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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かまいたちの利 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

「危ないところへは行かないように」。

 小さいころから、ずっと言われ続けている注意のひとつだ。子供のときには「分かってるよ!」と耳にタコができて、反発したくなる。けれど、こうして大人になってみると、口をすっぱくして言う人の気持ちも、だいたい察してくるんだよねえ。


「危ない目に遭って、私たちの手間を増やすな。もちろん、お前たち自身も大切だが」


 後始末、尻ぬぐいは大人に課せられる仕事だ。こいつがいつもの生活の中へ食い込まれると、時と場合によっちゃ、とてつもないストレスになる。

 逆ギレするわけにもいかず、粛々と頭を下げて、汚れをきれいにしたうえで、壊れてしまったものを直す。どれも自分が直接関わったものじゃないのに、だ。


 そのときになってみないと分からないが、私はなんとも嫌な気分になりそうだ。自分の時間を誰かに捧げて、ようやくあるべき姿に戻そうっていうんだよ?

 ほんのひととき、その時間を避けていれば問題なく続いたものを、何日、何カ月、へたすりゃ年をまたぐかもしれない。そう考えたら、口うるさくなるのも道理だよ。

 そこら辺を気にせず、好き放題できるのが子供の特権。ゆえに、大人からの言いつけをたびたび破ってしまい、ほとんどが問題なかったりして調子に乗るんだが……「ハズレ」を引いたときのダメージといったら、ね?

 そのときの話、聞いてみないかい?



 いまからだいぶ昔。私が小学生だったころの話だ。

 回覧板を渡しに行く、隣の家のおじさんが頭に大きな包帯を巻いていたんだ。包帯の下から大きなガーゼがはみ出しているのも見える。

 どうしたのか尋ねてみると「ちょっと頭を切られた」との返答。

 そんなものは見ればわかる。ひょっとして自分が子供だから、たいしたことを話せないのかと、感情のままに詰め寄ると、おじさんとしても、それ以上のうまい説明ができないのだという。

 

 路上で、いきなり起こる頭部の切り傷。

 相手がいたわけでも、凶器があったわけでもない。ただ唐突に、たらりと額を垂れ落ちるものがあったかと思うと、それが自らの流す血だったというだけ。

「かまいたち、なのかなあ?」とぼやきながら、回覧板を受け取ったおじさんは引っ込んでいく。

 すでに私もかまいたちについては、ある程度情報を得ている。けれども、妙なんだ。

 私の知っているかまいたちは、どちらかというと足元のような低い位置を狙うものばかり。おでこのような高い位置にある部分を、選んで切り裂いたりするものなのだろうか? とね。


 それでも用心をしておく私は、翌日の登校中、ずっとかがんだ状態で歩いていたんだ。

 べらぼうに時間はかかるわ、見られた友達に笑われるわで、当初は不快の極みだった。こちらは真剣に策を練っているつもりなんだ。近所のおじさんの話をしても、信じてはもらえなかった。

 ところが翌日。同じような証言をするクラスメートが現れて、私の立場はにわかに回復していく。

 昨日、学校から帰った後、そのクラスメートは兄と一緒にホームセンターへ買い物へ行った。図工の時間に使う、たこ糸を調達するためだ。ついでにアイスも買い、いい気分で帰宅している途中。


 ポタタ、と音を立てて、隣を歩く兄の、目の前の道路が湿った。この感じ、鼻血でも出たかなと見上げるも、兄の鼻の穴からは血が出ている様子はない。

 それよりももっと上、おでこの真ん中あたりから赤い血が滴っているんだ。細く、長く、まるで紙の端で切ってしまったような一文字の筋は、兄本人もいつできたか分からなかったそうだ。

 痛みは追ってやってくる。ポケットティッシュで押さえながら、家路へと急いだ。ちょうどそこは、ホームセンターの裏手。学校の生徒たちも頻繁に近道で使う、あぜ道の途中でのことだったという。


 おじさんがどこでケガをしたのか、私は聞いていない。

 しかしそのあぜ道は、私も外出の際によく利用する道ということもあって、どうにも関心が湧いてきてしまう。

 実害を伴うと知ると、興味より怖さの方が先立つ子が多かったらしい。あのあぜ道を通ろうとする子はがっくりと減った。それだけにとどまらず、別のクラスでも家族が同じような被害に遭ったと語る声がちらほらとあがりだした。

