騒がしいのは悪魔だけ
「何でお前らがここにいんの」
普通に話してはいるが杖を出して臨戦状態のゼビウスに、ベルゼブブとベルフェゴールはいつ攻撃してきてもサタンを犠牲にして逃げ出せるようさり気なく場所を移動した。
当のサタンはそんな思惑に気づかず相変わらずヘラヘラとした笑顔を浮かべている。
「え、見たまんまだよ。慰安旅行」
「誰がいつお前の下についた」
「それもだけど、お前僕達に給料出した事ないだろ」
サタンの返事にベルゼブブとベルフェゴールは思わず反論し、先程まで機嫌の良さそうだったサタンは不満そうに口をとがらせた。
「えー、だって何か楽しそうな響きじゃん、慰安旅行って」
「お前慰安旅行の意味分かってないだろ」
「まあまあ、別にいいじゃんそんな事。それよりも、こっちは人間が入ってこないよう結界張ってんのに何で突破してんのかが……って、ん? んん?」
サタンの視線からヴィルモントの事のようだが、何かに気づいたらしく湯船から上がると確かめるように顔を近づけた。
ヴィルモントは嫌そうに顔を顰めているが特に何もせず大人しくしている。
「うわ、吸血鬼じゃん。しかも知性ある! 他にも何か色々混ざってるけど闇の眷属同士仲良くしようぜ、よろしくー」
「闇繋がりならゼビウスの方が近いのではないか?」
「俺神。向こう悪魔。種族や立場的に正反対」
「確かサタンは元天使、同じ神界出身ならば私よりよほど仲良く出来そうではないか」
「過去より現在だろ。それに俺は不本意とはいえ既に知り合いだから初対面のお前が仲良くしてこい」
笑顔のサタンを無視したまま真横に並んでいるゼビウスと一切顔も目も合わさず会話をするヴィルモントだが、どちらも折れる気配は全くない。
「あれ、何か押しつけあってない?」
「お前が相手なら誰だってそうする。俺だって叶うならばそうしたかった」
「僕も」
そしてこちらはこちらで同じようにサタンと並んだベルゼブブとベルフェゴールだが、やはり一切顔を見ようとせず真っ直ぐ見たまま即答している。
「折角のあったかいお風呂なのに皆冷たいのな。まあでもここで会ったのも何かの縁って事で、今日ばかりは普段の確執とか因縁忘れて裸の付き合いしようよ」
「それ俺が言う方だろ、忘れるつもりも付き合う気もないけど。……シス、向こうの風呂入ろ。お前ら一匹でもこっち来たら連帯責任で全員に電撃放つからな」
「ぐえっ」
ゼビウスの的確な脅迫に、ベルゼブブとベルフェゴールは風呂に戻すついでに日頃の鬱憤も込めてサタンの首にラリアットをかけた。
「まさか七大悪魔全員が来ているのか?」
「そのようだ。ルシファーは部屋にいるみたいだが……アスモデウスとレヴィアタンも風呂に来ている。はっ、ムメイっ」
「何してもムメイちゃん怒るからやめとけ。何か企んでもダルマいるから気づくし、そもそもムメイちゃんなら両方相手にしても勝てるだろ……ん?」
感情のままに行動を起こそうとしたトクメを止めたゼビウスは浸かっている湯の足元から謎の泡が出ているのに気づいた。
「ブッハーー!! 見た見たサタン! 新記録更新!! ってあれ、ゼビウスだー!」
そのまま見つめていると泡はどんどん増えていき足元から湯柱が上がる勢いで現れたのは、金色の短い髪を立ち上げた十代前半ぐらいの少年の姿をした強欲の悪魔マモン。
ゼビウスの姿を見ても無邪気にはしゃいでいるが、いきなり湯を浴びかせられ何より足元から出てきた事にゼビウスの怒りの沸点は簡単に越えた。
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「なあなあ、ルシファー連れてこない? ゼビウスもだけど、あの吸血鬼と会わせたら面白い事になると思うんだけど」
「どうやって連れてくるんだよ。そもそもこの宿にだってお前が無理矢理引きずって来た時点で機嫌悪いし、ベルゼブブもいたら尚更来るわけないだろ」
「いきなり消毒液をかけておいてまだ不満なのか、あの潔癖症は」
「多分満足する事はないよ、サタンにもかけるぐらいだし。ま、僕はちゃんと綺麗にしているからルシファーにかけられなかったけどね。やっぱり普段から僕みたいにちゃんとしていれば理不尽な事なん、てえええええ!?」
ベルフェゴールが自慢げに立ち上がり何か話そうとすると遠くから来た何かにぶつかり、思い切り湯船へと沈んだ。
「お、お、何? 何が来た?」
「僕が来たー!! 相変わらずゼビウスすっごいね! 僕お湯に浸かっててゼビウス座ってたのにそのまま片手で投げ飛ばされた!」
「いたた……って、お前元の姿に戻るな! 羽毛が浮いているだろうが!!」
「え、あれー? あれー!? 人の姿になれない! 何で何でー!? カァー!!」
マモンの本来の姿は人間の姿の時よりも身長は高く、烏のような頭に両腕は黒い鳥の羽になっている。
混乱もあってかバタバタ動く度に羽が舞い散り湯にも浮かんでいる。
「ゼビウスに姿を固定されたか。とりあえずこれ以上羽をばら撒くなっ、まずは湯から上がれっ」
「もう羽浮いている時点で今更上がっても意味ないじゃん! じゃあもういっそこのまま遊ぼうぜ! ほれほれ〜!」
ベルゼブブとベルフェゴールは浮いた羽を何とかしようとしているが、サタンは面白がってマモンに勢いよくお湯を飛ばし始めた。
「やーん、お湯かけないでー! 僕もお返し! それそれー!!」
「止めろマモン! 僕を巻き込むな!」
「クソッ、羽がまとまりついて落ちない! マモンもろともサタンを沈めるしかない!」
「そんなにお湯が好きなら沈んでろ! オラァ!!」
「ゴボブッ!」
お湯かけを止める為、ベルフェゴールはサタンの頭を鷲掴むとそのまま勢いよく湯船の中へと沈めた。
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「他に人がいないのは助かった。恐らく私達も関係者と勘違いされただろうが……ゼビウスはどうした?」
「奴は今足元からマモンが現れた事で怒りの沸点を越えている、今のゼビウスならば私でさえも片手で投げ飛ばせる程だ。シスを隣に座らせているからその内怒りは治るだろうが、巻き込まれたくなければ静かにしていろ」
トクメの声は聞こえていないらしく、当のゼビウスはシスと何か話している。
その様子から怒っているようには見えないが、ヴィルモントにわざわざゼビウスに話しかける理由はない。
「成程、こちらに害が及ばないのならば外野の喧騒も心地良い。このまま月見酒といきたいところだが……」
「冷や水でいいのなら付き合ってやろう」
「……まあ、酒ではなく景色で酔うのもたまにはいいだろう」
珍しく穏やかな時を過ごすヴィルモントとトクメだった。