ベルゼブブ登場
ベヒモスにレヴィアタンを渡さないと決まったが、何故かそれからゼビウスは動かなくなった。
ただボーッとベヒモスが暴れているのを眺めている。
「ゼビウス……? 何かあったのか?」
「んー? さっさと誰かベヒモス倒してくんないかなって」
サタンとは戦いたがっているような事を言っていたのでベヒモスにも喜んで殴りかかりに行くものだと思っていたシスは不思議そうにし、そんなシスの様子にゼビウスは曖昧な笑みを浮かべた。
「うーん、シスにはちょっと難しい事かもしんないけど……これ今の状態で俺が行くと構図が凄まじい事になるんだよ。俺の意思とは関係なく」
「構図?」
「構図。ムメイちゃんなら分かると思うんだけど……ベヒモスとレヴィアタンって番じゃん。で、今ベヒモスはレヴィアタンを探して暴れてて、そこに俺が入ると悪魔達はどう見ると思う?」
「……冥界にまで被害が出てきたのかなって」
「正直に」
「……レヴィアタンに横恋慕してるか、もしくは三角関係なのかなと……」
視線を逸らしながら答えたムメイだが、ゼビウスに間髪入れず真顔で突っ込まれ観念したように答えた。
「横恋慕。三角関係……」
「なまじレヴィアタンがこっちにいるから信憑性ますし尚更俺は動きたくないんだよ」
「ならレヴィアタンを解放して、それから冥界に被害出ているからと言えば……」
「俺達がレヴィアタン捕獲したの七大悪魔が知ってるから無理。特にあの万年発じ……うん、何でもかんでも色恋沙汰に結びつけてくるアスモデウスも知っているから俺だけじゃなくてシスも動くと騒ぐ。絶対騒ぐ」
「私が行こうか? 倒すまでは無理でも動きは止められるし」
「それは俺が危ないから止めてくれ」
今度はレヴィアタンが止めた。
ムメイから菓子を貰っただけでも手間をかけさせるなとトクメに責められたレヴィアタンとしては、ベヒモスと戦わせたらどんな目に合うか分からないと身を震わせている。
ベヒモスと番にさせられるぐらいなら拷問された方がマシだとレヴィアタンは答えたが、避けられるなら避けたいらしい。
「一番嬉しいのは魔界に甚大な被害が出てからサタンが来る事かな。あいつならベヒモスぐらいで消耗したりしないしその後俺の相手も出来るだろ」
やたらとサタンと戦いたがるゼビウスに何か因縁でもあるのかシスは訊ねようと口を開けたがすぐに閉じた。そのまま袖で鼻も強く押さえる。
「シス? どうしたの?」
「うっ……いや、急に臭いが……ちょっと、これは……ぐっ……!」
「えっ、大丈夫? ゼビウスっ」
何とか話そうとするシスだが口を開けるのも辛いのかえずいてしゃがみ込んでしまった。
訳がわからず、それでもシスの背中を撫でるが当然具合が良くなる事もない。
「外れが来たか。ムメイちゃん、ちょっと魔力の壁作ってシス入れて、それで綺麗な空気取り込んで」
シスの急変にゼビウスは取り乱す事なく冷静に指示を出し、ムメイは言われた通りにするとシスはすぐに「ぶはっ」と大きく息を吐きゼエハアと荒い呼吸をしていたがすぐに落ち着いた。
「ム、ムメイありがとう、助かった……」
「う、うん。ゼビウスは? 大丈夫?」
「俺は大丈夫。それより盛大に汚い奴が来るから気をつけて、壁は常に張っておくように」
ゼビウスが言うと同時に地面から黒い魔法陣が現れ、その中心からゼビウスより少し長めの黒い髪に黒いピッタリとした服装をした全体的に黒い男が現れた。
髪もピシッと整えられているのだが、二本のやたらと長い前髪のような触覚がかなり目立っている。
「ベルゼブブ! どうしてここに?」
ようやく仲間に会えたからか嬉しそうなレヴィアタンに対し、ベルゼブブは機嫌が悪いのか眉を顰めている。
