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実は喫煙者〜すりおろしリンゴはうさぎの夢を見るか〜

「ゼビウスっ! ぶわっ!?」


 勢いよく開けられたドアはそのまますぐに勢いよく閉められた。


「お前ね、開ける時はノックするか声かけろよ。普通にビビるだろうが」


 少ししてから内側からドアは開けられ、しゃがみ込んだまま今も顔、というより目を押さえて動かないトクメにゼビウスは呆れながら声をかけた。


「……タバコは止めたと思っていたのだが」

「今まではな。シスがいつ来るか分かんなかったし、タバコの臭いがトドメになりそうなぐらいギリギリの状態で来るから怖くて吸えなかったんだよ」


 シスとケルベロスはタバコの煙と臭いがダメなので消臭もきちんとするが、トクメは煙だけなのでゼビウスは軽く換気してから中へと招き入れた。


 現在シスは街にいるので瀕死になる事はなく、トクメという不安要素はあるがたとえ怪我をしても仲間がいるので治療も出来る。

 そしてケルベロスは見回りに出掛けたので三日は帰ってこない。


 となると、ゼビウスにとっては何百年振りかの喫煙の機会、だった。


「まだ吸い始めたばっかだったのに……」


 テーブルに置かれた灰皿にはほとんど吸われていない状態のタバコが潰され、トクメは不意打ちでくらった煙がまだ沁みているのか目をシパシパさせている。


「で? 今日は何の用。焼きそばなら昨日食ったろ」

「そっちではない、シスだ!」


 そう言うとトクメは興奮気味に先程の事、シスがムメイの為に作ったブローチの事を話した。


「えー、シスってばやるじゃん。ムメイちゃんの為にブローチ作って、しかも安全の為にお前に確認頼んだんだろ。お前からにしてもいいって嘘を推奨したのはアレだけど、いい事じゃん」

「いいわけあるか! シスは気に食わんが嘘をつきたくない! 難癖つけようにもあのブローチには欠点がないのがより腹立たしい!」


 興奮なのか怒りなのか、トクメは元の姿に戻り「あああああ!」と唸りながらゴロゴロ転がりだした。


 相当気に入らなかったらしい。


「そんなに嫌ならお前が作れば良かったのに。お前だってやろうと思えばブローチに限らず大体作れるだろ」

「……確かにそうだが、ムメイには既に別の術をかけている上更に呪い避けとなると、複雑化してムメイにも負担がかかる」

「あー、そうだった。じゃあやっぱりシスが最善って事か」


 ピタッと動きを止め何か言おうとしたトクメだが、ようやく視界がまともになったのかゼビウスの顔を見て一瞬で大人しくなり人の姿に変わった。


「お前、その顔はどうした」

「ん? 何だ見えてなかったのか。流石に精霊を呼び過ぎたみたいでさ、バレた」


 ゼビウスの口元は切れ、目の周りも青い痣ができていた。傷の様子からしてまだ新しい。


「カイウスか?」

「いやリビウスの部下。参謀の……マーマンだったかそんな感じの名前の奴。まああいつ普段から俺が何もしてなくても来るからなあ。六割ぐらいが自慢と罵倒だから楽っちゃ楽だけど」

「薬はどうした、切らしているのか?」

「持っていかれた。材料は一応あるんだけどさ」


 リビウスの部下が来たのはケルベロスが見回りに出かけた直後。


 次いつあるか分からない喫煙の機会と手当て、どちらを優先するべきか。

 ケルベロスが気づかない程の完全消臭と換気の手間と時間を考えた結果、ゼビウスはタバコを優先させた。


「結局お前が来ちゃったから満足に吸えなかったんだけど」

「そうまでして吸いたいものなのか……ふむ、つまりお前は今負傷しているというわけだな。よし、ならば私が看病してやろう」


 先程までは真面目な顔をしていたトクメだが、何か思いついたのか目を輝かせながら看病すると言いだした。


「負傷って程じゃねえし、看病したいなら薬置いていけばそれだけで十分だから余計な事はするな」

「看病といえばうさぎリンゴだ。しかし以前にお前が作ったあのうさぎリンゴはうさぎとは程遠い姿をしているのにそれをうさぎと呼ぶのは納得できん。あれならまだ雪うさぎの方がうさぎに近い形をしている」


