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同族と蠱毒

 謎の穴に飲み込まれここまでかとシスは覚悟を決めたが、意外と穴は浅かったのか怪我を負う事なく底へ着地出来た。

 隣にいたトクメとダルマも特に問題があるようには見えない。


「む? 高い所から落ちた割には衝撃が無かったの」


 高い所から落ちた感覚はなかったがダルマにつられて見上げれば確かに落ちたであろう穴の入り口が小さく見え、そこから光が差し込んでいるおかげでお互いの姿も確認出来た。


 そしてシス達より先にここにいた者の姿も。


「なんぞこやつは……」

「嘘だろ……」

『あすあすあすアスアス……あすぅうう、あすぅゔゔゔゔ』


 何重にも響いて聞こえる低く濁った声はひたすら『あす』と繰り返し、この狭い中をうろついているその姿は異形としか言いようがなかった。


 手足と思われる部分ははっきり分かるのだが、本来なら右脚と思われる部分には左手が、左脚の部分には右手と全く違う場所についており胴体と思われる部分は手足と違い真っ黒な色をしている。

 更にその胴体からは小さな黒い手が無数に生えてきては一定の形を保てないのかボタボタと泥のように落ち、頭部も同じように真っ黒なまま顔を作っては崩れ落ちてを延々と繰り返し、異臭も放っているのかシスは前脚で口を覆い顔を背けた。


「声が聞こえぬ……? いや、聞こえるには聞こえるがこんな聞きにくいのは、妾が聞き取れぬ程の声は初めてじゃ」

『アスアスアス……あす……あっあっ、我らのあすぅううううう。我らと、あ、ああっ、あすに、アスになろうぞ……!』


 ダルマが思わず後ずさると同時に異形の者はようやくこちらの存在に気づいたらしく、身体ごと向きを変え全ての手を伸ばしながら近づいてきた。


「まずい避けるぞ! って軽っ!!」

「おぶっ!」


 シスは咄嗟にダルマの身体を咥えるように噛み異形の者から離れようとしたが、予想以上にダルマが軽かった為勢いあまってどちらも揃って顔面から床へと思い切りぶつかった。


 すかさず異形の者が手を伸ばし未だ体勢を整えられていないシスの後脚を掴みかけたが、何かに阻まれたかのようにベチャベチャと黒い手は潰れ壁のようになった。


「……トクメ?」


 シスが鼻を押さえながら顔を上げると、すぐ近くに大量の本を置いたトクメがいた。

 どう見てもトクメが助けてくれたとしか考えられないのだが、今までが今までだけに何かあるのではないかと警戒してシスはそのままトクメを見上げたまま動けずにいる。


「……ゼビウスはやるといったらやる男だ」

「へ?」

「不可抗力であろうとシスに何か起きた場合、ゼビウスは確実にムメイに害を与える。たとえ逸れて別行動中に何かあったとしてもだ」

「ああ、そう言えばそうだった……」


 森に行く前にゼビウスの言っていたほとんど脅迫と言える交換条件は存分に効果を発揮していた。

 普段ならシスは守らずむしろ正当性を装って危害を加えゼビウスにも屁理屈を捏ねて言いくるめようとするのだろうが、ムメイが関わってくると流石にそんな余裕はなくなるらしい。


