1_102.戦艦エーネダーの白旗
艦橋に上がったジグムント少将はマレック中佐を伴い、辺りを見渡すとスワヴォル大佐を見つけ怒りを嚙み殺しつつ話しかけた
「……スワヴォミル大佐、状況の説明を願う。それと君の指揮権を剥奪する」
「はっ、ジグムント司令! 現在、ヴォートランとニッポンの浮遊機による航空攻撃を受けており、外周防護の戦艦が全て何等かの被害を受けております。戦艦ウラヌフが撃沈、戦艦カトヴェツェ、キエルツェは被弾による艦橋火災により通信途絶、戦艦レジャイスクとレベルスキが前部脱落により戦闘不能、戦艦コルビエフとチェルニフフ、シュチェンも火災発生、損害は軽微です。重巡ポドラスキ、クラシニク、ザンブルフも被弾による火災発生で鎮火に追われてます。……指揮権を剥奪ですと?」
「ああ、剥奪だ。出さずとも良い被害が甚大では無いか! ヴォートランとニッポンの攻撃は如何なる方法だったのだ?」
「ヴォートランからの攻撃は雷撃と思われます。ニッポンからの攻撃は正体不明です。何かを高速浮遊機から投下した様ですが、その投下した物自身がそれぞれ外周護衛艦に向かって飛んで行きました。いや、これは目視情報でありまして……私も見ていたのですが、信じられない事にそれぞれ個別に、同時に……」
「良い。分かっている。それはニッポンの対艦誘導弾という奴だ。以前にも見た。……が、航空機にも搭載出来るとは聞いていたが、あれは欺瞞では無かったようだ。そしてヴォートランをニッポンは守っているという事か……補給艦を残して全艦ヴァルネクに帰投せよ。我がエーネダーと補給艦のみでヴォートランに向かう。良いな、マレック中佐」
「はっ、了解しました。……ですがそれではヴォートランでの例の作戦は?」
「ニッポンがヴォートランの後ろに居る事が判明した。この時点で我々に勝機は無い。だが、この戦闘は我々の本意では無い事をニッポン側に理解して貰わねばならん。それと、魔獣対策の兵器に関して何等かの情報を入手せねばならん。それにはヴォートランへの接触が必要だ。全く一体どうしてこんな事に……スワヴォミル大佐、私は戦うなと命じた筈だ。何故こんな事になった? 改めて説明して貰おう」
「ジグムント司令。我々が猊下より拝領した命令はヴォートランとの国交樹立、若しくは制圧だった筈です。にも拘らず、閣下は制圧では無く、ロドーニアとも繋がっている事が判明したヴォートランと対話を行おうとしたからであります」
「その結果がコレか。君の独断で教化第二艦隊の外周防護艦は殆どが使い物にならなくなった。しかも攻撃を行った浮遊機達が補給を終えれば直ぐに再びここにやって来るぞ。その度事に、我々の艦隊は彼等の対艦誘導弾の数だけ無抵抗で減らされて行くのだ。これをどうする積りなのかね?」
「そ、それは……」
「まあいい。君はニッポンを知らなかったのだろうから、それは不問にしておこう。だが、私の命令に背いた件は看過出来ん。保安員、スワヴォミル大佐を拘禁しろ。それと副長をここに呼べ」
「はっ、ジグムント司令。副長のウツィア少佐です」
「君か。君は今からエーネダーの艦長だ。我々はこのままヴォートランへ向かう。だが、その前にこれからやって来る浮遊機と一戦交えなければならん。頼めるか?」
「承知致しました。一点質問の許可願います」
「なんだ?」
「先程の司令が語られた内容から判断するに、こちらからの攻撃は不許可という意味でしょうか?」
「そういう事だ。ああ、それとウツィア艦長、大きな白旗を用意させろ。もしヴォートランとの通信が成功したら、私の名前でシモウラ一佐を呼び出せ」
こうしてジグムントは取り得る選択肢がヴォートランとの平和的な話合いの上で、どうやら魔獣に有効な兵器を入手する為にはヴォートランに下手に出る方法しか無くなった事を嘆くと共に、艦隊の被害を改めて調査を命じた結果の報告書が絶望的な状況である事に暗澹たる気持ちに襲われた。
しかもヴォートランの背後にはニッポンが居る。
たったの二機が我々の戦艦群に恐ろしい被害を発生させ、しかもその攻撃は終わってはいない。そしてヴォートランの浮遊機も恐ろしい程の攻撃力を有していたのだ。この事実に慄然としつつも、恐らくヴォートランの領海と思われる海域を抜けたならば安全が確保されるだろうと判定していた。問題は我々がヴォートランにまで辿り着けるかどうかだ。一応の魔導通信が通じていたのだから、交信さえ出来れば交戦は避けられるに違いない。まさか無抵抗の我々を嬲る真似のしないだろうが……
それにしても、とジグムントは考えていた。
自分の軍人生活の中でこうも勝手に戦闘を始める事例が続いた事に釈然としなかった。しかも必ずやっては行けない時期に最悪の選択をし、その結果として甚大な被害を被るのだ。スワヴォミルも、そして以前に反乱したラビアーノ艦隊のイーデルゾーン大佐も話す内容にはおかしな点は見つからなかった。ただ、突然に敵と思われる存在に闇雲に攻撃を仕掛けたという点に於いては同様と言えるだろう。これは何等かの作為的な何かがあるのかもしれない。その手法がどういう方法なのか迄は分からないが。
「マレック中佐。良いか?」
「はっ、ジグムント少将。如何なされましたか?」
