譲れない部分
「なあなあトクメ。トクメ、トークーメー」
テーブルで本を読んでいるトクメに、先程から向かいに座っているゼビウスが何度も名前を呼んでは袖を引っ張っていた。
トクメは完全に無視しているが、ゼビウスが名前を呼び始めてから本のページは一枚も捲られていない。
「聞こえているのは分かっているし本も読んでいないだろ? いい加減話聞けよ」
「……聞くまでもない。闘技場に参加してほしいのだろう? お前と一緒に。ならば私の答えは否だ、さっさと諦めて他の所へ行ってこい」
ようやく口を開いたトクメだが目線は本から動かさずページを一枚捲る。
その様子にゼビウスはつまらなさそうに「ふーん」と呟くと席から立ち上がった。
「そっか、じゃあお前じゃなくてムメイちゃん誘ってくる」
「何故そこで娘を出す。シスを誘え、お前の息子だろう」
ムメイの名前を出され流石のトクメも無視出来ず本をしまうとゼビウスは分かりやすく嬉しそうな笑顔になったが、すぐにいつもの表情に戻り話を続ける。
「だってシスは戦いとかあんま好きじゃないし? 苦手な事に参加させるのも可哀想だろ」
「私もそういった類の事は好きではないというのはこの際置いておくとして……私の娘ならいいと言うのか」
「え、ムメイちゃん割と好戦的というか、こういうの結構好きだけど……知らねえの?」
珍しくゼビウスが相変わらず脅迫混じりではあるが挑発し、そしてこちらも珍しくトクメが挑発に乗った。
「知らないわけあるか! だが怪我をするのが前提の場所に進んで送り出す親が何処にいる!」
「ならお前しかいないじゃん。というわけで行くぞ」
「!! ああ、受付時間が過ぎるまであと少しだったというのに……」
「闘技場は関係者に事前申告してりゃ乱入も許可されてるから諦めろ」
誰がどう見てもはしゃいでいる様子のゼビウスはトクメの襟首を掴むと、引っ張るように部屋から出て行った。
******
「ゼビウス」
「ようやく再開したからか観客の数多いな。それともいつもこれぐらいなのか?」
「ゼビウス」
「参加者は定数みたいだけど特にあぶれる事はなかったし、やっぱこれが通常?」
「ゼビウス」
「あ、トーナメント戦の回数多くなってるからやっぱりいつもより多いみたいだな。で、俺らがシード枠になっているのは……ヴィルモントが手を回しやがったな、何考えてんだあいつ。戦える数減らしやがって」
「……ゼビウス」
「何だよ、さっきから」
受付を済ませ今は参加者用の控え室で闘技場の規則が書かれた紙を確認していたゼビウスだが、トクメに後ろから首を掴まれ紙から目を上げた。
「お前が私に闘技場に出ろと言ったのは団体戦に出る為の数合わせと言っていたな?」
「そうだけど? 何、やっぱり嫌になった?」
「個人戦があるのに何故そちらに出場しない。そちらならば私を誘う必要もなかっただろう」
ゼビウスの性格ならば個人戦に出ると思い、それをしなかったという事は個人戦はないのだろうと思い込みろくに調べなかった事をトクメは激しく後悔した。
調べる事を怠けた自分にも非がある為怒りこそしていないものの明らかに機嫌が悪くなったトクメだが、ゼビウスは特に気にする事なく話を続ける。
「だって俺人じゃねえし。なのに個人戦に出るのはおかしいだろ」
「は……」
完全に予想外の答えだったのかポカンと口を開け固まったが、すぐに我に返ったのか首を左右に振った。
「ドワーフやエルフも普通に個人戦へ出場しているが。言葉のあやみたいなものだろう、人限定というわけではないというのはお前も分かっている筈だ」
「分かっていても嫌なもんは嫌なんだよ。お前だって一個二個と数えられるのは嫌だろ」
「…………」
生命ではない数え方と同じにするな、と目線で思い切り反論しているトクメだが人嫌い、というより全種族を基本嫌い信用していないゼビウスの気持ちも分からなくはないので横を向きため息を吐く事で納得の意を示した。