 それは何も、件のあぜ道に限った話じゃなかった。建物の間、トンネルの脇など、ときに車が通れないほど狭い道。されど地元民ならしょっちゅう通る道のあちらこちらで、似たような「かまいたち」もどきの報告がされた。


「あんたも、大きい道路を使って帰りなさいよ。くれぐれも話にあった場所は通らないでね」


 母親からはそう聞かされるも、私の家は位置関係が少し特殊なところ。大きい道路だとかなりの回り道を強いられ、時間をもったいなく思う私には、苦痛でしかなかった。

 話に聞く被害者は、みんな立った状態から額を切られている。ならば、私のかがみながらの対処は、功を奏しているはずだ。

 私はあぜ道を利用し続けていた。その間だけ、カエルのように小さくかがむことを徹底しながら。



 やがて田植えの時期がやってくる。

 その日の学校の帰り際にも、あぜ道の脇の田んぼで、苗を植えていく人を見かけたんだ。彼らを横目に、その日の私もかがまりながら、のそのそと足の先だけ動かして、道の先へ先へと進んでいたんだ。

 ここまでにも、やはりときどき「かまいたち」らしきものの報告はされていた。そのうえ、被害に遭う直前に蚊柱のような羽音を聞いた気がする、とも。


 そのかすかな羽音が私の耳をうち、一瞬、私は足を止めた。

 最近のかまいたちが現れる合図、のはずだ。すでに私はあぜ道の半ばまで来ていて、進にも引き返すにも、距離がありすぎた。


 ――大丈夫とは思うけど、念のため。


 私はしょっていたランドセルを脱ぐと、顔の前へかかげて盾にする。そのままで、またちまちまと進んでいったんだ。

 たとえかまいたちに遭っても、その被害はランドセルが受けることを期待しながら。



 ところが、主なき蚊の羽音がにわかに強くなると、私はランドセルを強く押され、後ろへひっくり返った。

 恐ろしいことだった。ランドセルのふたに当たる部分は、真一文字に切り裂かれている。話に聞いていたものより、ずっと傷は深くて、裏面の時間割が貫き、外ポケット二段目まで切れ目が入っている。もう一歩深ければ、最奥の教科書たちに傷がついていただろう。

 脇の方で、じゃぼりと大きい水音。ふと顔を向けて、私は息を呑んでしまう。


 田んぼの上、一メートルほど。

 大きい大きい、水の玉が浮かんでいたんだ。表面のゆらめきがなければ、ガラス玉か何かと思ったかもしれない。

 その玉の中に、水を引いた田んぼと、立ち並ぶ苗たち。その世話をした野良着姿のおばさんの姿が映っている。

 けれど、変なんだ。玉のすぐ下の田んぼは、その部分だけ水がすっかり干上がっている。少しでも玉の下を外れれば水が張っているのに、遠慮しているかのごとく、乾いた部分を侵そうとするものはない。


 ぽかんと見入る私の前で、水の玉はわすかに膨らんだかと思うと、次の瞬間にはぎゅっと縮まり、ぱあんと弾けてしまった。

 あたりの田んぼに降り注ぐ、水玉だったもののしずくたち。思い出したように、あの干上がった部分へ水が入り込んでくるが、そこの部分だけ苗がすっかり消えてしまっている。

 そこで私は初めて、あの水玉の光景が、玉を通して向こう側を映したのではなく、「あの干上がった水の部分が、そのまま丸まって水玉となった」と悟ったんだ。

 そこにいる、苗も人も丸ごと巻き込んでさ。



 その日から、例のかまいたちの報せを聞くことは、めっきり減った。

 しばらくは奇妙な体験として、胸の内にしまっておくことにしたけど、しばらくして野菜を育てる機会に恵まれてね。その際の害虫予防の手段で、少し引っかかる点があった。

 害虫は殺してしまうばかりが利とはならない。少し傷つけ、生かして帰すことで、仲間に「あそこは危険地帯だ」と教えさせる。そうすれば、虫の方から寄り付かなくなると。

 あの水玉、何者かの「収穫」だったんじゃないかと、私は思うようになった。そうなるとあのかまいたちは、私たちを虫扱いした、虫よけだったんじゃないかなあ。

 

 


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