「救助作業を終了させて、可及的速やかに当該海域から艦隊を離脱させろ。それと……少し調べたい物があってな。君の伝手で分かると良いんだが……」
こうしてヴァルネク教化第二艦隊はヴァルネクに帰港する為に、残存艦を纏めて回頭した。何隻かは自沈を行わなければならない被害を受けており、戦艦レジャイスクとレベルスキは艦の前方脱落により曳航も出来ないと判断され自沈した。そしてウラヌフは殆ど脱出の時間も無いままに横転沈没した為、生存者は僅か数名しか居なかった。僅か数時間のうちにこれ程の被害を受けた教化第二艦隊は、這う這うの体でこの海域から離脱していった。
・・・
基地での補給を終了し、再び出撃を行おうとしていたヴォートラン空中艦隊のアマナート大尉は、航空自衛隊のF-2がちょうど帰投してきた姿を目撃していた。既にヴォートランでは王都近くに作られた飛行場は拡張を続け、日本との航空機による交流を目的とした4000m級滑走路も整備された。そしてここは軍民共用飛行場として稼働しており、この飛行場内には自衛隊のヴォートラン派遣部隊が駐留していたのだ。そしてこの基地には航空自衛隊の整備場も併設していた。
「おっ、ニッポンさんが戻られたぜ」
「先程の無線によると、敵艦隊の外周8隻に攻撃を加えて全弾命中と報告入ってました」
「それに引き換えこっちは7発中3発か。まだまだ修練が足りんぞ、貴様等。気合入れていけ!」
一番最初の接触時にはアマナート大尉の機は雷撃装備をしない状態でいたが基地に戻り次第、直ぐに雷装をした。そして戻った他の機も全て補給を済ました7機のティゲル・ベローチェと共に滑走路の上で待機していた。唸るレシプロエンジンの振動で機内の会話も碌に聞こえない。それゆえにお互いが怒鳴り合いながら会話を続ける中で、アマナート大尉達の機は再び出撃を行うために管制塔に離陸許可を求めると、その場で待機を命令されたのだ。
「アマナート大尉。滑走路で待機してください。他の機は出撃中止してください」
「アマナート了解。……一体どうした?」
「敵艦隊が領海から離れました。現在、殆どの艦艇が領海を離れていますが、一部の艦艇が残っています」
「一部の艦艇か……救助作業か何かを行っているのか?」
「分かりません。その為アマナート大尉には確認に偵察を行って頂きます。それと再度、前回出撃時に搭乗したロドーニアとニッポンの方もまた同乗して下さい。それと雷装は降ろしてください」
「了解だ。急ぐように伝えてくれ」
こうして一端補給時に伴い下したロドーニアのスヴェレと日本の外交官篠原を再度乗せてヴァルネク艦隊が残る海域へと飛んでいった。そして当該海域に到着したアマナート大尉は目視で確認すると、ヴァルネクの戦艦エーネダーと二隻の艦艇が完全に機関停止している状態で白旗を掲げてその場に留まっていた。これを確認した篠原は直ぐにアマナート大尉にあれは日本に対する降伏の意味である事を教え、直ぐにスヴェレが魔導通信機で戦艦エーネダーに通信を試みた。
「こちらヴォートラン王国王立空軍所属第一空中艦隊司令のアマナート大尉です。前方の艦艇の指揮官は応答願います」
ジグムントは再度の攻撃では無く魔導通信で応答を求められた事に心底ほっとした。
以前に日本に行った際に降伏に関する意志表示方法を教わっていた事から、その通りにしてみたが実際に白旗を掲げた所で攻撃されないという保障は無かったからだ。
「おお……来たか。"こちらヴァルネク教国所存教化第二艦隊旗艦エーネダーの司令ジグムントだ。再度の交信を嬉しく思う。先程我々は不幸にも交戦状態に陥ったが、我々は交戦の意志は無い。それ故に他の船は全て帰投させた。我が艦以外に残したのは補給の都合上である故に容赦願う。どうか貴国外交部に取次を希望するが如何か?"」
「返信感謝します。貴国艦隊の帰投を確認しました。それではこちらの指示に従ってください。30分後にニッポン側が用意した機が参ります。それまでここの海域で待機してください」
「ニッポン側が用意した機だと……了解した。ちなみにシモウラ一佐と連絡を取りたいが可能だろうか?」
「それは二ッポンの方と交渉して下さい。只今代わります。……代わりました、日本国外務省ヴォートラン担当官の篠原です。以降正式に貴国ヴァルネク教国担当が決まるまで、私が臨時で貴国の担当を代行致します。これから宜しくお願いします。護衛艦みょうこう艦長の下浦一佐は別の場所におります。連絡は付きますが多少時間が掛かります。何かお伝えする事がありますか?」
「別の場所か。いや、それでは気にしなくて良い。では代りに別の誰かが来るのだな?」
「そうです、そのままお待ちください」
こうしてジグムントがその海域で待機していると、鐘崎三佐が乗ったUS-2がやって来てエーネダー近くに着水した。ここの所、篠崎三佐とそのクルーはガルディシア帝国首都への数度の飛行やヴォートランへの初接触と実に多忙を極めていた。そこに、更にラヴェンシア大陸からやってきたヴァルネクの教化第三艦隊の件で再び出撃を命じられていたのだ。
「こりゃ別途手当欲しいよな。流石に働きすぎですよ俺達……」
「ぼやくな。さっさとゴムボート出せ」
そこから直ぐにボートを降ろして数名の搭乗員がエーネダーに近づいていった。