1_99.教化第二艦隊との接触
ヴォートランの国王ファーノIV世は、ロドーニアとの国交を回復した時点でスヴェレからの援軍派遣要請を受けてはいたものの、その時点でガルディシア帝国との戦争状態が解消した訳では無く、王国海軍がガルディシア帝国との海戦でほぼ壊滅状態に陥り、更にその海軍を束ねる王弟フィリポによる反乱によって、対外戦争を行える状況では無かった。だが、日本の急速な接近によって自衛隊による周辺海域の国防を肩代わりして貰い、海軍の再建を行いつつも海上保安庁の巡視艇を貸与して貰うと同時に、空軍を新設して装備の充実を集中的に行った。それもこれも日本が希求していたヴォートラン産の原油取引を独占的に行う事によって莫大な資金を得たヴォートランが短期間で実現していったのだ。
ロドーニアからの使者スヴェレは、しきりにヴァルネク連合の危険性を訴えていた。そして今現在の西方域におけるラヴェンシア大陸の戦乱は近いうちにヴォートランへも波及するであろう事をヴォートラン側に告げていたにも関わらず、ヴォートランにはその体制が出来上がって居なかった事から、ロドーニアの要請を素気無く黙殺しつつも、もしヴァルネク連合軍がヴォートランに来た際の防衛体制構築を進めていたのだ。そして日本から齎された様々な恩恵は、ヴォートランの力を急速に引き上げていた。
ヴォートランの四発爆撃・雷撃機は設計も生産も一応はヴォートラン国産を表明している。表向き王立空軍設計局が行ったコンペで選ばれた会社は日本のH社がヴォートランとの共同出資で作られた合弁会社であり、50対50の資本比率ではあるものの正味は日本の企業と言っても過言では無かった。そのH社が過去の記録や様々な資産を惜しみなく投入した結果であった。そしてこの結果を元に突貫の生産を作ったが、現時点で生産数は10機に満たない状況であるにも関わらず、直ぐに王立空軍爆撃隊を編成し、その爆撃隊の指揮をアマナート大尉に任命した。
そもそも当初はヴォートラン王立空軍事体が存在せず、日本が介入するまでは兵器開発局による試験的な単発発動機による試験運用のみの状況であったが、原油資源を必要とする日本からの莫大な援助はヴォートランへの航空産業発展に大きく寄与し続けていたのだ。日本からの供与は技術的な物に留まらず、ある程度の制限があるにせよ航空力学や旧世界における航空技術の発展に関する歴史や情報等もヴォートラン側に開示され、その開発に必要な工作機械等もそれなりに日本政府から無償譲渡や、円借款による長期の経済援助という形で提供された。これは日本の思惑以上にヴォートラン国王ファーノIV世の意向も強く働いていたが、その思惑以上を日本は提供し続けた。そして日本から齎されれる様々な日本の世界における歴史的事実や技術の発展情報は、ヴォートランの航空産業や技術をほぼ無駄の無い形で進化させ、寄り道無しの飛躍的な躍進を遂げたのだ。更には現地に入った日本のH社による合弁会社の進出によってこの動きは加速していった。
ヴォートランはそれ迄無かった空軍という概念を導入し、空軍として新しく組織を成立させた事により、ヴォートラン王立軍内での空軍というポジションは若手軍人が台頭する為の大いなる踏み台となった。そしてアマナート大尉も、そんな中の一人だった。だが他の大勢が戦闘機型を希望したのに対し、アマナート大尉は最初から爆撃や雷撃を行う鈍重な機体を好んだ。その事から、早期からアマナート大尉は爆撃隊を任されたのだった。
新しく配備された四発爆撃・雷撃機は多少の対空装備と対地・対艦装備を充実させ、大型の800kg魚雷を一発のみ装備が可能で、今迄にヴォートランが配備した戦艦クラスであっても当たれば一撃で撃沈が可能であると判断された。ちなみに日本からは誘導技術の類は供与されてはいないが、第二次大戦レベルの照準器に関する情報も無償供与の対象となっていた。この爆撃隊は8機で構成され、それとは別に先行生産機が嚮導機として参加していた。その嚮導機にロドーニアのスヴェレ外交官と日本の外交官である篠原が同乗していたのである。
スヴェレは魔導通信機によるヴァルネク教化第二艦隊との通信を補助する事と、ヴァルネクがどのような意図を以てヴォートラン王国に接近したのかを探る為に同乗を希望した。このヴォートラン王立空軍爆撃隊の嚮導を行う機体には、スヴェレ以外にはヴォートラン王国外交省の外交官クレスピー、そして日本からはヴォートラン担当外交官の篠原がそのまま機体に同乗した。これはヴァルネク側は日本の外交官が乗っている事を確認した場合、攻撃を行う可能性が低くなるであろう事を考慮しての事だった。そして各爆撃機を日本から輸入した無線機が繋いでいたのだ。
そしてスヴェレは魔導通信機の回線を開き、ヴァルネク第二教化艦隊司令ジグムント少将を呼び出した。
・・・
「ジグムント司令、接近中の浮遊機から通信入りました!」
「回線繋げ。……一体どこのどいつなんだ?」
『こちらヴォートラン王国王立空軍所属第一空中艦隊司令のアマナート大尉の代理です。前方の艦隊、応答して下さい』
「……は? 空中艦隊だと? おい、魔導探査では何機映っている?」
「魔導反応は1機だけですが……」
