試合開始
闘技場の観客席は満席を超えあちこちで立って眺めている人もいる中、シスは最前席で不安そうな顔でまだ誰もいない中央にある石で出来た丸いリングを眺めていた。
「隣いい?」
「ムメイ」
ムメイはシスの闘技場に座ると両手に持っていたカップの一つを渡した。
カップの中には出来立てなのか全体的にホカホカと温かいポップコーンが入っている。
受け取りはしたものの食べようとはせず、またリングへと視線を移したシスにムメイは少し気まずそうに話しかけた。
「あー……その、無理そうなら帰っても大丈夫よ? こういうの、あまり好きじゃないんでしょう」
心配そうに話すムメイにシスは緩く笑いながら軽く首を左右に振った。
「いや、大丈夫だここにいる。今はそれよりゼビウスが何かやらかしたりしないか、そっちの方が心配なんだ」
「そうなの? こういうのトクメの方がやらかしそうなんだけど」
「トクメだけで終わってくれたらいいんだが……」
不安で一杯なシスを置いて試合開始の鐘が鳴った。
******
闘技場のルールは特になく、敗北条件は対戦相手に降伏するか倒れて十秒以内に立ち上がらない、リングから降りて十秒以内に戻らなかった時となっている。
そして対戦相手の死亡。
これだけとなっている。
幸いというべきなのか今の所まだ死亡者が出ないままゼビウスとトクメの番となった。
対戦相手は見た目から判断するに魔術師が一人と剣士二人の三人組。
試合開始の鐘が鳴ってもトクメは何も持たず腕を組んだままだが、ゼビウスはよく持っている真っ黒な杖を自空間から取り出した。
相手の剣士は一人が剣を構えると、同時にハッと明らかに馬鹿にしたように鼻で笑った。
「何だよ、魔法使い二人で闘技場に来るなんて何考えてんだ? こんなの俺だけで勝て……」
男の言葉は途中で途切れ、仲間が気づいた時にはリングにうつ伏せで倒れていた。
リングにはヒビが入り血が流れている。
「……え?」
何が起きたのか把握出来ていないもう一人の剣士は倒れた仲間を見てから視線を上げるとそこにはいつの間にかゼビウスが立っていた。
持っている杖の頭の部分には血がべったりと付着している。
「何だ、シード枠なら多少は強いのかと思ったのに……つまんねえ」
たった一撃、しかも動いた事すら気づかなかった事に圧倒的な力量差を感じ、剣士だけでなく魔術師も顔が青褪めていた。
何故かゼビウスの後ろにいるトクメもドン引きしている。
「さて、あと二人。こんなんじゃ準備運動にもならねえけど動かないよりはマシか」
「ひっ」
残り二人も悲鳴をあげる事も逃げる間もなくあっさり倒され、観客達も静まり返る中ゼビウス達の勝利を告げる審判の声だけが響いた。