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精霊ダフネ

 私はダフネ。

 精霊ダフネ。


 私の宝物はこの花畑。

 そんなに大きくはないけれど、とても大切で自慢の花畑。


 私の花畑には沢山の妖精やエルフ、人間達が来てくれる。

 皆優しくて、私の育てた花を気に入ってくれて、色々な事を教えてくれた。


 花を使ったお菓子に咲いた姿のままずっと残せる押し花、様々な花を合わせる事で素敵な匂いになるポプリ。


 他にも沢山、沢山。本当に素敵なものばかり教えてくれた。


 私の花が喜ばれるのが嬉しくて、嬉しくて、毎日が幸せだった。


 本当に幸せだった。


 けれどその幸せは一瞬にして全て無くなった。


 その日も私はいつものように花の世話をしていた。何の変わりもない、いつもの日になる筈だった。


 いきなり現れた強い光に視界が真っ白になり、目を開けた時には私の花畑は無くなっていた。


 あるのは深く抉られた醜い大きな穴だけ。


「え……?」


 何が起きたのか分からなかった。

 転移させられたのかと思ったけれど、周りの景色はいつもと変わらない。


 何が起きたの?

 たった今まであった私の花畑は?

 何処に、何故消えたの?


 理由はすぐに分かった。


 七大精霊。

 私達精霊族の中でも特に強い力を持ち神すら倒せる程の力があると言われていた精霊達。


 けれど、本当に神へ戦いを挑み戦争を起こしていたなんて。

 しかもそれで惨敗。


 そしてその負けた賠償として私の花畑をカイウスに渡したらしい。


 何で?

 何で私の花畑を?


 私は戦争に参加していないのに。


 どうしても納得できなくて、私の花畑を返してほしくて。

 何度も周りに訴えた。


 私は神に花畑を渡すことを認めていない。奪われたって。


 何度も何度も。


 なのに精霊達は誰も話を聞いてくれない。あんなに仲の良かった妖精達も私と距離を取り、話す事も会う事さえしてくれなくなった。


 皆私の姿を見るだけで離れていき、遠くでヒソヒソと話し、冷たい目を向けてくる。


 何で何で。

 私が何をした?


 そうしたら七大精霊の代表、平和の精霊が私の前に現れた。


「貴女、折角訪れた平和を乱すような事は止めなさい」


 そう言って平和の精霊は私を責め出した。


「ようやく平和が戻ったのよ。貴女がそうやって騒いでいるせいでまた神と戦争が起きそうなの。花畑の一つや二つぐらいいいでしょう、それで済ませてもらうようにした私達の努力を無駄にしないで」


 努力? 努力の結果が何故私の花畑を奪い勝手に渡すことになるの。


「そもそも、貴女のせいで戦争が起きたのよ。しっかり反省しなさい」


 私? 私のせい? 何で?


 平和の精霊はまだ話しているけど何を言っているのか分からない。

 分からないまま平和の精霊は去ってしまった。


『貴女のせいよ』

 静かになった筈なのに平和の精霊の言葉が何度も頭の中で響いていた。


 ねえ、私は一体何をしたの? 何故私のせいなの?


 誰かに聞こうにも誰も来てくれない。近づいても離れてしまう。


 私のせいだという言葉しか聞こえてこない。


 ******


 あれから何日経った?


『貴女のせいよ』

 平和の精霊の言葉はまだ私の頭の中で響いている。

 何度も、何度も私のせいだと責めている。

 毎日。毎日毎日ずっと言われている。


『貴女のせいよ』

 この声は誰のだろう。遠くで囁く妖精達?

 私のせい。何がだろう。


 分からない。


 ******


『貴女のせいよ』

 声は今も響いている。何時まで経っても響いている。

 うん、私のせいなのは分かったから。だから教えて。ねえ。


 私のせいだから、だからもう止めて。


『貴女のせいよ』

 お願い。教えて、私は何をしたの。

 教えてくれないと私は何が私のせいなのか分からない。


 平和の精霊がまた来た。


 何か言っているけどよく聞こえない。私のせいだと責める言葉しか聞こえない。


 分からない。


 ああ、違う。分かった事は一つだけあった。

 この醜い穴しかない、草一つ育たない、何もない荒地が平和だと。


 そっか、私が平和だと思っていたあの花畑は争いの象徴だったのね。

 だから皆私から離れていったのか。


『貴女のせいよ』

 そうか、それなら確かに私のせいだ。


 頭の中の声も、目の前にいる平和の精霊も『貴女のせい』だと言っている。


『貴女のせいで戦争が起きたのよ』


 草花を育てる事が争いを起こすというのなら、戦争が起きたのは私のせいだ。


 ならそれを全て潰してしまわなければ。


 この荒地が平和の証だと言うのなら、全てを同じにしなくちゃ。


 だって私は平和に暮らしたい。


『貴女のせいよ』


 うん、私のせい。分かったから。


『貴女のせいよ』


 もう分かったから。静かにして。


「ダフネ、聞いているの? っ、貴女……」

『貴女のせいよ』


 ……五月蝿い。その言葉はもう聞きたくない。


 ******


 振り返って見えるのは草一つない土が剥き出しの荒地。動かなくなった平和の精霊。


 あれ、私なんでこんな事しているんだっけ。


 ああ、そうだ。草花は争いを起こすから壊しているんだった。


 平和の為だから仕方ない。


 そう、平和の為なのに、平和の精霊は何故私を止めようとしたのだろう。


 ?


