後始末
ひたすら無心に敵を倒していたウィルフだが、次から次へと際限なく襲ってくる魔物達に流石にバテ始めてきた。
「七大精霊! 上から何か来る! 避けろ!!」
「!!」
そんな時ケルベロスが何かに気づいたらしく、くわえていた魔物を放り投げ距離を取ったのでウィルフも急いで同じ方へと逃げた。
その直後、目玉姿のトクメが落下し凄まじい轟音を響かせ地面へと半分程めり込んだ。
その後を追うようにシスも落ちてきたが、こちらはトクメの上に落ちてきた為音も衝撃もなく比較的静かに地面へと落ちた。
「オルトロス!」
「シス! やっぱり神界へ連れて行かれていたのか……大丈夫か?」
「な、何とか……」
そう答えるがシスは四肢を伸ばしたまま、頭も三つ全てベッタリと地面に伏せて動かない。
急に高所へ飛ばされた衝撃か高所から落とされた衝撃か、どちらにせよ大きな怪我は見当たらないのでウィルフは何も聞かず視線を逸らした。
「っ!!」
と、完全にトクメとシスに気を取られて魔物の存在を忘れていた為気づいた時には目の前にまで攻撃が迫っていた。
このまま切り裂かれる、そう思った瞬間その魔物目掛けて強烈な雷が落ちた。
雷は直撃した魔物から近くの魔物へと次々に感電していきあっという間に敵は全員倒れ伏した。
「これってまさか……」
「お、シスも戻ってきてたのか。よしよし、最低限の面倒は見るんだな、本当にギリギリ最低限だけど」
「ゼビウス様!」
どうやらゼビウスが雷で魔物達を全滅させたらしい。
様子を見るにリビウスに勝ったのだろうがやたら上機嫌なのが逆に怖く、ウィルフは黙って道を譲った。
「ゼビウス様、申し訳ありません。全滅せよとの命を守れなかったどころかゼビウス様のお手を煩わせてしまい……」
「いや、雑魚どもを引きつけくれたおかげで誰にも邪魔される事なく思う存分リビウスを殴る事が出来た。よくやった、ケルベロス」
「ゼビウス様……!」
「シスもお疲れ、大変だったろ」
「ゼビウス……」
ゼビウスは労うようにシスの頭を撫で、一通り満足すると未だに動かず一言も話さないトクメの方を向きようやく状態を把握したのか驚きで目を見開いた。
「うわ、時喰い虫ちゃん解放したの? しかもお前魔力枯渇寸前じゃん……珍しい。まあお前もカイウス大嫌いだもんな……少し休んどけ、ムメイちゃんの迎えは俺が行っとくよ」
そう言ってゼビウスはどこからか白い大きな布を取り出しトクメに被せ姿が見えないように包み、時喰い虫は腕に抱え込んだ。
ゼビウスが何かしたのか、時喰い虫は落ち着かない様子でジタバタ動いてはいるが何かを食べようとする気配はない。
「お姉ちゃんは俺と一緒に妹ちゃんの迎えに行こうな」
「ゼビウス? この布は?」
「ん? ああ、ただの布。このまま目玉を置いとくと目立つから一応隠しとこうかなと。シスも人型になった方がいいけど今は無理そうか?」
「少しきつい」
「そっか。ならケルベロス、近づく人間がいたら追い払え。なるべく早く戻るが頼んだぞ」
「はっ」
ケルベロスが頭を下げ返事をするとゼビウスは軽く頷き時喰い虫と共にムメイの元へと向かった。
「……すまないがケルベロス、俺もイリスとルシアを探しに行ってもいいだろうか」
「構わん。私はゼビウス様から仰せつかまった仕事をこなすだけだ」
「ありがとう。俺もすぐに戻るっ」
******
頭上を確認すれば最初の頃より水は大分下がっているが、それでも不安定になる事なくしっかりと支えられている。
「トクメの言いつけちゃんと守ってんのか……時喰い虫ちゃんといい、本当姉妹揃っていい子だよなぁ」
それに比べて父親の方は、とゼビウスは重いため息を吐いた。
「お、いたいた。ん?」
ムメイを見つけたはいいが、そのすぐ側に見慣れない物体があった。
全く知らぬ顔ではないのだが、今優先すべきはムメイ。あともうしばらくこのまま放置しておきたいという感情に素直に従った。
「ムメイちゃん、お疲れ。トクメ戻ってきたからもう海戻して大丈夫だ」
「海? トクメ……? 誰……」
「おっと、正気失いかけてんな。じゃあとりあえず寝ていようか。大丈夫、起きたら元に……いや魔力枯渇寸前か、まあ少なくとも正気にはなっているよ」
そのままムメイの目を手で覆うと、すでに限界を超えていたのかあっさりと地面へと倒れそれと同時に海が元の場所へと戻った。
「さて、と」
次にゼビウスは今も串刺しにされているレヴィアタンへと目を向けた。
レヴィアタン自身に特に因縁はないが、同じ七つの大罪に数えられているある悪魔には因縁がある。
「お前はこのまま冥界行き。楽しく快適な捕虜生活を約束するよ、その後は知らないけど」
発狂の原因となったフローラとは関係ない腹に空いた大きな穴に、娘を溺愛しているあの父親はどんな制裁を下すのか。
くつくつと楽しそうに笑うとゼビウスはムメイを肩に担ぎ、ケルベロス達のいる場所へと歩いて戻っていった。
******
ムメイを回収し戻ってくると招かれざる客が来ていた。
