くヴァルネク軍部に対してだったが、その糾弾の矢面に立ったのは第二軍のグジェゴシェクだった。
「一体どういう事なのか!? 貴軍は以前にマスラエフ少将の艦隊も未知の艦隊に撃滅されたという。あれもニッポンが絡んでいたという報告は受けたが、貴軍の説明では双方の行き違いから発生した出来事と聞いた。だが、我が軍のマスラエフ少将は我が海軍を代表する将校の一人だ。我が艦隊が撃滅された際の状況に本当に差異は無いであろうな?」
「残念ながら報告に間違いは無いのです、ミロスワフ国主殿。ですが、その話題がここで出る理由は何でしょうか?」
「理由だと? 貴軍等ヴァルネクは自軍を優先して我等を磨り潰しているのではないか?」
「何を!? 言葉が過ぎますぞ!?」
「過ぎるも何も、我々の海軍や陸軍は幾つも全滅している部隊が居る。だが貴軍はどうだ?」
グジェゴシェク将軍は言葉に詰まった。
意図した場合もあり、そうでない場合もあった。だがミロスワフが言う事の一部は確かに事実だったのだ。その為に返答に窮したグジェゴシェクに、予想外の救いの手が現れた。
「猊下、同盟軍より緊急連絡です! コルダビア第二打撃軍軍高級将校と捕虜交換の要請が入っております!」
4月に入りましたー!
と言う訳で4月最初の更新です。ちょいと早めに18時更新で。