1_100.サライ国境城壁への入城
予定通りアパッチによるロケット弾での退路掃討を終えた後に脱出路へと進んだヴォートラン兵達は順調にサライ城壁への道を進んでいった。そして脱出組の先頭を進むヴォートラン兵達は特に障害も無く魔獣による攻撃も想定の範囲内であった事から、ほぼ想定したペースを保ったまま前進を続け、遂にサライ国境城壁を目前にしていた。
サライ城壁の胸壁には脱出してくるドムヴァル軍を待つ同盟諸国の将校達が固唾を飲みながら集まっていた。そこの最も高い胸壁で監視を続けるサライ兵が一際大きく叫んだ。胸壁から見えたのは、ほぼ一列に並んで進むヴォートラン兵とその後方を進む高機動車と見慣れない緑の服を着た兵の一団だった。
「脱出軍先鋒を確認!! こちらに真っすぐ向かって来る模様です!」
「本当に、あの魔獣の森から脱出して来やがった……」
「しかも僅か500人に満たない兵力でだぞ? ……一体どういう連中なんだ?」
胸壁の上では歓声に交じって救援部隊の実態についての情報を得ていない同盟軍諸国の軍人達が、城壁を目指す集団を何か得体の知れない者達を見るような視線を向けていた。同盟軍内部では表立って今回の救援部隊の情報は、ロドーニア王国からの救援部隊という扱いではあったが、見慣れぬ武器や兵器、そして各種のヘリコプターを運用する自衛隊を見て、それがロドーニアの武器でも部隊でも無い事に気が付いていた。
「あの見慣れぬ浮遊機は何だ? どこの所属だ?」
「あれはロドーニアから来た特別調査隊だそうだ。だが、その中身が中々に複雑でな。ロドーニア特別調査隊にヴォートラン王国という国の兵とニッポンという国の兵による合同の部隊だそうだよ」
「ヴォートラン……あれか。昔々に東方にあったという国か…?」
「そうだ、そのヴォートランだ。何百年ぶりかの国交回復をしたという話は噂に聞いていたが、まさかこんなに早く駆け付けてくれるとは有難い話だ」
「そのヴォートランか。ところでニッポンという国はどこにある国だ?」
「ヴォートランよりも東にある国という話だがな。どこにあるかは分からん。だが、どうも我々とは違う武装体系のようだ。……あの魔獣を倒すのは殆どがニッポンの浮遊機が行っていた様だぞ」
「そりゃまたどういう仕組みで魔獣に効いてたんだ? というか、浮遊機が何で魔獣の森の上を飛べるんだ?」
「そいつは知らんがな……お、先頭が国境城壁に辿り着いたぞ!?」
ここ暫く明るいニュースが無かった同盟側は、この包囲されたドムヴァル軍の救援成功に大いに沸いた。サライの城壁に辿り着いた脱出組第一梯団であるドムヴァル軍先鋒1万が次々と安全な城壁に入り、その城壁周辺をヴォートランの兵が周辺警戒を保った状態で待機していた。だが、脱出組の最後尾にはコルダビア軍数万が未だ第一キャンプの辺りに居り、全ての脱出が完了した訳では無いが、サライ領内に居る同盟軍としてはコルダビア軍の処遇に関して喧々囂々の論争が繰り広げられていたのだ。
同盟諸国の中でも、最も強硬な主張をしていたのは未だ国土が残っていた国々(オストルスキ、サダル、オラテア、ロジュミタール、ロドーニア)であり、全将兵を捕獲して収容すべしとの主張を繰り返していた。だが、既に国土を失ったその他の国々は、これらの将兵を交渉の材料にせよと主張し、統一した見解が得られない状態が続いていたのだ。そんな中で脱出してきたドムヴァル軍先鋒がサライ城壁に到着し、いよいよ決断をしなければならない状況となったのだ。