 あれ? 私が平和の精霊を止めたのだっけ?


 どっちだったか分からないけれど、平和の為だから仕方ない。


 うん、仕方ない。なのに何で私は泣いているんだろう。


 私がまだ前のように花を育てたいと思っているからだろうか。


 草花を育てながら皆と楽しく幸せに過ごしていたあの時に戻りたい。


 今も昔も私の想いは変わっていない。


 なのに、何で、全く逆の事をしているんだろう。


「ふふっ、あははっ。あははははっ……」


 何だか可笑しくて可笑しくて、笑えてきた。笑い過ぎてまた涙が出てきた。


 可笑しいな、前も私は笑っていたけど今は全然違う。


 嬉しくないのに勝手に笑ってしまう。


 でも笑っていると何だか楽しくなってきて、それが可笑しくてまた笑って……止まらない。涙も同じぐらい止まらない。


 しばらく笑っていたら七大精霊達がやってきた。


 ああ、もう平和の精霊はいないから六大精霊だろうか。


 ダメだ、分からない。分からないのがまた可笑しくて笑っていたら七大精霊、六大精霊? が平和を乱す私を倒すと言った。


 乱す?


 ああ、笑い過ぎて五月蝿かったのか。

 笑うのも泣くのもダメなのね。


 ******


 とても静か。

 周りには誰もいない。

 七大精霊はもういない。


 私を責める声はなくなった。


 私の腕も、脚もなくなった。


 私の手足は離れても私の手足であることに変わりないのにちっとも動いてくれない。


 もう私じゃないのかな。


 何だか可笑しくてまた笑えてきた。


 ああ、笑っちゃいけないんだった。でも口があると自然に笑ってしまう。

 目があるから自然に涙が出てしまう。


 そうだ、離れてしまえばもう動かなくなるから離してしまおう。


 そうすればもう笑わなくなる。泣かなくなる。


 平和だね。


 手も脚もない私に使えるのは口だけ。だから全部ぜんぶ、食べてしまおう。私は私を食べてしまおう。


 私が私を食べれば私はいなくなる。残った私は私じゃなくなるけれど、口だけになった私はそれでも確かに私だから。


 きっとその残った口で全てを食べ尽くしてくれるはず。食べ続けていれば私の口は笑わない。


 あれ、何で笑っちゃいけないんだっけ。何で全部食べようとしているんだっけ。


 忘れちゃった。


 でも、もう、いいや。


 ******


「そして生まれたのが全てを喰らい尽くす時喰い虫。そうそう、時喰い虫はダフネの唯一残った『食べる』という思いから生まれてはいるけど精霊じゃないから。種族は魔物に分類されるみたい」


 ムメイの再現劇が終わり、ウィルフとイリスはあまりの内容に言葉を失った。


 ダフネの事は知っていたが、その成れの果てがあの時喰い虫だとは知らなかった。

 ましてや七大精霊がダフネを精神的に追い詰め自食いという狂気に走らせた事も。


「カイウスではなく七大精霊が勝手に花畑を献上していたのか……」

「その七大精霊を全滅させたのがダフネだったのね……」

「……。カイウスがダフネの花畑を欲しがったのは本当よ。ただ、七大精霊がそれを蹴って丁度いいと争いを仕掛けたの」


 ただしダフネには何も知らせずに。

 

 そしてその結果の大敗による責任や非難を恐れた七大精霊はダフネに全てを擦りつけた。


 カイウスに花畑を渡さなかったダフネが原因で精霊戦争は起きたと。


「お姉ちゃ、時喰い虫はダフネの『食べる』という思いから生まれたけど完全な別個体というわけじゃないの。何て言ったらいいのか……私とフローラみたいと言えばいいのかな。それもちょっと違うんだけど一番近いのがこれ」

「そう、なの……」


 それはつまり、もうどうしようもないという事。

 ムメイからフローラの記憶や痛覚を取り除く事ができないように、時喰い虫がダフネだった頃の記憶を思い出す事も元の姿に戻る事もない。


「そう、だから余計な事はしないでね。その為に教えたんだから」

「え?」

「時喰い虫を元のダフネに戻そうとアレコレしないでねって事。戻せる術があるならとうにあいつが見つけているだろうし、行動している。それをしていないという事はそれがないという事」


 手を尽くして分かったのが治す術がないというのを嫌でも理解し受け入れざるを得ない状態で、何も知らない他者にアレコレ提案されたり指摘されるのは相手の神経を逆撫でする以外の何でもない。


「ルシアがダフネの事を知るのを避けたいの。さっきの事で七大精霊と精霊戦争について興味を持っていたから調べるかもしれないし、知ったら確実に行動を起こすわ。私達の神経を逆撫でするような事はさせないで」

「わ、分かったわ。ルシアの事は任せて」


 ムメイは先程と同じ顔で笑った。しかしその目は辛く悲しそうに見えた。

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