連帯責任
魔界につけばすぐに解放される。レヴィアタンはそう思っていた。
しかし実際は魔界についてもレヴィアタンは解放されず、扱いも変わらないまま今はムメイ達と共に冒険者ギルドを訪れていた。
相変わらずトクメとゼビウスは何処かへ出かけ、ムメイ達はお金がないので依頼を受けに来たのだがここでも当然と言うべきかシスのランクで引っかかっていた。
「前みたいに時間がないわけじゃないから採取依頼じゃダメなの?」
「採取ってそんな金になんねえだろ。ならいっそ依頼は受けずに森ぶらつかね? そこで適当な魔物倒して売ればいいだろ」
「一応依頼は受けておく。魔物が出るか分からないし少額でも確実に金は欲しい。あと出来れば毒草も」
話もまとまりギルドから出ようとした時、丁度一人の女性が中へと入ってきた。
その女性は身体のラインを強調した真っ赤なドレスに身を包み、スリットからのぞく綺麗な脚がギルドにいる男性達の視線を独り占めしている。
口笛も聞こえてきたりしているが、誰も声をかけようとしないのは恐らくその女性にぴったりと付き従う一匹の魔物のせいだろう。
その魔物はケルベロス程の大きさに全体的に緑色の毛皮で覆われ、垂れた耳とくるりと巻いた尻尾が特徴のクーシー。音も立てず歩くその姿からは気品さが感じられる。
しかしシスに気づいた瞬間顔を見つめたまま動かなくなり、シスもまたクーシーを見つめたまま動かない。
「? クルト?」
お互い何の反応も返さず見つめあっていたのだが段々とクーシーの顔が険しくなっていき、遂には威嚇の声を上げながら今にも襲いかかろうと戦闘体勢に入った。
「クルト! 止めなさい!」
流石に相手を襲っては一大事と女性は焦ったようにしゃがみ込みクーシーの背中を撫でたり何とか宥めようとしている。
そのおかげかクーシーも少し落ち着いたのか威嚇は止めたが、相変わらずシスの方を睨みつけたまま警戒を止めない。
「何だコイツ、やんのか?」
「このまま抑えていてくれるなら俺達は出るが……」
「ごめんなさい、クルトはこのまま私が落ち着かせておくから大丈夫よ」
女性に言われ一度息を吐くとシスはようやくクーシーから視線を外し出口へと向かい、ムメイとレヴィアタンもそれに続いた。
「クルト、あのまま襲わなかったのは偉いわ。でも威嚇もダメ、そういうのをやっていいのは悪い人や魔物だけにしなさい、って、え、クルト!!」
女性の叫びとクーシーがシスに襲いかかったのはほぼ同時だった。
完全に油断していたシスは背後からの一撃にそのまま近くのテーブルへ派手な音を立てて突っ込み、次の瞬間には元の姿へ戻りクーシーに飛びかかった。
「何でこんな所にケルベロスが!?」
「おい距離を取れ! 魔物同士の戦いに巻き込まれるぞ!」
一瞬にしてギルド内は大騒ぎになったが、クーシーが従魔ということもあり冒険者達は迂闊に手を出す事も出来ずただ見守る事しかできない。
そんな中クーシーは必死に止める女性の命令も聞かずひたすらシスへと攻撃を続けていた。
体格ではクーシーの方が有利なのだが力はシスの方が強いらしく、その体格差を利用してクーシーがのしかかってきてもシスは軽く押しのけてしまい、風魔法を使うも火を吐かれて逆に不利になってしまう。
最初の一撃以降全く攻撃が当たらずクーシーは焦りだしているようだがシスは反対に落ち着いているのか噛みつくと見せかけ距離を取り、避けた隙をつきクーシーの顔面に向けて火を吐き怯ませたところで首元に思い切り噛みついた。
流石に急所を噛まれてはクーシーもそれ以上動けずそのまま動きを止めるしかなかった。
しかしシスは口を離そうとせず、ギチギチと牙はクーシーの首元へ刺さっていく。
「クルト!!」
そんな中あの女性がクーシーの危機に杖を構えようとしたが、横から伸びた手に押さえ込まれそちらを思いきり睨みつけた。
女性の手を掴んでいるのはムメイ。
「何のつもり!? 手を離して!」
「それはこっちのセリフ。最初に襲ってきたのはそっちなのに何故シスを攻撃しようとするの。貴女が今やるべき事はシスを攻撃するんじゃなくてクーシーを止める事でしょう」
「クルトはもう戦えないのよ! なのにまだ噛みついているなんて、このままじゃ死んじゃうわ!」
「死なない死なない。ちゃんとシスは手加減しているわ、その証拠に血が流れていないでしょう。多分クーシーがまだ諦めていないからシスは離さないのよ」
「っ!」
お互い睨み合ったのは一瞬だった。
先に視線を逸らしたのは女性の方で、シスに怯えながらも攻撃する事なくクーシーへと近づく。
「クルト、もういいから。私達の負けよ。ごめんね、私が魔物なら襲っていいと言ったからよね。このケルベロスなら大丈夫よ、ほら、私は襲われていないでしょう」
女性の説得にクーシーからようやく敵意がなくなったのを感じたのかシスは口を離し、女性はクーシーの怪我を調べ始めた。
クーシーは多少毛が焼けているが、トドメとも言える首に歯形はあれどムメイの言ったとおり血は流れていない事に安堵の息をついた。
「はー、人間じゃねえとは思ってたけどまさかケルベロスとはな」
戦いの決着がつき、人の姿へ戻ったシスが軽く首をまわしパンッと軽く服をはたいているとレヴィアタンが近づいてきた。
「いやオルトロス」
「は? 頭三つあんのに?」
「一つ増えたんだよ。よく間違われるが俺はオルトロスだ」
「ふーん、まあ何でもいいけどよ。でもわざわざオルトロスって訂正する必要あるか? ケルベロスと勘違いさせといた方が色々楽だろ」
「訂正しとかないと本物が来て俺が怒られる」
「ああ、あの常に怒っているみたいな奴か。……五月蠅えんだろうな」
「君達、騒ぎは落ち着いたかな」
ケルベロス談議が始まりかけていたところに一人の男性が話しかけてきた。
その男性は四、五十代程でシスよりも高い身長をしているが体格は少し細く、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。
しかし笑顔の割には温度が感じられず何とも言えない迫力にシスだけでなくレヴィアタンさえ軽く後ずさった。
「あ、ギルドマスター……」
「やあナンシー。クーシーが暴れていると聞いて君だとすぐ分かったよ。しかし中々派手に壊してくれたね、これは君達全員と話し合う必要がありそうだ」
ギルドマスターが顎に生えている髭を摩りながら視線を向けた先にあったのはシスの炎で焼かれた床や壁、クーシーの魔法や攻撃で壊れたテーブルや椅子などの見るも無残な戦いの跡だった。
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「ゼビウス……その、少し……えっと、お金を……貸して、欲しい、んだが……」
「え、別にいいけど何で正座してんの? てかレヴィアタンはともかく何でムメイちゃんまで? シス……何があった?」