「ミハウ総統、アゼフ首相、ネストリ総理、ベルナルト首長、エルリング国王。では貴方方は、今回の脱出してきたコルダビア軍は全員拘束した上で収容すると言う考えに変更は無いという事ですね?」
「変更など無い。当たり前だ、彼等は我等同盟諸国の国民を魔導結晶石に変え、それを戦争遂行の原資としている。彼等との妥協はありえない。何故それが分からんのだ!?」
「既に我が国は国土を失った今、このコルダビア軍を我が国土返還の交渉材料にしてでも取り戻す一助になれば……」
「馬鹿な! 失った国土が連中との交渉で戻るとでも言うのか? 失礼ながら貴殿は乱心している様だ」
「ら、乱心だと!? ベルナルト首長! 貴国は未だヴァルネクから侵略されておらんからそんな事を言えるのだ! それにこれから数万もの敵兵を収容する場所などドコにあるのだ! 既にオクニツアやサライから脱出した避難民でロドーニアやオストルスキは溢れかえっておる。一体どこに収容するのだ!」
「まあまあ、ヘンリク陛下。問題はこの脱出の成功劇を我々同盟が如何に立ち回るかだ。確かに交渉で国土が返る事など微塵も考えられん。力で奪われた土地は、力で奪い返さなければ恐らくはどちらも納得せんだろう。ましてやヴァルネクの正規軍では無く、隣国コルダビアの軍だから交渉の材料としても弱い。だからこそ熟考が必要だ」
サライの城壁内側では、脱出に成功したドムヴァル軍の歓迎で沸き立つ同盟諸国軍の中で、その諸国を束ねる首脳陣によるコルダビア軍の処遇は終わる気配を見せなかった。
・・・
「教化第二艦隊旗艦エーネダー艦長のスワヴォミル大佐だ。当艦隊司令官であるジグムント少将は急病の為、本職が艦隊の指揮を引き継いだ。第二艦隊の各艦に告ぐ。北東より接近中の敵浮遊機編隊を撃滅せよ!」
エーネダーの艦橋では、つい先ほどまでジグムント少将があの浮遊機への攻撃は中止と命じてた筈だ、と怪訝な顔をしていた兵達だが、下された命令は命令だ。直ぐに教化第二艦隊は、接近する敵浮遊機に対して攻撃体制を整えた。だが、直ぐに対空攻撃担当艦からの悲鳴のような無線が鳴り響いた。
「目視にて発見した浮遊機編隊、照準出来ません! 敵1機のみを照準するのが限界です!」
「何? 一体どういう事だ?」
「敵浮遊機群に魔導遮断装置が働いている模様です。照準出来ません!!」
「成程、道理で無防備にも突撃してくる訳だ。敵1機のみで良い、その1機周辺に弾幕張れ。それと当艦搭載の浮遊機部隊は離陸して迎撃にあたれ。急げよ!」
接近するヴォートランの四発爆撃機(機体名称ティゲル・ベローチェ)は、ヴォートランが得た技術の粋と日本の協力で完成した爆撃機だ。とはいえ、その装備に関しては外板を日本から輸入された形状を加工済みのアルクラッド材で、内部構造は同じく日本から輸入されたのアルミ鋼管によるフレームを覆う形で構成されていた。そしてエンジン1機辺りの出力は920馬力程度ではあったが一応の純ヴォートラン製発動機であり、それを4機積み込んで最高速度420km前後を誇る。そしてこの機体は乗員6名の搭乗を可能としていた。つまりは殆ど防弾性能も期待出来無い機体だったが、対空魔導砲による射撃によって大変な事実が判明した。