一度はルシアに撃退された教会関係者だが応援を呼んだらしくウィルフとケルベロス、そしていつの間にか戻っていたルシアと睨み合っている。
ちなみにイリスは気を失っているのかシスの側に寝かされピクリとも動かない。
「教会関係者は諦めが悪いな、負けたのならさっさと帰ればいいものを」
「!? 何者!?」
「怪しい奴め! 聖女様に近づくな! お前のような下賤な者がいては聖女様が穢れてしまうではないか!」
「……なんて言うか……浮気して生まれた子供を聖女として崇めるとか神が関係していりゃ何でもいいのか?」
ゼビウスの言葉にメイリンではなく周りの男達が怒りに任せ剣を抜いた。
「貴様! 聖女様を愚弄するとは何事か!」
「知ったような事を……! 神にでもなったつもりか!」
「ああ? 俺は神だしついでにカイウスは俺の兄だ。つまりそこらの奴よりその辺の事情は詳しい、浮気騒動についてもな」
「……は」
「とりあえず女以外は全員そのまま冥界行き。ケルベロス、もう厄介な奴はいないから思う存分暴れてこい。誰が来てもやり返してやれ」
「ゼビウス様……! はい!!」
ゼビウスの命令にケルベロスは嬉しそうな顔と声で冥界へ戻っていった。
冥界では思うように動けない分たまに地上で暴れてはいたが、やはり本来の場所で好きなように動ける方が嬉しいらしい。
早速たった今冥界に送った騎士達相手に狩りを楽しんでいる事だろう。
満足気に頷くとゼビウスは一人残したメイリンへ視線を向ける。
「ゼビウス……まさかお父様の弟で実父の命を奪った事でお父様に冥界へ封印されたあのゼビウス……?」
「さっき言っただろうが。あと様をつけろ、人間」
「なっ、私に邪神を崇拝し邪教徒達を導く者になれと? どんな責め苦を受けようと私を慕う皆を、お父様を裏切るような事は致しません!」
「元凶はカイウスとはいえ今回の騒動に加担している上に、カイウスの血を引いている奴をこのまま何もせずに放置するのもちょっとなあ」
メイリンは神の血を引いている為、教会関係以外でも絶大な権力があり地位もある。
普通の相手ならば敵なしといえたが、純粋な神であるゼビウスにはむしろ逆効果。
ましてやゼビウスはカイウスを嫌っており、その血を引くメイリンも対象内に入っている。
「お前は冥界に来られても迷惑だ。だからお前は冥界に出禁、どれだけ傷を負おうが『死』を迎える事は認めない」
「え? ……まさか私を不老不死に……そんな、私を人と同じ生を歩ませないだなんて……」
「誰が不老不死と言った、都合の良いように解釈するな気持ち悪い。死なないだけだ、だから歳は普通に取る」
「は? ……え……?」
恐らく心の底では不老不死を喜んでいただろうメイリンの顔色が変わった。
身体が老い続けるのであればいつかは歩けなくなる、動けなくなる。
それでも死ぬ事はなく、そんな状態になっても聖女という事で助けてくれる者はいるのか。
「歳は……二十? なら今から五十年海に沈めるか。安心しろ、もう不死になっているから息が出来なくても死ぬ事はない。呼吸ができない苦しみは普通にあるが、死なないから安心して海中の景色でも楽しんでいればいい」
「ま、待って……海って、五十年なんて……」
「永遠の中でたった五十年だ、何の問題もないだろう」
「そんな……どうか、どうか御慈悲を……私はお父様の、カイウス様の娘。貴方様にとっては血の繋がりがある姪なのですよ……?」
このままでは五十年間も呼吸が出来ず苦しみ続けてしまう。更に待っているのはどれほど老いても死ねない事実。
あまりの恐ろしさに腰が抜けたメイリンはそれでも何とか海中へ沈ませられるのを回避しようとゼビウスに必死で縋った。
這いつくばるように掴んだのはゼビウスの裾。
脚の形がうっすらとはいえ見える程しっかりと握りしめていた。
「……。何とも思っていない姪と可愛い息子と部下だと比べるまでもない、分かったら今すぐその手を離せ」
先程までと全く違う冷たい声と感情のない瞳にメイリンは怯んでしまい思わず手を離してしまった。
「……分かりました……もう、避けられないというのなら私はこの運命を受け入れましょう……」
そのままメイリンは俯くと手で顔を覆う。すすり泣く声が聞こえるがゼビウスの表情は変わらないどころかどんどん冷たさを増している。
俯いてその表情を見ていないのはメイリンにとって数少ない救いかもしれない。
「受け入れる? 違うだろ。言っておくが最後の頼みの綱であるリビウスは俺に逆らわないからお前を助ける事は一切しない、させない」
「え? ひっ」
海の支配者であるリビウスもメイリンにとっては血の繋がった叔父に当たる。リビウスならばカイウスとの仲は悪くないのできっと助けてくれる筈。
そう考えていたメイリンだったがそれすらも見透かされてしまい思わず顔をあげ、ゼビウスの顔をまともに見てしまった。
「それじゃ、快適な海中生活を」
次の瞬間、メイリンはもう海中へと移動させられていた。