1_101.教化第二艦隊への空襲
輪形陣で進むヴァルネク教化第二艦隊は東から接近する7機の浮遊機を確認し、直ぐに対空魔導砲をその方向に向けた。だか砲撃を開始したものの、ヴォートランの浮遊機は何かを投下すると踵を返して戻っていった。対空魔導砲を操作していた兵達は目標を見失った状態で再び上空を飛び回る1機の浮遊機を狙おうとした瞬間に、引き返した浮遊機の方角を監視兵が叫び声を上げた。
「雷跡! 雷跡が3時の方向から接近中!接近中の魚雷を撃て!!」
だが、その監視兵の叫びも虚しくヴァルネクの艦艇に積載している砲は俯角不足によって魚雷を撃つ事は出来無かった。そしてヴォートランの無誘導800kg魚雷は真っすぐに艦隊右側面に進み、外周前列に居た戦艦に向かっていった。数秒後に、艦隊外周を防護していた三隻の戦艦に吸い込まれていった。
「戦艦レジャイスク、ウラヌフ、ルベルスキ被弾! ……ウラヌフが、ウラヌフが横転しました!」
7発の魚雷は3発が外周防護の戦艦に命中し、そのうち戦艦ウラヌフは左舷に当たった魚雷によって横転し、そのまま急速に沈んでいった。更にレジャイスクとルベルスキは艦の前方に命中して艦の前方が脱落し、速力を殆ど失っていた。この威力に驚いたスワヴォミル大佐は、全艦隊を航空攻撃から退避させる為に北に向かおうとしていた。
「全艦隊、北に向かえ。あれ程の威力だ、そう何発も装備してはおらん筈だ。距離を取れ!」
「スワヴォミル艦長! レジャイスクとレベルスキ船足が出ません!」
「構わん、置いていけ。ウラヌフの救援も必要無い。あの浮遊機が次の魚雷を装備して戻るには恐らく数時間を要する筈だ。その間に当該海域より離脱する。出撃準備していた浮遊機は一端収容しろ。」
「了解です。浮遊機部隊出撃中止、浮遊機収容急げ! ……艦長、上空警戒は?」
「うむ、必要無い。先ず距離が必要だ。そしてあれらの方が足が速い。一端距離を取って態勢を整え直し、その後に浮遊機を展開して上空警戒を行う。だが対空魔導砲の照準が合わぬのは問題だな」
すっかり艦隊司令気どりのスワヴォミルは次々と命令を下していたが、彼が思うようには艦隊は動けなかった。1隻の戦艦を失ない、しかも速力の落ちたレジャイスクとルベルスキを後続の艦艇が避ける様に機動した事からヴァルネク教化第二艦隊の後続右半分の艦艇は混乱し、輪形陣が崩れたまま艦隊は北方に転進した。そして数時間後に、再びヴォートランの空中艦隊と思しき浮遊機と接触したのだった。
スワヴォミルはヴォートランの練習艦マンフレドニアから連絡を受け、そして浮遊機が到着した時間を計算した上で次の接触時間を想定していたのだ。その予想通りに現れた浮遊機群に対して戦艦エーネダーから迎撃用の浮遊機群が艦隊上空に展開し、再び現れたヴォートランの浮遊機群を迎えた。
だが、現れたのはヴォートランの空中艦隊では無かった。
スワヴォミルは戦艦エーネダーの艦橋にまで届く聞きなれない轟音を耳にした。
「なんだ。この轟音は? 探査員、一体何が近づいている?」
「魔導探査反応ありません!」
「上空警戒中の浮遊機から報告! 北東から高速で接近する浮遊機あり。先程のヴォートラン浮遊機ではありません!」
「ほう……新手か。恐らくは最初の接触時に来た奴が最も攻撃力が高かったのだろう。そして今来たこれはそれ程に攻撃力は高く無い筈だ。次に来るのは海と空からの共同攻撃であろう。我々に空に目を向けさせた上で艦艇での攻攻撃を行う積りだろうが、こちらも海と空から挟み撃ちにしてやるぞ。上空警戒密にしろ! 敵の本命は戦艦だ!」
スワヴォミルの予想は或る意味正解だった。
ヴォートランの戦力のみで判断するのであれば、最初に来た爆撃機は確かに最大戦力だったのだ。だが、この海域に次に来たのはヴォートラン駐屯基地から出撃した航空自衛隊所属のF-2戦闘機だった。そしてF-2は、ヴァルネク教化第二艦隊に接近すると艦隊上空を遷音速で通り過ぎた。そして戦艦エーネダーの艦橋はF-2が通り過ぎた事によって遅れてやって来た爆音に震えた。
「正体不明浮遊機が高速で通り抜けました!!」
「なんだ! あれは一体なんだ!?」
「分かりません! 先程の浮遊機とは別物です。信じられない速度で艦隊上空を通過しました!」