「サタンにバカラで負けた罰ゲームで来た。それよりお前のその格好はどうした」
「え、えーと、ゼビウスに捕まって……まあその……ベヒモスに渡されかけたけど何とか勘弁されたところ」
「罰ゲームで来たんなら駄弁ってないでさっさとベヒモス片付けてきたらどうだ? それで、お前とはちょっと話しをしようか。何ならサタンも混ぜて」
「ゼビウス……やはりあの噂は本当だったのか……」
「どの噂だよ」
悪い顔で笑っているがリビウスの時とは違い、まだ好意的に見える。リビウスと比べれば、の話だが。
「険悪かと思ったんだがそうでもない、のか?」
「それよりシス、さっきはどうしたの」
「ああ、急に悪臭が漂ってきたからちょっと耐えられなかったんだ。原因は分からないがもう落ち着いたから大丈夫だと思う。手間をかけさせてすまない」
「あ、だからか。うん、納得。それなら悪臭はまだ消えてないからしばらくここにいた方がいいわよ」
「? ムメイは悪臭の原因が何なのか知っているのか?」
「え、あー……知ってるけど……えーと……」
「シスー、ムメイちゃんにそれ聞くなー。トクメが怒り狂う」
急に言い淀んだムメイにそれでも急かす事なくジッと待っていたらゼビウスに止められた。
「……ベルゼブブは元々違う世界の神だったんだけど、色々あって……悪魔にされて蠅の王になったの」
「蠅……」
言われて見ればベルゼブブの背中には蠅のような小さな丸い羽根が生えている。
元神とは言え違う世界だからゼビウスとも険悪にならずにいるのかもしれないが、それと悪臭の原因が結びつかない。
何か繋がりがあるのか考えているとレヴィアタンが近くまで寄ってきた。縄は解かれて歩けるようになったみたいだが、首輪はまだしっかり付けられている。
「蠅だからと言うか、ベルゼブブは悪魔にされた時に大量の糞の……」
ムメイの代わりにレヴィアタンが説明し始めたが、話を遮るように足元を何かが勢いよく通り過ぎ突き刺さる音がした。
「え?」
レヴィアタンが視線を下げた先にはものものしさを感じる真っ黒な杖。
脚に少し掠ったらしく薄らと赤い筋が一本出来ている。
杖が飛んできた方を見れば投げた体勢のままこちらを睨みつけるゼビウスと目があった。
先程までと雰囲気がガラリと変わり、嘘のような冷たさにレヴィアタンの背中に嫌な汗が流れる。
ベルゼブブも一瞬にして様子が変わったゼビウスに押され黙ったまま動かない。
「シスに汚い言葉聞かせようとすんじゃねえよ、言葉を選べ」
「は、はい……」
遊び気分で拷問にかけられていた時とは全く違う、殺意しかない怒りにレヴィアタンは思わず軽く両手を上げ素直に従うとゼビウスはそれに納得したのか「次は当てる」と警告してから杖を手元に引き寄せ、何事もなかったかのようにベルゼブブと再び何か話し始めた。
「……ゼビウスは普段から結構口悪いと思うんだが……」
「口が悪いと汚い言葉は別物だから……」
「同じじゃねえの? あいつの線引き分かんねえ……」
「とりあえずベルゼブブとアスモデウスの話は避けた方がいいんじゃない。そういった系はダメって事で」
「つー事は、俺も……いやいけるか?」
「ダメでしょ。大嘘つきならギリギリいけるかも? でも私は試したくないからやるならレヴィアタンだけでどうぞ」
「あー! もう分かんねえし何も話さねえ事にする。別の何かにしようぜ」
「そうね、無難なのにしましょうか」
「???」
ムメイとレヴィアタンの話している内容が分からずシスは首を傾げるが、恐らくゼビウスの線引きを越える内容である事は分かったので聞く事はせず大人しくムメイ達の無難な話に混ざった。