ムメイVS???
現在ムメイはひたすら無心で海を持ち上げ続けていた。
リビウスの相手はゼビウスが引き受けカイネはイリスが、海の魔物達はケルベロスとウィルフ、そして聖女とその護衛達はルシアが相手をしている。
ムメイを狙う者はおらず海の水を支える事だけに集中出来る筈なのだが、どうしても嫌な予感が消えず何も考えないようにしてもいまいち集中しきれない。
「何か忘れている気がする……何だっけ。海ってリビウスの支配下だから他にいない筈なんだけど……でも、絶対このまま上手くいく筈ないし……」
ムメイは別に後ろ向きな性格というわけではない。
ただ、トクメが関わって物事が綺麗に上手くいった事がない為そう疑っているだけである。
トクメ自身は綺麗に滞りなく進んだと思っているだろうが、その分周りの被害は敵味方問わず大きい。
その振り回され歴はゼビウス程ではないにしろ、ムメイも自慢出来るぐらいには長く頻度も多い。
それこそトクメの娘は伊達ではないと言える程に。
「見つけた!!」
「っ!」
鋭い声と同時にムメイは背後から衝撃を受け、口から血が流れ落ちた。
突然の攻撃に一瞬海の水が揺らいだが何とか持ち直しその貫いた何かを確認すると、腹から一本の角のようなものが飛び出ている。
「思い出した……そういえば貴方がいたわね。七大精霊よりも遥か昔から神に反逆していた者達が」
顔だけそちらに向けるとそこには姿こそ男とも女とも取れる整った顔をした人に見えるが、頭には二本のねじれた角が生え背中からは魚のヒレのような青く透き通った羽を生やした七つの大罪の一つとして恐れられている悪魔、レヴィアタンがいた。
「てめぇ、今すぐ海を元に戻せ! でないと次はこんなもんじゃ済ませねえぞ!」
「ふふっ。レヴィアタン、貴方いつから神の下僕になったの」
「ああ?」
怒りに満ちた表情をしているレヴィアタンにムメイは挑発するように笑い煽る。
「だって海を戻そうとしているリビウスに協力して私を倒そうとしているのでしょう。リビウスの為に働いているなんて、下僕以外に何があるの。配下?」
「誰があんなクズ野郎の為に動くか!! 俺は、俺の為にしか動かねえよ!! 海は俺の縄張りだ! それを荒らすテメェはぶっ倒す!!」
「(やっぱりダメか)」
心の中でムメイは舌打ちした。
出来れば挑発に乗ってリビウスの元へ向かって欲しかったが、そもそもレヴィアタンは相手の心につけ込み操ったり取り憑いたりするのを得意としている。ムメイが口先だけでどうこう出来る相手ではない。
更にはレヴィアタンの司るものもムメイと相性が悪い。
ムメイが次の手を考えているとズズ、とレヴィアタンがムメイの腹を貫いているのと同じ槍を大量に召喚した。
「腹だけじゃなく身体中に穴開けてやるよ! そうすりゃ海の水、持ち上げらんねえよな!!」
「生温い!」
「なっ!」
槍で貫かれるより早く、ムメイは刺さったままの槍を引き抜きレヴィアタンへと刺し返しそのまま正面へと引きずるように移動させる。
相手の槍をそのまま使った為、レヴィアタンにあまりダメージは与えられなかったがとりあえず顔を向ける必要はなくなった。
「お前、人間じゃねえな……何者だ?」
無理に槍を引き抜いた為ムメイの傷口が開き更に大量の血を吐き出したが、変わらず海を支え続けるその姿にレヴィアタンが探るように目を細めた。
「何だっていいでしょう、それより無駄な魔力を使わせないで。あんまりうるさいとその口塞ぐわよ」
傷よりも海を支える方がムメイには負担になっている。
遠ざけるのが無理ならこのまま時間が来るまで何とか話を続けて気を逸らせたいが、レヴィアタンは地面に落ちたムメイの血を指にとり口に入れると笑みを浮かべた。
「ああ、なんだ精霊か。精霊だけど……ははっ、成る程成る程」
先程までの怒りが消えレヴィアタンはニヤニヤしながらムメイに近づくと腹に手を当てそのまま手首まで沈める。
「っ!!」
「いいねいいね、お前中々面白いな。強い筈の精霊様が、たかが人間一人の感情に振り回されてボロボロになってんじゃねえか」
「……」
ムメイが思い切り睨みつけるとレヴィアタンは更に嬉しそうに笑みを深めた。
「それに……妬ましいんだろ? 父親の愛情を独り占めしている姉が」
「…………」
「父親に愛されたいんだろう? 姉のように一心に愛情を注がれたいんだろう。なあ、叶えてやろうか? 俺に任せりゃ父親の愛情を独り占め出来るようになるぜ。このまま足手まといのお荷物なんて嫌だろう? いつ見捨てられてもおかしくない今の状況から助けてやれるぜ」
「……レヴィアタン、貴方は本当に相手の心の隙を突くのが上手ね」
まだ何か話そうとしていたレヴィアタンの言葉を遮りムメイは優しい笑みを浮かべながら話しかけた。
しかし目は笑っていない。
「わざわざ言わなくても、私はあいつの力がないと正気を保つ事も出来なくて、今どれだけ足を引っ張っているか嫌という程分かっているわ」
ムメイを常に襲う激痛は、トクメの魔法によって痛覚を断つ事で正気を保つ事が出来ている。
しかし今、ムメイはその魔法を拒絶した。
その途端ムメイは激痛に襲われ倒れかけたが寸前で地面に片膝をつき何とか耐え、海の水は僅かだが上昇した。
「お前、何のつもりだ……?」
「心の隙を突いて動揺させたかった? 残念だけど、私は貴方に言われなくてもちゃんと分かっているわ。それに……父親に愛されたいと思うのは子供なら当然のことでしょう。姉と明確に差をつけられて不満に思うのだって普通の事よ、何も悪い事じゃない。……だからあいつが……父が海を支えろと言うのなら私は支え続けるわ。それで私の事をちゃんと見てくれるのなら」
ゆっくり立ち上がりながらムメイは魔力を具現化させ巨大な杭を作り出す。
「でも、分かっている事を相手に言われるのは本当に腹立つわね……自分で言うのも。両方だから二つ造りましょうか」
「おい……それ、まさか……」
「言ったでしょう、あんまりうるさいとその口を塞ぐって。不死なんだから何をしてもいいでしょう、死なないのだから」
「……嘘だろ」
杭は更に作り出されレヴィアタンはそのまま避ける間もなく口と腹を地面に縫いつけるように刺された。
今度はムメイの魔力で造られたのでレヴィアタンが何をしようと杭が消える事はない。
ひたすら杭を叩き何か叫んでいるみたいだが口、というより顔の下半分は杭で潰されているので何も聞き取れない。
レヴィアタンの音を聞きながらムメイは再び海へと意識を向ける。
「……大丈夫……私だけで海を支えてみせるわ。だから、だから……戻ってきたら私を褒めて……」
一度拒絶した魔法は再びトクメがかけ直さない限り戻らない。
激痛に耐えながらムメイは海の水を支え続けた。
自我を失わないよう震える手で服の下につけているブローチを必死に握りながら。