 看病とは言っているがどうも以前にゼビウスが面白半分で作って見せたうさぎリンゴが納得出来ず、より本物に似ているうさぎリンゴを作りたいらしい。


 ゼビウスはタバコを本格的に諦め灰皿などを片付け始めた。


 何だかんだゼビウスも寂しがり屋なのでトクメを追い返したりせずうさぎリンゴに付き合う事にしたらしい。


 片付け終わると同時にトクメはその場で真っ赤なリンゴを二つ取り出した。

 その見た目と出した瞬間に漂ってきたリンゴ特有の良い香りに、相当高い品質なのがよく分かる。


 そのリンゴを、トクメは魔法で一瞬にして全て皮を取りそのまますりおろしリンゴにしてしまった。


「…………」


 皮を全部剥くどころか、すりおろしてしまってはうさぎリンゴは作れない。

 しかしゼビウスは何も言わず黙ったまま作業を見つめ続けた。


 変に言うと自信満々に蘊蓄を語り出すか拗ねてグダグダ蘊蓄を語るかのどちらかで、結局蘊蓄を聞かされ面倒くさくなるのをゼビウスは知っている。


 トクメはそのまますりおろしたリンゴが入っている器に蜂蜜を入れ丁寧にかき混ぜていく。

 蜂蜜は恐らく変色防止の為だろうが、レモンではなく蜂蜜を入れる辺り口を切っているゼビウスに配慮しているらしく一応看病のつもりなのが感じられる。


 看病する気持ちがあるのならうさぎリンゴではなく薬を作れと思わなくもないが。


 そうして全体に蜂蜜が混ざるとすりおろしたリンゴの一部をスプーンで平らにしながら土台を作り、その上に更にすりおろしたリンゴをどんどん乗せていき形を作っていく。


 その形が完成した時、ゼビウスの口はポカンと開いてしまった。


「出来たぞ、こっちの方がよっぽどうさぎらしい」


 そう自信満々に見せてきたのは、すりおろしリンゴで作られた立体的なうさぎだった。ご丁寧に両手にはすりおろしリンゴで作られたリンゴを抱えている。

 流石に耳を立てさせる事は出来なかったのか垂れ耳になっているが、ロップイヤーと思えば特に問題ない。


「相変わらず変に器用というか、無駄に凝り性というべきか……才能の無駄使いだな」


 よく見れば目の部分や鼻に尻尾、爪までもしっかりと作られている。


「もっと素直に褒められんのか」

「調子乗るから褒めたくない。褒めたくないけど……すごいな」

「ふふん、そうだろう。うさぎと言うにはこれぐらいはしないとな」


 結局褒め言葉しか出てこずトクメは嬉しそうに笑った。


「で、これ食べていいの?」

「当然。このまま放っておいても腐るだけだ」

「それじゃ遠慮なく」


 トクメからスプーンを受け取り、ゼビウスは少し悩んでからまず尻尾を崩した。


「痛っ」


 そのタイミングに合わせてトクメがそのうさぎに成りきって声を当て出した。


「…………」


 ゼビウスは動きを止めチラリとトクメを見たが、特に何か言う事もせずスプーンを動かす。


 しかしトクメはゼビウスがスプーンを進める度に「腕を失おうとこのリンゴだけは……!」や「食料がっ! ここが俺の墓場か……!」など無駄に高い演技力で熱演してくる。


 それでも無心でうさぎリンゴを食べていたゼビウスだが、耳を崩した時に「俺のっ、俺の耳があああ!!」と叫ばれ我慢の限界が越え、全力でトクメの顔をぶん殴った。

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