「浮遊機の周りに雲が出来ていたぞ!? それにあの音と速度は一体何なんだ…?」
戦艦エーネダー以外にも、F-2接近に伴う現象を間近に見ていたヴァルネクの兵達にはパニックが広がり始めた。だがより一層パニックに陥った者達が居た。それは以前にジグムントと共に日本に拿捕された者達である。それは以前にジグムントが特務艦隊で戦艦ルドビスキに乗っていた者達だった。
「あ、あれはニッポンの浮遊機だ……。直ぐに撤退しないと大変な事になるぞ!」
「だが……先程の全艦通信でジグムント少将が急病と言っていたな……」
「緊急で代理のスワヴォミル大佐に連絡しよう。あれを相手にしてはならん! トマシュ、何とかならんか?」
「いやトマシュより船務長のスワヴォミルの方が良いんじゃないか? 親戚だろ?」
「いや私が言おう。魔導技術長から言った方が説得力があるだろうし」
だが、エーネダーの艦橋ではスワヴォミル大佐は自分の目論見が外れた事を理解しつつも、新手の浮遊機がどれ程の戦闘能力を持っているかを測りかねていた。ただ単に高速な浮遊機であるならば、艦に対する攻撃力など知れたものだろう。仮に多少の攻撃能力を持っていたとしても、あれ程高速に機動する浮遊機であるならば、空中特化の可能性もある。即ち、スワヴォミルが当初想定した通り、接近した高速の浮遊機は空からの陽動に過ぎず本命はやはり戦艦による攻撃に違いない、と。
「先程の高速の浮遊機が再び接近します!」
「放置しろ、あれは陽動だ。大した攻撃力もあるまい。敵の本命は戦艦だ。上空警戒の浮遊機各機、我が艦隊に接近する敵艦隊を見つけ出せ」
「スワヴォミル艦長! トマシュ魔導技術長から緊急連絡が!」
「なんだ!?」
「トマシュです! 現在接近中の浮遊機、あれはニッポンの浮遊機です!!」
「……ニッポンだと!? それがどうした?」
「ニッポンの高速浮遊機は対艦艇攻撃能力特化の浮遊機があります! あれは恐らく、、」
「高速浮遊機より何かが発射されました!」
「なんだ! 何を発射した!?」
スワヴォミルは通信機の向こう側でトマシュが深い溜息を吐きながら絶望した声で、もう駄目だと呟いたのを聞いた。一体何がもう駄目なんだと問おうとした瞬間に、その何かは目前でこれ以上無い光景を展開した。輪形陣の中央に位置する戦艦エーネダーからの光景は、自分を囲むように鉄壁に思われていた護衛の戦艦達に、同時に後ろから火を吐く細い筒の様な物が飛び込み、そして次々と大炎上する光景だったのだ。
「外周防護の戦艦が……ど、同時に被弾しました!」
「一体何をした!? 被害状況を知らせろ! 被害状況はどうなっている!!?」
「戦艦コルビエフ及び戦艦チェルニフフ前部に被弾、火災発生、戦艦シュチェン後部被弾で火災発生、重巡ポドラスキ、クラシニク、ザンブルフも火災発生、戦列を離れます!」
「他はどうなった!?」
「戦艦カトヴィツェ、キエルツェ通信途絶! 艦橋に火災が発生しています、連絡取れません!」
……8隻か。一瞬で8隻もなのか。しかも輪形陣外周前列を守る戦闘艦が完全に無力化された。
教化第二艦隊の主戦力である自らを含む8隻の魔導戦艦、そして16隻の魔導重巡洋艦、これらが全て健在であればそれなりの国を更地に出来る能力を持っている筈だ。その筈だったのだ。だが、突然現れたニッポンという国の浮遊機は、たったの2機で我々の主戦力の3割を無力化した。しかも相手は恐らく何度も繰り返しやって来るだろう。先程のヴォートランの浮遊機がそろそろ第二次攻撃にやってくる頃だろう。道理でジグムントが恐れる訳だ。
そこにジグムントが艦橋にマレックを伴って上がってきた。
そして艦橋から見える光景に即座に状況を理解した。
「……スワヴォミル大佐、状況の説明を願う。それと君の指揮権を剥奪する」
・・・
「マローン議員、例の対象ですがコントロール出来ません。精神操作を受け付けない状況です」
「例の……ああ、ヴァルネクの教化艦隊司令官か。何故操作を受け付けない?」
「分かりませんが……スワヴォミルは概ねこちらの制御通りに動いています。彼も恐らく操作されている事には気が付かない状態で自分自身の考えであると認識しています。そしてこちらの命令に従ってヴォートランへの攻撃を行ったまでは良かったのですが……ジグムントは現在制御下にありません」