「のう、何故あやつと戦わない? 相当強いのか?」

「強いというより厄介なんだ、蠱毒を知っているか?」

「孤独?」

「蠱毒。呪術の一種で一つの容器にありとあらゆる魔物や生き物を入れて最後の一匹になるまで争わせるんだ。残った奴は強力な毒や呪の材料になったり色々と使い道がある」

「ほう……? つまり必ず勝たねばならんという事か」

「いいや、勝っても負けても蠱毒に吸収されて合体する事になるから戦う事自体避けないといけない」


 幸い今はトクメの造った壁のおかげで戦いを避けれてはいるが、ずっとこのままというわけにもいかない。


『あすあすアス……。明日……見つけた……! アスがあすとなる我がアス……!!』


 透明だった壁は蠱毒の手で真っ黒になり何も見えないが声はハッキリ聞こえてくるので攻撃は今も続いているのが嫌でも分かってしまう。


「もしやこのままここで永遠を過ごさねばならんのか?」

「蠱毒を作った術者が解呪すれば外に出られるが……」

「術者は使い物にならん。外の者がこれに気づき壊すしかないが、それも難しいだろうな」


 そう断言したトクメは本来の姿になっている為表情こそ分からないが、声色からして機嫌が悪いような怒っているような、とにかくあまり良い状態とは言えない。


「誰がこの蠱毒を作ったのか分かったのかえ」

「目の前にいる」

「……まさか……」


 目の前と言われ見えるのは完全に真っ黒な壁となってしまっている蠱毒の黒い手。


「あやつが蠱毒を作り自ら蠱毒の材料になったというのか?」

「ただの術者ならそれで良かったのだがな。ダルマ、お前は奴の心が読めるか? 私は奴の過去を読む事は出来なかった、この意味が分かるか」

「ダルマやトクメの能力が効かない……?」

「お前には期待していない、黙っていろ」

「のう、まさかこやつは……」


 世界最古の怪物の能力が効かないのは同じ世界最古の怪物のみ。


 つまり。


「私達と同じ世界最古の怪物だ。それも四体。黒い部分ではなくあの白い両手足がそうだ」

『アスアスアス……!! 我らの、我らがアス……!!』


 トクメの言葉に反応したのか黒い手に加え上部にある白い手足もこちらに伸びてきた。

 バンバンと黒い手よりも強く壁を叩かれシスは恐怖からか少し後ずさるが、幸い壁が壊れる様子はない。


「成る程、こやつの声が聞き取りにくいのは無数の数を吸収合体したからではなく同族も混じっておったからか。しかしここまでくるともはや同族とは呼べんじゃろ。妾達を認識してはいるようじゃが……正気を失っておるようじゃの」

「なあ、あいつらの能力が何か分かるか……?」

「さっぱり分からん。妾は心の中を読み、トクメは相手の過去を読む。ならば残りは過去の再生、夢への介入、未来予知に時間操作、後は別世界への移動じゃな。この五つの中から四つ……全部と考えた方がよい気がするの」

「確定なのは時間操作と別世界への移動だ。ここに入った時から試していたが転移魔法が発動しない、恐らくこの中は外と違う世界と考えるべきだろう。もしかしたらこの一帯の次元がずらされている可能性もある、それなら生物の声も気配も一切感じ取る事が出来なかったのも納得出来る」

「それってつまり……」

「外部の者がこれに気づくのはまずない。気づいた時にはもう蠱毒の中だ」


 一応内部から見えている出口に向けて攻撃する手もあるのだが、相手が未来予知を持っている場合先回りされ攻撃を受けてしまう可能性が高い。そうなってしまうと最悪相手と吸収合体してしまう。


 今この場で絶対に避けるべき事の一つである。


「何とか出来んのか? 妾がここに留まれば永遠に子供と会えんではないか」

「……本当に最後の手段としてはシスの死亡だな。このまま留まっていれば唯一食事を必要とするシスは餓死し魂は冥獄に行く。そうすればゼビウスが気づいてここを奴もろとも壊すだろう。私はシスを守るのに全力を尽くしたから責められる心配もない」

「それは手段じゃなくてお前の願望じゃねえか、そもそも次元が違うなら冥界行けねえだろ」


 トクメとシスの間に不穏な空気が流れ睨み合っていたが、突如上部の穴から強烈な光と轟音が降り注ぎギスギスとした空気は一瞬にして消え去った。


「これは……」

『おお、明日が……我らがああ、あっ、明日は今日であったか……! ああ、アスが、あすが、我がアスがあああああ!!』


 二度三度と強烈な光が降り注ぎあまりの眩しさに目を閉じたシスの耳にバリンと何かが壊れる音がすると同時に浮遊感に襲われ、思わず目を開けると丁度蠱毒が上部の穴へ吸い込まれるように消えていったところだった。


 ふと気づけばシスの姿は人の姿に変わり、トクメとダルマも人の姿になり先程の蠱毒と同じように上部の穴へと身体が勝手に向かっている。


「おお、外にいる誰かが蠱毒に気づき外部からこの蠱毒を壊してくれたのじゃな!」

「誰かってゼビウスだよな……」

「奴以外いないだろう。しかしムメイの看病を放って森に来たのか? ならばあの交換条件はもう成立しないという事か。……やるならここから出た直後だな」

「…………」


 トクメの最後の呟きがしっかり聞こえていたシスは静かに札を取り出しここから脱出した後の事に備えた。

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