「ふん、1機で艦隊とはまた大きく出たな。"こちらはヴァルネク教国所属の艦隊司令ジグムント少将だ。我々に敵意は無い。貴国ヴォートラン王国との国交を求めて来た。貴国との国交交渉を行う然るべき方法を提示して頂きたい"」
この台詞を聞いたアマナート大尉は、通信中のスヴェレの脇から叫んだ。
『国交交渉だと? 敵意が無いだと!? 貴国は国交を求めるに辺り、戦闘艦艇を何十隻も引き連れて行うのか? ともあれ貴国は非常に攻撃性の高い艦艇で我々の領海に侵入していると判断している。そしてそれは当空中艦隊に同乗しているロドーニア外交官スヴェレ殿の証言によっても明らかだ」
ジグムント少将は、この通信にロドーニアの名前が出てきた事に多少驚いた。そうか、ロドーニアが既に動いていたのか。だが、ロドーニア人が同乗していようと、力で押し切れる内容の艦隊規模なのだ。それにこの辺りに来る為には、嵐の海を渡って来なければならない。嵐の海を渡る為の規模としては不思議でもあるまい。それに我々の艦隊規模からすると、例え艦隊と称する敵浮遊機が如何に強かろうと、仮に戦闘となっても遅れを取る事はあるまい。
「"ロドーニアの外交官が何を言おうと我々に敵意は無い事を理解して頂きたい。当艦隊の規模は嵐の海を渡る為の最低限の物と判断している。当艦隊に脅威を覚えたのであれば、我々の本意ではない。繰り返すが、貴国との国交交渉を当方は希望する"」
言い終えたジグムント少将は、観測員の悲鳴にも似た言葉に振り返った。
「北東より我が艦隊に接近する大型の浮遊機あり! 9機接近を目視で確認!!」
「なにっ? 1機では無かったか?! 魔導探査機の反応は!?」
「1機です。同じく北東方面より接近中の物体は1機しか表示されておりません」
「魔導遮断装置でも積んでいるのか? ……侮れんな。全艦隊に告ぐ。対空戦闘用意、各砲門開け」
そこにヴォートラン海軍練習艦マンフレドニアの中で聞こえた件について青い顔をしながら直接ジグムントに報告する為に引き上げマレック中佐が艦橋に上がってきた。そして攻撃準備の命令を聞いたマレックは目を大きく開いてジグムントに叫んだ。
「ジグムント閣下! あの浮遊機にはニッポン人も同乗しています! …も、もしや、攻撃する気ですか!?」
「なに!? 何故だ!? 何故ニッポン人が!?」
「あのヴォートラン海軍の練習艦から去る際に、艦長のルキーノ退役少佐が私に耳打ちしました。あの浮遊機にはロドーニアとニッポンの外交官が同乗しています。あれを攻撃すると大変な事になります!」
「何だと? 一体どういう事だ……ロドーニア人は兎も角ニッポン人もか?」
ジグムントは躊躇した。流石にヴォートラン如きは力押しが可能なのだろうが、ニッポン人が同乗した浮遊機を落としてしまうとニッポンが完全に敵対してしまう。だが、この海域に留まり続ける事はヴォートランから見ると敵対行為で何時攻撃されても文句が言えない立場だ。いや、そもそもニッポンがヴォートランと何かの繋がりがあるのならば、ヴォートランに何等かの攻撃をした途端に、ニッポンがこちらの敵側に回るのは必至だろう。……駄目だ。攻撃は駄目だ! 今、ニッポンと敵対するのは如何にも不味い。
「攻撃中止だ! マレック中佐、攻撃準備を停止させろ!」
「一体どうしてですか、ジグムント少将??」
「スワヴォミル大佐? 貴様は何を言っている。ニッポンと敵対など出来る訳が無いだろうが」
「我々の目的はヴォートランと国交乃至は制圧を行い、我々の必要となる兵器を入手する事です。我々の目的を達成する為に敵を排除する能力と規模を我々は持っています。もう一度攻撃命令を出してください、ジグムント少将」
「……そうか、君はこの艦に配属される前は別の艦に居たのだろうが、ニッポンの艦艇との接触経験は無いな。アレは我々の技術を凌駕した連中だ。正面で戦っては勝ち目など無いぞ。そもそも接近する浮遊機は8機居るというのに、魔導探査では1機しか確認出来ていない。あれは恐らくワザと1機だけ見せているのだ。こちらの攻撃を誘っているのだ」
「だから何だと言うのですか、少将。これは教国に対する反逆です。命令違反ではありませんか!?」
ジグムントは目の前に居るエーネダー艦長スワヴォミル大佐をまじまじと見つめた。
おかしい。果たして艦長はこんな事を言う奴だったか? そもそも戦艦エーネダーの艦長就任に辺り、ジグムントはスワヴォミル大佐の経歴を詳細に確認したが、これ程レフール教に忠誠を誓う者の様な発言をする筈でも無く、高級将校に良く言る現実主義者だった筈だ。だが、何故かジグムントはこの思考を続ける事が出来なかった。
「命令違反だと……? いや、そんな馬鹿な……ちょっと待ってくれ。誰か水を持って来てくれ」
「どうか致しましたか、ジグムント少将?」
「眩暈が……少し座れば落ち着く。兎も角攻撃中止だ。マレック中佐……中止しろ」
「閣下……お水をお持ちしましたよ、少し休んで下さい。マレック中佐。ジグムント少将を司令官室にお連れしろ。艦隊指揮は私が引き継ぎます。宜しいですね?」
「ちゅ、中止だぞ、スワヴォミル……」
一言、エーネダー艦長のスワヴォミル大佐に告げるとジグムントは床に倒れ込んだ。
やっぱり月曜に更新無理でした。
なので本日、少し早く更新しますー。
次回更新は明日19時予定です。