「ではなぜ? これまでは制御下にあったのであろう?」
「当初の制御下の状態から離脱する際に、失神を伴う急激な心身喪失状態になり、そして制御から外れました。恐らくこれは想定ですが……根源的な何か強い感情がコントロールを阻害している様です。」
「厄介だな。何とかならんのか?」
「身近に居る場合は薬物投与という手もありますが……何分にも遠隔精神二重操作である為に難しいです。恐らく我々の命令内容が、対象自身が心の底から恐怖するような事であり心理的に拒否状態となっている模様です」
「制御の強度は上げられぬのか?」
「強度を上げると自然な振る舞いが出来なくなり何かを疑われる可能性があります、例えて言うなら操り人形の様な応答しか出来なくなる可能性がありますが……」
「分かった、それは良く無いな。引き続き状況の観察と対象をコントロール下に置く為の試みは試してみてくれ」
ヴァルネク連合は、恐らく魔獣が引いた後のラヴェンシア大陸を制する事だろう。
我々ドゥルグル魔導帝国が行うべきは、ラヴェンシア大陸のどこかに眠るカルネアの光を確保する事だ。その為にはヴァルネク連合を影で支援しつつも、その能力が突出する事態を未然に防がなければならない。これまでは実に上手く行っていた筈だが、ここに来て突然現れた新興国家ニッポン。その能力の全貌は未だ見えず、要所で我々の計画進行を阻害する要因となっている。
未だ正体の見えないニッポン。
だが、これでニッポンはヴォートランと何らかの繋がりを持っている事が判明した。つまりは軍事同盟かそれに類する協力な条約による繋がりがあるという事だ。それに是迄の魔獣の反乱に関して、包囲されたドムヴァル軍とコルダビア軍を救出する為にニッポンが関与しているという情報も入っている。更には氾濫した魔獣に有効な武器を持つという情報も同時に入っている。これはニッポンが我々が想定していたよりも遥かに危険な国である事を示している。このままでは自ら主導し実行したこの計画に何等かの重大な支障が起きる可能性もある。今のうちに、ニッポンに対してこちらに関心を払わぬような工作を直接的に行うべきなのか……だが、一体どうやって?
そこに慌ただしく戦略調査局へテレントン議員が入室してきた。
「そこに居たのかマローン!」
「一体何事だ、騒々しいなテレントン」
「何事だと!? 例の包囲されたドムヴァル軍が救出されたぞ! これを見ろ!」
テレントンが差し出した数枚の報告書は、ロドーニア特別調査隊なる部隊が魔獣の森支配下にあったラヴェンシア大陸のドムヴァル海岸から上陸し、そのままサライ城壁近隣から南下を続け、包囲されていたコルダビア軍とドムヴァル軍の陣地と接触し、彼らをそのままサライ国境まで誘導したという内容が書かれていた。
「あの魔獣達の群れの中を? 一体どうやったんだ?」
「分からん。だが君はニッポンにご執心だった筈だ。どうやらこれで評議会もニッポンに対して興味を持つだろう。だが問題はそこでは無い。そのニッポンが我々の想定以上の力を持っているならば、君が主導している例の計画に綻びも出始めるのではないか?」
「あ? ……ああ、そうだ。今も問題が発生してな。東方のヴォートランという国にヴァルネクの艦隊を派遣しているのだが……我々が精神操作を行っている対象のうち、1名が制御を外れてしまってな」
「精神制御を外れるだって? それは珍しいな。どういう理由だ?」
「分からん。制御管理官が言うには"恐怖"等による強い感情が原因では無いかと言っている」
「強い恐怖か……それはもしかしてニッポンが原因なのか?」
「例の不死の魔導士エヴァハを倒したのもニッポンだった筈だ。もしかして我々が想像するよりも恐ろしい力を持っているのかもしれん。だがカルネアの栄光を手にする事が出来たならば、どのような敵であっても対抗可能だろう。問題は我々の手にそれは無く、今ラヴェンシア大陸ではニッポンの手が伸びつつあるという事だ」
マローンとテレントンは、報告書を手にしながら黙り込んだ。
週末なので早めに更新しました。
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次回更新は月曜19時を予定してます。