ヴォートランの空中艦隊は嚮導機が艦隊から遠ざかる方向に上昇を開始し、その周囲に弾幕が炸裂し始めた。ヴァルネクは辛うじて魔導照準器が働くヴォートランの嚮導機に照準を併せて集中砲火を行った。だが、嚮導機を狙った対空魔導砲の一撃が、空中艦隊の1機にまぐれ当たりをしたのだ。そして対空魔導砲の一撃はヴォートランの爆撃機に致命的な反応を齎した。たった一発の被弾により、ヴォートランの爆撃機は爆発的な閃光を放ったかと思うと機体が瞬時に燃え上がり、その後に腹に抱えた魚雷が爆発してバラバラと空中に破片をばら撒いた。
「6番機、敵対空砲により爆発、四散しました!」
「ちっ、各機散らばれ! どうも狙って撃っている様には見えんが、あの対空砲は当たると痛そうだ。1番機はこれより敵艦隊後方上空に移動する。その他の各機は艦隊のドテっ腹に雷撃準備だ」
そしてアマナート大尉はヴァルネクに再度、警告を送った。
「こちらアマナート大尉だ。最後の警告だ。直ちに引き返せ。引き返さない場合は実力を行使する。貴軍がこれより被る被害は全て貴軍が原因である。繰り返す、直ちに引き返せ」
「分からん奴だな、ヴォートラン人。我々は貴国との国交を望んでいるのだ。このまま貴国に向かうぞ。そもそもたった10機に満たぬ浮遊機で何が出来ると言うのだ。対空魔導砲が掠っただけで爆発するような脆弱な機体でな。問答無用、押し通る。怪我したくなければ、引き返す事だ」
エーネダーの艦橋で意気揚々と魔導通信機でアマナート大尉に告げるスワヴォミル大佐の元に、ジグムント少将の個室から戻って来たマレック中佐がその光景を見て腰を抜かした。
「え? い、一体何をしているんですか、スワヴォミル艦長!!??」
「見ての通りだよ、マレック中佐。ヴォートランの浮遊機を攻撃中だ」
「馬鹿な!? いや、ジグムント少将は攻撃を中止せよと厳命した筈だ! 直ちに攻撃を中止してください!」
「なんだ君も命令違反をしたいのかね? 我々が猊下から拝領した命令は、ヴォートランとの国交乃至は制圧だ。既に彼等は我々に対し敵対の意を表しているではないか。しかも彼等はロドーニアとも繋がっているのだ。とするならば我々が行うべき行動は一つ、制圧だ」
「ですが……分かりました」
マレック中佐はこれ以上スワヴォミル大佐と話していても埒が明かないと判断し、一端艦橋から引いてジグムント少将の個室に再び戻った。だが、相変わらずジグムント少将は突然の昏倒から目覚めてはいない。もしニッポン人が同乗する浮遊機を撃墜してしまったら……マレック中佐もまた、ジグムント少将と共に日本を経験済みだった。あれ程の艦隊攻撃能力を持つ国と戦う場合、こちらの被害だけが重なる事だろう。それだけは避けなくてはならない。だが、スワヴォミル大佐はニッポンの実力を知らないのだ。一体どうしたら……マレック中佐はスワヴォミル大佐をなんとか止める方法を考えたが、どうにも思いつかない。だがその瞬間にそれは起こった。
ヴァルネク艦教化第二艦隊中央に艦隊旗艦エーネダーが位置し、その周囲を囲むように装甲の薄い艦が配置され、そして外周を装甲の厚い戦艦が前列半円に位置し、やや装甲が薄い重巡洋艦が後列半円に位置するように配備されていた。そしてこの大きな円の右外周に向けて、ヴォートランの空中艦隊は低空飛行で接近する。だが、ヴァルネクの対空艦は照準が可能な1機に引っ張られて、低空から接近する空中艦隊を見逃していた。そして低空から接近する空中艦隊を目視で兵が発見した時には既に遅かった。
7機のティゲル・ベローチェから放たれた7本の魚雷は真っすぐにヴァルネク教化第二艦隊側面を襲った。
すいません、遅くなりましたー!
次回は3/25の金曜19時頃を予定です。